SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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やらなければいけないことに追われる毎日。
解放されるにはまだまだ先が長いです。


改訂しました 2016/10/16


Fragment2 《邂逅》

2022年 11月

 

 

茅場による《チュートリアル》が終わった直後、気付けば俺は《はじまりの街》を飛び出していた。

 

真のチュートリアルを終えた今、俺達のHPはそのまま己の命へと直結した。

死を恐れる多くのプレイヤーは外部の助けを待つため《はじまりの街》から出ようとはしないだろう。

 

けど、外部からの助けは期待出来ねぇだろうな

 

走りながら、意外なほどに冷静な思考で俺はそう判断を下していた。ヤツの言葉が嘘なら俺達はとっくの昔にナーヴギアを外され現実へと帰還しているはずだからな。

 

であれば、脱出する方法はただ一つ。茅場の言う通り、このアインクラッド全百層を攻略することだけだ。

ってことはだ。いつまでも《はじまりの街》にたところでやがて周辺のリソースは尽き、食い詰めるのは簡単に誰にでも――冷静に考えれば――想像できる。この《はじまりの街》周辺は敵は、云わばチュートリアルモンスターで正直非常に弱い。多くのプレイヤーが狩場にして、リポップが需要に追い付かないのは当然の帰結だ。

そうなればリポップまでリソースは期待できず、足止めを喰らう。

それは即ち、この世界で生きていく為の能力競争に出遅れるという事だ。

 

この事態を回避する為に、俺は一人駆けだした。

危険には晒されるだろうが、誰よりもリソースを得られる立場……つまり、最前線のソロプレイヤーになるために。

 

…………クソッたれ!

 

利己的な自分の思考に苛立つ。

(The World)《かつて》のハセヲ(自分)なら別の考え方をしていたかもしれないと思うと尚更だ。

だが、この世界での俺は、多少特殊な経験のあるただの一般プレイヤーに過ぎない。

何かを守れるだけの……自分自身に誓った信念さえ貫き通す力、それが無い俺はあまりに無力だ。

 

そんな詭弁で自分を正当化して、心の奥底の本音を自身にすらひた隠した。

仲間のいない(守りたいモノが無い)この世界では、命を懸けてまで背負うものが無い、何て本音を。

 

 

 

 

 

 

街を飛び出したはいいが、何処に行きゃいいかなんて判んねぇじゃねぇか

 

走りながらそんなことを考えていると、俺の視界に前方を直走るプレイヤーが映った。

一切の迷いなく掛けるその様子に、俺と同じ思考に至ったプレイヤー――恐らくβテスターだろう――と当りをつけ、後をつけることにした。

 

そうして辿り着いたのは小村(ホルンカ)だった。

周囲をを見回しても、他のプレイヤーの姿は見えない。つまりプレイヤーと俺が一番乗りと言うことだ。

 

村内を軽く見回している内に、気付けばあのプレイヤーを見失っていた。何処に行ったのかと探してみると、彼は丁度民家から出て森の方へ駆けていくところだった。

あそこが宿屋か何かであればあんなに早く出ていく意味はない。

 

つーことは、何かのクエストか?

 

そんな風に考えながら村内のNPCショップを見つけて中へ。素材――チュートリアル前の戦闘のせいで結構有った――の換金、装備の新調――と言っても革のジャケットと手袋を買っただけだが――をした。多少強いダガーは有ったものの最初に買ったものが残っているから、買わなくてもなんとかなるだろう。耐久値もまだ十分残ってるしな。

 

店での用を終えて今度は件の民家へ向かう。何のクエストかは勿論判らないが、とりあえず受けておいて損はないだろうかしな。

 

中に入ると、鍋をかき回していた女性のNPCが此方を振り向き話しかけてきた。

 

「おやまぁ今晩は、旅の剣士さん。お疲れでしょう? 食事を差し上げたいけれど、今は何もないの。出せるのは一杯のお水くらいのもの」

 

