SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

12 / 39
復活!

地獄のような日々から解放されたので、更新を再開します!

お待たせした分、今回は結構長めです


Fragment8 《黄昏》

2024年 8月

 

八月の頭、本格的に猛暑に入り、まだ早朝と言っても差し支えのない時間なのにも関わらずその陽射しは強い。昨日降った雨のせいで上昇している湿度も相まって、その不快指数はかなりのものだ。

時間を確認しようと腕時計に目をやって、必然視界に入ってきた袖を見てふと思う。

そろそろちゃんと夏服、出さないとかな

薄手とはいっても春物を流用してるから袖は長いし、熱も抜けていかない。

まぁ、端的に言えば――

「暑いなぁ……」

と、そんな風にぼやいていると、ダイヤ通りホームに電車が滑り込んでくる。

いつものように通勤ラッシュで明らかに過剰な乗車率を示しているだろう車内に乗り込み、揺られること20分ほど。東京は江戸川橋に到着。そこからさらに歩くこと十数分。

そこが私の職場だ。

「おはようございます」

「あら、おはよう。今日も早いのね?」

昨日の当直だった看護師に挨拶しながら入っていく。

とは言え、彼女言う通り、現在の時刻は本来の出勤時間よりよほど早い。

でも、この時間に来るのは二年くらい前から始まった……始まってしまった習慣。

「……今日も彼の所へ?」

 

「ええ、もう日課ですから」

語気を下げて言う彼女に、努めて何でもないように答える。

そして、私が最初に向かうのも、この二年間毎日欠かさず向かっている部屋。

Pi……Pi……Pi……

白い壁、白いカーテン、白いベッド。存在するものが全て白を基調として構成されたとある一室。

Pi……Pi……Pi……

カーテンを開けて、薄暗かった室内に光をいれる。

「おはよう、今日も良い天気だよ。すごく暑くなりそうだけどね」

ベッドで眠る彼に、三崎亮に話しかける。

そう、ここは亮がずっと眠り続けている、彼の病室。

Pi……Pi……Pi……

彼の体に繋がれた心電図からは、一定の間隔で彼が生きている証拠が絶えず鳴っている。

「すっかり立場が入れ替わっちゃったね」

以前とは比べるべくもなく、痩けてしまった頬や伸びきって手入れの出来ていない髪が、夜が明けても彼が目覚めなくなってから、どれだけの月日が経ったのかを実感させる。

「肌も、私よりずっと白くなっちゃってるし」

そんな彼の顔に触れて手に当たるのは、全てが白で統一された部屋の中でただ一つ異彩を放つ物体。

彼を、そして数千人の人々を眠らせ続けているモノ――ナーヴギア。

このヘルメットの様な機械(凶器)を被って二年前、この病院に搬送された人たちは、日が経つにつれ一人、また一人といなくなっていった。

誰かがいなくなる度に、次は亮の番なんじゃないかと、不安になった。

誰かがいなくなる度に、亮の番じゃなかったと、安堵した。

「ダメだよね……」

この病院の看護師である私は、本当なら、病院にいる全ての人の無事を願わないといけないのに。

私は彼一人の身を案じてしまう。

その度に、私は罪悪感に苛まれた。

「……亮……」

それでも、彼の手を胸に抱き、祈る。

今日も亮が無事でありますように

いつものように、心の中でそう祈る。

「……じゃあ、行くね」

数分して、亮の手を離して立ち上がる。

「そうそう、今日は千草ちゃんが来るって言ってたよ。憎いね、色男」

言って、病室を出た。

そのまま更衣室に向かって、看護服に着替える。

「……よし」

着替え終えて更衣室を出ようとすると――

「「あっ」」

仕事仲間でも、一番親しい女の子と鉢合わせた。

「おはよう、萌ちゃん」

「おはようございます、志乃さん」

こうして、今日も私の日常は始まる。

 

 

 

==================================

 

 

 

全ての事の始まりは二年前、正確には一年と九ヶ月前。

SAO(ソードアートオンライン)というVRMMOがサービスを開始したことからだった。

 

サービス開始当日、茅場晶彦からの犯行声明が日本政府に向かって発信され、一万人ものプレイヤーが覚めることのない眠り(仮想空間)の檻に閉じ込められた。

 

日本政府や国際組織であるNAB(ネットワーク管理局)の迅速な対応により、早急に一万人分の収容施設が用意され、私の勤めているこの病院にも続々と患者が運ばれてきた。

 

被害者の収容についての説明が私たちにされる前、事件の概要をニュースで聞いたとき、私の中に漠然とした、虫の知らせとでもいうような不安が宿った。

自分でもわからない予感じみたものを感じながらも、思考を切り替えて被害者の収容を行い、全員の収容が完了し一息ついているときだった。

 

「志乃さん!!」

 

