SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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年内最後かも


Fragment P《亡霊ノ唄》

2025年 12月

 

 

「悪いな、恨まないでくれよ?」

 

マップ中央部に位置する都市廃墟のとある通路の角。出会い頭に自慢の連射力で12ゲージ弾を数発、けたたましい爆音と共に撒き散らして一人ごちる。アバターをハチの巣にされてポリゴンと化した相手プレイヤーに届いているかどうかは定かじゃないが。

 

本戦開始直後この建物内にスポーンした俺は、直ぐに今居るこの場所に身を隠した。取り敢えず全プレイヤーの位置情報が送信されるまでの15分間、身を隠す居場所が必要だったからだ。

 

「……にしても、スポーン地点がビルの中とは。こりゃ幸先いいな、うん」

 

何故かと言えば、屋内がショットガンという獲物の性能を十全に発揮できる場所の一つだからだ。屋外以上に突発的な、しかも超近距離の遭遇戦になり易い屋内では、狙い何てつけなくてもトリガーを引けば散弾を喰らわすことのできるショットガンは非常に有利という訳。しかも俺の得物は何と言ってもショットガンに有るまじき連射性能が売りだからな、効果倍増だ。

そんでもって、俺が今こうしているのもFPSなんかで俗に角待ちSGなんて言われる、そんなショットガンの強みを活かした戦術だったりする。まぁ、やられた方は堪ったモンじゃないから、すんごく嫌がられるんだが……そこはBoB。なんでもアリなんだから卑怯とは言わせないってな。予選のタイマン形式だと裏かかれでもしたら目も当てられないし、スナイパーと違ってアンブッシュするわけでもないから有用とは言い難いが、Free for Allで注意が散りがちな本戦だと正にピッタリという訳だ。

 

まぁ、いつまでもそんなことも言ってられないんだけどな……

 

非常階段用の出口らしき扉を背に、心の裡で愚痴を吐きつつ一息つく。

思い出されるのは昨日の作戦会議(仮)だ。

 

 

 

『はぁ……判ったよ。それはいいとして、集まった後はどうするんだ? まさか片っ端から出場者倒してくとか?』

 

不承不承、といった様子でシノンちゃんへの聞き込みを引き受けたキリトが首を小さく傾げた。現実(リアル)のキリトの顔は知らないから何とも言えないが、美少女にしか見えない今の容姿(アバター)だと仕草が似合いすぎててむしろ怖いな、うん。やってる本人はいたって真面目なんだろうが。

なんて、ついそんなアホな思考が過る。勿論、何言われるか判ったもんじゃないから口には出さないけどな?

 

『流石にそんなことしないって。つか、それじゃあBoBでの《死銃》の犯行は阻止出来ても、根本的な解決にはならないからな』

 

『それもそうか』

 

『なら、実際どうすんだよ?』

 

『まぁ、基本的には合流地点に一番近い奴から順に《死銃》候補を一人ずつ確認してって様子見。そんでもって何かしでしそうになったらその前に撃破する(リタイアさせる)ってのが一番現実的だ』

 

殺害方法判らなくても、最悪《死銃》を名乗るプレイヤー自体は割り出しておかないと次に続かない。最低限の目標は達成しないとって訳だ。

 

『何かしでかしそうになったらって……そんなの見てるだけで判るか? 仮に、本当に《死銃》がアバター越しにプレイヤーを殺せるんだとしたら、見ただけじゃ判断突かないと思うんだけど』

 

そもそも本戦はバトルロワイヤルだから誰が誰を殺そうが不自然は無い訳だし、と続けるキリトに、ハセヲが首を横に振って応えた。

 

『《死銃》が二人のプレイヤーを殺した時、そのどちらも名乗りやらなんやらって演出をしてたらしいっつのはNABの調査で判ってる。たぶんお前が昨日接触した時にヤツが身に付けてたっつーボロマントとスカルフェイスも《死銃》としての演出の一環だろ。それだけ《殺し方》に拘ってる野郎が、本戦ではそれをやらないなんてこと無ぇだろ』

 

『確かに。言われてみればそうだな』

 

キリトが納得したように頷く。

無事同意を得られたようで何よりだ。意見が一致してない状態で本戦を迎えるのは勘弁だったからな。

 

『結局後手に回ってるのは気に食わねぇけどな』

 

『そこはもう割り切るしかないさ。それでも万が一ってことはあるかもしれないが、満足に情報が得られてない現状じゃあ俺達が採れる策はこれしかない』

 

正直、行き当たりバッタリで杜撰もいいところだが、仕方ない。どれだけ言葉を並べた所で、結局はやらなきゃいけないことに変わりは無いんだからな。

 

 

 

とまぁ、そんな具合で方針が決定したわけである。

あと数分もすれば端末に送られてくるだろう情報が開始の合図。否応なしにこの場所を離れる必要がある。

 

「まっ、精々がんばりますかね」

 

態と声に出して軽く自分に喝を入れ、時間が過ぎるのを待つ。

 

さて、どこが合流地点になるものやら。

言いたくないけど俺も結構歳だから、できれば近場が良いな、うん。

 

 

 

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開始後、マップ西部の田園と森林の境目付近にスポーンしてから15分。藪に身を潜めつつ、通りかかったプレイヤーを二人ばかり、アサシン宜しく欅の野郎謹製らしいブレードで急襲暗殺したところで端末を起動した。

作戦通り、全体マップに表示された全ての輝点をクリックしてクーンとキリト、そして俺自身の現在地を把握する。

 