恐らくここで要らないと答えるとクエストが発生しないのだろうと、考え――

 

「ンじゃありがたく」

 

そう返事をすると水をカップに注ぎテーブルに置いた。

自分で思っていた以上に喉が渇いていたこともあってか、一気に飲み干すとNPCは台所に戻っていった。

それから少し待つと、奥の部屋から咳き込む声がした。NPCの女性が肩を落とし、それから数秒すると女性の頭上に金色のクエスチョンマークが点灯した。

 

なるほど、これがクエスト発生のマークって訳か。

 

「何か困りごとか?」

 

そうNPCクエストの受諾フレーズを口にすると、頭上のクエスチョンが点滅し始め、話しかけてくる。

 

「旅の剣士さん、実は私の娘が……」

 

 

 

 

その後NPCの話を聞き終え視界左のクエストタグのタスクが更新されたのを確認して、さっきのプレイヤーが駆けていった森の方へ向かう。

 

受けることになったクエストの名前は《森の秘薬》、達成目標は《リトルペネントの胚珠》の納品。

 

リトルペネントがどんなモンスターかは知らんが、胚珠っつうからには植物系のモンスターか?

 

などと考えていれば、視界に入ったのはチューリップが人喰いの化け物になればそうなるような異形。生理的嫌悪感を抱かずにはいられないようなフォルムだ。

 

「噂をすれば、ってか?」

 

先手必勝、腰のホルダーからダガーを振り抜きつつ接近して斬りつける。

敵のステータスを確認するとレベルは俺と同じ3。よって敵とのレベル差で変動するロックサークルの色は薄い。

 

「これなら余裕か?……うおっ!?」

 

油断しているとヤツは口から液体を吐き出してきた。

咄嗟に横に回避してさっきまでいた場所を見てみると地面から煙が出ている。

 

「チッ」

 

腐食液だろうと推測して舌打ち。

これだけリアルに創られた世界だ。金属であるダガーで受け止めれば即座に腐食して耐久値が無くなるだろうことくらいは予想できる。況してや今のレベルで直撃しようものなら絶命必死だ。

 

馬鹿か俺は、余裕なんてあるわけねぇだろ……!

 

そう自分を戒める。この世界は既に単なるゲームではないのだ。戦闘での賭け金は常に己の命、油断などしていい理由は全くない。

 

「フッ!」

 

再び吐き出してきた腐食液をかわす。

 

速攻で蹴散らす!!

 

油断を棄てて接近。身を屈め一気に肉薄する。

ダガーという武器のリーチの短さ故に、懐に潜り込まなきゃ何もできやしない。

 

「ァァァ……ラァァッ!!」

 

恐らく弱点であろうそのデカイ頭を支える茎目掛けてソードスキル《ブランディッシュ》を放つ。

 

「グェェ……」

 

「ビンゴ……!」

 

予想通り、茎がヤツの弱点のようだ。

外見同様嫌な声を上げてポリゴンを散らしていった。

 

「ふぅ……よし次だ……」

 

一息つき、周囲を警戒しながら胚珠を持ったリトルペネントを探すため散策を開始した――

 

 

 

 

「……ホントに落ちんのか?」

 

――のだが。あれから十数体以上のリトルペネントを狩ったが一向に胚珠を落とさない。

いっそ達成諦めて次の街に向かうことも視野に入れつつ歩き回っていると、誰かの話し声が聞こえてきた。

何ともなしに声の聞こえた方へ向かっていくと、二人のプレイヤーが話し合っていた。片方は見た感じ俺が勝手に追いかけていた奴だろう。

俺が近づいていくのを向こうも気がついたようだ。

 

丁度いい、クエストについて聞いてみっか

 

 

 

 

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「よかった、じゃあ、しばらく宜しく。僕はコぺル」

 

「……ああ、宜しく。俺は……ん?」

 