「ど、どうしたの、萌ちゃん。そんな大きな声出しちゃ――」

 

当時看護学校から卒業して新人看護師としてこの病院に来ていた彼女、久保萌ちゃんが息を切らして走ってきた。そんな彼女の教育係でもあった私が注意を口にしようとすると、それを萌ちゃんは遮った。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないんです! 早く来てください!!」

 

「ちょ、ちょっと萌ちゃんっ!?」

 

そう言いながら、彼女は私の手を取って走り出す。

何が何だか判らない私だったけれども、彼女に手を引かれるままある個人用の病室にたどり着いた。

 

「も、萌ちゃん……一体、どうし――」

 

急に走り出したことで荒れた呼吸を整えながら萌ちゃんに事情を聴こうとした私の言葉は、続かなかった。

ベッドに横たわる人物を見てしまったから。

 

「……りょ、う……?」

 

不安が、予感が……的中してしまった瞬間だった。

 

一瞬で頭の中が真っ白になってしまった私は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

その後何とか気を持ち直した私達は、仕事が片付いた後、亮をここまで搬送してきた火野君と佐伯さんの二人から、亮の病室で事情を聞いていた。

 

「じゃ、じゃあ、亮が事件に巻き込まれたのは……」

 

「私達の……いや、私のせいだ」

 

「社長それは……!」

 

「言い訳をしても仕方ないだろう。それに、彼への依頼を決定したのも、直接依頼を口にしたのも私だ。社員には、もちろん君にも責任はないよ、令子君」

 

「なんで……どうして……!?」

 

「萌ちゃん」

 

「し、志乃さん……」

 

涙を目に湛えながら火野君に掴みかかろうとする萌ちゃんの手を握って諌める。

掴んだその手は、萌ちゃんの心情を表すかのように震えていた。

 

「火野君を問い詰めても仕方ないよ」

 

それに、と続けて、

 

「選んだのは亮だから。だから、火野君にも、もちろん令子さんにも責任はないし、亮も誰かを恨んだりしてないよ、きっと」

 

「し、志乃さん……う、うう…………」

 

泣き出してしまった萌ちゃんを抱きしめる。そうしなければ、彼女の心が折れてしまいそうだったから。いや、彼女だけじゃない。私自身も…………。

 

 

暫くして、萌ちゃんが落ち着いた頃、病室の戸を叩く音がした。

 

「……どうぞ」

 

「やぁ、志乃ちゃんに萌ちゃん。拓海と令子さんも来てたのか」

 

「智成さん?」

 

「コッチもいまてんやわんやなんだけどね。プレイヤーの中に見知った名前を見つけたもんだらさ」

 

言いながら、智成さんは苦笑と共に入ってくる。

 

「ま、ホントはもう少し前から居たんだけど……ちょっと入れる雰囲気じゃなかったからさ」

 

「……す、すいません……」

 

智成さんの言葉に赤くなってしまう萌ちゃん。外まで鳴き声が聞こえていたのが恥ずかしいんだと思う。

 

「良いって良いって。それより、そちらさん二人がいるってことは、何か関係が有る訳だよな?」

 

「ああ、亮にSAOの視察を頼んでいたのだよ」

 

「なるほどな……」

 

それだけの会話である程度事情を察したのか、頷いてみせる智成さん。

 

「ふむ、一発殴らせろ、くらいは言うのかと思ったのだが?」

 

「ま、ホントなら、コイツの自称兄貴分としては、そう言いたいところなんだけど……そいつはコイツ自身の役目だからな」

 

「そうだな。亮が起きたら、潔く殴られるとしよう。――――それで」

 

そんな、まさに男の人同士な会話の後、二人は一転真面目な顔つきで話し始めた。

 

「そちら――NABの方ではどのくらい調査が進んでいるんだ?」

 

火野君が智成さんに言った通り、智成さんは現在NABに勤務している。機密情報に関わることらしいから、何をしているかについて詳しいことは聞いていないけれど。

あの事件の後、同じようなことが起きないようにNABへの就職を志したとだけ聞いている。

 

ちなみに、NAB(ネットワーク管理局)というのは、2005年のクリスマスに《Pluto Kiss》と呼ばれるウィルスによって発生した77分間に及ぶ全世界ネットワーク断絶事件、《第一次ネットワーククライシス》を機に発足された国際機関で、凶悪なネットワーク犯罪に対して日夜調査を行っており、緊急時には国際警察と同等の権限を行使することが出来る機関として有名だ。このNABに所属している人達の一部はある種のエージェントのような存在らしい。

 

「まだてんでって感じだな。詳しいことは言えないけども、実際俺達が出来てるのはぶっちゃけ被害者の把握とその収容先の確保だけだってのが現状だよ」

 

「そうか……人手が必要なら言ってくれ、私も協力は惜しまない」

 

「おう。でもまぁ――」

 

