SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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改訂しました 2016/10/16


Fragment4 《酒徒》

2023年 7月

 

 

「おーいハセヲぉ、呑んでるか~?」

 

「呑んでる、呑んでる……」

 

「オラ! もっと呑め! はーはっはっは!」

 

「ウゼェ……」

 

「んな辛気臭いしてねぇで呑めって、ほら! ハイ、かんぱーい!」

 

「だぁ、クソがっ! やめろ、絡むな! 肩を組むな! 耳元で叫ぶな!」

 

「いいーぞー、もっと呑ませてやれー! 何せ今日の主役様だからなー!」

 

「そーだそーだ!」

 

「クラインの奢りだしな!」

 

「そーゆーこった! いいから呑め!」

 

「だから呑んでるっつの! つか、テメェらも煽ってんじゃねぇ!」

 

「なんだ? それとも俺の酒が呑めねぇってのか!?」

 

「ンなこと言ってねぇだろ!!」

 

零時を回ってから既に一時間以上。呑み始めてからだと長針が優に六周はしている現時刻は午前一時。

どいつもこいつも酔いが回っておかしなテンションになっているこの状況。

 

六時間もぶっ通しとかありえねぇだろ……

 

「どうしてこうなった……」

 

自分以外の人間が全て正気を保っていないというのは非常に辛いものがある。

酒に酔うなんてことのないこの世界では幻痛に違いない痛みを米神に感じながら、俺は八時間ほど前に思考を遡った。

 

 

 

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一階層突破から約八ヵ月が経ち、現在の最前線は三十七層。

俺のレベルも大分上がって五十半ばになっている。

 

デスゲーム開始から数えると九ヵ月。約一週間で一階層をクリアしているペースだ。

これだけハイペースで攻略が進んでいるのには幾つか理由が有る。

 

一つ目は現在生き残っている八千人弱のプレイヤー層が大きく三つに別れたこと。

アインクラッド攻略の最前線で経験値稼ぎや迷宮区の探索に繰り出し、一刻も速くこのデスゲームからの脱出を図る攻略組。

最前線よりも下の階層で死なない程度に一定のスリルと豊かな生活を送れるようにプレイをする中堅組。

一階層の《はじまりの町》で只管にゲームクリアか外部からの救出を待つ居残り組。

そんな風に別れたその攻略組の中に、βテスター――俺は諸々の事情から《ビーター》なる称号をとあるバカと共に付けられているが――ではないプレイヤーも段々と増えてきている。つまりプレイヤー全体の実力が上昇しているということだ。

デスゲーム開始当初、俺達が第一層をクリアするまでは《はじまりの町》で救出を待つプレイヤーの方が圧倒的に多かったんだが、一月経っても何の音沙汰も無いことや、死んだプレイヤーが帰って来なかったことから外部からの救出に期待出来ないと多くのプレイヤーが察したのか、現在ではプレイヤー比が1:4:5といったところになっている。

 

二つ目の理由は《ギルド》の存在だ。

件の第一層攻略後、その後の攻略組の先駆けとなる二つのギルドが誕生した。一つはあのサボテン野郎ことキバオウ率いる《アインクラッド解放隊(Aincrad Liberation Squad)》、通称《ALS》。もう一つは元々ディアベルが率いていたメンバーが発足した《ドラゴンナイツ・ブリゲード(Dragon Knights Brigade)》、通称《DKB》。

この二大ギルドをはじめとして大小様々なギルドが生まれたことで、戦闘だけでなく情報や物資の流通網など、様々な事柄が個人単位から集団単位へとシフトしていったことで攻略速度が一気に上がった。ボリュームゾーンの中堅組は言わずもがな、攻略組も含めて九割程のプレイヤーがどこかしらのギルドに所属している。

とは言え派閥が出来れば今まで以上に諍いが発生するのは当然のこと。ギルド間の揉め事も非常に多い。その最たる例がALSとDKBの衝突だ。最初期に発足され多くのギルドを吸収してきたことで飛びぬけて多く人員を抱えて攻略を引っ張ってきた両者だが、そもそもその方針が方や『リソースを最大限広く分配し平均の底上げを図る』、方や『希望の象徴となる一部のトッププレイヤー達にリソースを集中して個の強さで攻略をする』と全くの真逆。むしろぶつかり合うなという方が無理だ。