名乗ろうとしたところで足音が聞こえ、反射的にそちらへ顔を向けた。

見てみれば、俺たち同様βテストの知識を以てスタートダッシュを決めたのであろうプレイヤーだろうか。一人の男が俺達の方へ向かってきていた。

思わずコペルと顔を見合せる。

 

「あの人にも声掛けてみるか?」

 

「そうだね。人手が多い方が効率いいし……」

 

互いの利益のためにそう判断した俺とコペルじゃ向かってくるプレイヤーの方に歩いていく。

近づくにつれその姿がよく見えるようになった。恐らくはクラインより少し年下ぐらいだと思われる――俺とコペルよりは間違いなく年上だろう――顔立ちだ。

最初に声をかけたのはコペル。

 

「こんばんは、かな? 僕はコペル。貴方も《森の秘薬》クエを?」

 

軽く感心してしまう。人付き合いがお世辞にも上手とは言えない俺は初対面の人に――たとえゲームであっても――あんなに自然に声を掛けることは出来ない。

 

「あぁ、やっぱりアンタ達もか」

 

……あれ?

 

答える彼の装備を見て違和感を覚え、つい疑問の言葉が口から洩れた。

 

「見たところ短剣使いみたいだけど……」

 

「あぁ、それがどうかしたか?」

 

その返事で更に違和感は更に深まる。

コペルの方を見ても、彼も困惑頻りといった様子だ。

 

「短剣使いならこのクエ受けなくてもいいんじゃないか? 報酬の《アニールソード》は片手剣だし。売れば金にはなるだろうけど……」

 

「そうなのか?」

 

今知ったと言わんばかりの拍子抜けな返答。

 

……この人まさか……

 

それを聞いて違和感は確信に変わった。《森の秘薬》クエストはβテスターなら誰でも知っているであろうクエストの一つ。それを知らないってことはだ。

 

「もしかして……βテスターじゃあ、ない?」

 

コペルの問いに、首を傾げていた男は納得したように一つ頷いた。

 

「なるほど、微妙に会話が噛み合ってねぇと思ったらそういうことか。ああ、俺はアンタらの想像通りβテスターじゃねぇよ。このクエストやってんのはアンタの後をつけさせてもらったからだ。それについては一応謝っとく」

 

少しすまなそうな顔をして答える彼に、俺は――恐らくコペルも――驚いた。

しかも詳しく話を聞いてみれば、彼のレベルは既に3。俺よりも上ということになる。

普通、ソードスキルの発動や剣を実際に使って闘うのには慣れが必要だ。にも関わらず彼は既にレベル3、つまりは相応の回数戦闘を熟していているということだ。

森で初見であろうリトルペネントも、俺たちに会う前に既に十数体倒しているらしい。

β時代、序盤ではかなりのプレイヤーが初見で躓いたというのに。

ましてや、さっきのチュートリアルの後だ。とても今日初めてインした初心者だとは思えないが、彼が今現在とっている行動が彼がβテスターでないことを証明している。

 

な、なんなんだコイツ……

 

「ま、まぁ、そーゆーこともあるよね……それで、なんだけどさ――」

 

予想の斜め上もいいところな言葉の所為でフリーズしていた俺よりも先に正気に戻ったコペルが、彼にクエストの協力を出現率なんかの説明も踏まえてもちかけていた。

それを聞いてやっと俺も正気に戻る。

協力に対して彼は快諾してくれた。どうせ自分には必要ないクエストの様だし、勝手に後をつけたこともあるから胚珠はドロップ次第先に俺達二人で分けていい、とも。勿論、協力してもらう以上、彼の分が出るまで「じゃあさようなら」と無責任なことする気も無いんだけどさ。

 

「よかった、宜しく、ええと……」

 

「あぁ、名乗ってなかったな。ハセヲだ」

 

「うん。宜しく、ハセヲ」

 