肩の力を抜いて、亮の方を見やる智成さん。

 

「事件の方はともかく、亮の方は大丈夫だろ」

 

「「「?」」」

 

「ふふ、そうだな。亮なら心配はあるまい」

 

私達女性人三人が智成さんの言葉に首を傾げる中、火野君だけが同意するように、そしてなんとも愉快そうに頷いた。

 

「ああ、なんてって第三次ネットワーククライシスを収束させた救世主様だからな」

 

「もしかすると、今回も彼が解決してしまうかもしれないな。そうなれば、君たちNABは面目丸潰れだな」

 

「ちがいない」

 

ふざけたように笑いあう二人の会話に、私たち三人もさっきまでの暗い空気を払拭する様に、つられて笑いだすのだった。

 

 

 

=========================

 

 

 

あれから一年と九ヶ月。今日来ると連絡を貰っている千草ちゃんをはじめ亮の知り合いの沢山の人が何度もこの病院に足を運んでいる。それこそ週に一回誰かに絶対会うことが有るくらいに。

 

けれど、NABや政府の調査は一向に進展しないままであるのも事実らしく、一部では既に内部から、プレイヤー達によるゲームクリア以外には解決は不可能ではという見方も出てきている。

 

でも、それでも――私は待つと決めた。

あの時、亮が私の目が覚めるのを待っていてくれたように。

今度は私が、彼を待つんだ。その眼が、再び開くのを…………

 

 

 

==================

 

 

 

2024年 7月

 

 

俺達がこの世界に閉じ込められてから、現実の暦の上では早二回目の夏を迎えた昨今。

とは言うものの、アインクラッドは階層ごとに基本的な気候値が設定されているが故に特に夏と感じることもなく……つまりはいつもとあまり変わり映えのしない日々を相も変わらず送っている。

 

強いて変化を述べるのであれば……あれだな。つい先日リズにクリエイティングしてもらった短剣《ロニセラ》を振ってることくらいか。

 

っと、そんなことを考えていたら余計なことまで思い出しそうだ。

年下のガキにしてやられた記憶なんつーのは思い出さないのが吉だ。そうに違いない。異論は認めない。

 

で、そんな些細(?)な変化しか挙げられない俺のほぼパターン化されているような生活だが、今日の予定は少し異なる。

現在時刻は午前11時。平時なら何かしらない限り既に迷宮区に乗り出しているような時間に未だ街にいるのはそれが理由だ。

 

ちなみに昨今俺が拠点にしているのは五十九層の主街区《リゾンデール》にある一部屋だ。調度品は結構柔らかいベッドだけで広さはそこそこという傍から見たら微妙な物件ではあるが、最大の利点が一つある。安いのだ。それもとんでもなく。どのくらい安いかと言われれば、飯を一食抜くぐらいの代金で三日は泊まれると言えば判ってくれえるだろう。

そんな低層に有るかのような値段料金――最初見たときはバグかと思った――の部屋にソファやテーブルなど必要最低限の調度品にプラスして、それなりに金をかけた料理機材を配置して生活している。

 

 

閑話休題(話を元に戻そう)

 

 

それで、今日の俺の用事はというと――

 

「ハセヲ!」

 

噂をすれば影とはよく言ったものだ。

 

「待った?」

 

「いや別に。さっき来たとこだからな」

 

「あっそ、ならいいわ。じゃ、さっさと行きましょ? 今日はアンタのおごりなんだから」

 

「へいへい、判りましたよ、リズベット様」

 

とまぁ、この会話で判る通り、リズに飯をおごる約束をしていた訳だ。

原因は至極簡単。《ロニセラ》を作った折、俺がその前に折った――というより粉々に破壊した――剣の弁償だ。

リズ曰く、

 

「確かに《ロニセラ》の分のお金はいらないって言ったけど、先にアンタが壊した方まで許すとは一言も言ってないわよ? あたしは『合わせてふんだくる』とは言ったけど」

 

だそうだ。

 

何か釈然としないものを感じるのは事実だが、確かに俺が剣をぶっ壊したこともまた事実。今回は素直に飯をおごってやることでそれを帳消しにしてもらった次第だ。

 

そんなこんなで俺たちが待ち合わせをしたのがここ、六十一層の主街区《セルムブルク》だ。白亜の花崗岩で構築された美しいこの都市は、その外観だけでなく、部屋やらレストランの評価が高いことでも有名だ。

 

「まぁ、その分それに見合っただけの金が持ってかれんだけどな……」

 

「あったりまえでしょ? アンタが壊した剣にはそれだけの価値が有ったってことよ」

 

「ハイハイ判ってますって」

 

宿代なら大体一泊俺の拠点の十倍以上はくだらないだろうこの町のレストランで奢らなきゃならん俺の今日のテンションはダダ下がりだ。それに反比例する形で隣を歩くリズのテンションは絶好調なのが見て取れる。

