餓狼 MARK OF THE DRAGONS   作:悪霊さん

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明日から暫く母型の実家に行くので次回は遅れます。
今回は結構独自解釈な所が。


第25話 オーザム

 吹雪が吹きすさぶ中、ガシャンガシャンと機械の音が響く。近くを彷徨いていたブリザードが訝しげに音の方向を見つめた。吹雪でやや視界が悪いものの、冷気の魔物であるブリザードにとってこの天候は心地よいものである。気分良く歩いていってみると、そこにいたのは一台のマシン兵であった。

 

「ナンダ、タダノキラーマシンカ……ベツニメズラシクモナイナ」

 

 すぐに興味を失い、足早に彼は自分の住処へ帰っていった。

 キラーマシンの中に誰がいるのか気づかなかったのは、ある意味運が良いのかもしれない。

 

「バレなかったみたいだな」

 

「だニ」

 

 キラーマシンの内部から、ラーハルトとアベルの声がした。

 

「ったく、吹雪だけでも大変なのに魔物の相手なんてしてられないからな。気づかないでくれて助かったぜ」

 

 カインが溜息混じりにそう呟く。

 

「カインなら全身から炎出してれば平気だけど、オレやアベルはそうもいかないしな。回復しようにも極楽鳥もこの天気じゃ出せないし、ロビンが居ると助かるよ」

 

 ラーハルトの言葉にチカチカとモノアイを点滅させて答えるロビン。心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

 事の発端は、ロモスを発った数日後の事だった。

 

 魔の森を抜けて暫く歩いた頃、カインがふと立ち止まってアベル達に向き直った。

 

「次の目的地はどうしようか」

 

 地図を広げながらカインがそう言うと、アベルが身を乗り出して言った。

 

「このオーザムって所に行ってみたいニ、ボキ達の一族に伝わる噂では、そこに凄い宝があるらしいニ」

 

「「宝?」」

 

 目を輝かせてそう言うアベルとは対照的に、カイン達の顔は苦い物だった。

それもそうだろう、オーザムは極寒の地。国があるからには人が住んでいるのだろうが、わざわざそんな所に行こうと言われるとご遠慮願いたいものである。

 

「ふふん、それは行ってみてのお楽しみだニ。とにかくオーザムだニ、行ってみるニ」

 

 そうテンションを上げるアベルとは逆に、やはり二人は乗り気ではなかった。そもそも宝と言われても、このパーティで金に困る者も、金が欲しい者もいないのだから無駄だとすら思える。普段から寝るときは野宿だったり、食事もその辺りで適当に獲っているのだから、使う事もないのだが。

 とはいえ、普段回復や補助を担当してくれるアベルの希望を叶えてやりたいという思いもある。迷った二人は、ロビンに三人とも乗り込めるように手を加えてから、という条件で承諾した。

 じっくり数ヶ月かけて改装を終え、寒さに対する備えを整えた一行は満を辞してオーザムへと踏み込んだのだったが、この吹雪へ歓迎されているのが現状である。

 

 

「ロビンの改装しておいて正解だったな、この寒さじゃあっという間に体力も体温も持ってかれる。戦いなら兎も角、自然に関しちゃあどうしようもないからな……」

 

「こんな所に本当に人が住んでるのか?疑う訳じゃあないが、なんでこんな地域に住もうと思ったんだろうな」

 

 溜息を吐きながら二人が愚痴を言う。アベルも口にこそ出さないが、もし宝の話が嘘だったらその話を教えたあのプチファイターめを吹っ飛ばしてやりたいと思っている。

 余りの視界の悪さに、魔物に会ったのも先程のブリザードが始めてだ。人間については語るまでもないだろう。このままでは二進も三進も行かないと考えたカイン達は、どこかで吹雪が止むのを待とうという事になった。

運良く洞窟を発見する事が出来たため、大急ぎでその内部へと入っていった。明らかに人為的な手が加えられた痕跡に気づかないまま。

 

 

「いやー、助かった助かった。こんな所に洞窟があるとはな」

 

 ロビンの内部で胸を撫で下ろしながら、カインがほっと息を吐いた。ロビンの内部に居ても多少の寒さを感じていたので、これで火を起こして暖を取る事が出来ると安堵した。

 洞窟の中程まで進み、充分な広さがある事を確認したカイン達はロビンから降り、その辺に散らばっている薪を掻き集めた。

 洞窟の中程に薪がある、という明らかな何者かの痕跡にも、カイン達は気づく事がなかった。それ程切迫している訳ではないとはいえ、生まれて始めて体験する吹雪が余程堪えたのだろう、安全な所へ来れたという喜色が見える。