二大ギルドに関わる関わらないに限らず多くのプレイヤーがゲームクリアまで続くだろうと思われていたその諍いは、しかし二十五層を境にピタリと収まった。理由はALSの崩壊。攻略の四分の一、クォーターポイントとなったこの階層のボス戦は熾烈を極め、多くの犠牲者が出た。しかもその大半がALSの精鋭だったわけだ。主だった幹部陣を失ったキバオウを始めとした《ALS》の残党は前線から退いて一層の《はじまりの街》へ戻り、現実でMMO総合情報サイトを運営していた男のギルドを吸収、《アインクラッド解放軍(Aincrad Liberation Force)》と名前を変えた。今では《軍》なんて名前で呼ばれるそのギルドは《はじまりの街》の管理・運営という名分のもと専横紛いのことをしてるなんて噂だ。

んで、そんなALSに変わって台頭してきたのが《血盟騎士団(Knights of Blood

)》、通称《KoB》。KoBは二十五層での惨状から紛糾していた二十六層の攻略会議でその圧倒的なカリスマ性と強さを以てプレイヤーを纏め上げて指揮を執ることになった《ヒースクリフ》という男が率いるギルドだ。二十六層ボス攻略以降強い支持を集めたKoBは瞬く間にその勢力を拡大して、今では《聖竜連合(Divine Dragon Alliance)》と名を変えたDKBを追い抜きトップギルドの座に就いている。

ついでに余談だが、俺と馴染みのあるお嬢様が最近このKoBの副団長に就任したらしい。曰く《閃光》とかいう御大層な二つ名まで付いたんだそうな。

 

 

そういう訳でこのままの速度を保ち、順調に行けば後一年半程で百階層迄クリア、つまりデスゲームの終了となり、俺達プレイヤーも解放される筈だ。

勿論、このままの速さで進めれば、の話だけどな。

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

《SAO》はゲームの癖に特定のエリア――氷山地帯になってる階層だったり、はたまた火山地帯の有ってる階層だったりetc...――を除き、季節の気候を忠実に再現する私用になっている。つまり現在は梅雨と真夏の間の気候を生成してるって訳だ。

つまり端的に言えば……

 

「暑ちぃ……」

 

しかも抜けきれていない梅雨のせいでベタつく暑さだから尚のこと質が悪い。

 

今日も今日とて前線攻略に赴いているわけだが、あまりのダルさに気が滅入る。

昨今双剣の扱いもアーツの真似事を含めて割と形になってきたので、《スキルスロット》に《両手剣(ツーハンドソード)》つまるところ大剣をセットしてその慣らしも兼ねて来たが、これじゃ長時間こんな重いものを振る気になれねぇ。迷宮区に入ればもう少しましだと思ったのが失敗だったか。

 

「テキトーに狩って出るか……」

 

とまぁそんな結論を出して迷宮を更に進む。

因みに、俺がこんなに適当な場当たり的に予定を決めている理由は単純明快。相も変わらずソロプレイヤーだからだ。先にギルド所属がプレイヤーの九割を占めると言ったが、残り約一割、つまり八百人弱はソロで動いている。

いや、いたというべきか。ソロである分身軽で、リソース効率に限って言えばどんな者よりも旨味の有るソロプレイヤーだが、その分致死率も群を抜いて高かった。モンスターによるキルは勿論のこと、熟睡中にHP全損形式で《決闘(デュエル)》を申し込まれたり、《圏外》に連れ出されてPKされるという事例――言うまでも無く最早殺人だ――も多々あった。

そういうこともあって、ソロプレイヤーの数は層を追うごとに急激に数を減らした。未だソロを続けているのはそれらを覚悟してアドバンテージを獲ようとする奇特な廃人(ジャンキー)だけになった訳だ。最前線で活動しているソロプレイヤーの数は恐らく百を割っているだろうとはアルゴの談。

 

 

 

「……ハッ!」

 

短く息を吐いて、飛び掛かってくる黒い狼の頭目掛けて両手に握る大剣を振う。見事に命中して一刀両断。

 