 

「……ん?」

 

「どした?」

 

目的の店に向かう道中、リズが唐突に疑問符を浮かべて足を止めた。

 

「ねぇ、アレ。キリトとアスナじゃない?」

 

「ん?……そーみてぇだな。声かけてくか?」

 

「うーん……ていうか捕獲?」

 

尋ねてみると返ってくるのはそんな物騒な言葉。何とも返しがたい返答ではあるが、一応先を促してみる。

 

「どっちを?」

 

「できれば両方」

 

「その心は?」

 

「キリトもあたしの剣折ってんのよ」

 

黒い笑顔で言うリズベットの言葉を現状に合わせて検証してみる。

 

Q.今日は何の日? A.リズに飯を奢る日

 

Q.何故? A.俺が剣折ったから

 

Q.キリトを捕まえると? A.負担が軽くなるはず

 

思考時間0.02秒でそこまで導き出した――思考の無駄使いではない、決して――俺の行動は速かった。

 

隠蔽スキルを即座に発動。ターゲット両名に気付かれないようにトップスピードで接近、勿論誰にも当たらずにだ。

 

そしてキリトの首根っこを引っ掴む。

 

「確保、完了」

 

言って、リズに負けないくらい真っ黒な笑顔で彼女にサムズアップを送り、

 

「ナイス!」

 

リズもサムズアップを返してくる。

 

「え? え? な、なに?」

 

「は、ハセヲさん!? それにリズも!?」

 

状況が掴めていない二人を置いてきぼりに、俺たちは道ずれ(生贄)を捕獲したのだった。

 

 

 

「なんだ、そーゆーことか。ビックリさせるなよなぁ」

 

状況を二人に説明してやって、肩の力が抜けたキリトが漏らしたのはそんな言葉だった。

 

「フツーに近づいてフツーに説明してもどうせ逃げてただろうテメェは?」

 

「うぐっ……」

 

「そーそ、だから前もって捕獲したってわけ」

 

「キリト君はそうだとしてもなんで私も?」

 

「だって、奢らせる金額は多い方がいいじゃない」

 

「「……ん?」」

 

その言葉を聞いて俺は、いや俺とキリトは悟った。

 

ああ、下手したらこれ、自分で払う金増やしたでけじゃねぇか?

 

「おいハセヲ、これ完全に俺だけとばっちりじゃんかよ」

 

「うるせぇ、テメェもアイツの商品壊してんだから同罪だろうが」

 

「短絡的な思考で墓穴掘った奴に言われたくないね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「「はぁ……」」

 

「ほら! 行くわよ、そこの男ども!」

 

「ははは……」

 

リズが催促し、アスナが苦笑を浮かべる中、俺達二人は幽鬼のごとく歩き出すのだった。

 

 

 

「そういや、なんでアンタ達は一緒にいたわけ?」

 

店――セルムブルクをホームにしているアスナの口添えで一番高い店になった――への歩みを再開したところで、リズがそんな風に切り出した。

 

「ああ、たまたまだよ。ほんのついさっき、そこでばったり会ったんだ。ね、キリト君」

 

「ああ。で、最近の攻略状況なんかを話してたら……」

 

「二人に捕まったってわけ」

 

「ふーん、なるほどね。アスナは運がよかったわね。そのおかげで今日のお昼は奢りで最高級料理フルコースよ?」

 

「な、なんか二人に悪いけどね……」

 

「と、言いつつも店を一番ヤバい――俺たちの財布的に――とこに変えたのはそこな御嬢さんだけどな」

 

「だな。アスナのLuckのぶん俺のLuckが下がってるに違いない」

 

「隠しパラメータだな」

 

「ああ、きっとシステムの設定で男より女の方が基本値高いんだろうぜ?」

 

「なに? あんまりぐちぐち言ってるんだったらアンタらの分注文したうえであたし達だけで食べるわよ?」

 

「そうね、デザートもいっぱい付けちゃおっか?」

 

「「Mum,Yes,Mum!!」」

 

「「よろしい」」

 

ひ、開き直りやがった………!!

 

アスナの言動にそんなことを思いながらも、悪魔の宣告を叩きつけられて哀れな俺たちは最敬礼をとることしかできない。

みじめなもんだ。いやホントに…………

 

 

そして、店まであと数十メートルのところ。これ以上増えませんようにと思いながら周囲に細心の注意を払ってやって来た俺とキリト。知り合いを見つけてはアスナとリズの視界に入らないように動き続けてきた俺達の緊張が切れた瞬間――

 

「あ! キリトさん! ハセヲさん!!」

 

随分と久しい声が俺たちの名前を呼んだ。

 

「し、シリカ?」

 

「な、なんでここに?」

 

動揺する俺達を余所にシリカは肩の上を飛ぶピナと共にこちらに駆け寄ってくる。

 