そう言葉を交わしてから俺を見る二人。

そこで俺が名前を言いかけていたことを思い出して、慌てて名乗った。

 

「あ、あぁ、ゴメン。俺もまだ名前言ってなかったな。それじゃ改めて、俺はキリト。宜しく、ハセヲ、コペル」

 

そして俺達三人はリトルペネント狩りを始めた。

 

 

 

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それから一時間近く経過して、都合二百体近いリトルペネントを3人で屠った。

やはりコペルはテスターだけあって戦闘の勘はなかなかのものだ。

リトルペネントの挙動をしっかり読んでいるし、ソードスキルの使い所もよく判っている。

 

それよりも……

 

「……フッ!」

 

今しがたその撃破数を加算させた短剣使い……ハセヲは、はっきり言って異常だ。

二百体近く狩ったと言ったがその内の三分の一以上、八十体近くを撃破しているのは彼。ダガーという嫌が応でも相手の懐に入らなければならない得物であるにも関わらず、その動きに恐れや躊躇はない。

俺の様にこの世界が本当の死の世界になった、という感覚が希薄な訳ではないだろう。

その証拠にこれだけの戦果を挙げていながら、この三人の内誰よりも神経を張り巡らせて油断無く闘っているのは間違いなく彼だ。その様子を鑑みれば、少なくとも俺が見たプレイヤーの中で彼が誰よりもこの世界の現状を現実として受け止めていると思えた。

可笑しなのはそれだけじゃない。彼の剣捌きもそうだ。普通SAOを始めたばかりのプレイヤーの剣捌きはたかが知れてる。

クラインや、勿論俺もそうだった様に、皆一様に拙い。それはそうだ。現実で本物の剣や槍なんて物騒な物を常日頃から振り回している人間なんか、この現代日本にはそうそういない。そんなのは一部の熱心な武道家か人様に顔向けできないような組織の人間かくらいだろう。そんな人物がゲーム――ましてこんな入手困難な――何てやるとは到底思えない。昔剣道をやっていただけ、はまだマシな方だ。

だっていうのに、βテスターの俺やコペルと比較しても、俺達以上にハセヲの剣捌きは堂に入っている。時に最小限の動きで素早い連撃を喰らわせ、時に大振りの一撃を叩き込む。前傾姿勢でダガーを持った右腕を前に突きだし、左腕を右腕と一直線になるように後ろに持っていくという独特な構えから繰り出される斬撃は、本当にRPGの剣士のソレの様。

 

ぶっちぇけテスターであることを隠しているんじゃないかと疑いたくもなるけど、あれだけの使い手ならβ時代に有名になっている筈だ。けど《ハセヲ》という名前にも、凄腕のダガー使いがいるという噂も聞いた覚えは無い。

となれば、彼は確かに今日初めてこのSAOに降り立った初心者の一人に間違いないのだろう。

念のために『ホントに初心者?』と尋ねてみたが、『ンなことで嘘ついてどうすんだよ』と怪訝な顔とともに一蹴されてしまった。

 

まぁ、それにしても……見つからないなぁ……

 

もう一度言うが、あれから一時間以上、都合二百体以上、そろそろ二百五十になろうかという数のリトルペネントを倒している。ハセヲに至っては武器の耐久値が下がった所為で一度交換してる――何で二本も持ってたのかは教えてくれなかった――くらいだ。

なのに、未だ《花つき》は一体たりとも俺達の前に出現していないのだ。いい加減嫌になってくるね。

 

「……全ッ然、出ないな」

 

発する声も流石に疲労を隠せない。正直弱音吐かなかっただけ褒めて欲しいくらい。

 

「βから出現率が変わってるのかもね。他のネトゲだと正規サービスになった時にレアポップのレートが下方修正されるのはよく聞く話だし……」

 

コペルの返事にも覇気が感じられない。むしろ疲れるなという方が無理だろう。

 

「どうする、諦めて切上げるか?」

 