あと四匹……

 

続いて左右から同時に来た二匹の内右側の個体を、逆手に持ち変えた剣の腹で弾き飛ばす。

 

もう一匹の懐に潜り込み、どてっ腹に左拳を叩き込み、怯んだところに《体術》スキル《破鎚連》――肘鉄からの裏拳――を側頭部に叩き込む。

 

……三……

 

狼を構築していたテクスチャが四散するのを横目で確めつつ、弾き飛ばした個体に向かって駆けた。体勢を整え切る前に大剣を振り降ろして叩き潰す。

 

……二……

 

今度は真上から。

焦らずにタイミングを見計らい――

 

「ラァッ!」

 

――勢いよく剣を振り上げるアーツ《壱刹・双月》をイメージしたカチ上げで、喰らいつく寸前の狼を跳ね飛ばす。

 

ラストっ!!

 

背後から来る個体をその足音で感知し、真上に飛んで避け――

 

「ハアァアッ!!」

 

――着地の瞬間、見失った俺を探す狼目がけて重力によって加速した一撃を叩き込んだ。

 

一人迷宮を進むこと三十分ほど。

目の前の黒い狼のようなモンスター《フィアースウルフ》の群れの最後の一匹をソードスキル《インパクトスマッシュ》――強力な単発攻撃で、地面ごと叩き割るスキルだ――に空中発動による重力加速度の恩恵を利用した一撃で屠り、大剣《プレイナー》を背のマグネットに固定して一息ついた。

この大剣は六つ下の三十一層でモンスターからドロップしたもので、名前の通り平たい長方形の両刃剣だ。

大剣を使おうと思った一端はコイツの入手。他にも理由は幾つか有るんだけどな。

 

今しがた斬り伏せた《フィアースウルフ》は平均三~五匹の群れを成して襲ってくる、この階層では割とポピュラーなモンスターだ。素早い上、簡単な連係を組んでくる厄介な奴らだが、大剣の慣らしにはうってつけだったりする。大剣の様な重量が有るリーチの長い武器は、先制するとどうしても避けられやすいから、敵の攻撃を先読みしてそれに合わせる必要がある。つまり俗に言うカウンターというやつだ。速い動きをする奴に合せられないようでは袋にされて終わる。まして躱されて懐に入られようものなら目も当てられない。

《フィアースウルフ》は厄介ではあるが、単体の攻撃力とHPは低いため五、六匹程度なら今の俺のレベルならそこまでの脅威ではない。お陰でスキル熟練度は二百を回ったところ。

ついでに《体術》スキルの方は何かと使えると思い――この安直な発想が思い出したくもない三日間を経験させることになるんだが……――、二層から使いはじめているため既に六百近い。《短剣》に関しては双剣として使うことも多かった――最近では人前でもたまに使う――ため五百オーバーといった具合だ。

 

 

そういう訳で狼狩りに勤しんでたわけだが、そろそろ頃合いだろう。初めから乗り気じゃなかったせいか無駄に疲れた。

 

「ま、こんな日が有っても、たまには良いだろ……」

 

なんて自己完結して帰ろうと、道を引き返すため背を向けた丁度そのとき――

 

「畜生! しゃあねぇ一旦下がるぞ、遅れんなよ!」

 

――切羽詰まった怒鳴り声が、迷宮の奥から俺の耳に届いた。

 

 

 

 

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「すまねぇ、皆。俺が不用意にハコ開けたばっかりに……」

 

「何言ってやがる! お前が開けなくても誰かしら開けてたよ。なぁお前ら!」

 

「あぁその通りだ!」

 

「ちげぇねえ!」

 

「そういうこった、お前の所為じゃねぇよ。大丈夫だ、なんとかなる。だから泣き言言ってねーで手ぇ動かせ!!」

 

「クライン……おうよっ! オラオラァっ!」

 

雄叫びを上げて敵に斬りかかっていく姿を見て一安心。

 

取り敢えず割り切ったみてぇだな……

 

アイツに言った通り、この事態はだれの責任でもない。強いて責任を問うなら、あの時冷静に考えなかった俺に有る。俺はこのギルド《風林火山》のリーダーなんだから。

 