クーンは中央の廃都市、キリトが南部の山岳エリア、そして俺が西部の田園と森林の境。

見事にばらけたもんだ。もう少し近けりゃ楽だったろうにと内心悪態を吐きつつ、端末を地面に置いて三点を繋ぎ合わせる。

そうして地面に指で描いた三角形の重心を――定規なんて便利なモンは無ぇから勿論目測で――とってやれば、大まかな集合地点が決定って訳だ。

 

で、その重心の位置は――

 

「……鉄橋の東岸付近、てところか?」

 

――マップ南部の中心寄りに架かる鉄橋の東端から少し先、直線距離にして4キロ前後。

 

無論、障害物や他のプレイヤーもいるから直線で行くのは不可能だし、そもそも現状西側にいる俺が橋を渡って東側へ行けばいい的だ。仮に迂回するんだとしたら、距離はもっと伸びる。

 

どうするかなと考えながらも、端末を仕舞って東へ駆ける。

全員の位置情報が漏れちまうから、いつまでもボケっと留まって考えている暇はない。

 

位置情報から見て取れた周囲数キロ圏内のプレイヤーは三人位だったな。その内の一人は俺の進行方向にいる。

もしコッチに来てんだったらそろそろ……

 

「っ!」

 

なんて考えていると、視界に真横から俺を狙う数本の予測線が映る。

 

「チッ!」

 

舌を打ちながら咄嗟にスライディングをする様に身を屈めて近くの木の影に滑り込んだ瞬間、乾いた発砲音と共に弾丸が通り過ぎて行った。

 

やっぱ見つかったか、面倒臭ぇ……!

 

益体もない思考をしながら、意識を撃ってきた相手に向ける。

銃声の聞こえた距離からして然程遠くはない。

そう判断して壁にしていた木をブレードで斬り裂き、何の抵抗もなく切れ込みの入った木の幹を蹴り飛ばす。

 

「ッラァ!」

 

破壊判定で消滅することもなく、バキバキバキ! と轟音を立てながらゆっくりと前方に倒れていくのに内心安堵しつつ、俺は影から飛び出して駆ける。

 

「なっ!?」

 

狙い通り一瞬木が倒れることに気を取られていたらしい相手は、接近する俺に気付くのが遅れたらしい。

再度銃口を向けて乱射してくるが、遅い。ここはもう俺の距離だ。

 

戦闘中に呆けるのは命取りだぜ?

 

左手のブレードで弾幕を斬り裂いて、右手のトリガーを引く。

相手のアサルトライフルより更に重く大きい破裂音を響かせながら至近距離で発射されたマグナム弾は、相手の鳩尾付近に命中し上半身と下半身を分断させ、瞬く間にポリゴンの粒子へと変えた。

 

散っていく青い欠片が消えて行くのを最後まで見届けることなく、再度西へ。発砲音は勿論、目晦ましの為に木まで斬り倒しちまったから周辺のプレイヤーが聞きつけて追ってこないとも限らない。戦闘によるリスクを下げるためにも、さっさと合流地点に到着するためにも、見つからないことに越したことはない。

 

そうして身を潜めつつ可能な限り速く移動すること十分弱、二回目のサテライトスキャン直前数分前の時間に鉄橋の西側へ辿り着いた。因みに鉄橋は渡ってない。鉄橋を前にしていい案が思いつかなかったから、ストレージに装備を全部ツッコんで渡河しただけだ。装備品さえ身に付けてなけりゃ水の中でもある程度動けるっつーのは、SAOから続く《ザ・シード》規格のVRMMO共通の隠れた仕様になってたりする。水中専用装備――つかイベント装備――の水着でも着てなきゃ水ん中入るプレイヤーも少ねぇから認知度は低いが。

勿論、ステータス的には所謂《裸装備》だから待ち伏せでもされてたら一巻の終わりだったんだが、運良くそんなこともなく無事渡河に成功したわけだ。

 

閑話休題(そんなこんなで)

 

鉄橋から数十メートル離れた岩場の影に身を潜めてスキャンを待っていた俺の耳に、微かな異音が届いた。

神経を研ぎ澄ませてその音に意識を集中させる。SAOの様な《索敵》スキルの存在しないGGOでは、こうやって自分の五感に頼るしかない。その分、姿や足音を完全に消し去る様な《隠蔽》スキルも無い――勿論足音を軽減させるスキルや装備は有るらしい――からこそ可能とも言えるが。

そうしていると、その異音が徐々にこちらに近づいてきているのが判る。

 

これは……足音? 尾行られたか?

 

だとすれば、水中で襲われなかったことから考えるに、見つかったのは岸から上がりこの岩場に隠れるまでの間だろうか。不幸中の幸いか、ソイツの視界に入ったのが極短い時間だったから即強襲されることもなく、こうして追ってきたんだろう。

足元が土ではなく岩である此処では、動けば位置を知られる恐れがあるが、どうしたもんか。そっとホルダーから銃を引き抜きながら思案する。

追われている側である以上、互いに居場所が知れていない今がチャンスではある。正確な位置は不明だが、ある程度の距離と方向は足音から推測できる。

 

打って出るか?

 

そう思い至り、リスクを覚悟で飛び出そうとした矢先。

 

……ん? なんだ?

 

迫る足音とは全く別の方向から、何かを感じた。

第六感的な何か――例えばフォーカスしたことによって生じるデータの増加――か、それとも俺の裡に《ヤツ》の影響か。不自然に捕えた気配……というより、殺気ともいうべき何かに気を取られた俺は、聞えていたはずの足音が不意に途切れたのに気付くのが数瞬遅れた。

 

……止まった? いや、違う……上かっ!?