「お久しぶりです!!」

 

「あ、ああ」

 

「ひ、久しぶり」

 

ドモりながらも挨拶を交わすと置いてかれた二人が説明を求めるように目線で訴えかけてくる。

 

「知り合い?」

 

「あ、ああ、うん。前にちょっとあってな」

 

「あ、す、すいません。わたしシリカっていいます!」

 

「あたしはリズベット、リズでいいわ。四十八層の《リンダース》で加治屋やってるの。よろしくね」

 

「私は――」

 

慌てて自己紹介をするシリカに笑顔で返すリズとアスナ。そのアスナの言葉を遮ってキリトが口を出した。

 

「あの超有名ギルド《KoB》の副団長様。通称《閃光》のアスナ様だ」

 

「え、ええ!? あ、あのアスナさんですか!?」

 

「ちょ、ちょっとキリト君! そ、そんなに凄いものでもないから、ね? よろしく、シリカちゃん」

 

「は、はい! よろしくお願いします。リズさん、アスナさん」

 

と、ちょっかいを出しつつも無事自己紹介が終わったようなんで、シリカに事情を聞くことにした。

 

「で、なんでセルムブルクに?」

 

ここセルムブルクは先も言った通り基本物価が高い。前線から十層ほど下の階層とはいえ、シリカが来るには金銭的にもレベル的にも少しきついところのはずだ。

 

「あ、はい。それなんですけど、実は上の方の階層に綺麗な場所が沢山有るって話をこの間友達としてて…………もちろん場違いだなぁとは思ったんですけど、やっぱりちょっと見にだけ行きたいなぁって」

 

「ふむ」

 

「へ、変ですかね……?」

 

「いや、そういうのも楽しみ方の一つだろ。別に変じゃねぇよ」

 

そう言って、シリカの頭を軽く叩くように撫でている右手。

 

なんかシリカの頭撫でんのが癖になってるか……?

 

気にしたら負けっつーことにしておこう。

 

「そ、そうですよね! 変じゃないですよね!」

 

「ふーん」 「へぇ」 「ほぅ?」

 

「なんだよ?」

 

俺が言ったことに対し何かしらあるのか三人そろって謎な呟きをするキリトたち。ちなみにリズ、アスナ、キリトの順だ。

 

なにやらその響きに気に食わないものを感じたので顔をしかめる。

 

「いや、ハセヲでもそんなこと言うんだなぁってさ」

 

「うん。なんかアンタのことだから『どうせこんなもんポリゴンにテクスチャ貼り付けただけのプログラムだろ?』とか雰囲気も何もないようなこと言うかと思った」

 

「確かに。ハセヲさんってどっちかっていうと結構現実主義者(リアリスト)な感じがするしね」

 

「……とりあえずテメェらが俺のことを普段どんな目で見てんのかは判った」

 

「否定はしないんだ?」

 

「ノーコメント」

 

意地の悪い笑顔――人はそれをニヤケ顔と言う――で聞いてくるリズ。

以前――とは言ってもだいぶ昔だが――言ったことを殆どそのまんま言われて言い返せなかった訳じゃねぇ、ぜってぇー違ぇ。

 

「あ、そうだ。ねぇ、シリカちゃん?」

 

「はい? なんですか?」

 

「この後何か予定ある?」

 

「いえ、特には……。ホントにただ見て帰ろうって思ってたので」

 

じゃあさ、と言って俺とキリトの顔を横目で見つつ言葉を続けるリズ。

 

「ゴハン、一緒しない?」

 

「「……Oh……」」

 

そんな俺たちに対して破産宣告を叩きつけるような一言をのたまいやがった。

思わず二人してアメリカ人みたいな反応をしちまったくらいである。

 

「どう? もちろん奢るわよ?」

 

「い、いいんですか? ご迷惑じゃ……」

 

「そんなことないわよ。ね、アスナ」

 

「うん、一緒に行こ、シリカちゃん」

 

「ありがとうございます! じゃあ、お言葉に甘えて」

 

「「……はぁ」」

 

シリカに気付かれないようそっと溜息を吐く俺とキリト。

流石にシリカ相手に大声で捲くし立てるわけにも、この展開でやっぱやめてくれとも言える筈もなく、まぁ仕方ないと――

 

「んじゃ、オレっちもご相伴に預かろうかナ」

 

「「割り切れるかァァ!!」」

 

どこからともなく湧いて出てきたアルゴに思わずキレ気味にツッコム。

はっきり言って俺の堪忍袋はかなり限界だ。

 

「いいかナ?」

 

「いいんじゃない? 二人もそれで良い?」

 

「うん、アルゴさんとは知らない仲じゃないしね。そういえばリズも知り合いなんだ?」

 

「うん、まぁ、インゴット集めとかには何かと情報が入用だからね、自然と。シリカちゃんも良い?」

 