 

「ほいっ、と……これでよし、後は定期的に薪を入れるぞ」

 

「分かった。カイン達は少し寝てていいぞ、オレがやっておく」

 

「悪いニ、じゃあ少しだけ寝かせてもらうニ。植物系のボキにはこの寒さは辛いニ」

 

 ラーハルトの申し出を有り難く受けたアベルがゴロンと寝転がった。

 

「俺は起きてるよ。ラーハルトこそ疲れたろう、寝てていいんだぜ?俺は炎出せるから寒さには強いし」

 

「ハハ、お前ばっかり働かせる訳にもいかないさ。これも経験だ、どんな状況でも動けるようにならないとな」

 

 

 談笑しながら身体を温めるカイン達を、入口近くの岩陰から様子を伺っている男がいた。

 

「クソッ、この吹雪のせいで研究所に戻るのに手間取ったとはいえ、侵入者を許すとは……!鉢合わせしなかったのが不幸中の幸いか……」

 

 憎々しげに呟く男の耳は長く、寒さで赤くかじかんでいた。魔法で寒さを軽減しながら進んだとはいえ、この吹雪はいつにもまして酷い。こんな所に作らなければ良かった、と吐き捨てながらデータを持って移動する事を決めた。

 ただ、肝心のデータはカイン達のいる場所の更に奥だ。遭遇は避けられないだろう。どうやってやり過ごすか……いや、相手は子供ばかりだ。魔法でどうとでもなるだろう。

 

 魔族の彼は、人間を舐めていた。実験動物程度にしか考えていないのは彼の父親も同じだが、生憎と二人共まだその人間にしっぺ返しをくらう、という事がない。

 故に、カインの後ろに控えるキラーマシンを見落とし、その立場を危うくする。

 どの呪文を使うか、と思案を始めた途端に空気を裂くような音がした。ヒョイと岩陰から顔を出した瞬間。

 

――ドスッ。

 

「な、なッ……!?」

 

 男の目の前に、蒼い槍が突き刺さった。

 

「どうした、ラーハルト?」

 

「気づいてて無視してただろうお前、さっきから何かがこっちを見ている」

 

「――!?」

 

 男は驚愕した。光源のある向こうと違い、自分が立っていたのは薄暗い岩陰、しかも顔ぐらいしか覗かせていないというのにあっという間にバレ、しかも見るからに強力な武器を持っている。

 それなりに距離があるというのに、正確に男の顔のすぐ前に、しかし男には刺さらないよう配慮された一撃を飛ばす事が出来るぐらいの強者に、この武器だ。魔法が主体である彼は、格闘がそれ程得意ではなかった。唯一対抗できそうな研究中のアレもまだまだ実用に耐えるモノではない。

 

(ここはイチかバチか、無害を装って切り抜けてやるッ……!)

 

 あっという間にその男の前までやって来た二人は、剣呑な目つきで言った。

 

「誰だお前は、先程からこちらを見ていたな。何者だ?」

 

「な、なんなんですかアナタ達!?ここは私の住処ですよ、アナタ達こそ誰ですか!?」

 

 裏返った声で必死に叫ぶ男。ラーハルトは訝しげな顔のままだが一応は信用したのか、構えていた槍を下ろした。

 だが、カインは腕を組んだまま、男の眼をじっと見つめていた。

 

(な、なんだこのガキ……人の眼をじっくり観察しやがって、薄気味悪い奴だ。というか、本当に何なんだコイツら……?)

 

「……そうかい、それは失礼をした。この天気に困っている時にココを見つけたもんでね。勝手に入った事は謝るよ。よければ名前を教えてくれ」

 

(……チョロイぜ、やっぱりガキだな。大人ぶってても、簡単に騙されてくれる――)

 

 腕を下ろし、カインは握手でもしようというのか右手を男に向けた。それを見た男が密かに息を吐いた時。

 

「敢えて言うが」

 

「?」

 

「お前が俺達に攻撃した所で、勝つ事は出来ない。魔法使い系の魔族が、この距離で近距離型二人相手にして勝てるとは思うなよ。そして向こうにはキラーマシンも控えている。今すぐにでもお前の額を撃ち抜く事も出来るぞ」

 

(――ッ!?)

