「ウチは託児所じゃねぇんだぞ……」
家の前で組手をしているカインと魔族の少年ラーハルトを眺めながら俺は溜息を吐いた。なんでこうなってんだか……そう考えながらカインがラーハルトとアベルを連れて来た時の事を思い出す。
「前ブルーメタルで剣作ってくれるって言ったよな、こいつに武器作ってやってくれ」
「いやちょっと待て、なんでお前は来るたび連れが増えてるんだ、まず誰だそのボウズとプチヒーローは」
「かくかくしかじかというわけで」
「かくかくしかじかで分かるか、普通に話せ」
事情を聞いた所まではまだ良い。武器を作ってやるって話も元々俺のミスが原因だから仕方ない。
「ラーハルトが戦えるようになるまで稽古つけてやろうと思うからそっちも頼むわ」
「は?」
「いや、ロンは強いだろ?それに武器の扱いだったら俺より適役じゃないか」
「そりゃそうだが俺はまだ良いとは」
「じゃあ暫くここに厄介になるわ」
本当に厄介だ。
「あの、すいません。お世話になります」
「あー……まぁ、なんだ。途中で投げ出したりするなよ?この俺が武器をお前のために作ってやるんだからな、相応に強くなってもらうぞ」
「ハイ!よろしくお願いします!」
ラーハルトが礼儀正しいのがせめてもの救いだった。
「よし、終わり。ロン、交代」
「応」
ちょうど組手が終わり、カインが俺と交代する。
組手はローテーションで行っており、順番を待っている間、俺はラーハルトの動きや素質を観察、或いはちょっとした暇つぶしをしている。カインは自主練とキラーマシンの整備、改良。アベルはひたすら瞑想している。魔力が足りないのが悩みだという。プチット族はなぁ……
「よし、かかってきな」
木剣を構え、ラーハルトが飛びかかってくる。俺も木剣を持っているが、防ぐことはせずにひたすら体捌きだけで避けていく。今は持久力を鍛えるため、少し長めにやっている。打ち込ませてもいいんだが、命中率も上げないとな。魔人斬りみたいにギャンブル性のある技もあるが、こいつにゃ向かんだろう。
そのままニ十分程続け、今日のところは終わりとなった。
◇◇◇◇◇
四人で食卓を囲みながら、雑談に花を咲かせる。アベルが魔力の不足をどうにかしたいとぼやき、カインが技の再現がどうのと独り言を言い(会話に混ざれよ)ラーハルトが今日の特訓内容を反芻する。
「思ったんだがよ、ラーハルトには剣が向いてないんじゃないか?」
「剣が向いてないって、それじゃどうするんだニ?」
「ラーハルト、お前はどう思う」
「……剣を握っても、しっくり来ないというのはある。でも他に武器なんてないから、慣れるしか」
「槍とか斧とかあるぞ」
「……」
「俺の見た感じじゃ、槍とか向いてそうだがな。パワーよりもスピードを重視するのが良いかもしれん」
「んじゃ明日ジャンクに頼んで適当に借りようぜ」
「真剣だからちと重いがな。ま、いいだろ」
改めて考えると不思議なもんだ。あの日カインと出会ってからというもの、色んな事が起きている。あそこにいた時ほどではないが腐っていた毎日に、些細な違いが生まれた。カインという切欠に出会い、ジャンクという友に出会い、カインがハドラーと親交を深めてキラーマシンを譲り受け、今度は魔族の少年と魔物を連れて帰ってき、挙句三人ともに稽古をつけたり暇つぶしにアレを作ったり。カイン関係だけでもこんな所だ。少なくともコイツがいれば退屈する事はないだろうな。
カインは変な奴だ。馬鹿にしているとかそういうのではなく、まさしく変なんだ。初めて会った時からそうだが、子供に思えない。言動がしっかりしている、強い、知識量など様々な要因はあるが、それらを知らない時から子供と認識できていなかった。
見た目だけならちょっと変わっている、程度だろう。だがコイツはその中身もおかしい。闘気の扱いに長けているのもそうだが、何より魔族と平然と接し、あまつさえ魔王と仲良くなる子供など聞いた事もない。魔族と仲良くする、ぐらいだったらまぁそういう奴もいるだろう。多かれ少なかれ魔族に友好的な人間、人間に友好的な魔族がいるのは否定しない。
カインには、魔族を惹きつける何かがある。カリスマとでも言えばいいのか、とにかくそういう何かがある。生まれ持った性質なのか、それとも本人の気質か。ひょっとしたらその両方かもしれない。どちらにしろ、それが今こうして俺やアベル、ラーハルトと過ごしていられる遠因の一つだろう。もっとも、それが関係なくともこいつの性格に惹かれて集まっただろうが。
