餓狼 MARK OF THE DRAGONS   作:悪霊さん

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第2話 ロン

 目が覚めたとき云々という話を前回したと思う。今回は美しい青空は見えなかった。代わりに視界に入ったのは鬱蒼と生い茂った木々だった。どうやらここは何処かの森林か何からしいな。木陰に座り込んだ状態の自分の身体を見下ろすと、白を基調とした服を纏っている事に気がついた。流石に年をそのままとはいかなかったのか、7,8歳辺りの背丈のようだ。髪は少し長い金髪、それなりに綺麗な格好をしている。はて、どこかで見たような格好だな?

 

 まぁ、それは兎も角としてだ。辺りの探索でもしてみようか、まずここがどこかを調べないとだな。そう思い立ち立ち上がる。軽く屈伸して肩を回す。調子は良好、異常もなし。さて、行きますか。そう思って歩き出した矢先、茂みがガサガサと揺れる。ひょっとしなくても野生動物の類か?考えてみたら、何か危険な動物がいても全くおかしくはない。人の手も殆ど入ってなさそうな森の中、例えるなら熊とか、そう熊とか。

 

 固まってしまった俺を放ってガサガサと茂みを揺らしながら現れたのは、そう。茶色の毛皮の熊。……もっと言えば、野生動物というよりも魔獣とか魔物とか言った方がしっくり来るような面構えの熊だった。

 

「……マジかぁ」

 

「グルルル……」

 

 熊さん臨戦態勢。俺を見据えながら唸り声をあげている。どうしようか、武器も道具も何も無いこの状況でこれはまずい。開始数分であの世に逆戻りなんてごめんだ、どうにかしてこの窮地を脱しなければ。確か焦って走って逃げたり物を投げつけるのは悪手だって聞いたな。そう思いながら熊を睨みつけていると、不意に熊がびくりと怯えたように後退った。何かいるのか?そう思って背後を窺ったが何かがいる様子もない。ならば何に怯えたんだ?そう思っていると、視界の端で紫が動くのが映った。

 

「……?これは……」

 

 その方向に目を向けると、紫色の焔があった。俺の両手を覆うように。一瞬驚いたが別段痛みも何も感じない。代わりにあったのは、この焔は俺の力だという予感めいた確信だった。試しに右の拳を開き、その中に焔の珠を作る。思い通りの形にできた。音を立ててそれを握り潰すと、熊はまた怯えたようにびくりと反応する。やはりこの焔に怯えていたらしい。

 

「……さっさと失せろ」

 

 そう言い放つと、熊は踵を返して逃げていった。やれやれ、手から焔なんてどんなファンタジーなんだ?そう思っていると、さっき熊が出てきたのとは別の茂みから数匹の水色の生物が出てきた。

 

「……は?」

 

 思わず間の抜けた声を漏らしたが、俺は悪くない。目の前にいきなり、国民的RPGに登場する水色生物ことスライムが出てきたなら。その存在を知っているなら誰だって驚くだろう。……俺の立場を鑑みるに、ここは()()()()世界なのだという事を認識せざるを得なくて。そして、いくら愛らしい見た目をしていて一見人畜無害そうだとしても。スライムは魔物である。ならば、さっきの熊とは別方向に明確な危険だ。しかもそれが複数。またこの焔で追い払うか?戦闘になったらどうしようか、そんな俺の心配は杞憂に終わった。

 

「…こんな所で何をやっているんだ、ここは子供の来る場所じゃあない」

 

「っ!?」

 

 いつの間にか背後に立っていた男がそう言った瞬間、スライムの群れは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは青い肌に黒い髪、一際眼を引く大きなバツ字のキズ。そして長い耳。一目で人間以外と分かる風貌の男だった。ここが“ドラゴンクエスト”或いはそれに準ずるファンタジー世界であると仮定するなら、この男の種族は差し詰め魔族と言った所か。

 

「聞こえなかったのか?ここはガキが遊んでいていい所じゃあない。スライム程度ならまだしも、この辺にゃ豪傑熊だって出る。見つかる前にさっさと帰れ……」

 

「生憎と行くアテが無くって。熊ならさっき出ましたよ、追い払いましたが」

 

「冗談ならもっと面白いのを聞かせろ。魔法が扱えたとしても、人間のガキがどうにかできるレベルじゃあない……と、言いたい所だが」

 

 そこで言葉を切った男の眼が、ギラリと剣呑な光を帯びる。まさかとは思うが、その()()()()()に剣を抜くつもりじゃあないだろうな。そんな危惧は杞憂に終わったが、刃のような輝きの眼で見据えられているのは変わらない。

 