今現在、俺達は百匹近いフィアースウルフの群れに囲まれている。

理由は至極簡単。迷宮を進んでいる途中で見つけた宝箱を何の警戒もせずに開けて、罠が起動して大量にフィアースウルフが現れた。ただそれだけ。

ただそれだけで俺達は命の危機に瀕している。

 

《SAO》がデスゲームに変わって直ぐには現実的じゃなかったが、ダチが目の前で無数のポリゴンの粒子となった時、初めて痛感させられた、この世界における《死》。それはなんともあっけねぇモンだった。こんなの人間の死に方じゃねぇって思ったよ。

 

今まで運良くギルドの誰も遭遇しなかったそれが今まさに、目前に迫っている。

なんとかなる、そんなのは口から出任せだ。実際焦っているせいか打開策が思い付かないばかりか、まともに思考も機能していない。さっき迄は囲まれないように下がりながら応戦していたが、気付けば行き止まり。遂に追い込まれちまった。ただただ手に持つ剣を敵に振るうことしか出来ていない。十匹、二十匹ならまだなんとかなる《フィアースウルフ》だが、流石にこの数は捌き切れねぇ。

 

「お前らっ! POTはまだ有るか!」

 

「さっきので使いきっちまった!」

 

「こっちもだ!」

 

「俺の方は後三つです!」

 

「……チッ! スイッチしながら確実に一匹ずつ片付けろ!」

 

チクショウが、これじゃあジリ貧じゃねぇか……!!

 

出てくる言葉は弱音ばかりだが、なんとか飲み下して代わりに出すのは鬨の声。

 

「ダラァ!!」

 

「スイッチ!」

 

「クソがっ!」

 

混戦が続く中、深追いし過ぎたのか孤立して囲まれ掛けた奴が視界に入った。

慌ててソイツに駆け寄って襟首を掴んで引き戻す。

 

「うわっ!?」

 

「馬鹿野郎! 離れて囲まれたら終わりだぞ!?」

 

「す、すいません、リーダー……」

 

クソっ、とうとうマズイなこりゃあ……

 

精神的重圧で皆集中力が切れてきてやがる。このままじゃ崩壊すんのは時間の問題だ。

 

「オラァ、テメェら! もっと気合い入れろやぁ!!」

 

「オオォォオオォ!!」

 

「オッシャアァア!!」

 

「やってやらあ!!」

 

渇を入れて持ち直させるが、限界が迫りつつ有るのは一目瞭然。

 

仕方ねぇ……か。俺が囮になって他の面子を逃がすしか……

 

「オイ! お前ら、よく聞け!? 俺が囮に――」

 

無駄とは判っていても実行しようとしたまさにその時だった。

 

「全員臥せろ!!」

 

 

上から突然発せられた声に、反射的に従って地に臥せる。

 

先んじて聞こえたのは爆音、次いで俺の前にいたノーダメージだった五匹の《フィアースウルフ》がポリゴンとなって吹き飛んだ。

 

思考が止まる。いや、その声を耳にした瞬間から、頭の中なんてとうに真っ白になっていた。

 

マジ……かよ……

 

通りかかった他のプレイヤーの救援を考えなかったわけじゃない。けど、こんな状況で見ず知らずの他人を助けるために命張る奴なんざそうそういるわけない。だから一番最初に選択しから斬り捨てた。

だからこそ、そのたった一人の援軍は、俺にとってまさに希望の光だった。

 

 

 

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索敵スキルを起動させて声の聞えた方向を探りながら走る。

反応の示す先に辿り着いてみれば、視界に映ったのは広場を埋め尽くさんばかりの《フィアースウルフ》とそれに囲まれた六、七人の集団。

状況を見るに罠に掛かったのは明白。ここの罠は質の悪いものが多くて、最悪なものになると、四方八方からモンスターが湧いて来る上に、転移結晶の使用不可などというなんとも嬉しくないバステのオンパレードだ。要するに、撒くか、倒すか、諦めて死ぬか。これしか選択肢がない。

しかも一番堅実な撒くという選択肢がとれるのは、トラップに掛ったその瞬間だけだ。初めにこの選択肢を取らなかった場合あとからあとから鬼のようなモンターの群れが押し寄せてくるから、一瞬にして逃げ場がなくなっちまう。