普通、人を惹きつけるカリスマのある者は、二つの道のうちどちらかを歩む。分かりやすい例を言えば勇者だろう。人民に支持されず期待もされなければ勇者ではない。勇者とは勇気を与える者だから当然ではあるのだが。要するに他者に勇気を与える事のできない者は勇者足りえないという事だ。勇者の他にも、優れた指導者や王などはそういった人物である事が多い。むしろそうなる絶対条件とも言えるかもしれない。
今例に挙げたのが光に導く道だとすれば、もう一つの道は闇に導く道。勇者の対ともいえるやはり魔王だ。力で人民を支配し、知勇を持って従わぬ者を滅し、そのカリスマを持って従える。ハドラーもそうしているが、魔王に敵とみなされれば力によって闇に追いやられるだろう。従う者からすれば正に勇者の如き存在だが、敵にとっては畏怖すべき存在。それが魔王だ。
話が逸れたが、カインが持っているのはそういうカリスマだ。それも勇者というより魔王に近い形の。もし何かが違えばハドラーと共にカインが魔王として世界を席巻するかもしれないが、逆に勇者として世界を救うような事はないだろう。アイツが持っているのはそういう魔王の器であって、勇者となる器ではない。しかも話を聞いた所、かなりの激情家のようだ。ふとした出来事でそちらに堕ちる可能性がある。
しかし、魔王と言っても王ではある。部下からすれば賢王であろう。そういった面に自然と惹かれるのかもしれない。並みの人間は特に何も感じ取れないだろうが、魔族ならばそれを鋭敏に感知し、意識的だろうと無意識だろうと惹きつけられる。ただの人間であるにも関わらずだ。ハドラーが惹かれたのもそれかもしれない。
「そういえばこないだカンダタから珍しい金属買ったんだが、加工できるか?……おい、ロン?」
「ん?あぁ、出来るぞ。何か作るか?」
思考の海に沈んでいた俺は、カインに話しかけられて我に帰った。珍しい金属か、昔作った鎧の魔剣と魔槍を思い出すな。
「いや、とりあえず保留で。入り用だったら頼む」
「おう、そん時は手抜いて本気で作ってやるよ」
さて、考え事はこれくらいにしとくか。明日も修行に付き合わんとな。
そういえば暇つぶしに作ってるアレ、中々良い出来栄えだな。バランスを取るのが難しいが、使いこなせば機動力が格段に上がる。
「さて、そろそろ寝るか」
「そうだニ、満腹になったら眠くなってきたニ」
「食べてすぐ寝ると牛になるって聞いたぞ?」
「……牛になるのは嫌だニ」
「ハハハ、ありゃ比喩だろ」
「いやーホントかもしれねぇなぁ。気ぃ付けねぇと明日の朝にはお前ら全員牛かもしれねぇぞ?」
談笑しながら寝床に入る。カインはいつもどおりロビンの中に入って寝、ラーハルトとアベルは毛布を被る。俺もさっさと寝ちまうかね。
◇◇◇◇◇
翌日、修行を始めようとしたラーハルトにロンが声をかけた。
「まだカインと本気でやりあった事がないからな、レベルを見ておきたい。順番変わってくれるか?」
「ええ、大丈夫です。オレもカインが思い切りやる所見たいですから」
本格的な指導に入る前に、カインの力量も見て方針を固めたいのだろう。ロンはいつものように気だるげだったが、カインは油断できなかった。
「ロンは強いからなぁ、俺じゃ中々勝てないだろうな」
「何弱音吐いてるニ!カインはこのボキが認めた男なんだから、誰が相手だろうと完勝してやるぐらいの気概は見せてみろニ!」
若干熱くなっているアベルが叱咤激励する。それを苦笑で受け流し、斜に構える。身体の調子を確かめ、準備を整えた。アベルだけが緊張した面持ちで眺めているが、ロビンが運んできたお茶を飲んで幾分か力を抜いたようだ。
「中々勝てないとは言ったが、負けるとは言ってないんだがな」
「フッ、ガキがいっちょまえに吠えやがる。さぁ、手加減してやるから本気でかかってきな」
「天狗になってるお前の鼻っ柱叩き折ってやるよ」
そうはいってもカインは良くも悪くも遊びを忘れない。冷静沈着であると同時に、行動にもゆとりを持たせすぎる癖がある。
先に動いたカインの第一手は。
「南斗獄屠け――」
「隙がありすぎるぞそれ」
「うわらばっ」
正面からの獄屠拳もとい飛び蹴りだった。ロンはあっさりとカインの足を掴んで投げ飛ばしてみせた。中々勢いのある蹴りだったが、あっさりとさばいて防御と同時に攻撃してみせるのは流石と言った所か。しかしカインは投げのダメージにも動じずすかさず飛び退る。まだ始まったばかりだから色々試してみよう、という考えが見え隠れしている。
「さっきの飛び蹴りのようにバカみたいに隙だらけな攻撃じゃ当たりゃしねぇぞ?」
「分かってるって。しかし当て身投げみたいな真似してくるとはな……」
毒吐きながら地面に拳を叩きつけ、衝撃波を撃ちだした。パワーウェイブと呼ばれるその技を横に飛んで回避したロンは手振りで、かかってこい、と挑発した。それを見たカインはニヤリと笑って駆け出した。
(来るか!)