「武器も持ってない丸腰の人間のガキがたった一人でこんな所にいる事自体がおかしい。いくらスライムが大したことのない生物だとしても魔物に変わりない……普通の子供なら多少なりとも恐怖を抱く筈だ……普通ならな。お前は何者だ?」

 

「えー……っと。話したとしても信じてもらえるかどうか。何分与太話にしか聞こえないもんで」

 

「……フン」

 

 鼻を鳴らす男。幸先の悪い事だ、下手を打ったらここでゲームオーバーになりかねない。背中を冷や汗が伝うのを感じる。この男はきっと、さっきの熊とは比較にならないくらい強い。素人の俺でも分かる程の重圧だ。逃げるか?いや、恐らく直ぐに追いつかれてしまうだろう。地の利も多分に向こうにある。敵対行動を取るのはマズイ、それだけは確かだ。となれば言葉でどうにかこの男の殺気を収める他ない。

 

「……」

 

 そう考えていると、男の視線が一瞬だけ俺の背後に向いたように感じた。気のせいか、と思った瞬間。

 

「ガアアアッ!!」

 

「うわっ!?」

 

 俺の背後から、先程現れた熊、恐らく男の言う豪傑熊が飛び出してきた。一度立ち去ったあと、わざわざ回り込んできたのだろうか?ヤバイ、と思った時には既に身体が動いていた。反射的に振り向き様に振るった腕は空を切ったものの、その腕から飛んだ紫の焔が熊の顔面目掛けて放たれた。咄嗟に取った、全く無意識の反撃だった。だがその効果は覿面、豪傑熊は悲鳴を上げて焔に焼かれた顔を抑える。

 

「ギャウッ!?」

 

「……ほう」

 

 思わぬ反撃に熊と俺が驚いている中、男の冷静な声が聞こえた。面白い物を見つけた、どこかそんな響きのある呟きだった。熊が慌てて、今度こそ俺から遠ざかるように逃げ去っていくのを眺めながら呆然としていると、ガシッと肩を掴まれた。咄嗟に振り払おうとしたが、しっかりと押さえつけられてしまっていた。

 

「まぁいい。お前の境遇よりさっきの力に興味が湧いた。来い」

 

「え、ちょっ」

 

 そうして引きずられていった先にあったのは一軒の小屋。察するに男の家だろう。こんな森の中にぽつんと佇む姿からは、主が人目を避けるように、或いは人そのものを避けるように暮らしているであろう事を伺わせた。

 小屋の中に連れ込まれ、ぶっきらぼうに椅子に座らされる。改めて男の眼を見ると、さっきまでとは違い、何かが燻っているような眼になっていた。さっきまでは死んだ魚よりはマシと言うような、どこか空虚な眼だった事を考えるとまるで別人のようだ。

 

「さて、まずはお前の名前を聞かせてもらおうか」

 

「名前……」

 

 そこで俺は迷った。死ぬ前のただの人間だった時の名前を名乗るべきか、それともこの身体に相応しい名前を名乗るべきか。熊を改めて追い払った辺りから、俺はこの身体の特徴を纏め、ある結論を出していた。自分でも馬鹿じゃないのかなんて思えるくらい突拍子もないが、あのカミサマならやりかねないな、と思い直す。

 まず身体的特徴を整理しよう。長い金の髪、眼の色は流石に分からなかったが俺の予想が正しければ碧眼のはずだ。そして白を基調とした服。ここまでなら割りとありがちだろう。だが、ある二つの項目がありがちという言葉から遠ざけていた。一つ目は声。最初こそ気がつかなかったが、彼を知る者が聞いたなら、とあるキャラクターの声を少年にしたらこんな感じだろうな、という考えを抱く声だった。自分で言ってて訳が分からなくなってくるが続けよう。最後の特徴はあの紫色の焔。腕を振るった時に飛んだ焔。その気になれば両手を広げた状態で十字架のようにあの焔を纏えるのではないだろうか。

 長ったらしい自己考察を繰り返しながら、迷った俺はこう答えた。

 

「カイン――カイン・R・ハインラインです」

 

「……ハインラインか。聞いた事のない姓だ」

 

 それは当然だろう。何故なら今俺が名乗ったのは、餓狼伝説という格闘ゲームシリーズ、その中で俗にMOWと呼ばれるゲームの登場人物の名前なのだ。

 加えて言えば、今の俺の姿がそのカイン・R・ハインラインという男を幼くしたものだからだ。同作のラストボスを務める、あの男を。

 しかし、俺はそのカインという”キャラクター”を知っている。知っているが故に迷った。俺がこの名を名乗っていいものなのか。だがこの見た目で日本人的な名前を名乗っても違和感しかないだろう。この時はそう考えてこの名前を名乗ったが、後にして思えば高揚していたのかもしれない。ファンタジー世界で、ゲームのキャラクターの力と姿を持って存在しているという思いが何処かにあったのだろう、そのせいでどこか視野が狭くなっていた。それを自覚するのは随分と後になったのだが。

