反省文書いて合格貰ったので卒業でき……るよね?
「武器が完成したら旅に出るのか?」
ラーハルトの手をじっくりと観察しながらロンが言った。ラーハルト専用の武器を作る為にも、使い手に合わせなければならない。ラーハルトがどういうタイプか、というのはここしばらくの生活で分かってはいるが、それでもチェックを欠かさないのは職人の性か。
「ああ、多分そうなんじゃないかな。オレもちょっとはレベル上がったし、カイン達の足を引っ張らなきゃいいんだけど」
「フン、謙虚がすぎるといらん反感買うぜ。もっと胸張れ、お前は俺ほどじゃないが強い。でなきゃわざわざなけなしのやる気振り絞ってまで武器作りなんかしない」
「そう……か。うん、分かったよ」
観察の合間に会話を交えながら作業していると、ふとこんな話が出た。
「お前の喋り方どうにもガキっぽいな、そんなじゃ舐められるぞ」
「えー……そんな事言われてもな。急に変えられるもんじゃないだろ?そもそもオレはガキだぞ」
「無理矢理にでも威圧的に喋ってみろ。戦闘前の舌戦が重要な時だってあるんだ、そこで舐められちゃあいけねぇ……魔王みたく話せとは言わんが、覚えておいて損はない。使える物は使っておけ」
「……やれやれ、気楽に言ってくれる。まぁ、善処するとしよう……こんな感じか?」
「お、ちょっぴりマシになったぞ。その調子だ」
そんな他愛もない話をしながら作業に移り、手際よく準備をしていくロン。その姿を眺めながらラーハルトがふと疑問を口にした。
「なけなしのやる気って言ってたけど、ロンさんは面倒くさがりなのか?」
「別にそういうわけじゃねぇ。ただ、萎えてるだけだ……俺の武器を上手く使ってくれる奴があまりにもいないもんでな。トドメになったのは、俺がお遊びで作った武器が『最高の武器』だとか言われた事だな」
「遊びで作ったのにか?」
「詳しい事は言わないが、その武器はそいつが持った時だけ絶大な力を発揮する。問題なのはそいつの強さだ……常軌を逸した強さを持つそいつは、極端な話ナイフ一本持っただけでも強くなる。武器屋にとってこんなしらける客はいない……おまけに武器を上手く扱う奴がいないってのも原因だ」
話を聞きながら、ラーハルトは普段あまり自分の事を話さず、修行やキラーマシンの話ばかりしているロンが、こうやって昔のことを話してくれたことに少しばかり嬉しくなった。
「昔、人と武器は一つだったが、今はどっちもクズだ。人は強い武器に恥じぬよう努力し、強き者がいるからこそ武器も日々進歩したというのに……せめてお前はそうならんでくれよ」
「その言葉、ずっと忘れないようにするか。そうすれば危惧してるような事にはならないだろう?」
「いっちょまえに言うじゃねぇか、期待してるぜ」
それからは暫く会話もなく、黙々と作業するロンをラーハルトは黙って眺めていた。一心不乱に鎚を振り下ろす姿からは、とても『なけなしのやる気』などで動いているようには見えなかった。
修行している時にも思ったが、ロンのあの強さは一体どこで身につけたのだろう。尋ねてみたい衝動に駆られたが、今のロンに声を掛けることは憚られた。今声をかけたら、良い武器はできないかもしれないと思うと、邪魔するわけにもいかなかった。
◇◇◇◇◇
武器作りが一段落し、ロンが小休止に入った時、タイミング良くカイン達が戻ってきた。
「お帰り、カイン」
「おう、ただいま。なぁロン、鳥系の魔物って何食うんだ?」
汗を拭きながら怪訝な顔をするロン。次の瞬間には面倒くさそうな顔になって、
「元の場所に戻して来い」
「先読みしすぎだよ!」
小動物を拾った子供が親に言われそうなセリフを言った。
「どうせお前また何か連れてきたんだろ?今度は何拾った。そもそもお前はなんでしょっちゅう何かを連れてくるんだ?趣味か、趣味なのか?」
