例の如く、俺とアベルはアルキード近郊の小さな街……の、近くの森で野営の準備をしていた。アベルがいるのだから宿に入れる訳ないよな。
準備を終えた俺達は、各々軽く修行をしていた。
「ヒャダルコ!メラミ!ライデイン!……やっぱりライデインはまだ出来ないかニ」
「カイザーウェイブ!……ダメだ、これじゃエアガンのがまだマシだ。ゼーレ撃つ方が効果的だな。レイジングストーム!……これじゃ雷震掌だよ」
が、難航していた。
アベルは単純に力量不足で手に余る大呪文は使えず、俺はヴォルフガング・クラウザーの必殺技『カイザーウェイブ』や、ギースの『レイジングストーム』を再現しようとして、尽く失敗していた。
アベルはプチット族の中でもかなりレベルが高いらしく、魔力が(同種に比べて)豊富なんだそうだ。使える呪文も多岐に渡り、中級呪文なら粗方使えるらしい。
因みに俺が練習していたカイザーウェイブは、気弾を撃ち出す技なのだが、威力が高い上に回避しづらく打ち消す事も殆ど不可能という恐ろしい飛び道具だ。勿論実際に使えば横に回避できるだろうが、サイズが非常に大きいため、どちらにしろ回避は難しい。習得できればかなりの戦力になる。
レイジングストームは、闘気を拳に込めて地面を殴りつけ、闘気の柱を噴出させる技だ。相手を上方に吹き飛ばすのは勿論、前面の殆どをカバーできるため、ある意味ではカイザーウェイブ以上に汎用性が高い。雷震掌?世紀末のKINGの技、説明省略。
まぁ要するに、強い技を覚えたいから練習してたって事だ。
一段落した所で、適当に晩飯を買いに行く事にした。因みに俺は料理ができない。今までは買い溜めた食事をロビンの中に保存したり宿に泊まっていたから問題なかったが、覚えた方がいいのかなぁ。
「買い物行くが何か食いたい物あるか?」
「特にないニ。無駄遣いしないよう気をつけるニ」
「へいへい、行ってくる」
◇◇◇◇◇
適当にパンや果物を買った俺は、ふらふらと散歩しながら、露天を見て回っていた。焼いた肉(何の肉だ?)を串に刺してタレを浸けた物など、中々美味そうな物がある。
無駄遣いするなって言われたけど、食い物なら無駄じゃあないよな、うん。アベルの分も買っときゃいいだろ。あれ、プチヒーローって植物系じゃなかったっけ?肉食うのかな、ここまで来る時の食事でパンしか食べてなかったから分からんな。
結局二本買った俺は、ちょうど近くに噴水があったので傍のベンチに座って食すことにした。あ、ここで全部食っちまえばバレないんじゃね?とりあえず一本食っちまうか。
遠くから聞こえる子供の笑い声をBGMに、のんびりと咀嚼する。にしても、なんとなく癇に障る笑い方だな。
通行人の会話を聞いていると、勇者がこの街に来ているそうだ。……アベルじゃないよな?とりあえず二本目食ったら行ってみるか。
きっちり二本とも食べ終わった俺は、通行人が向かっていった方に歩き出した。アベルの分?知らんな。
のんびりと歩いていると、さっきの子供の声がまた聞こえてきた。あと何か打撃音も。なにやってん……あ。
妙に癇に障ると思ったら、子供の集団がフードを被った子供を囲んで痛めつけている所だった。子供は嫌いじゃないけど、こういうのは嫌いだな。という訳で止めに入る。
「おいガキども、何やってんだ、いじめは良くないぞー」
「まぞくめー!」
「やっつけてやるー!」
「やめろ」
無視されたのがイラっとしたので、無理矢理適当に首を掴んで引き離す。魔族とか言ってたけど、いじめの言葉にも使われるのかよ、どこの世界でもこういうのはいるんだなぁ……
「な、なんだよ?はなせよー!」
「うるせぇ、おとなしくしてろ。大体いじめなんて……あん?」
ふと、子供が手に持っている棒に気づいた。さっきの打撃音、棒……こいつら、棒っきれなんか使ってやがったのか。
威圧する意味も込めて、棒を奪い取り、握りつぶしてから炎で灰にすると、子供達は萎縮したようだ。叩かれていた少年も呆然としている。
「男なら拳一つで勝負せんかい!ってな。大体多対一なのも気に食わない。気に入らないんなら口で直接言うか、自分一人で勝負しろ。分かったらさっさと行け!」
パッと手を離すと、子供はどさりと尻餅をついた。そしてそのまま全員逃げていった。逃げ足だけは一人前だな。