 

「オレはロン……まぁ覚えなくて構わん。手っ取り早く話を進めるぞ。お前、オレに武器を作らせる気はないか?」

 

「武器……?俺は剣の心得なんかはないですよ」

 

「似合わん敬語はいい。別に剣じゃなくてもいいんだ、なんなら手甲なりブーツなり、或いはもっと大掛かりなものだって構わん。オレがお前に作る、という事が重要だ」

 

「……そう言われてもな、俺は金も何も持ってない。着の身着のままだ。対価が払えないよ」

 

「じゃあそれはお前に素材を採ってきて貰う事で帳消しにしてやる」

 

 いきなりだな。それにその素材って鉄とかか?俺は鉱夫の経験だってない。俺の長所なんて精々少し喧嘩に強い程度だ。話がちょっとどころか大分飛躍していないだろうか。まぁ、もう少し話を聞いてみるか。

 

「で、その素材というのは?」

 

「コイツだ」

 

 そう言ってロンが取り出したのは青い金属。綺麗だな。

 

「コイツはブルーメタル、まぁまぁ上等な金属だ。それなりの数を採ってきて貰うが構わんだろう?」

 

「……まずどこで採れるのか、そこに行くにはどうすればいいのか、とか。先に話すべきことが結構あると思うんだが?それにお前に利がないんじゃあないか?そもそも行くとも言ってないだろう」

 

「……そうだな。まずはオレの利益から話すか……」

 

 そうして目を細めたロンは、ポツリと呟いた。

 

「お前がオレの消えた情熱を再び熱くさせてくれるような、そんな男なら……もう一度くらい本気で腕を振るってもいいか。そう思っただけだ。他には何もいらん」

 

「……情熱」

 

 言葉の意味は良く分からなかったが、それがこの男にとって何より大事な事なのだろうな、と察するのは当然とも言えた。要するにお眼鏡に適うかどうかをまず見極めたいのだろう、コイツの言う本気で腕を振るうに値するか否か。

 

「さっき豪傑熊を追い払った一撃。アレを見てオレはお前が大成する器を持った、そんじょそこらの木っ端とは違う男だと予感した。例えオレの作った武器を使わなくとも、お前という人間がそれ程の男なのだと言うのなら。これくらいやってみせてくれ……!」

 

「やれやれ、冷静に聞けばそもそも俺に利がないじゃあないか?だがまぁ……そうだな、分かった。アンタを納得、或いは満足させられるかは分からんがやってみよう」

 

 こうまで言われちゃ日和見なんてしてられないな。こんなに炊きつけられて尻込みするようならきっとこの先もそうなる。ずっとこの時の事を後悔して、後ろ向きに生き続ける。そんなのはゴメンだ、俺は人生を楽しく刺激的に過ごしたいんだ。幸いと言うべきか、豪傑熊をどうにかできる程度の力はあるみたいだからな。道中で色々試してみるのもいいだろう。どうせ行くアテや頼りにできる相手もいないんだ、ちょっとばかり冒険してみるのも悪くない。

 

「決まりだな。安心しろ、オレはこれでもそれなりに鍛冶ができる。採ってきた素材を無駄にするような事はせん……」

 

「まぁ、そこはいいんだが。とりあえず地図か何かないか?場所とか確認しないとな」

 

「おっとそうだった。まずはこれを見てくれ」

 

 ロンの取り出した地図を見ながら世界の大陸や国を頭に叩き込む。俺の住んでいた世界に比べると随分小さく感じるが、こんなもんなのだろうか?どうやら地底魔城と言うらしいそこの場所を覚え、行路を確認する。ここからだと海を渡る必要があるようだが、幸い船賃くらいは出してくれるらしい。薬草も少しは持たせるが後は自分でどうにかしろ、との事だ。ま、当然か。何でもかんでも強請るのはみっともない。ところで地底魔城って、確かゲームで同名のダンジョンがあったよな。こっちの地底魔城には何かいるのか?魔城って言うくらいだし、何かしらいるんだろうな。

 そのまま行路や地形、注意事項などを聞きながら頭にメモを取る。そういえば今日の宿はどうしようか、と思っていると今夜はロンが泊めてくれるらしい。酒の相手くらい付き合え、と言われたが。俺は一応未成年なんだが、ひょっとしてそういう法とかはないのか?いや、あってもお構いなしか……。ともあれ今日はゆっくりと休息を取り、明日からの旅路に向けて身体を整えなくてはな。

 

 そして夜が明けた。




7/1改稿

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