「意識してるわけじゃな……なんだよその親みたいなセリフ。せめて見てから言ってくれ」
「で、その拾ってきた鳥公はどこだ?姿が見えないが」
「ああ、ここにいるよ」
そう言ってカインは懐から小さな筒を取り出し、
「デルパ」
と、短く言った。呪文とともに、筒から出てきたのは……
「極楽鳥か、また珍しいモンを……」
桃色の体毛が美しい極楽鳥という魔物だった。冒険者の間では割りと有名な、ベホマラーを使っては逃げ出す厄介な魔物である。その極楽鳥をカインは拾ってきたのだ。
話を聞く限りでは、何かの拍子に怪我をして地面にうずくまっている所をアベルのベホイミで治療したところ、何故か懐いてしまったそうだ。なんで野生の魔物がそう簡単に人間に懐くんだ、とロンは若干呆れたが、そういえばそういうカリスマがあると思い返し、カリスマがあるからといってもこれはおかしいんじゃないかと首を捻った。極楽鳥はカインの肩に止まっているが、重くはないんだろうか。そもそもその流れで何故カインに懐くのか。
「世話は自分でしろよ」
「だからなんなんだよその親御さんっぽいセリフは。お前は俺の保護者か」
「それになんだ、その筒。そんなレアアイテムどこで手に入れた?」
「ハドラーに貰った」
「羽振りいいな魔王」
そう話していると、アベルも若干呆れたように言った。
「カインは色々惹きつけすぎだニ。もう少し自重するニ」
自重できたら苦労はしない、との声が三つ重なって、やや遅れて笑いが起こる。
「まぁ確かに惹きつけすぎだよな、ハドラー然り」
「ボキ然り」
「オレ然り」
「なんだその一体感」
俺もいるぞ、と言わんばかりに極楽鳥が一鳴きする。口に出さないだけであってロンも同じなのだが。
話題を変えよう、とカインが咳払いをし、調子を尋ねた。
「で、どのぐらい出来たんだ?」
「まだ3割もないぞ。そんな一朝一夕で出来るわけないだろ」
「正論だニ」
そりゃそうか、と呟いて手帳を取り出すカイン。それを見てロンが意地悪げな笑みを浮かべた。
「しかし極楽鳥かー、このサイズならお前ら乗せて飛行するぐらい楽勝だろうし、これはいらねぇなー」
そう棒読みで言ってロンが取り出したのは、見慣れた青を基調とした靴だった。ラーハルトとアベルはきょとんとしていたが、カインはそれを見た瞬間目を剥いた。
「おまッ、それどうやって作った!?」
「暇なときにちょちょいとな。なぁに、簡単に出来るもんだからな、処分しちまってもーっと」
そう言って溶鉱炉に向かって放り投げられた靴を、カインが炉に頭から突っ込みながらもキャッチする。平然と頭を振って冷ましているカインを見て、
(やっぱコイツ色々おかしいわ)
と、ロンは密かに思った。
「なんで靴一つにそんな必死なんだ?そんなに貴重なのか、それは」
「かなりのレア物だぞ、これ。これをちょちょいとで作れるロンも色々おかしいぞ……」
ロンのささやかないたずらごころはそれで満足したようで、種明かしを始めた。
「こいつはカインが手帳に書いてた物を参考に、余ったブルーメタルと諸々を使って作ったんだがな、面白い機能を付けてみたんだ。魔力を送り込む事で宙に浮く事ができる。要するにこれを履くだけで魔力の続く限りは空を飛び続けられるのさ」
「お前いつの間に手帳見やがった」
「暇なときにちょっとな」
「テメェ!」
「そんな物をちょちょいとで作れるのは確かに淒いニ……カイン、早速使ってみるニ」
「そうだな。カイン、やってみたらどうだ?」
「んじゃま、お言葉に甘えて。ロンは後で殴る」
そう言って靴を履き、ロビンやラムダを操る要領で魔力を送った。見事に宙に浮いた。浮いたのだが。
「おいロン、なんでこうなるんだ」
「バランスが悪いんだ」
上下が逆さまになったまま浮いていた。長髪が地面に垂れ、服もひっくり返っているというのに、変わらず腕組みをしているせいでシュールな光景になっている。