 

足音が止んだことに気付いた直後、直感に従って銃口諸共視線を上に向けると、逆光の中サブマシンガンを構える姿が映った。

 

「チッ!」

 

予測線が出る間もなく、マズルフラッシュと共に至近距離で放たれる銃弾の雨を、咄嗟に展開したブレードで間一髪斬り裂く。何発かは防ぎきれずに喰らったが、致命傷は貰っちゃいないし御の字だ。

辛うじて凌ぎきり、相手が着地をする一瞬の隙を狙って反撃を仕掛けるために駆け出そうとした瞬間――

 

「ンなっ!?」

 

――目に入ってきたのは回転しながら飛んでくるサブマシンガン。

 

投げやがったのか!?

 

出端を挫かれ不意を突かれたことで、踏み出した足を止めてしまった。

反射的に銃身で弾いたことで、顔面にクリーンヒットだとか、弾倉を斬り付けて暴発して自爆なんていう間抜けな展開は回避できたが、相手に体制を整える時間を与えちまったのは痛手だ。

 

俺が両手のマグナムを素早く向け直すのと同時、相手は新たな得物の矛先(銃口)をこちらに向けていた。二人の間の距離は5メートルも無い超至近距離。

 

「……結構トンデモねぇ事すんのなお前」

 

「……気付かれてないとだろうから、仕留め損なうとは思わなかったんだけど……やっぱり、接近戦(クロスレンジ)じゃ分が悪かったわね」

 

此処まで来て漸く顔を拝めた襲撃者に狙いをつけたまま、心の裡だけで肩を竦めながら話しかけると、膝立ちで銃口を外すことなく返事が返ってきた。

 

「ンなこたねぇよ、俺もギリギリだった。まさか得物ブン投げてくるとは思わなくてよ」

 

「サイドアームを犠牲にするだけでアンタを殺せるなら儲けモノだったから。可笑しなことして不意を突くのはアンタやアイツの真似よ。やられた感想はどう?」

 

「効果的だって身を以て判った。今後の参考にでもしてやるよ」

 

「そう、それは良かった。辞世の句はそれでいいわね?」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ。俺達の得物じゃあ、この距離でまともに撃ち合ったらどっちも一発でアウト(死亡)だ。それが判ってるからお前も話に付き合ってんだろうが」

 

「……チッ」

 

俺の言葉に小さく舌を打って、その手に大型ライフルを構える青髪の襲撃者――シノンは苛立たしげに顔を歪めた。

 

「それが何? 私は別に構わない! この状況で他に何があるっていうのよ!!」

 

「俺が構うんだっての。さっきも言ったろ。俺にはやることが在んだよ」

 

「《死銃》を見つけるって? そんなのどうでも――」

 

「良くないんだなぁ、これが。俺達にとってはさ」

 

シノンの叫びを遮る様に背後から現れたのは、片手にオートアサルトを構えたクーン。

そして――

 

「悪いな、シノン」

 

――ハンドガンをシノンへ向けるキリトの二人だ。

 

「出来過ぎなタイミングだな、オイ」

 

「まぁな。それより時間が無いから、早急にそこの御嬢さんを説得してくれ。女の子を撃つのは趣味じゃないしな」

 

言葉はふざけちゃいるが、口調はマジだ。時間が無いってのは本当らしい。

時間的にもう二回目のサテライトスキャンは終わってるはずだ。いつ二人が合流したのかは判らねぇが、近くにあの三人の内の誰かがいるんだろう。

 

「……私が説得に応じるとでも?」

 

「シノン、俺とクーンは撃とうと思えばいつでも君を撃てた。それをしなかったのは、ここで戦闘音を出したくなかったからだ」

 

「……どういうこと?」

 

「色々有んだよ。シノン、悪ぃがここは折れてくれ。退いてくれんなら俺もコイツらもお前を撃たねぇし、その後お前が俺らを殺しに来ても文句は言わねぇ」

 

昨日と、そして今日。シノンとの会話で、コイツが強い覚悟を以てGGO(この世界)いるのは判っちゃいるし、その覚悟を踏みにじる様な真似もしたくはねぇ。かつて同じように《The World(あの世界)》を彷徨い続けていた頃の俺と同じ眼をしているから。だが、状況がそれを許さない。

そうして睨み合うこと暫し。

 

「………………はぁ」

 

溜息を吐いて、シノンはライフルの銃口を俺から外して担ぎ直した。

 

「悪ぃな」

 

「フンっ。別に、どうせこの状況じゃ犬死だし」

 

銃を下ろしながら短く発した謝罪に返ってきたのは、拗ねたような声音のそんな言葉だった。

 

「うし、そしたらサクッと移動だ」

 

相当ギリギリなのか、シノンから交戦の意志が無くなったのを見て取るや否や、クーンがそう言って返事も待たず走りだした。

同じように駆け出したキリトに俺も続く。間に合わなかったら面倒だ。

 

「って、なんでお前も来んだよ」

 

そんな中、何故か然も当然の様に俺達に付いて走るシノンに思わずツッコんだ。

物凄くナチュラルについてきたから一瞬気付かなかったわ。

 

「銃声を出したくなかったって理由が気になったから。しょうもないわけだったらアンタ達を背後から撃てるようにね」

 

かなりの速さで走っているのにも拘らず、銃に見立てた人差し指を器用に俺の背中へ突き立てながら浮かべる皮肉気な笑み。

こりゃ何言っても無駄だなと、早々に思考を放り投げた。

相変わらず、俺の知り合う女は気が強い。

 

 

 

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試合開始前から合流することを計画していたのか、偶然見つけて追いかけたハセヲとの交戦中に三対一に持ち込まれてしまった私。

道連れに相打ちも覚悟していたのに『戦闘音を出したくない』なんて意味が判らない理由で私を見逃した三人を追って――というか勝手に付いてって――辿り着いたのは、橋から200メートル程離れた、丁度鉄橋の様子が覗える茂みだ。周りは岩場と灌木に囲まれているのでアンブッシュしていれば接近されない限り早々見つかることは無いだろう。

 

でも、此処でいったい何をしようっていうの?