ロンに向かって走り出した姿を見て、突っ込んでくると思ったロンは即座に迎撃の体勢を取った。
「オラァ!」
「ッ!?」
だが、カインはロンの攻撃がギリギリ届かない位置で急ブレーキを掛けて停止した。勢いよく地面を擦ったために砂埃が舞う。反射的に目を細めた瞬間、カインは足元の砂を蹴ってロンの顔に飛ばしていた。
「ぶはっ、てめ――」
「いよっと」
飛んできた拳を間一髪で躱したロンはそのまま距離を取って、終わりを告げた。
「いやあの状況で普通に躱せるもんなのかよ」
「お前真っ直ぐ突っ込んできてたじゃねぇか、見なくても躱せるわ」
水で目を洗ったロンは、先程の組手の感想を話していた。
「まず最初の飛び蹴り、隙がでかい。あんな技ぶっぱなしてもそうそう当たらないだろう。衝撃波を飛ばすというのは中々良かったな、距離があるからと油断すると足元狩られる。砂かけはまぁ、良いんじゃないか。場所が限定されるのは仕方ないが、視覚に頼りきりな奴には効果的だろう。それ以外の感覚に頼る奴には無駄だがな」
「ぶっぱが当たる事ってのもなぁ。上中下の攻めの切り替えも大事か」
「そうだな、ガードの固い所ばかり攻めてもどうしようもない」
「でも淒いじゃないかカイン、手加減されてるとは言ってもロンさんに勝ったんだぞ?」
ラーハルトがそう言うが、カインは肩を竦めた。ついでロンの腰を指差した。ラーハルトもアベルも首を傾げていたが、ある事に気がついた。
「ロンさん、剣はどうしたんだ?」
「家の中だが?」
「つまり……」
「剣士であるロンに対し、剣を抜かせる事も一撃当てる事すら出来なかったって事。ま、そのうち俺がそうさせるようになるがな」
実際、ロンが抜剣するまでもなくカインは終始手玉に取られていたようなものだ。パワーウェイブは兎も角、功を奏したと言えるのは砂かけによる目晦まし程度。これでは勝ったとは言えない、そう言いたいのだろう。
「ま、修行あるのみだな。じゃあ俺はジャンクの所に行ってくるから、三人でやっててくれ」
「ああ、分かった」
そう言ってロビンに向かって歩いて行ったカイン。ふと途中で立ち止まり、後ろを振り返った。見えるのはロン、ラーハルト、アベル、そして森のみ。首を傾げながらロビンに向き直った次の瞬間、ロビンの左手から矢が撃ち出され、カインを僅かに外して森の方へ飛んでいった。
「おい、どうしたカイン?」
「いや、なんでもない。気にするな」
そう言ってカインはそのままスタスタとランカークスに歩いて行った。
◇◇◇◇◇
「アレがかの名工ロン・ベルクか。多少腕は鈍ったようだけどまだまだ現役って所だね」
「どうする、殺っちゃう?今なら簡単にイケるよ」
「まぁ待ちたまえ。彼もそうだけど、金髪の少年も要注意だ。キラーマシンを従えてるのもそうだが、かなりの距離があるにも関わらずボク達に気づきかけた……さっきキラーマシンが矢を射ってきたのはそういうワケさ。矢なんて刺さってもこんな感じに溶けちゃって無駄だけどね。それにロン・ベルクの方はある程度のデータがあるけど、少年の方はまだまだ未知数だ。藪をつついて蛇を出す……この場合は狼だね。そんな事になったらほんの少しだけ面倒だ。だったらのんびり眺めていればいい。そもそもボクのスタイルは正面切って戦う事じゃあないだろう?」
「さっすが!頭いいな~!」
「ハハハ、そう褒めないでくれたまえ。後、今は任務じゃなく暇つぶしに来てるだけだからね。余計な事をして怒られても嫌だろう?」
「そうだね、暇つぶしで怪我するのも嫌だもんね」
「そのうち彼と戦う事になるかもしれないけど、いくら強くてもボクにかかればイチコロさ。罠もいいし、親しい人間がいるなら人質に取るのもいいね」
「じゃあもうちょっと調べなきゃね!」
「いや、今は一旦帰ろう。さっきからロン・ベルクとキラーマシンがこっちを見ている。気づかれたら面倒だ」
「うわぁ、鋭い奴ら!それじゃ、帰ろうか!」
「ああ、そうだね」
因みにパワーウェイブは餓狼のテリー・ボガードの、砂かけはKOF97で永久できた山崎竜二の砂かけです。