 

そしてこの状況を目にした俺に与えられた選択肢は二つ。

見なかったことにして立ち去るか、助けに入るか。助けるにしても、状況が状況だから、増援を呼びに戻るだけの猶予は無い、つまり単独で行くしかないわけだ。普通に考えたらそんな死ににいくような選択肢は取らない。

 

けど、見ちまったんだ……

 

《一度関わった事には、最後まで関わり抜く》

 

嘗て己に誓ったはずの言葉。

この世界ではまだ貫けていない、その信念。

 

きっとここが分岐点だ。デスゲームが始まったあの日、力が無いことを言い訳にコペルを見捨ててたその時から続く、迷いの答え。

また逃げるのか、それとも立ち向かうのか。

 

答えなんて、とっくの昔に出てんだ。迷う必要なんか無ぇ

 

もう目の前で、何もしないで誰かが消えるのを見るのは御免だ。

例え見ず知らずの誰かであっても、それが変わることはない。見てしまった時点で、それは俺に関わっているのだから。

だから、今一度、言葉を身に刻む。今度は貫き通せる様に。

 

一度関わった事には、最後まで関わり抜く……今度こそ、必ず!!

 

背の大剣に手を掛け走り、群れの中心へと跳躍して叫ぶ。

 

「全員臥せろ!!」

 

それに反応して全員が臥せたのを確認し、着地と同時に手にした大剣を力任せに真横に振り抜いた。紅いライトエフェクトと共に両手剣スキル《ドローディバイド》――片手・両手問わず鞘を必要とする剣系武器にのみ存在する抜刀のソードスキルの一つ――が迸り、五匹の狼共を蹴散らす。一見鞘を持っていないように見える俺の場合、背のマグネットが一応鞘として認識されている。この抜刀スキルは文字通り鞘に剣が入っていないと使えないため、乱発できず使い勝手が悪いが、その分威力と速さは絶大だ。使いどころを間違えなければ強力な一撃を見舞うことができる。

 

「ふぅ……」

 

特に何も考えずに突っ込んで来たが何とかなりそうだ。大剣を持ってきて良かったと今更ながら思う。

これだけ数がいれば適当に振るだけでも中るだろう。ここで全部片付けるのは流石に無理だが、捌ききれなくはないと、今の一撃で判断できた。

牽制のため何度か大剣を振り回して周辺の安全を確保したところで、臥せている奴らに目をやる。

 

「もう良いぜ」

 

素早く起き上がって此方に目を向ける一団は、当然の如く戸惑いの表情を浮かべているが、今は時間が無いから無視だ。

 

「いつまでもボケっとしてんなよ、そこまで余裕が有るわけじゃねぇんだ」

 

そう言うと、いち早く立ち直った赤髪をバンダナで逆立てた、山賊のような風貌の男が頷き、他の面子に戦闘に戻るよう指示を出した。恐らくこの男がこのPTのリーダーなんだろう。

次から次へと襲い掛かってくる狼共を蹴散らしながら言葉を交わす。

 

「助けに来てもらっといて言うのはなんだけどよ、策は有んのか?」

 

「俺が先頭に立って道を作る。アンタ達は出来た道が塞がらないように二列縦隊でモンスターを攻撃しながら一気に離脱。これしかねぇだろ」

 

「……出来んのか?」

 

「問題無ぇ、任せろ。アンタは隊列が崩壊しない様に最後尾で殿を頼む」

 

「……判った。聞いてたなオメェら!」

 

「「「応っ!!」」」

 

仲間に掛ける声と素早く返ってくる反応。たったそれだけのことだが、この男が慕われているのがよく判る。今まで保っていたのもこの男の手腕だろう。

少人数ながらよく纏まったギルド。そんな光景に、いつかの記憶が甦った。

 

『Welcome to 《The World》』

 

『《Key of the twilight》……それを探すのが、このギルドの目的だ』

 

『強くなれ、ハセヲ。俺を――』

 

父の様な、兄の様な……そんな存在だった男。そんな男の背中が、一瞬脳裏に過った。

 

……感傷に浸ってる場合じゃねぇな、今は

 

「信頼されてんじゃねぇか」

 