 

「……何でシノンまでいるんだ?」

 

「交戦を避けた理由に納得できなかったらいつでも後ろから撃てるように、だとよ」

 

「それはまた……」

 

ハセヲの言葉に引き攣った笑みを浮かべながら、鉄橋を見張ることが目的なんだろうと何となく当たりをつけていた私に視線を向けてくるキリト。

『ドン引きです』とでも言わんばかりのその表情が癪だったから、ありったけの眼力を籠めて睨み返してやる。

 

「なに? 文句でも有るわけ?」

 

「い、いやいや滅相もない!」

 

「ふんっ」

 

鼻を鳴らしてキリトから視線を外す。睨まれて謝るくらいなら最初から言わなければいいものを。

昨日の決勝の様にふてぶてしい態度で決闘を持ち掛けてきたかと思えば、さっきの酒場ではわけの判らない独り芝居をしてふざけてみたり、今の様に小心者かと言わんばかりの低姿勢を見せてみたり。本当によく判らないヤツね、この女顔の男(バカ)は。

 

まぁ、よく判らないと言えばコイツも――

 

「まぁいいじゃないの。逆に言えば、納得できるだけの理由があるなら多少の協力ぐらいはしてくれるってことで良いんだよな、シノンちゃん?」

 

気付かれない様に瞳だけを動かして隣に伏せる銀髪の男を見ながら考えを過らせていると、不意に真反対から声が掛かった。

マーケットで声を掛けられた時はMMOで女性プレイヤーを引っかけようとしてるただのチャラいナンパ野郎としか思わなかったけど、第一印象に反してかなり腕の立つオートアサルト使いの男。名前はクーンとか言うらしい。自己紹介も何もされてないから、キリトがさっき出していた名前から把握しただけだけど。

 

「私、手伝うなんて一言も言ってないんだけど」

 

「つれないこと言わないでさ。今からそこの鉄橋にダインと、それを追いかけるペイルライダーが来るはずだ。君にはいつでもペイルライダーをで狙撃できる様に準備しておいてほしい。その背中に担いでるモンは飾りじゃないんだろう、スナイパーさん?」

 

「っ!」

 

憎たらしい笑みと共に吐かれた、あまりにも安い挑発。

そうだと判っていても、今すぐその整った顔に鉛玉で風穴を空けてやりたい衝動に駆られるのをグッと抑えて――特に理由が無ければ絶対撃ってた。我慢しきったことを褒めて欲しいくらい――、背中のへカートを設置する。例えそれが強力をさせるための見え透いた挑発だとしても、言われっ放しではスナイパーとしての私の矜持に関わるから。

というか、数回しか接触していない、碌に会話を交わしてもいない私の性格を理解して協力させるよう仕向ける辺り、ナンパな行動に似合わず人を使う術に長けているらしい。もしかしたら見かけによらず――そもそも外見なんて自動生成のアバターなんだから判断なんてつかないけど――年齢を重ねているのかもしてない。なんとなく言動がオッサンっぽいところもあるし。

まったく……どいつもこいつも油断ならない奴らばかりだ、この三人は。

 

「誰にモノ言ってんのよ。たかだか200メートルの距離なんて、私とへカート(この子)には狙撃ですらないわ」

 

「だと思った。頼りにさせてもらうよ、凄腕スナイパーシノンちゃん」

 

「……アンタ、後で絶対撃ち殺してやるから、覚悟しなさい」

 

声音から今のは挑発じゃないと判ったけど何となくイラついた――そもそも『シノンちゃん』とか呼ぶんじゃないっての――から、スコープで鉄橋を覗き込んだ体勢そのままに殺害予告を言い放つ。そりゃ勘弁、なんて言葉は無視だ。

 

「ここまでは予定通りだが……問題はこの後だな」

 

キリトと一緒に呆れたような目で私たちのやり取りを見ていたハセヲが、確認するようにクーンへ声をかける。その声音は何処となく低い。

 

「ああ。昨日言った通り、こっから先はぶっちゃけ行き当たりバッタリだからな。とは言え、最優先は俺達の身の安全だから、無茶は禁物だ。ミイラ取りがミイラになっちまったら本末転倒だろ?」

 

緊張をほぐす様に茶化して締めたクーンの言葉に頷くハセヲとキリトの姿を左目の視界の隅に収める。

 

ゲーム(仮想世界)を通じてプレイヤー(現実の人間)を殺せるなんて、本当に思っているのか?