「おい少年、大丈夫か?」
「少年って……アンタだって同じぐらいじゃないか。大体、なんでオレなんか助けたんだよ」
「アイツらが気に食わなかった、いじょ。なんであんな奴らに囲まれてたんだ?」
その問いに、少年は俯いたまま答えなかった。だんまりか、やれやれ……
「まぁ、話したくないんなら無理に話さんでもいいさ。たまにはやり返したって良いと思うぞ?向こうは多数、武器も使う。数発ぐらいやっちまったっていいじゃねぇか」
「……オレが奴らに手を出すと、大人達がやってくるんだ。オレの家を壊したり、母さん達の墓を壊したり――」
「……墓?」
聞き返した時、少年は驚いた目で俺を見ていた。ふと手を見ると、焔が轟々と燃え盛っていた。無意識のうちに軽くキレてしまったらしい。ため息を吐いて焔を消すと、少年は続きを話し始めた。
「……オレの父さんは魔族で、母さんは人間だった。オレは魔族と人間の間に生まれた子なんだ。魔王が世界を脅かしている今の時代、人間は魔族を目の敵にしてる。オレは両親が好きだったから、二人の子に生まれた事は誇りに思ってる。でも、人間達は父さんだけじゃなく、母さんまで迫害したんだ……っ!」
悔しそうに歯をギリギリとさせる少年は、涙を流していないはずなのに、どこか泣いているように見えた。
にしても、酷い話だ。人種や肌の色etcで迫害されるというケースは多いが、やはり気に食わない。ああ、ハドラーに言ってこの街滅ぼしてもらおうかな、なんて事を考えるぐらいには苛立っていた。勿論そんな事は頼まないが。
そういえば少年の名を聞いてなかったな、と思い立ち、訊ねてみる事にした。
「……人に名を聞く時は自分から名乗るものじゃあないのか?どんな仲にも礼儀は必要だって父さんも言ってたぞ」
「確かにそうだな。俺はカイン。カイン・R・ハインラインだ」
どうせまた『偉そうな名前』とか言われるんだろうなー、あぁやだ、そんなに偉そうかねぇ?
「カッコイイ名前だな」
「……」
少年の評価を5段階ぐらい上方修正しよう。
「オレはラーハルトだ」
少年ラーハルトは、フードを取り払い、俺に笑顔を向けた。ククッ、やっと笑ったな。
「ラーハルト、こんな所にいてもしょうがないだろう?どうだ、俺と――」
そう言った時、突然石が飛んできた。ラーハルトにぶつかりそうだった石をキャッチして飛んできた方を見ると、先ほどの子供が大人を連れてやってきていた。
「あいつら……!」
ラーハルトは身を強ばらせ、大人達は口汚く罵りの言葉をあげている。耳障りだから聞き流すが、気分の良いものではない。
さて、どうしてくれようか……アーテムで威嚇するか?どうするか……
そこまで考えた時、俺達の前に立ちはだかる影があった。
「やめてください!何故子供に石を投げるのですか!?」
「勇者様、そのガキは魔族です!俺達に危害を加えようとしてるに違いねぇ!」
「そうだそうだ!そっちの金髪のガキもなかまに違いない!」
うぜぇ。俺達を庇った水色カールの人は兎も角、こいつら焼いちゃっていいよね?ね?
「魔族だろうと、子供ではありませんか!大体――」
「ああ、いいよ、庇わなくて」
投げやりに言った言葉に驚いて『勇者様』が振り返った時には、既に俺は右手を振り下ろしてヒムリッシュ・アーテムを撃ちだして群衆の目の前の地面を深く抉った後だった。
「行くぞ、ラーハルト」
恐怖と驚き、その他諸々で固まっている人垣を尻目に、ラーハルトの腕を掴んで歩き出すと、ラーハルトが驚いて声をあげた。
「ど、どこにいくんだよ!」
「こんな胸糞悪い所にいられるかよ。連れの所まで戻る、お前も来い。それともこいつらと一緒にいたいのか?」
「……そうだな、オレも連れてってくれ」
「分かった。ああ、そこの水色カールのお人、名はなんと?」
呆然としていたカールの人はようやく我に返り、ぺこりと一礼した。
「私はアバン、旅の者です」
「アバンさんよ、庇ってくれた事、感謝する。だが、西の森には来ないでくれよ、絶対にな」
「……ええ、分かりました」
気分の悪いまま、俺とラーハルトは街を後にした。
さて、アレがハドラーの好敵手殿か。果たして来てくれるかな?
そう考えながら俺は、この街にはもう二度と来ない事を手帳に記した。