大なり小なりへばってるβテスター二人に、殆ど疲れを感じさせない声を掛ける初心者とはこれ如何に。

あれだけ戦っといてアンタはバケモノかと言いたくなった俺は悪くない筈だ。

まぁそんなになるほど倒したリトルペネントの数が数だけに、俺とコペルは4、ハセヲは5までレベルが上がっていた。β時代を基準に考えればこの第一階層の十分な安全マージンは10なので、迷宮区に潜るには少し早いがリトルペネントが一体や二体出てきたところで慌てなくてもいい位だ。

 

「ああ、仕方ない。そうしよ――ッ!?」

 

ハセヲの提案に賛成しようとして挙げた言葉を直ぐ様切った。

茂みの奥に、花の咲いたリトルペネントが出現したのが見えたからだ。

 

「「……ッ!」」

 

二人も俺の視線の先を追って気付いたようだ。

咄嗟に駆け出そうとするコペル。

ある事に気付いて彼に待ったを掛けようとした俺より先に、ハセヲが腕で彼を制していた。

 

 

 

 

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「どうする、諦めて切上げるか?」

 

二人の疲れを感じ取ってそう提案した。

VR空間では実際に体を動かしている訳ではないから、肉体的疲労というものは存在しない。この世界での疲労は須らく精神的疲労だ。つまり、精神力がそのまま体力に直結するとも言い換えられる。

 

二人の疲労の原因は言わずもがな、長時間に及ぶ大量のリトルペネントとの戦闘だ。二人ともβテスターらしいから慣れてはいるだろうが、デスゲームと化した今、戦闘の重圧はβテストの比ではないに違いない。そもそも全く嬉しくない御大層なオープニングセレモニーがあった後だ。疲れるなという方が無理がある。

これまた全く嬉しくないことに、バーチャル世界における命懸けの戦闘という非日常に慣れてしまっていることもあり、俺は二人ほど疲労は感じていない訳だが。

 

「ああ、仕方ない。そうしよ――ッ!?」

 

頷いたキリトの言葉が不自然にで止まった。

何かと思ってキリトの視線を追ってみれば――

 

「「……ッ!」」

 

――そこにいたのは《花つき》だった。二人曰く《胚珠》を落とすレアエネミー。つまり俺達がずっと探していた奴だ。

 

だが《花つき》だけじゃねぇみてぇだな

 

コペルも俺とほぼ同時に《花つき》に気付いたの様で駆け出そうとしていたが、直ぐに腕で止めた。

 

「どうして!?」

 

《花つき》に気付かれないようにか、声を潜めて抗議するコペル。

どうやら《花つき》以外が目に入ってないらしいので、顎をしゃくって再度状況を確認させる。

 

「……っ!」

 

数秒暗闇に目を凝らして、俺が止めた理由が判ったようだ。

リトルペネントの内の一体。《花つき》だけでなく《実つき》――事前に二人から聞いた話だと、《実つき》の実を傷つけると、周囲のリトルペネントが匂いに誘われて大量に出現するらしい――までもが出現しているのだ。

大量のリトルペネントを狩った所為で武器も体調もコンディションが良くない現状で、誤って実を傷付けようものなら俺達に待っているのは地獄だろう。慎重に行動した方が身のためだ。

 

「……どうする?」

 

ベストコンディションじゃねぇんだ。ここは退いた方がいい

 

キリトの言葉にそう考えたが、俺が口を開くより先にコペルが言葉を発した。

 

「行こう。僕とハセヲが《実つき》のタゲをとって、キリトは《花つき》を速攻で倒す。それでいい?」

 

「判った」

 

「ハセヲは?」

 

「……了解」

 

正直に賛成しかねる提案だったが、如何せん票数は一対二。俺が反対したところで二人だけで行っちまいそうだったから、諦めて頷くことにした。俺だけ離脱して二人にもしものことがあったら寝覚めが悪すぎる。

 