 

それが、私の率直な感想。いっそBoBを盛り上げるために自分たちで勝手に作り上げたシナリオだと言われた方が理解できる。だけど、雰囲気づくり(ロール)の為にそんな凝った設定をして遊んでいるとは、彼らの酷く真剣な様子を見ていると思えなかった。私より《強い》彼らが、そんな稚拙なことをしていると思いたくなかった。

理性は彼らを否定し、感情は彼らを肯定する。

私の裡でそんな二つの意見が鬩ぎ合うけれど、どちらも決定的な根拠が欠けている所為でその天秤はどちらかに傾くことなく揺れながらも均衡を保つ。

 

きっと私は、その根拠を知りたくて彼らに付いてきたんだ。

これから起こることが、私の知りものを与えてくれるだろうと思って。

 

彼らの言葉が真実であるという事が、何を意味するのか……その本当の恐ろしさから目を背けながら。

 

 

 

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「……来たっ!」

 

クーンの声が耳に届くのと、双眼鏡によって拡大された視界にダインと思わしき森の方を警戒するアサルトライフルを構えたプレイヤーを捉えたのはほぼ同時だった。

それから遅れること十数秒、今度は青白い全身スーツに身を包んだプレイヤーが現れる。奴がペイルライダーだろう。

ペイルライダーはダインからの迎撃に対して、鉄橋のワイヤーを用いる曲芸染みたアクロバット機動を以て回避すると言う中々に常人離れした方法で接近している。

 

もしペイルライダーが《死銃》ならと考えると、こんな所で様子を窺ってないで直ぐ様飛び出していきたくなるが、それじゃ意味が無ぇのは判ってるから抑える。こうして手を出すことなく見ているだけってのは正直ストレスだけど仕方ねぇ。

 

「凄いなアレ」

 

「だな、どこの三番片面ピエロだっての」

 

「多分相当な《軽業》スキル持ちだろうな。普通じゃ無理だ」

 

「それにSTR型に加えて装備重量を最大限に削って三次元機動にブーストかけてるわね。まぁ、三角飛びで接敵していくような奴には言われたくないだろうけど」

 

口々に感想を言っている間にも、ペイルライダーはダインを翻弄し続ける。

そうしている内に碌な抵抗も出来ないまま懐に入り込まれたダインは、ペイルライダーのショットガンから吐き出される散弾を数回喰らい、HPバーを消滅させた。

 

倒れたダインのアバターの上に表示される《DEAD》の文字に、もしかしたらと思わないではない。気付けば無意識のうちに強く拳を握りしめていた。

 

「……どうする?」

 

何を、とは続けなかったが、キリトが言いたいことは判る。

このままペイルライダーの監視を続けるのか、否か。今の戦闘を見ただけじゃ、奴が《死銃》なのかどうかの判断はつかない。かといって、このまま続けていたら他の候補者を見ることが出来なくなる。

 

「……あいつ、撃っていいの?」

 

俺もクーンもどうするか答えあぐねていると、シノンがそう聞いてきた。恐らく彼女の視界ではペイルライダーを中心にバレットサークルが拡縮しているところだろう。

 

「いい加減どっちか決め――」

 

痺れを切らして発せられた催促の言葉が止まる。

何事かと思って思考に割いていた意識をペイルライダーの方に戻せば、弾かれた様に崩れ落ちるペイルライダーの姿が目に映った。倒れ方から見るに森の方から狙撃されたんだろう。

 

「今、銃声聞こえたか?」

 

「いや、聞こえなかった。けど狙撃音をこの距離で聞き逃すってのは考え辛い」

 

「小型のレーザーライフルかサプレッサーでも使ったんでしょうね」

 

「……サプレッサー?」

 

何のことか判らなかったのか、一人疑問符を浮かべるキリト。まぁ、FPSやらサバゲーでもやってない限り聞き慣れない単語だろうが。

 

「消音器とか減音器とかって装置だ。一般的にはサイレンサーって言った方が判りやすいか?」

 

「まぁ、消耗品の癖に割高だし、性能に掛かるマイナス補正も結構大きいけどね。減音率は確かに高いけど銃によってまちまちで完全に音を消せるわけじゃないし」

 

「なるほど……シノンは使わないの?」

 

「趣味じゃない」

 

キリトの意見を一言でバッサリ切り捨てるシノン。そもそも闘い方なんて人それぞれだから、他人にとやかく言われたくないってのもあるんだろう。特に、シノンはその拘りが強いように感じられる。彼女なりの《強さ》を求める所以だろうが。

 

「まぁ、シノンちゃんが使ってるへカートは対物ライフルだから、そもそもサプレッサーをつけるようなもんでもないでしょ」

 

勿論GGOの仕様として付けられるし、現実でも有るっちゃ有るらしいけど、と苦笑しながらクーンがフォローを入れる。一刀両断に斬り捨てられて固まっちまった少年の痛ましさを見てらんなかったんだろうよ、どうでもいいけどな。

そんなことより気になることがある。

 

「ンなことより、ペイルライダーのアバターにチラついてる妙なライトエフェクトはなんだ?」

 

「「――っ!!」」

 

いつまでも立ち上がらないのを不審に思って気付いたそれ。

多分何かしらのバステ(状態異常)――多分麻痺かスタン――表示なんだろうその状態にを見て、シノンとクーンは揃って驚きを顔に浮かべた。

 

「まさか……電磁スタン弾!?」

 

「だろうな、間違いない。まさかアレを対人で使うとは……」

 

「何だよそれ?」

 

「名前聞く限りじゃ命中した対象を一定時間スタンさせる弾頭なんだろうが……PvPに使うようなもんじゃねぇってことか?」

 

「ああ。効果自体はハセヲが言った通りだ。けど、口径固定の特殊弾頭でな、大口径ライフルでしか使用不可能な上にサプレッサー以上にコスパが悪い。そんなんだから、相対的に無駄弾が多くなる対人戦じゃなくて、パーティーで大型Mobを狩るときに使うのが一般的だ」

 

「しかもスタン効果の代わりにダメージは殆どないのよ。時間的にそろそろスタンも解けるはず……アレっきり追撃もしないなんて何の意味が――っ!」

 

不意にシノンの声が止まる。

いや、俺たち四人、全員の息が一瞬止まった。

倒れているペイルライダーの直ぐ近くから、小汚い外套を纏ったプレイヤーが急に現れたからだ。その肩には、シノンの持つへカートと同等の大型ライフルが掛けられている。

 

まさか! 誰も気付かなかったってのか!?

