年内に更新したかったので急ぎ書き上げました。
空白の時間については活動報告をご覧下さい。
……最新話のあとがきに書いておくべきでしたね、活動報告のこと。
テランとのベンガーナの国境近くにあるカンダタ義賊団のアジトに到着したカイン達を迎えたのは、大魔導師マトリフだった。
ロビンを外に待機させ内部で茶を飲みながら確認したところ、アバンとラーハルトは既にテラン王に話を付け、カンダタ達と共に墓の移設準備を始めたそうだ。それを聞いてアベルは先に移設予定の所に向かう、と言って出て行った。
「俺達もいこうぜ。こいつの紹介もしたい所だしな」
と、カインがメイドロボを顎で示すと、マトリフは顎に手を当てたまま黙り込んでいた。
どうかしたのかと声を掛けると、なんでもない、と答えた。だが、視線は真っ直ぐメイドロボの方を向いている。
彼をよく知る者ならば、“またセクハラでもしようとしているのか”と思っただろう。しかしそんな事は欠片も知らないカインは、マトリフの視線をどう解釈したものか、と思い悩んでいた。
この世界の誰も知らない、或いは忘れている事だが、カイン・R・ハインラインにはある特技がある。
それは、『目から相手の感情が分かる』事。カイン自身は気づいていないのだが、これは彼がこの世界に来る切欠となった女神のささやかな加護によるものだった。カイン自身はこれをカイン・R・ハインラインの身体の特徴の一つとすら思っていない。
ともかく、この特技のおかげで彼は誰が相手だろうと、目さえ見えれば感情が理解できる。理解できる感情ならば、だ。
今現在のマトリフの思考は、アバン達仲間の事、ラーハルトの事、目の前のメイドロボ(にセクハラする事)、そしてカインとロビンへの警戒。
当然、仲間の事やラーハルトの事を考えるのは理解できた。自分への警戒も、彼自身マトリフに対し警戒心があるので分かる。キラーマシンを見られているのでそれも多分に含んでいるだろう。問題は、彼がおおよそ興味のないセクハラについての思考がある事だ。その思考のせいで、カインは感情が上手く読み取れずにいた。戦闘や機械にばかり関心を向けていたせいだろうか、彼はそういった事に興味が欠片もなかった。しかもカインはこれをマトリフが高度に感情を隠しているのだと勘違いしている。それがマトリフに対する警戒に拍車を掛けていた。
暫く経って漸く、マトリフが溜息を吐きながらカインに向き直った。
「出発前にお前さんに尋ねる事がある」
「なんだ?」
警戒しながら応答すると、マトリフは先ほどよりも鋭い目でカインを見、
「お前は何者だ?」
と、言った。
「何者も何も……ただの旅の少年だよ。何かおかしいかい?」
「ああ、おかしいね。テメェは旅をするにゃ若すぎる。年の割には経験豊富なようだし、何よりもあのキラーマシンだ。どこで手に入れた?」
凄味を利かせながらマトリフが言うと、カインは肩をすくめながら、
「地底魔城」
と、一言だけ言った。
「そら、また怪しい所が増えたぜ。ただのガキがどうやって地底魔城に行って、キラーマシンなんざ盗んでこれるんだ?よく今まで怪しまれなかったもんだ」
「さてね、子供に思えなかった、とか言われた事もあるが。それと一つ訂正だ」
「あん?」
「盗んだんじゃあない。譲ってもらったんだ」
「……あのハドラーにか?それこそありえん、奴が人間に施しを与えるような――」
「なんなら直接行って確かめるかい、大魔導師」
部屋の空気が一変した。誰の目で見ても一触即発というのが見て取れるだろう。
マトリフはまるでたった一人で魔王の前に立ったかのような錯覚を覚え、カインは圧倒的な魔力の昂ぶりを感じ、無意識のうちに戦闘時のように斜に構えていた。
マトリフが杖を構え、カインが僅かに闘気を全身に張り巡らせる。互いにいつでも動けるように身体を整えていた。杖の先に火球が生み出され、カインは黙ってそれを見つめる。
しばしの静寂が訪れ、最初に動いたのは――
「ちょ、ちょっと待ってください!なんで喧嘩してるんですか~!?」
乱入してきたアバンだった。
そして次に動いたのは、
「うおっ!?」
突然のアバンの登場に驚き、誤ってカインの顔面目掛け火炎呪文(メラゾーマ)を撃ちだしたマトリフだった。
カインはというと……
アバンの方を向いていたため火炎呪文を避けそこね、首から上が炎に包まれていた。
「ちょ、ま、マトリフさぁぁぁぁん!?」
「あー……その、なんだ、すまん」
「いやいやいや、貴方子供になんてことしてるんですか!?」
すっかり慌ててしまったアバンと、戦意を削がれたマトリフが立ち尽くす。