アベルとロンは遠慮なく笑っているし、ラーハルトすら口元を押さえている。カインはずっと仏頂面だった。
「いや、練習すればちゃんと扱えるようにはなるだろう。練習すればな」
「まぁ、有り難く貰ってはおくが……お前ら後で覚えてろよ」
そう言って体を回して着地しようとし、顔から地面に落ちた。今度こそラーハルトも吹き出した。
◇◇◇◇◇
その後暫くして、槍が完成した。
「……出来たぞ。中々上等だ」
その槍はブルーメタルの青を基調とし、何かの紋様を黄色で染め抜いた美しい槍だった。
ラーハルトは槍を受け取ると、その軽さに驚いた。まるで羽のように軽く、持ち前のスピードを十二分に活かせそうだ。
「“英雄の槍”、ってところか。どうだ、持った感じは」
「凄く軽い……それに手に吸い付くようだ、良く馴染む。ありがとう、こんな良い武器がもらえるとは思わなかった」
「フン、俺が作るんだ、このぐらいは容易い……と、見栄を張りたいところだがな。そいつはここ数年じゃ一番の傑作だ。大事に扱えよ」
「英雄の槍、か。ロンの事だから当然何か効果があるんだろ?」
「おおとも。そいつを装備して振るうとな、段々と傷が治るんだ。長期戦にゃもってこいの品ってわけだな」
揃ってロンの腕前に感嘆していると、ジャンクが駆け込んできた。
「どうしたジャンク、騒々しい。何かあったか?」
「はぁ、はぁ……う、うま……」
「馬?」
「そうじゃない!生まれたんだよ、俺の子供が!」
嬉しそうに語るジャンク。息を切らして走ってきた所を見ると、一刻も早くこの喜びを伝えたかったのだろう。少々焦りすぎではあるが、それ程嬉しいのだろうと見て取れる。
だが、ロン達の反応は。
「そいつはめでたいな、じゃあ帰れ」
「おめでとうさん。さっさと帰りな」
「おめでたいニ。早く帰るニ」
「おめでとう……ってなんで三人ともそんな冷たい反応なんだよ、ちょっと酷くないか?」
ラーハルト以外の三人は揃いも揃って帰れと言い出した。ロンが素直な性格をしていない事を知っているジャンクは(勿論ロンの方もジャンクに対してそう思っている)どういう意図かと首をひねりかけたが、その回答は直ぐにカインから来た。
「子供生まれたんだったらここに来るのは後回しにして奥さんの傍にいるべきだろう。スティーヌさんとの仲の良さは知ってるが、だからこそ一緒にいてやれ」
「そういうこった、なんなら知らせんでくれても良かったがな。今は俺達よりもその生まれたばかりの赤子と嫁さんの所に居てやりな」
ラーハルトがハッとした表情を浮かべた。ジャンクも得心がいった、とばかりに大きく頷く。
「そうだな、悪かった。ありがとうな、お前ら。落ち着いたらまた来る!」
そう言って来た道を全速力で駆けていった。
「やれやれ、忙しない奴だ。カイン、お前は見に行っても問題ないだろうし見てきたらどうだ?ジャンクの普段見れないような面白い顔が見れるだろうよ」
「やめとくよ。俺はそういう賑やかな祝い事はなんとなく苦手でね、ひっそりと祝ってやりたい派なんだよ」
肩を竦めながらそう言って、カインは外のロビンの所へと歩いて行った。
「さっきの帰れってのはそういう意味だったのか。三人ともそんなに酷い性格をしてたかと思ってしまったじゃないか」
「失敬だニ、ボキは人間相手だろうとめでたいことは素直に祝うニ。まぁ、素直じゃないのは二名程いるようだがニ」
「ほぉ、そいつは誰のことかな?」
「ニ゛~!」
口を滑らせたアベルがロンに掴まれて振り回される。それを見てラーハルトが笑う。その声を聞いてカインも口元を綻ばせる。今日も彼らは楽しそうだ。
余談だが、ジャンクは生まれた息子に付ける名前をずっと悩んでいたらしい。結局“ポップ”という名に落ち着いたのは、そろそろ落ち着いた頃だろうとカインが様子を見に行く直前の事だった。