 

四人もの人間が見ている中、誰にも気取られることなく忽然と現れたという信じがたい事実に思考が止まったのも束の間、キリトが声を上げた。

 

「アイツだ、間違いない! アイツが《死銃》だっ!!」

 

「シノン、奴を撃て!!」

 

「は? えっ!?」

 

キリトが声を発した瞬間、俺はシノンにそう言って飛び出した。

返ってきたのは困惑の声だけだったが、説明してる時間は無い。

 

藪から飛出し駆け寄る間にも、《死銃》は動きを止めずにハンドガンを取り出してペイルライダーに向けた。そのまま空いた左手で十字を切る。まるで、神に祈りを捧げる信徒のように。

 

アレを撃たせたらダメだ!!

 

ほぼ無傷のペイルライダーを斃すには、マグナムでも何でもないハンドガンじゃ無理。それは判っていたが、理性とは別のナニカが撃たせるなと警告を発していた。

だが、どれだけ気が急いても走る速さには限界がある。位置が位置だったせいで、回り込むようにしか橋へ向かえないことに歯噛みしながら山道を駆ける中、視界に《死銃》の背へ突き進むラインが入り込んだ。

 

シノンの狙撃か!

 

アレが中れば。そう思ったのも束の間。《死銃》は急に上体を反らして躱してみせた。

 

予測線が見えてやがったのか!?

 

ありえない、そう叫びそうになるのを飲み込んで直走る。

先の一射で中てるのは不可能だと判断したのか、シノンからの援護は無い。

 

間に合え!!

 

だが、そんな俺の心の声が届くことも無く、奴の握るハンドガンから一発の銃声が響いた。

 

 

 

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「まさかハセヲまで出てるなんてね」

 

「驚きですよね。しかもやっぱり強いですし」

 

大型モニターを眺めながら、グラスを片手にリズとシリカちゃんが笑い合う。ピナはシリカちゃんの膝の上でお休み中だ。

この前ハセヲさんに頼んだ件は、問題ないだろうって返事が来た。ただ、一応見張りも兼ねてハセヲさんもコンバートしてるとは聞いてたけど、BoBに出てるなんてアルゴさんから聞くまで思ってもみなかった。まぁ、キリト君と同じくらい強いことを考えると当然と言えば当然なのかもしれないけど。

 

「と言うかGGOって銃で闘うはずなのに、あのへんてこな剣みたいなのくっつけて双剣みたくしてるあたりアイツも変人よね」

 

「変人……というより、無茶苦茶ですよね。さっきなんか銃弾をあの剣の部分で斬ってたし」

 

リズの変人発言を受けて、リーファちゃんが苦笑する。

確かに、あの時は自分の目を疑った。やられた方はひとたまりもないと思う。

 

「ソレもあるけどよ、持ってる銃自体がオカシイだろ。ありゃ多分デザートイーグルだぜ?」

 

「でざーといーぐる?」

 

「えーっと……これですね」

 

クラインさんの出した単語が判らなかったのか首を傾げるシリカちゃんに、ユイちゃんがネットから見つけた情報をウィンドウで出した。

 

「正式名称は《IMI デザートイーグル》。1983年にアメリカのマグナムリサーチ社が設計した、世界有数の大口径自動拳銃ですね。専用の《50アクションエクスプレス弾》を使用した際の通常の自動拳銃とは一線を画した驚異的な威力のため扱いが難しく、その威力と外見から《ハンドキャノン》とも呼ばれているそうです」

 

「そうは言っても普通は副武装(サイドアーム)で使うようなものだけどナ。なんでかGGOでは主武装(メインアーム)としても使える様に、リアルよりも更に高威力・高難度になってるらしいケド。その所為で使うプレイヤーは殆どいないって話ダ」

 

「よくもまぁそんなピーキーな武器を両手に一個ずつ持って戦えるわねアイツ……」

 

「ハセヲらしいと言えばらしいけどね」

 

アルゴさんの補足説明に呆れ返るリズ。フォローに回った司さんも苦笑いだ。

そんな司さんにグラスを手渡しながら昴さんが席に着く。

 

「キリトさんも同じくらい面白いことをしていそうですけどね」

 

「せやな。アイツなら銃なんか要らへんゆーて、銃相手に剣一本でかかって行くんやない?」

 

「いやぁ、流石にそこまでは……それにハセヲ兄ちゃんが付けてるようなのならまだしも、純粋な剣なんて無いんじゃない?」

 

「あら、そうでもないみたいよ望。ほら」

 

そう言ってアイナさんが望さんと朔ちゃんにウィンドウを開いて見せたのは、交通整理の人が持っている誘導灯の光る部分を長くしたような何か。

 

「《フォトンソード》って言うらしいわね。SF映画に出てくるライトセーバーとか、ロボットアニメに出てくるビームサーベルとかと同じようなモノらしいわ」

 

「うおっ! 何それチョーカッケ―じゃねぇか!!」

 

「なぁにはしゃいでんのよ」

 

「バッカお前! 男に生まれたからにゃあ、こういうロマン溢れるモンには憧れるもんなんだよ!」

 

「ざーんねん、私は女だから判らないわね」

 

クラインさんは目を輝かせて興奮してるけど、私にはちょっと判らないかな。

大半の女性陣も同じみたいで、キョトンとしたり苦笑いだったり。リーファちゃんだけはリアルで剣道もやってるせいかちょっと興味ありそうな反応だったけど。

男の子は好きな物なのかなと望さんの方を見やれば、周囲の反応が芳しくないことに気付いたクラインさんが絡みに行っていた。

 

