コロシアムに置かれた壊れたキラーマシン、その周囲に魔物達が集まっていた。
その中には地獄の騎士バルトスや、少年ヒュンケル、果ては魔王ハドラーの姿もある。彼らが固唾を飲んで見守っているのは、カインが最後の作業を行っている所だ。
数日前では、装甲の破損などが目立っていたボディだが、完全に修復され、一筋の傷すら見当たらない。連日の勉強と修理のおかげで、カインはすっかりキラーマシンについて熟知していた。
「起動するぞ……これで完璧なはずだ」
いよいよ、キラーマシンが起動される。ダメージが0%ならば、晴れてこのキラーマシンは貰い受ける事が出来る。緊張の面持ちで、魔力を送った。
『ダメージ0%、損傷アリマセン』
観客から歓声があがる。ただの人間の子供が、キラーマシンを修理した。些細な事ではあるが、彼らにとっては知った顔がそれを成した。その事実に魔物達は色めき立つ。
バルトスは六本の腕で拍手をし、ヒュンケルは目を輝かせ、ハドラーが一歩前に出て、カインを労った。
「素晴らしいな、まさか本当に修復してしまうとは思いもよらなかった!約束通りこいつはキサマにくれてやろうではないか!」
「有り難くいただくぜ、ハドラー。ま、ここまで出来たのもお前のおかげさ。大事にするよ」
ハドラーは満足げに頷いている。やや興奮冷めやらぬ様子であったが、真面目な顔になっている。魔物達もそれを感じ取り、静まり返る。
「では――行くのか?」
「ああ……ブルーメタルも集まったし、キラーマシンも修復した。もう、ここでやる事はないからな」
それを聞いて、どことなくハドラーが落胆したように見えた。やはり、カインを部下に引き入れたいと今も思っているのだろう。だが、一度しか問わないと言った事を断られた手前、再び同じ事を言うわけにもいかないし、そもそも彼が誰かに従うような性格とは思えない。
魔族であるハドラーと懇意にしていたり、強さを含めて常識に囚われない奴だ、とハドラーは常々思っていた。もしかしたら気分でしか行動していないんじゃないかというぐらいに気分屋だったり、全力を振るう事を楽しむ戦闘狂じみた一面もあれば、ヒュンケルと遊んでやる程度には面倒見がよかったりと、まるでカインという個を見定めさせないかのような振る舞いが目立っていた。
彼の多面性はどうあれ、もう彼がここから去るというのはわかりきっていた。元々、これ程長く滞在するとは思っていなかったが、彼がいる間の地底魔城は平和で楽しげな空気が流れていた。
「また遊びに来いよー!」
「歓迎するからなー!」
魔物達から別れを惜しむ声があがれば、地獄の騎士から、短い間だったが楽しい時間をありがとう、と礼があり、ヒュンケルはまだもう少しいてほしい、と引き止められる。
後ろ髪を引かれる思いで、カインは立ち去ろうとした。
「ちょっと待て」
が、ハドラーに呼び止められて立ち止まった。
「どうした、まだ何かあるのか?」
怪訝な顔をするカインに近づき、ハドラーは一本の筒を懐から取り出した。その筒を手に握らせ、語った。
「これはな、生物を封じ込めて置ける魔法の筒だ。相手に向けて、イルイル、と唱えれば一匹のみ収納して持ち運べる。出すときにはデルパだ」
「おい、これって貴重品じゃあないのか?いいのかよ、こんなもん」
「構わん、餞別だ。旅立つ我が好敵手への、な」
そう言ってハドラーはニヤリと笑い、カインと握手をした。好敵手と呼ばれたカインは満更でもないようで、少し照れくさげだった。
「今度会う時には今よりもっと強くなってるからな、覚悟しろよ?」
「面白い、もし弱くなっていたら、わかっているだろうな?最も、その頃にはオレも格段に強くなって、勇者を葬っているだろうが……っと、最後に一つ聞かせてくれ。あの時、『最後にものを言うのは精神力だ』とか言ってたが、あれはどういう意味だ?」
首を傾げるハドラーに対し、カインは若干脱力して答えた。
「お前な、それを訊いてどうすんだよ、ったく――いいか?重要なのは心持ちだ。意気込みだ。できないと思い込むからできない、できると信じるからできる。そういうもんだ」
「ムゥ……いまいちよく分からんな」
「後は自分で考えな。――それじゃ、今度こそ」
「ああ、そうだ、もう一つ」
「まだあんのかよ!?」
呆れた顔で嘆息するカイン。さっさと言え、という思いが態度に出ていた。
「最初の頃と口調が少し違うが、どうしたんだ?」
「……かっこつけてたんだよ、悪いか」
小さく吹き出したハドラーがカインに吹っ飛ばされる。今では割と見慣れた光景を、ヒュンケル達は笑いながら見ていた。
「今度こそ行くからな、じゃあな!」
「ああ……さらばだ、カイン」
そうして、カイン・R・ハインラインは去っていった。魔王が見つめるその後ろ姿は、初めてそれを見たときより、心なしか大きくなって見えた。