 

 男の目論見は完全にバレていた。釘を刺した上で、ハッタリを交えてきたのだ、相当な切れ者だ、敵に回すのはマズイ。

 男はそう思ったのだが、実際の所はただ事実を言っただけである。無論カインにとっての事実ではあるが。

 

「え……ええ、肝に銘じておきます。私はザムザと言いまして、学者をしております」

 

 男――ザムザは、内心冷や汗を掻きながらそう名乗った。

 

「学者?興味深いな、何を研究しているのか私に教えてはくれないか?」

 

 カインが目を光らせてそう語りかける。子供とは思えない気配とその立ち振舞いに、ザムザは混乱した。他愛のない子猫だと思っていたらライオンヘッドだった気分だ。

 自分でも気づかない程畏怖しながらも、ザムザはどうにか声を絞り出した。

 

「え、ええ。構いませんよ、といっても差し支えないモノだけですが、宜しいでしょうか?」

 

「構わない。分野は違えど研究の成果は見てみたいのでね」

 

(カイン、またカッコつけようとしてるな。懲りない奴だな)

 

「では、奥の方に。あ、ちょっとデータを纏めておきたいのですが」

 

 少しだけ平常心を取り戻し、ザムザはカイン達を奥へと案内した。その道すがら、あの研究に関するモノだけは保存しておかなければ、と思い立った。

 

「ああ、では先に行ってやっておいてくれ。見られたくない物もあるだろう」

 

 一礼し、足早に奥の研究室へと向かうザムザが道中のキラーマシンに驚愕してうっかりアベルを踏んでしまったが、他には大した事もなく穏便に進んだ。

 目下最重要なモノのみ隠し、どうでもいい物、或いは既に終わった物だけを取り出して、カイン達の所へ持っていくと、アベルが項垂れていた。

 

「ど、どうしたので?」

 

「ああ、気にしないでくれ。少しがっかりしているだけだ」

 

「やっぱり宝は無いのかニー……」

 

 首を傾げながらも、ザムザは落ち着いた様子で話を始めた。

 

「えー、まずこれは“魔法の聖水”と言いまして、魔力を回復させるアイテムです。これを改良し、素早く摂取できるようにと、木の実状にしたのがこの種で……あ、名前は特にないのですが。魔法の聖水程多くは回復できませんが、この種は大量に持ち歩く事が出来る為、戦闘では魔法の聖水以上の活躍が期待できるかと。難点は味ですね。次にこの根っこですが、これはパデキアという万病に効く植物を品種改良した物で、スノキアの根っこと言います。本来パデキアの成育には特殊な酵素を含む土壌が必要なのですが、このオーザムのような寒冷地域でも育つので安定して薬を作る事が出来ます。要するにパデキア並みの効力を持ちながら、パデキア以上の適応力がある、という事です。一度に収穫できる量が少ないため、広い場所で大量に育てるのをオススメします。で、これは……」

 

 ザムザは、一度説明を始めると物凄い饒舌であった。目の前の子供に恐れていた事も忘れ、夢中になって自分の研究成果を説明している。彼の父親にはくだらないと一蹴されたスノキアの根も、カイン達は賞賛しながら聞いてくれる。ザムザにはそれが心地よかった。

 おおよそ戦闘には役立たないスノキアの根のような日用品と言える物は、彼の父はあまり重要視していなかった。魔族がそうそう大病に罹る事もないのでその反応が当然なのかもしれないが、ザムザはそうは思っていなかった。特に魔族の中でも高齢な父については。

 中々認められる事が無かっただけに、ザムザは目の前の少年達を好ましく思っていた。効能を説明するたびに、手放しで褒めちぎってくれるのだ。それが無性に嬉しかった。

 

「凄いな、どれもこれも素晴らしい物ばかりだ。よければ、可能な限りでいいから譲って欲しいのだが」

 

「えっ!?え、ええ。勿論構いませんとも、ですがお代は……」

 

「そうだな……ゴールドで構わないか?不服ならこの金属も付けるが」

 

 カインが袋から取り出したのは、両手に余る程の金貨だった。ザムザはしばし思案した。研究にも先立つ物が必要だ。素材を揃えたり人を雇うのにも金が要る。この金属も欲しい所だが、どうしようか。

 

「これだけあれば充分です。ええと、では――」

 

 そう言って研究成果を指し示そうとした時、ザムザの懐から黒い何かの欠片が落ちた。

 

「ん、何か落ち――」

 

「触るなッ!!」

 

 カインがその欠片を拾おうと手を伸ばした瞬間、ザムザは反射的に叫んでしまい、しまったと慌てて口を手で押さえた。

 

「……どうしたのかね?」

 