せめてホイミぐらいかけようとアバンがカインに駆け寄った。
「流石は大魔導師、ってところか。顔がちょっぴり焼けちまったぜ」
しかしというべきか当然というべきか、カインは全く動じる事もなく、平然と自らを襲っていた炎を振り払った。
これには流石の勇者と大魔導師もしばし惚けていたものの、すぐに我に帰った。
「大丈夫ですか、火傷は……ってあれ、全然ない?」
「ああ、俺は炎や熱に高い耐性があるんだ。ハドラーのメラミ食らった時も火傷一つなかったしな」
ハドラーと聞いて普段は柔和な表情のアバンも目を鋭くした。が、次の瞬間には既にカインの僅かな火傷にホイミを掛けていた。
「いいのか、回復して。もし俺が魔物だったらどうするんだ?」
カインが意地悪げな笑みを浮かべて言うが、アバンはさらりと
「そんな綺麗な目をした方がいきなり襲いかかってくるとは思えないので」
と返し、カインも閉口してしまった。
「さて、話していただけますか。地底魔城に行った経緯、あのキラーマシンを手に入れる事の出来た理由その他諸々。洗いざらいぶっちゃけちゃってください」
「……わーったよ。話すよ、全部な。前置きしておくが嘘は無いからな」
そう言ってカインは語りだした。流石に転生云々の話はしなかったが、やはり多少は疑われて当然と思いながら話していった。マトリフもアバンも口を挟まずに黙って聞いている。
こうして思い返すと、存外あそこで得たものは多かったのだな、となんとなく考えた。マシン兵の知識、戦闘経験、身のこなし、他にも様々だ。勿論物的な物も多いが、経験はどんな宝にも代え難い物だと考えるカインにとってはそちらの方が余程重要であった。
そう思いながら話を終え、反応を待っていたところ、アバンがこんな事を言った。
「ハドラーが異様にレベルアップしてると思ったらそういう事だったんですか……」
「……」
「あの野郎、部下を連れないでやってきたと思ったら『アバンと一対一で勝負させろ』と来たからなぁ。おかげでパーティ全員であちこち巡ってレベル上げの旅だよ」
「ボッコボコにされて、その上で『お前の力はそんなものではないはずだ』なんて言われちゃって。何があったんだってぐらいの変貌っぷりでしたよ」
「……すまん」
なんとなく気まずくなって目をそらしながら謝るカイン。それを見てアバンは苦笑しながら、マトリフはニヤニヤと笑いながらこう言った。
「いえいえ、悪い気はしなかったですからお気になさらず」
「お前さんは一応信用に値する人物のようだしな。そもそも戦ったの俺じゃねぇし」
「……そ、そうか」
「それで、カイン君。あなたの事ですが、ハドラーとの関わりはあるが人間に敵対する気も協力する気もなく、というかそもそも面倒だから関わらない……って事でよろしいんでしょうか?」
「まあ、大体あってる」
「変なガキだな、普通はここで勇者様の力になりたーい、とか、勇者様頑張ってくださーい、とか言うもんじゃあねぇのか?……いや、むしろ最近のガキはこういうもんなのか?」
これが普通だったら世も末だろう。もし世が末だったらしっかりした子供が多いんだろうか。モヒカンも増えそうだが。
などと関係ない事を真顔で考えながら自分のスタンスを説明していくカイン。キラーマシンの説明の時は流石に訝しがられていたが、今度ハドラーに会った時にでも聞きましょう、とアバンが言って、少々険悪に始まった対談は終わる事となった。
流石に長居しすぎたので、ラーハルトやカンダタ達が待っているだろう。早く行こうか、とカインが切り出し、墓の移設予定の場所に向かう事となった。
「そうですね、彼らが待ってます、我々もそろそろ行きましょう」
そういえばアベルも待ってるんだったな、と心の中で付け加えてから立ち上がった。予定外のトラブルがあったものの、まぁ大した問題はなかったな、と思うカインであった。アバンがメイドロボに無反応だったのは気になったが、後ろからメイドロボの胸部装甲に手を伸ばすマトリフの腕を掴んでいるのを見て、
(あぁ、マトリフが注意向けないようにしてたのか……)
と、アバンのささやかな気遣いに感心すると同時に感謝するカインだった。
もっとも、マトリフからすれば真面目な話をしていたから自重していただけで終わったからと手を伸ばしたようだったが。アバンの気遣いは無駄となってしまった事に何とも言えない気持ちになってしまった。
(マトリフはセクハラ爺、と……)
バレないようにこっそりと手帳に書き込むカインだった。
皆様、来年もよろしくお願いいたします。