「へへっ、まあな」

 

そう言って、意識を切り替える。

今やるべきことは、この包囲から無事脱出すること。ただそれだけに意識を集中する。

敵に振るっていた大剣を腰だめに構え直し――

 

「まず一当てする、合わせろよ!?」

 

――両手剣のソードスキル《バーチカルドライブ》を放つ。床に打ち付けた渾身の一撃によって響いた轟音を合図に、全員が出来上がった隙間へ突っ込んだ。

 

 

 

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両手で構えた大剣を右に左に袈裟に逆袈裟。銀髪の男によって縦横無尽に振り回される大剣。

その一振りごとに、男の前に姿を晒した狼共は暴風に巻き込まれたかのように吹き飛ばされて、その身体を青いポリゴン片に変えていった。

 

とんだバケモンもいたモンだなぁ……

 

数メートル先で繰り広げられてる光景にそんな間抜けな感想が浮かぶ。名前を聞く暇もPTを組む暇もなかったからどこの誰かは知らねぇけど、攻略組のプレイヤーの中でもトップクラスの実力者だってのは間違い無ぇ。

九ヵ月前、はじまりの街でキリトの奴と別れた後。街の中で散り散りになっていた仲間を集めて、ギルドを作った。初めは死なない様にレベル上げをするのが精いっぱいだった俺達も、ボスレイドへの参加は無理でも最前線の迷宮区に潜れるくらいには強くなってきた。

晴れて攻略組に追いつくのも時間の問題……なんて思ってたんだが。

 

キリの字、まだまだお前ぇの背中は遠いなぁ

 

《ビーター》、《黒の剣士》。そんな風に呼ばれてるアイツの噂は、前線に近づくごとによく聞くようになった。猛者揃いの攻略組の中でも頭一つ飛び抜けたトッププレイヤーの一人。女みてぇな顔で、見るからにひ弱そうなナリしてるガキが、命張って闘ってる。いい大人がそんなガキに頼り切りでいられるかと、追いつこうと進んできた。だがここに来て、その差に未だ大きな開きがあることを、あの男に実感させられた。

 

けどよ、それがどうしたってんだ!

 

込み上げてきた気合と共に、刀を狼の群れに叩きつける。

当然ソードスキルでも何でもない俺の一撃じゃとても奴さんみたいに殺しきることはできねぇけど、それで十分。この撤退戦の殿を任された俺の役目はあくまで逃げ切るまでこの最後尾の防衛ラインを死守すること。

 

まだ足んねぇってんなら、追いつくまで追っかけ続けるだけだろうが!

 

その為にも、今は生きて帰ることだけを考える。

アイツが問題無ぇって言葉通り、予想以上の無双振りを見せてくれやがった所為で、俺もきちんと役割を全うしなきゃ、リーダーとしての面目が保てねぇしな。

 

「掛かって来いやぁ! 俺はまだ、意地でも死んでやらねぇぞ!!」

 

自分を奮い立たせて。(オトコ)クライン(壷井遼太郎)いざ参らん。

 

 

 

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「コイツで、ラストォォッ!!」

 

脱出開始から十数分。包囲網の一番端をついに喰い破った。

 

「出口まで走れ!!」

 

ついてきている連中にそれだけ言って、俺は切り開いた道が塞がれない様、周囲の敵の排除にかかる。

その間に一人、また一人と駆け抜けて、残るは後一人――

 

「オイ、アンタ! 後はアンタだけだ!」

 

「判ってんだがよっ!!」

 

――殿を努めたパーティーのリーダーだけだ。

どうやら周囲の狼を捌くので精一杯で、転身するだけの余裕が取れねぇらしい。

 

「チッ!」

 

……仕方ねぇ

 

周りの狼を狩りながら思考すること数秒、咄嗟に思いついた手段を実行すべく男の所まで走って大剣を背に戻す。

俺の突然の行動に男が目を見張るが、説明してる暇もない。

 

「おい何して――」

 

「フンッ!」

 

「――ンなぐえっ!?」

 

何か言おうとした男の首根っこを問答無用で引っ掴んで――

 

「オッ、ラアァァァァァァア!!」

 

