「ちょっと失礼、少々お尋ねしたいのですが」
洞窟の入口を守る男達に正面から声をかける。無駄に警戒されないように、丁寧な態度を心がけながら、注意深く進む。
「あぁ?なんだぁテメェは?」
「子供がこんな所を彷徨いていると危ないぞ。この辺りで熊が出てな、今そいつを警戒して、こうやって二人一組で注意を払ってるんだ。道に迷ったんなら、手すきの者を呼んでくるから」
メットを被った方の男は少しばかり威圧的だったが、もう一人の男は結構親切だった。
申し出を丁重に断り、人を探している事を伝えると、
「なぁ、もしかしてあの人じゃないか?昨日見つけた」
「あー、そうかもな。ボウズ、そのねぇちゃんの顔分かるよな?」
「いえ、俺は探すのを手伝っているだけなので風貌までは。知っている人が一人ついてきてますが、カンダタ一味とやらが来るかもしれないってその辺を警戒してますよ」
肩を竦めながらカマをかけてみる。
「そのカンダタ一味って俺らの事だぞ、ボウズ」
「その人をちょっと呼んできてくれないか?」
「はいはい、ちょっと待ってくださいねっと」
大当たり。やっぱりこの人達がカンダタ一味か。
やけにあっさり了承したなって?悪意があるか、とかどんな感情抱いてるか、なんて眼を見れば分かるだろ?
村人Bとアベルを呼んで、ロビンに乗って洞窟に戻ってくると、男達は目を剥いた。いい加減このリアクションも飽きてきたな。
事情を説明すると、快く中に案内してくれた。部屋に案内され、Bがベッドに横たわる女性に駆け寄ると、やはり村人Aの奥さんだと判明した。
二人が会話している間に、どことなく世紀末臭のするメットの人が語ってくれた内容によると、こうだ。
「あのねぇちゃん、山菜を取りに来たはいいが、道に迷っちまったらしくてな。途方に暮れたところに熊まで出やがった。慌てて逃げようとしたら運悪く足をくじいちまって動けなくなった。そこに偶然通りがかったお頭が熊を追い払って、村より近かったここのアジトに連れてきて手当をした訳だ。今はお頭と何人かでその熊を仕留めるために探してる。お頭が戻ってきたら村まで送ってやろうって事になってるんだ」
なんだ、カンダタって良い奴じゃん!
兎も角、カンダタ達は村人が懸念していたような悪人ではないようだ。とりあえず当面の問題はその熊だけだな。
そう考えていると、部屋に駆け込んできた下っ端が、お頭が帰ってきたと叫んだ。
「なるほどな、まぁなんにせよ無事でなによりって感じだな」
「え、えぇ。その、本当にありがとうございました、カンダタさん」
「いいって事よ、困ったときはお互い様ってな。情けは人の為ならずともいうだろ?親切は惜しんじゃあいけねぇわな」
などと男前な事を言っている、カンダタ一味のトップ、カンダタ。
その出で立ちは――
覆面!
上半身裸+マント!
斧!
どう見ても不審者です、本当に以下略。
「しかしカンダタさんよ、俺はあんたらが盗賊だとか聞いたんだが、根も葉もない噂って事でいいのか?」
そう切り出した俺にカンダタが向き直る。直視しづらいんだが、アンタの格好。
「カインって言ったな。完全に根も葉もないってわけじゃあねぇぜ、その噂。俺たちは確かに数年前までは盗賊団だった、だが!ある日を境に我らカンダタ盗賊団は、カンダタ義賊団となったのさ!」
仰々しく身振り手振りを交えて話すカンダタ。すまん、物凄い直視しづらい。なんで皆平気なんだよ?