「い、いえ……それは危険な物です。下手に手を出さない方がよろしい」

 

「ほう、この黒い欠片がそれ程危険なのか。一体何だい?」

 

 もはや言い逃れは出来ない。かといって誤魔化そうとすれば、即座に見破るだろう。

腹を括って、正直に言うしかない。コレがどんな物かわかれば、コイツも関わるのを止めるだろう、そう考えたザムザは低い声で語りだした。

 

「……コレは、正直私も余り持っていたくはないのですがね。“黒の核晶”という……所謂、爆弾です」

 

「「「!」」」

 

 三人が一様に目を見開く。この小指の先程もない小さな欠片が爆弾であるなどと、眉唾物の話だろう。

 だが、彼らはその存在を知っていた。魔界の名工、ロン・ベルクから聞いた事があったのだ。その忌まわしき伝説の超爆弾の逸話を――

 

「……黒の核晶を、何故持っている?危険だと分かっているならば手放せばいいじゃあないか」

 

「いえ、そうもいかないのです。私は所詮非力な学者。魔法が通じないような強大無比な相手への対抗策なのです。幸いこのサイズに込められた魔力ならこの洞窟の丁度今私達がいるこの広場を吹き飛ばす程度の威力しかありませんが、巻き込まれてはただではすみません」

 

「そうか……是非もなし、と言ったところか」

 

 嘘ではない。確かにザムザは嘘を吐いていないが、その“強大無比な相手”というのは、実験に使ったモルモットの事である。

 そそくさと懐にしまおうとするザムザに、カインがこんな事を言った。

 

「確か、黒の核晶は黒魔晶という魔界の奥地に存在する魔力を無尽蔵に吸収する鉱石を呪術で加工して製造するのだったな……自分で採ったのか?」

 

「い、いえ。これは父から貰いまして……万が一の為に、と」

 

 若干震えながらもザムザは答えた。事実、彼が持っている黒の核晶は彼の父親から譲り受けたものだが、そのあまりの威力故に二人共使おうとは思えなかった。己の身を滅ぼしかねないというのに、安易に使える筈もない。

 しかし何故それを確認してきたのか。元を辿ろうとでもいうのか。そう疑問に思った時、カインは言った。

 

 

「そうだな……ゴールドに加えてこの金属も僅かだが付けよう。黒魔晶が欲しい。これよりももっと大きな物を、ね」

 

「ッ!?」

 

「おい……何を考えている?」

 

「まさかとは思うが、黒の核晶を使おうなんて思ってないニ?」

 

「……あのな、俺は黒魔晶が欲しい、と言ったんだ。俺は呪術に関しては門外漢だ、黒の核晶が欲しければそう言う。そもそも手に入れたとして、どこでどうやって使うというんだ」

 

 二人の疑問ももっともだが、カインの言い分ももっともだ。そもそも彼は普段から貴重な金属を欲しがっているのだから、今回もそうなのだろう、ラーハルト達はそう思い直した。

 

「そういう訳でザムザ、私は黒の核晶ではなく、黒魔晶が欲しいんだ……頼まれてくれるかい?」

 

「え、ええ。代金的には申し分ないのですが……本当によろしいので?」

 

「構わない。これも研究の為だ」

 

「し、しかし今は持っておりませんよ」

 

「それもそうか……では、人に化ける事は可能か?テランを中心として活動している、カンダタ義賊団という連中によこしてくれ。彼らなら買い取ってくれるだろう」

 

 ザムザは暫し思案した。大きいサイズの黒魔晶を採ってくる、というのは兎も角としても、中々旨みのある話だ。モシャスを使って人間に化ければスムーズに取引が出来るだろう。あの研究に黒魔晶は特に必要ない。こちらは損をするような事もないのだし、受けてやってもいいだろう。そう結論付け、ザムザは大きく頷いた。

 

「分かりました。では――」

 

 そう言いかけた瞬間、ザムザは眉を顰めた。

 

「どうした?」

 

「いえ、ちょっと……今、父から連絡がありまして。一度帰ってこい、と言われました」

 

 どこか陰のある表情でそう話すザムザに、カインは首を傾げながら尋ねた。

 

「何かあったのか?」

 

「私や身内の者に何か、という訳ではないのですが――」

 

 顎に手を当てて考え込む仕草をしながら、ザムザはこう言った。

 

 

「魔王ハドラーが、人間の勇者によって倒されたそうです」

 




一応この世界、パデキアはあるんですよね。効能やスノキアについては(ry

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