「なぁ、望! お前なら判るだよなぁ!?」

 

「え、えぇっとぉ……」

 

「これまた残念やったな。望は意外と……っちゅうか、割と見た目通り少女趣味やさかい、そーゆーモンに興味持ったこと殆ど無いで」

 

「ちょ、ちょっと朔っ!」

 

「そうね、望は昔から男の子が好きそうなものより、女の子っぽいものに惹かれてたわね。部屋にもぬいぐるみとか有ったし」

 

「あ、アイナちゃんまでぇ……」

 

「今でも趣味の一つは編み物やからなぁ。そこらのオンナよりよっぽど乙女しとるわ」

 

「前の誕生日にもマフラーを貰ったのよね。売り物……いいえ、それ以上にすごくよく出来ててすごく温かいのよ。望の愛が籠ってるからかしら」

 

「うぅ……」

 

望さんは意外(?)な趣向が暴露されてしまって恥ずかしそうにしてるけど、申し訳ないけどそんなに違和感は無いんだよね。何故かアイナさんはサラッと惚気に話を持ってってるし。  

 

そんな風に皆が集まっているのは、私とキリト君が世界樹の上に出現した街、《ユグドラシル・シティ》に借りている一室だ。値段に比例してかなり大きな部屋に集まったのは、私、ユイちゃん、リズ、シリカちゃん、ピナ、リーファちゃん、アルゴさん、クラインさん、望さん、朔ちゃん、アイナさん、司さん、昴さんの総勢十二人と一匹。大きいとは言ってもこれだけの人数が揃うと流石にちょっと狭いかな。

アルゴさんからハセヲさんとキリト君がBoBという大会に出ることを聞いて、急遽招集したのにも拘らず、エギルさん以外のメンツが揃ったのは割と凄いんじゃないかな?

そんなエギルさんは、経営するお店《ダイシー・カフェ》の営業時間中で外せないと事。流石に奥さんに任せる訳にもいかないしね。

 

ちなみに成人してる人たちが飲んでるのはクラインさんが態々ヨツンヘイムまで行って集めてきたお酒。この部屋に集まることが多いせいか、我が家に設けられてるホームバーの棚に安置してるそれを空けたらしい。

お酒の味が判る人たちに言わせると『酔えないだけで味はものすごくいい』とのことだけど、年初めの御屠蘇か甘酒くらいしかお酒を飲まない――というか飲んじゃダメなんだけど――私にはよく判らない。そういうわけで未成年組のグラスに注がれているのは私が料理スキルで作った特性フルーツジュース。試行錯誤を繰り返して作ったコレは皆から評判のいい自信作だったりする。

 

閑話休題(それは置いておきましょう)

 

結局誰にも共感されなくてちょっと落ち込んでるクラインさんへフォローを入れよう。

 

「あはは……でも、剣が有るんだったらキリト君は間違いなく使ってるかもですね」

 

「アイツもハセヲみたいに弾斬りそうだしね。ホント、あの二人は規格外だわ」

 

「でもアスナさんやリーファちゃん、クラインさん、昴さん達ならいい勝負できるんじゃないですか? 皆さんソードスキルだけじゃなくて純粋な剣技も強いですよね?」

 

シリカちゃんの言葉に私たちは顔を見合わせる。

みんな苦笑を浮かべたり肩を竦めたりで、一様に芳しい反応は無い。

 

「確かに、剣技だけならそうそう負けない自信はあるけど……」

 

「闘い辛いんだよなアイツら。なんつーのか、闘い方が妙に巧いっつーか、厭らしいっつーか」

 

「うーん……お兄ちゃんもハセヲさんも凄い動きがトリッキーですからねぇ。先を読ませてくれないと言うか。予想外の攻撃に対処しきれないし」

 

「そうですね。お二人とも、奇を衒った攻撃が凄く巧みですから。キリトさんの二刀流もそうですし、ハセヲさんの武器の入れ替えも同じく」

 

「状況の変化に着いて行けないんだよね。それで気付くと負けちゃってることが殆どかな」

 

SAOでは終ぞやらなかった二人とのデュエルを、ALOに来てから腕試しを兼ねてやった時のことを思い出して続けると、三人が同意するように頷いた。

仲間内では誰より自信の在る剣速を武器に、いいところまでは持って行ったんだけど、最終的には負けてしまったのを良く覚えてる。皆も同じような経緯があるんだと思う。クラインさんなんかはことある毎に喧嘩を吹っかけてるのをよく見るし。100%返り討ちに遭ってるけど。

キリト君には二刀流を使った時の、一発一発がやたらと重く鋭い無数の連撃に。

ハセヲさんには、SAOと違ってペナルティの発生しない双剣・大剣・処刑鎌の三つを巧みに使い分けた技に。

どちらと闘った時も共通していたのは、他の三人も言ったようにフェイントやミスディレクション、奇想天外な身の熟しに翻弄されたという事。Mobや一般のプレイヤーじゃ身に付けていない、いわば《個人スキル》とでも言うような技の対処に追われている内に、最後は力技で止めを刺される。正しく、味方なら心強いけど敵に回すと厄介極まりない二人なんだよね。

 

「ふーん……改めて聞くと、やっぱりあの二人って似てるわよね。性格はそうでもないけどさ。キリトはアホだけど、ハセヲは結構クールだし」

 

「アイツらどっちも真っ黒装備にセオリーガン無視のソロプレイヤーだったしな。同じ穴の貉って奴なんだろうよ」

 

リズに同意してクラインさんが笑う。

うーん……闘い方とかそう言うのだけじゃなくて、性格も結構似てると思うんだけどな、私は。他の人にとってはそうでもないのかな?