そうと決まれば話は早い。互いにアイコンタクトを取って、俺達は一斉に駆け出した。キリトが《花つき》に斬りかかるのを視界の隅で捉えながら、《実つき》のタゲを俺とコペルに引き付ける。《実つき》であろうが《花つき》であろうがステータス的には普通のリトルペネントと違わないらしいから倒せないことはないのだが、実を傷付けるリスクを考えれば可能な限り手は出したくない。

 

「悪い、遅れた!!」

 

数十秒で《花つき》を倒したキリトがそう声を上げた。ならばと退却しようとしたところで、嫌に響くコペルの声が耳を打った。

 

「……ごめん、二人とも」

 

その言葉と瞳に籠められた感情は哀れみっだたのか。それとも贖罪か。

 

《実》に向けて、コペルの片手剣が何の躊躇いも無く振り抜かれた。

その瞬間が、俺にはスローカメラで再生される映像の様に見えた。まるで手を伸ばせば止められるかのように。しかし、実際には声を発する暇さえなかった。

 

パアァァァン!!

 

爆音と共に煙と臭気が振り撒かれる。他のリトルペネントを引き寄せるためのモノだと直ぐに判った。

 

「いや、駄目だろ、それ……何で……」

 

茫然と呟くキリトの言葉も無視して、俺達二人を置き去りにコペルは茂みへと飛び込んだ。

そしてコペルを捉えていたロックが消える。

 

「チッ……」「……そうか……」

 

コペルの意図に気付いて、思わず舌を打った。

 

俺達を殺そうとしてやがんのか……

 

敢えて実を割って大量のリトルペネントを呼び集め、自分は《隠蔽(ハイディング)》スキルで姿を隠す。当然、軽く五十は超えるヤツらのタゲはハイド出来ない俺達二人に向く。俺が《死の恐怖》と呼ばれていた時期にもよくやられた通称(MPK(モンスタープレイヤーキル))。モンスターを使った他プレイヤーの殺害だ。

 

動機は多分、キリトが入手した《胚珠》を奪うため。恐らくキリトと話していた時から考えていたんだろう。

その行為は嫌というほど見てきた多くのPK達を彷彿させた。他のプレイヤーを蹴落とし、出し抜き、奪う。

だが、そいつ等の末路はどうだっただろうか。

 

「……コペル。知らなかったんだな、お前」

 

憐れむような声音で茂みの中にいるコペルへ語りかけるキリト。

 

「多分、《隠蔽》スキルを取るのは初めてなんだろ。あれは便利なスキルだけど、でも、万能じゃないんだ。視覚以外の感覚を持っているモンスターには効果が薄いんだよ。例えば、リトルペネントみたいに」

 

キリトの言葉通り、補食植物の集団の一部は明らかにコペルが隠れた藪を目指している。

コペルの目論見は失敗に終わった訳だ。

 

『人を呪わば穴二つ』

他人を陥れようとする奴は、いつか必ずその報いを受ける。今回は、それが早かっただけのこと。

狩る側だった筈のコペルは、早くも狩られる側になったのだ。

 

……同情はしねぇぜ

 

俺が見る限り、コペルの戦闘センスはキリトよりかなり劣る。この状況では助からないだろう。

《碑文使い》の《ハセヲ》だったなら助けられたかも知れないが、今の俺は自分の命が危うい状態で他人を気に掛けるだけの力は持ち合わせていない。どう足掻いてもコペルの救出は不可能だ。

 

「……オォォォーー!!」

 

雄叫びをあげてキリトがリトルペネントの群れに突っ込んでいく。命の危機だってのに、その唇は獰猛に釣り上がっていた。

 

アイツも俺の同類か

 

「ハッ……」

 

思わず昏い嗤いが零れた。

この期に及んで、俺の中の本能とやらはこの状況を豪く愉しんでるらしい。

 