「ちょ、まっ……ノオオオオオオオオオオオオ!?」

 

――全力でブン投げた。それこそ《投擲》のソードスキルを発動させる勢いで。

弾丸のように再構築されかかっていた包囲の外へ一気に飛び越え、錐もみしながら着地――墜落ともいう――した男を追いかけるように俺も跳躍。着地と同時振り向く。

 

「よし、走るぞ」

 

「よし、じゃねーよ!? 首絞まったわ! てか何の躊躇いもなく人ブン投げる奴があるか!? て、おい! 置いてくな!!」

 

「知らん」

 

「ああ、もうクソッタレ!!」

 

聞く耳持たずダッシュ。押し問答してる時間なぞ無ぇしな。

地団駄を踏んでいた男も追いついてきて、横に並んで出口に向かって直走る。

 

「助けてくれたことには礼を言うけどよ!? 他にも何かやりようが有ったんじゃねぇのか!?」

 

「ウッセェ、男を抱き抱える趣味なんざ無ぇんだよ! 重量(キャパ)的にも無理そうだったしな! それともそっちの方が良かったってか!?」

 

「んな趣味俺だって無いわ!」

 

「だったら文句言ってんじゃねぇよ!? つーか走れ! 追いつかれちまうぞ!!」

 

「ダアァア、畜生がァッ!!」

 

走る。走る。只管走る。

そして――

 

「うっし! 出口だ!!」

 

「やっとか……」

 

他の面子も到着しているようで、皆口々に「こっちだ!」とか「早く!」だとか言っている。

とそんな折、とあることを思いついた俺は出口まで後数十メートルというところで立ち止まって振り返った。

 

「オイオイオイ、今度はなんだ!?」

 

「このままアイツら外に出したら、他の連中に《MPK》と勘違いされ兼ねねぇだろ? それに折角の大量リソースだ、無駄にするには惜しい」

 

「リソースってお前ぇ、アイツら全部狩る気か!? そんなのむ……り、でもねぇな」

 

俺の言わんとしたことが判ったらしく、リーダーの男は悪戯を思いついた悪ガキの様な笑みを浮かべた。

 

この迷宮は奥のエリアこそ広く、通路でさえ相当な幅のある創りになっているが、この入り口付近の数十メートルは大人三人分程の幅しかない。

そして《フィアースウルフ》の持ち味はその縦横無尽に動き回る機動性と多方向からの連係攻撃。

つまり。

 

「オラァ!!」

 

「ハッ! ヤァアッ!」

 

「まだまだぁ!!」

 

「無限経験値稼ぎだぜぇ!」

 

「堪んねぇなオイ!」

 

その両方の強みを奪えるこの入口付近の通路では、二、三匹ずつやって来る的に成り果てるってわけだ。

 

それから数十分間、只管に突っ込んでくるだけの狼狩りと相成り、かなりの経験値を獲た帰り道。

 

「あー、やっぱダメか」

 

「悪ぃな、当分ソロ辞めるねぇから」

 

「そっか……ならしゃあねぇな」

 

リーダーの男改め、ギルド《風林火山》のリーダー、《クライン》から入団勧誘されたが、断った。

本当にどうしようもない局面に陥らない限りは、身軽なソロでいるつもり……という建前的な理由も有ったし、色々面倒なことになってる俺の評価にコイツ等を巻き込むのも躊躇われるっていうこともあった。

因みに余談だが、何故か改めて自己紹介をした際、クラインが妙に首を傾げていたのは一体なんだったのか……この時の俺には知る由もなかった。

 

 

 

 

そんなこんなでその後――

 

「礼がしたい」

 

――と言うクラインの誘いがあり、ちょうど腹も減っていたのでそっちには乗って、クラインの奢りによる飲み会に発展したわけだが。

 

「はぁ……」

 

「何だよ~、ため息なんか吐いて、ハセヲ~」

 

「きっと酒が足らねーんだよ!」

 

「そーだ、そーに違いねぇ」

 

「そーかそーか。よーし、もっと持ってこいやー!!」

 

「もう勝手にしろ、この酔っ払い共め……」

 

「いえーー!」

 

「ふぅーー!」

 

「はっはっはっはっはーー!」

 

「まだまだいけるぜー!!」

 