「あ、はい。わたしは誘っていただいた側なんで皆さんがそれでいいなら。シリカです、よろしくお願いします、アルゴさん」

 

「ヨロシク! キミが中層クラスで有名な《ビーストテイマー》のシリカか。しーちゃんって呼んで構わないカナ?」

 

「し、しーちゃん……? は、はい、まあ、いいですけど。あたしのことご存じなんですか?」

 

「職業柄情報は何でも集めてるからネ」

 

「職業柄?」

 

「ああ、さっきあたしもちょっと言ったけどコイツ情報屋やってんのよ。お金さえ払えばアイテムやダンジョンMAPにトレードの仲介、果ては一プレイヤーの個人情報まで何でも売ってる情報屋」

 

「しーちゃんも何か知りたいことが有れば《鼠》のアルゴをご利用くださいってナ!」

 

「は、はぁ……」

 

「それじゃ行きましょ? アンタの分もそいつらが出すだろうし」

 

「そりゃ有り難いナ」

 

とても和やかにSAOでも珍しい女性プレイヤー――しかも全員それなりに有名な――が話してる図に見えるだろうが、俺やキリトの「テメェどっから湧いてきやがった!?」「てゆーかナチュラルに会話に絡んでくんなよ!!」「無視すんじゃねぇ!!」「誰もお前の分まで奢るとは言ってないぞ!?」「テメェざけんなアルゴ!」「畜生、出費が……出費がぁぁ……」という絶叫が絶えずスルーされているという何とも傍から見たらシュールな図に他ならない。しかもアルゴの参加は完全に決定しちまいやがったみてぇーだ。

 

ああ、終わった……

 

俺達の出費が更に2倍増えた、そして今後何日かは極貧生活を送ることを余儀なくされたその瞬間だった。

 

 

 

============================

 

 

 

「それにしても……」

 

食事――シリカ以外は全員とんでもなく高いのを頼みやがった――を終えて一息吐くと、リズがぐるっと俺達を見回して話しだした。

 

「改めて見るとここにいる面子って結構とんでもないわよね」

 

「そうか?」

 

特に意識してなかったが……

 

「そうでしょうよ。いい? この《KoB》の《閃光》様を筆頭に――」

 

円卓の隣座るアスナをリズが指さす。

 

「盾を持たない片手剣使い《黒の剣士》に複数の武器を戦闘中に入れ替える《錬装士(マルチウェポン)》っていうトップソロプレイヤーと名高いアンタ達二人、情報通のプレイヤーなら誰しも知ってるような情報屋の《鼠》、シリカちゃんも中層では《ビーストテイマー》って言って有名なんでしょ?」

 

「りっちんも仕事ぶりの良さから《剣工》なんて呼ばれてるけどナ」

 

「ま、まぁそうだけど……」

順番に指さしていくリズにアルゴが付け足す。そう呼ばれることに慣れてないのか顔をほのかに赤らめるリズ。

いや、まぁ俺も《錬装士》なんて二つ名に慣れてる訳じゃねーけどな。

 

「と、とにかく、とんでもないでしょ? 知名度的にも、もちろんそこの三人は戦力的にもね」

 

「言われてみれば……」

 

「ま、そうかもな。俺的にはハセヲが一番異常だとは思うけど」

 

「私もそう思うかな」

 

「オイ、テメェらそりゃどーゆーこった?」

 

皆が納得したように頷いてみせる中で、キリトとアスナが自分はまだまともだとでも言いたげな様子でこっちを見てきやがる。

 

「どーもこーもないって。シリカと一緒にいたときにも言ったけど、ソードスキルも無しにただ短剣二本持って二刀流……ハセヲ的に言うと双剣か、なんてしてる奴の方が異常だろ」

 

「しかもハセヲさん、普通の短剣のスキルレベルと大剣のスキルレベル、両方とも私やキリト君と大差ないんでしょ?」

 

「まあ、そうだが」

 

「「ほら」」

 

そう口を揃えて言うキリトとアスナ。

納得いかねぇ。

 

「アンタ達も大概だけどね。キリトは片手剣のほぼ最大値重量の剣――あれじゃもう軽めの大剣と重さ変わんないわよ?――振ってるし、アスナの細剣(レイピア)はトップスピードまで剣速上げるとほとんど刀身見えないし」

 

「だってよ」

 

「「うぐっ」」

 

「アンタの異常さを否定したわけでもないけどね」

 

「…………」

 

「ま、三人ともまともじゃないってことだナ」

 

「「「顔に髭描いてるテメェ(あんた/アルゴさん)に言われたくねぇよ(ない/ないわね)」」」

 

「それはヒドくないカ!?」

 

「ハハ……」

 

三人そろって口にしたことにアルゴは慌て、シリカは庵とも言い難いとばかりに苦笑を漏らす。

 