 

「あら? 私は性格も似てると思うわよ、あの二人」

 

そんな私の考えを見抜いたかのようなタイミングで、代弁するようにアイナさんが声を発した。

 

「そうですか? 客観的に見る限り、お調子者のパパと皮肉屋のハセヲさんは、性格と言う面ではあまり似ていないように感じますが」

 

「ゆ、ユイちゃん?」

 

意外と辛口な人物評価を下す愛娘にちょっとだけ不安を感じる。キリト君の影響かな……直ぐユイちゃんに変なこと吹き込もうとするし。

 

「そうかな。確かに表面上は違うように見えるかもしれないけど、二人とも心の奥底……芯と言えるようなものが同じな気がする」

 

「なんだかんだ熱血だからナ、キー坊もハセヲっちも。それにキー坊は偶にクールキャラでカッコつけようとしてるし、ハセヲっちも意外とアホっぽいことすることあるしネ。アイちーが言いたいのはそういう事じゃないカ?」

 

そんなユイちゃんの言葉に答えたのは司さんとアルゴさん。

それを受けてアイナさんがコクリと頷いた。

 

アルゴさん達が言ってたことも勿論そうだけど、もう一つ。私は共通点があると思う。

それは、いざと言うとき自分の身を顧みないで突き進んでしまうところ。

ハセヲさんが、私達をヒースクリフの刃から庇った様に。

キリト君が、全てを終わらせるために自分ごとヒースクリフを貫いた様に。

 

そんな二人が、なんでもないと言いながらGGOにコンバートしたのは、何故?

 

無意識に考えないようにしていた不安が、不意に鎌首を擡げ始める。

そんな嫌な予感が的中するのは、そう遠い事ではなかった。

 

 

 

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やっとたどり着いた鉄橋の西端。

そこで俺が見たのは、ペイルライダーがポリゴンとなって砕け散った瞬間だった。

その粒子が《DISCONNECTION》の文字を描く様を、俺は呆然と見守ることしか出来なかった。

 

銃弾を受けた直後にスタンから復帰したペイルライダーは、《死銃》へ右手に持つショットガンを突きつけた。だが、その銃口から敵を吹き飛ばす筈の散弾が放たれることは無く、そればかりか銃を取り落としてゆっくりと倒れて、ノイズと共にアバターは消滅した。

 

たった一発。システム上何の変哲もない筈のその一発が、致死の凶弾となってアバター越しのプレイヤーから命を奪ったのだと確信した。

 

「――――ッ!」

 

畜生ッ!! また俺は、見てることしか出来なかったのか!?

 

手の届くはずの距離にいたにもかかわらず、奴の凶行を防げなかったことへの悔恨と自分への怒り。

激情を声にならない叫びと共に吐き出しながら、外部中継用の浮遊撮影ユニットにペイルライダーの命を奪った凶器を向けて何事か言っているらしい《死銃》へ迫る。数秒でデザートイーグルの有効射程に入り、バレットサークルを気にせず走りながら奴へ向けてカートリッジ内全ての弾丸を撃ち込んだ。

へカートと同レベルの凄まじいマズルフラッシュと共に超高速で弾き出された十六発の鉛玉。だが、シノンの狙撃を避けた時と同様に、こちらを見ることなく最小限の動きで《死銃》はその全てを躱して見せた。

 

野郎、やっぱり弾道予測線(バレットライン)が見えていやがる!

 

「アァァァァアアァアッ!!」

 

今度こそ仕留めるために、雄叫びを上げながらブレードを展開してあと数十メートルまで迫った距離を一気に駆ける。

 

「ラァァアアアアアッ!!」

 

そうして残り数メートルを跳ぶような踏込で詰めて斬りかかった。

 

中る!

 

そう確信したのも束の間。

 

「なっ!?」

 

光刃が奴を斬り裂こうと迫る直前。ノイズと共に《死銃》の姿は跡形もなく掻き消え、標的を見失った刃は宙を斬った。

 

「野郎、どこ行きやがった!?」

 

首を左右に振って探しても、何処にも《死銃》の影も形も見当たらない。まるで実体のない(ゴースト)の様に、一瞬で消えやがった。

 

「クソがあっ!!」

 

やり場の無い怒りを拳に籠めて地面を殴りつける。

 

これじゃあ、あの時と一緒じゃねぇか……!!

 

記憶の奥底に刻み付けた光景が蘇る。それは一年前の《ラフコフ》討伐戦。俺の目の前で、討伐隊の一人がジョニーブラックに殺された、その瞬間。

俺が背負わないければいけない業として、今でも鮮明に残る映像。

奇しくも、あの時と同じ《ラフコフ》のメンバーによって、惨劇は再現されたのだ。

 

「ああぁぁあああぁ――――っ!!」

 

感情のままに後悔の叫びを上げる俺を嘲笑うかのように届いた声が、果たして幻聴だったのかどうか判らない。だが、その声は確かにこう言った。

 

『もう一度始めるぞ、愉快な宴を。止めてみろ、《死の恐怖》』




そんな訳で二章十六話でした。

やあっとこさ話が進みましたね。このままGGOもスパートかけて行きたいところです。あと1,2話ってところかなぁ。
でも結局年内には終わらなかったよ……

次回は多分年明けですね。それまでまたしばらくお待ちください。

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感想が多いと年内に更新するかもしれません(保証はしない

それではまた次回で

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