ダガーを引き抜いて構える。が、耐久値はほとんど0に近い。どう考えてもリトルペネントを全滅させる前に壊れるのは明白だ。ストレージに残っている方も今までの戦闘での消耗で摩耗している……つまり初めに使っていた方であるため、耐久値はお世辞にも高いとは言えない。戦闘中に交換している暇は無いだろう。

 

なら、こうするしかねぇわな

 

ストレージからもう1つのダガーを取り出して左手に装備。警告が出てソードスキルが使用不能になるが知ったことではない。大技(ソードスキル)が使えなくなるよりも、戦闘中に囲まれた状態で武器を失うデメリットの方が遥かにデカい。ソードスキルが使えない分は増えた手数でカバーしきるしかあるまい。

幸いにも、先の戦闘中で上がったレベルのおかげでソードスキルを使わずとも、急所に斬撃を叩き込めれば数回のラッシュで倒せる。

右腕は前に、左腕は後ろに……使い慣れた双剣の構えをとる。

イメージするのは《The World》最強を誇っていた当時の《ハセヲ》。

 

「ウォォオオォォォーー!!」

 

誰かの死を容認するという現実から一時でも目を逸らす様に、雄叫びを上げてリトルペネントの群れへ突っ込んだ。

 

致命傷にならないよう、最低限の動きで攻撃を回避。カウンターの連撃でその頭を支える茎を斬り飛ばした。

囲まれれば、腕を広げてその場で一回転。周囲の敵を纏めて斬り付けてノックバックさせる。

 

《The World》での動きをイメージして、できる限りそれを投影(トレース)

囲まれない様に脚を一瞬たりとも止めることなく動き続ける。

 

そんなことをどれだけ続けただろうか。不意に背後から何かが砕け散った様な音がした。キリトは俺の視界に入っているため背後にいる人物は一人しかいない。

 

……じゃあな……

 

後ろを振り向くことはせず、心の中でそれだけ呟いた。コペルが自分で撒いた種だとは判っていても、募る後悔の念を今だけは無視した。

今はただ、自分が生き残るために。

 

 

それから十数分、俺とキリトは満身創痍でリトルペネントとの戦闘を終えた。

 

 

 

 

 

 

「お前のだ、コペル」

 

そう言って突き立てたコペルの剣の側に、ドロップした二つ目の《胚珠》を置いて立ち上がるキリト。

戦闘中に湧いていたらしいもう一体の《花つき》からキリトが手に入れたものだ。キリトには要るかと言われたし、コペルには持追う必要だろうが、その《胚珠》を受け取るのは酷く躊躇われて、結局断った。

 

「この後、アンタはどうする?」

 

「先に進む、お前は?」

 

「取り敢えず、村に戻ってクエスト達成してくるよ」

 

「そうか、じゃあな」

 

「あぁ、また」

 

交す言葉は限りなく少ない。

そして、それぞれの向かう先へ歩き出す。

 

「……死ぬなよ」

 

「お互いに、な……」

 

このいつ死ぬか判らない世界で、こんな言葉は無意味なのかもしれない。それでも敢えて、そう言葉を交わした。

 

俺には、この世界から出なければならない理由が有ったから。

 

けれど、この世界で恐らく最初のPKを見殺しにした俺達にとって、その言葉はある意味呪いだったのかもしれない。

 

 

 

その日、明け方近くになって辿り着いた次の町で宿屋を探して、直ぐ様ベッドに倒れ込んだ。そこまでどうやって行き着いたのかは殆ど思い出せない。

ただただ、何も考えずに眠りたかった。

もしかしたら逃避だったのかもしれない。

自分の信念を貫けずにコペルを助けられなかった事への。

これは夢だと。寝て起きれば覚める悪夢なのだと、自分に言い聞かせたかったのかもしれない。

 

だが、そんなことを考える余裕などなかった俺は、睡魔に逆らうことねく、意識を暗闇の中に落とした。




以上二話でした。

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