「そ、そんなことより、面白い話があるんだけどサ!」

 

不意の状況に切羽詰ったのか、慌てて話題を変えようとするアルゴ。

 

「んなこと言われたって聞きたかねぇっつの。どうせ金取んだろーが」

 

「俺らもうすっからかんだしな」

 

「いんや、食事代のお返しだから料金はサービスするヨ。聞くカ?」

 

「んー、タダなら聞いてもいいんじゃないかな。ねぇ?」

 

「そうね。そーゆーことなら食休みがてら聞きましょうか」

 

「そうですね。どんな話なんですか、アルゴさん」

 

渋る俺達を考慮してか、アルゴには珍しく金を取らないということで、とりあえず話を聞いてみることに。

コホン、と一つ咳払いしてアルゴが話し始める。

 

「この情報が入ってきたのはつい一週間前くらいなんだけどナ? まず、皆三十五層のサブダンジョン《痛みの森》は知ってるカ?」

 

「確か……一分ごとに周囲のエリアが変化してくってゆーめんどくさそうなとこよね?」

 

「わたしが二人に助けてもらったのもあそこでしたね」

 

「ああ」 「そうだったな」

 

シリカの言葉に、数か月前のことを思い出しながら二人で頷く。

と、それに反応してアスナが首を傾げる。

 

「助けた?」

 

「言ったろ、前にちょっと有ったって。そん時のことだ」

 

「はい。二人のおかげでこの子も無事に戻ってきてくれたんです」

 

そう言って今は彼女の膝の上にいるピナを愛おしそうに撫でるシリカ。それでなんとなく理解したのか特に追及するようなことは誰もしなかった。

 

「話を続けるヨ? さっきりっちんが言った通りのサブダンで、特に攻略に役立つものもないってことからそのまま手つかずになっててナ、しーちゃん達みたいな中間層(ボリュームゾーン)プレイヤーの狩場になってた訳なんだガ。最近になってそこで特殊クエストらしいのが発生したって話なんダ」

 

「クエスト? 一体どんな?」

 

「ああ、なんでも夕暮れ時にに森の特定の場所に行くと、全身真っ白なNPCの女の子が現れるんだヨ。ただ……」

 

「ただ?」

 

キリトが促す。

 

「誰もそのクエストを受注できたプレイヤーがいないんだヨ。裏を取りに行ったオレっちを含めてナ」

 

「はい? なんでそれでクエストだって判るのよ」

 

「そこがオレっちが特殊クエストだって言った理由だナ。確かに受注は出来ないけど、何も起こらない訳じゃないんだヨ。そのNPCの女の子に話しかけると問いかけをしてくるんダ」

 

「問いかけ、ですか?」

 

「うん、多分それに答えられることがクエスト受注の条件なんだと思うんだヨ」

 

「なんて聞いてくるの?」

 

アスナが尋ねると待ってましたと言わんばかりにあアルゴが胸を張る。

 

「そう、その質問を待ってたんだヨ。皆に考えてもらおうと思ってネ」

 

「前置きは良いからさっさとその問いかけとやらを言いなさいよ」

 

「まったく、りっちんはせっかちだナ。ええーと、こほん。

『あなたは誰の子ですか? あなたは何番目の波ですか? あなたの名はなんですか?』

これが問いかけの内容だヨ」

 

「意味わかんないわねそれ。誰の子っていうのと名前は何っていうのはまだ判るけど……」

 

「うん、波っていうのが何を指しているのかが判らないとね」

 

「ちなみにアルゴさんは何て答えたんですか?」

 

「順番に、人間、三番目、アルゴって答えたヨ。けど間違ってたから目の前からそのNPCの子は消えちゃったんだよネ」

 

「普通に答えたんじゃダメってことか。何か規則性でもあるのか?」

 

皆口々に思ったことを言っているさなか、俺だけはアルゴの言葉を聞いた瞬間から何か答えを知っているような感覚を覚えた。

 

痛みの森、白い少女、子、波、名、そして夕暮れ。

アルゴの話に出てきたワードを改めて頭の中で整理する。

 

夕暮れ、言い換えれば……黄昏?