「あー……そのある日ってのは?」
なんとなく聞かなきゃいけなさそうな雰囲気だったので一応訊ねてみる。
「よくぞ聞いてくれました!そう、あの日、俺たちは――」
以下、数十分に及ぶカンダタの話を要約するとこうだ。
カンダタ達は、いつものように盗みを働いていた。
ところがその日は、邪魔が入った。天下のカンダタ盗賊団様に逆らうなんてふてぇ野郎だ、ぶちのめしてやると意気込んで殴りかかったものの、彼は剣も抜かずに一味をコテンパンにのしてしまったという。
そして彼はこう言った。
『あなた達のその力は、弱者から奪うために修行して手に入れたものですか?……私には聞こえます。あなた達の拳が、剣が、涙を流しているのが。こんな事のために鍛えられたんじゃないぞ、そう叫んでいる声が。……それと、これはちょっとした持論なのですが』
『修行で得た力というのは他人のために使うものだと私は思います』
その言葉に深く感銘を受けたカンダタ達は、彼――勇者アバンに謝罪し、盗賊稼業から足を洗い、世のため人のために闘う義賊となる事を誓ったそうな。
「いま思い出してもあの時の勇者殿はシビれるぜ。で、盗賊時代の人脈や独自ルートを使って、行商なんかで生計立ててるのさ。このエピソードは、俺達に関わるような奴しか知らないから、普通の村人には伝わらないんだろうけどさ」
それを聞いてBが申し訳なさそうな顔をする。
「申し訳ない、私はあなた方を誤解していた」
「よくあるこった、気にすんな!……正直、今までやってた事が事だから、今更受け入れてもらおうとは思わんさ。アレだ、縁の下の力持ちって奴だな。受け入れてもらえなくとも助けになろうって決めたんだ、その事に後悔や迷いはねぇさ」
そう言ってカンダタは豪快に笑った。不審者かと思ったらかなりの好漢で驚いた。
「アベル、一応村まで送ってやってくれ。俺はちょっとここで用事がある」
「ニ?分かったニ、戻ってきたらボキも君に話があるニ」
「ありがとう、カイン、アベル。君たちのおかげで彼女を見つける事ができた。あいつもきっと喜ぶだろう。カインとはここでお別れのようだが……その、元気でな。本当にありがとう」
Bは丁寧にも俺に礼を言って、カンダタ盗賊団……おっと、義賊団のメンバーにも一人一人頭を下げていた。
さて、俺の用事を済ませるか。
「カンダタさん」
「おっと、呼び捨てでいいぜ。堅っ苦しいのは嫌いでな。ってかさっきも普通に喋ってたじゃねぇか。で、何だ?」
「面倒だったんだよ。行商やなんかをしてると言ってたが、商品はあるか?」
そう、用事とはこれだった。カンダタと顔なじみとなる事で、珍しい物を安く手に入れる。これが狙いだったのだ。
「あー、悪い。今は手元に商品がねぇんだわ」
俺の目論見は儚く砕け散った。
「とはいえ、何日かすりゃあ仕入れられる。それまで待っててくれりゃあ、安めに且つ優先的に流してやるぜ?」
天は我を見捨てなかった。そういえばあの幼女神の加護とかあるのかな、期待できそうにないけど。
「いいのか?それじゃあ頼むよ、主に鉱石や珍しい素材を頼む」
「あいよ、任せておきな」
◇◇◇◇◇
洞窟の外でロビンの整備をしていると、ちょうどアベルが戻ってきた。
「お帰り、ちゃんと送ってきたか?」
「勿論だニ。それでだニ、カイン」
「あん?」
ドヤァ、という擬音語でも見えそうないい表情で、アベルはこういった。
「君は中々見所があるニ、勇者であるボキと共に魔王を倒す旅に出るニ」
「お断りします」
「真顔で断られたニ!?」
やだ、めんどい。ってかハドラー倒すとしても、俺は一対一の決闘がいいんだが。
あと、勇者だろうと魔王だろうと俺は誰かに従う気はないから!そこんとこかなり重要だからな!
「じゃ、じゃあ折衷案でボキと共に修行の旅に」
「却下」
「ぐぬぬ……じゃ、じゃあ、君の旅に同行させてくれニ!」
「いいぞ。薬草だけじゃ不安だしな」
「ボキの価値は薬草程度なのかニ!?」
「何言ってんだ、世界樹の葉ぐらいだよ」
「そ、そうかニ?……ふふん、そこまで言われちゃあ仕方ないニ。このボキがついていってやるニ」
なんか騙されやすい上に乗せられやすいな、こいつ。大丈夫なのか?
「さーて南のアルキードに行くかなー、行くぞロビン」
『了解』
「ちょ、ちょっと待つニ!置いてかないでほしいニ~!」
アベルが なかまに くわわった!
こうして、騒がしい旅の友が増え、俺はベンガーナを出て、アルキードへと歩を進めるのであった。買い物?カンダタの所でするからいいのさ。金も心許ないし。
手帳に書く事が沢山できたな、と思いつつ、アベルを拾ってロビンに乗せてやり、のんびりと行く末を眺めていた。