「…………はぁ…………」

 

どいつもこいつも好き勝手に呑んで完全に酔っ払ってやがる。無論、VR空間における酒は実際にアルコールを摂取している訳でも脳内にヤバい物質流し込んでる訳でもねぇから、酒に酔う、ということはない。強いて言えば、雰囲気に酔っている、と言うべき状況だ。

あんま関係無ぇが、SAOの酒系アイテムにはステータスを底上げしてくれるものもある。まぁ、ただのNPCレストランの酒にそんな効果は望むべくもねぇけどな。

 

素面でここまでテンション上げられるとかどうなってやがる……しかも何人かはもう落ちてやがるし……

 

辺りを見回せば、はしゃぎ疲れたのかグラスを持ったまま机に突っ伏している奴がちらほら。

それ以外の奴らはハイテンションで騒ぎっぱなしだ。

 

まぁいい、どうせ俺の金じゃねぇんだ。何日か食わなくていいくらいに満腹中枢を満たしてやる

 

そう自分に言い聞かせて、いくら飲んでも決して酔う事はない、この世界(仮想世界)独特の酒に口をつけた。

 

 

 

その後、気付いた時には俺以外全員が落ちていやがったから結局俺が金を払って、一人一人宿屋にブチ込んだ。挙句金が無くなり――全て酒代と宿賃で持ってかれた――宿に泊まることも出来ず、寝ずに一夜を過ごす羽目になる始末だったのだが――

 

「……どうして……どうして、こうなった……!!」

 

――まぁ、別の話だ。

 

 

 

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翌朝

 

 

「いっつ~……」

 

「大丈夫っすか、リーダー?」

 

「んあぁ、何とかな。ったくハセヲの野郎、いくらなんでも朝っぱらからバックドロップキメるこたぁねぇだろ……」

 

「ははは……」

 

気付いたら宿屋で寝ていた俺は、昨夜の事を思いだしてハセヲを探して外に出たところを捕まって思いっきり頭から地面と接吻させられた。それはもう思い切り。圏外だったら死んでたんじゃなかろうか。

 

その後事情を聞き金を渡すと――

 

「んじゃな、俺は今から寝る」

 

――とだけ言って宿屋に入っていった。

その背中を見送ってから、ギルドのメンバーが起き出すのを待って町を出た。

 

「にしても、昨日のハセヲは凄かったっすよね? 俺なんか一瞬死神に見えましたよ」

 

「俺も俺も」

 

「確かにな」

 

メンバーの一人が言った言葉に他の面子が口々に賛同する中、昨日から妙に引っ掛かっていたことが判った。

ハセヲについてだ。どこかで聞いたことのある名前だと思ってたんだが……あの時は「あれだけ強いプレイヤーなら噂になってんだろ」程度に思ってたけどそうでもなかったらしい。死神という言葉を聞いて思い出した。

 

六、七年前、当時世界最大のMMORPGであり、現実世界に影響を及ぼしているだの、プレイヤーに意識不明者が出ているだの、何かと噂になっていた――勿論、当時の俺もプレイしていた――CC社の《The World》。

その中で闘技場を三階級全制覇したことでネットニュースにも載った超有名プレイヤー。《死の恐怖》、《PKK》の《ハセヲ》。

百人のPKを相手にたった一人で大立ち回りして、全員倒したとかいう眉唾な逸話まで有る伝説的プレイヤーの名だ。

そのプレイヤーは高校生だ、という噂も流れていたが、当時十七、八歳なら今の年齢はまさに昨日会ったハセヲと同じくらいだろう。

ニュースになった時に一緒に写真が載っていた筈だがもう覚えていないし、たとえ覚えていたとしても、この世界の顔はあくまで現実の自分のものだから意味ない訳だが。

 

まさか、な……

 

そんな事を思いながら、仲間の会話に入っていくのだった。

 

それから数ヶ月後、俺達《風林火山》は、晴れて攻略組の一角としてボス攻略に参加することになる。そしてその攻略会議で、黒尽くめの二人のソロプレイヤーと再会することになる。

 




多少戦闘描写を入れてみたオリジナル回でした。

やっぱり完全オリの話難しいですねぇ……

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