 

そこまで思考が発展にして、急速にパズルのピースがはまっていくのを感じた。

というより、何故すぐに気づかなかったのか。

 

白い少女に波、ついでに黄昏と言えば思い当たるのは一つしかない。

 

「……Epitaph of the Twilight(黄昏の碑文)……」

 

ただ、一つ思うのは……

 

こんなん、それこそ俺達(碑文使い)くらいしか判んねぇじゃねーか……

 

《黄昏の碑文》が公表されていたのはもう何年も前だし、知っていた奴もそもそも多くはなかったはずだ。たとえ知っていたとしても、碑文には白い少女の存在や親の名は出てこない。ここまでの結論に導けるだけの要素が碑文だけの知識では足りない。

 

一体、どういう……

 

「え?」

 

「アンタ何か判ったの?」

 

今まで黙り込んでいたのに急に呟いたせいか、気付けば皆の視線が俺に集まっており、俺の思考を遮るように言葉を投げかけてくる。

 

「てゆーかアンタ今何て言った訳?」

 

「えぴたふ……?」

 

「Epitaph of the Twilight.直訳すると《夕方の墓碑銘》かな」

 

「それが何か関係してるのか?」

 

「ハセヲっち?」

 

「あーあー、いっぺんに聞くんじゃねぇっつの」

 

矢継ぎ早に飛んでくる質問をとりあえず黙らせる。

 

「で、どういう意味なんだよ?」

 

一旦全員黙り込んだ後、皆の意見を代表してキリトがそう聞いてくる。

 

「あーなんつーか……ここで説明すんのもなんだ。アルゴ、場所教えろ。向かいながら説明してやる」

 

「場所教えるのは構わないけど、今から行っても夕暮れにはまだ早いんじゃないカ?」

 

「それもそうか」

 

「ならいったん解散して、三十五層のゲート前に再集合ってことでいいんじゃない?」

 

「流石副団長、まとめるのが上手いネ。」

 

「なら、時間は……五時位がいいかしら」

 

「じゃ、五時に三十五層のゲート前だな」

 

と、そういうことになった。

 

 

 

==================

 

 

 

各々思い思いに時間をつぶして時刻は16時50分を回ったところ。

俺が三十五層のゲートに到着した時には、なんだかんだ既に全員集合していた。

 

「遅いわよ、ハセヲ」

 

「お前らが早すぎんだろ。まだ時間前だぜ?」

 

「何か意味深な言い方だったからな。皆気になったんだろ」

 

「あっそ……」

 

「とりあえず、皆さん揃ったんですし、行きませんか?」

 

「そうね。アルゴさん、案内よろしくお願いね」

 

「まっかせてヨ!」

 

シリカが促し、そそくさとパーティーを組んで出発する。何故かPTリーダーは俺だ。

 

「なんで俺がトップなんだよ? 案内すんのアルゴなんだからアルゴでいいじゃねぇか」

 

「どうせその問いかけとやらに答えんのはアンタなんだから、別にいいんじゃない? そんなことよりもさっきの説明、しなさいよ」

 

「そーそ、そっちの方が皆気にしてるって」

 

「判ったっつの……」

 

一応反論はしてみたものの一蹴され、そのまま説明をリズとキリトに急かされる。堪え性のない奴らだ。

 

「じゃあ、まず、お前ら《The World》は判るか? つっても、プレイしてるような世代はアルゴくらいか?」

 

「あー、前も言ってたな。ハセヲが中二び――」

 

「あ゛?」

 

「いや、なんでもないです……」

 

キリトが何か言おうとしたので黙らせる。何を口走ろうとしてやがんだコイツは。

 

「私はあの時聞いたことだけは」

 

「アタシも名前くらいは知ってるわね」

 

「わたしは全然……」

 

「まぁ、お前らの歳ならそんなもんか」

 

「簡単に言えばちょっと前の最先端大人気MMOだネ」

 

「で、《The World》がその、エピタフ……なんちゃら、《夕方の墓碑銘》だっけ、に関係してるのか?」

 

「《Epitaph of the Twilight》な。ちなみに訳は《夕方の墓碑銘》じゃねぇ。《黄昏の碑文》だ」

 

「黄昏の……」

 

「碑文?」

 

日常会話で聞いたことの無いような単語のせいか、リズとシリカが復唱しながら首を傾げている。

 

「意味的にはアスナの訳と同じだけどな。でだ、キリトにしても知ってるのは《R:2(リビジョン2)》の方だろ」

 

「リビジョンツー?」

 

「文字通り、二作目ってことだ」

 

「アップデートされたってことか?」

 

アルゴを除く他の三人と違いネトゲに対する知識が豊富なキリトが至極まっとうな質問をしてくる。

 

「まぁ普通に考えりゃそうなんだけどな」

 

「違ったのか?」

 

「完全新作として出たんだヨ。しかもデータの引き継ぎとかは全くなしでネ」

 

「なんで?」

 

「《The World》の制作会社である《CC(サイバーコネクト)社》の本社ビルが火事にあったらしくてネ。データごと全部燃えちゃったて訳ヨ」

 

キリトの質問に難なく答えていくアルゴ。当時からそれなりに情報通だったようだ。

 

見た目に反して以外に歳いって――

 

「ハセヲっち。今なんかよからぬことを考えなかったカ?」

 

「い、いや? 何の事だか……」

 

こ、怖えぇ……女の年齢に対する勘は尋常じゃないものが有るなやっぱ。気を付けねーと……

 

「ま、まぁ、《黄昏の碑文》が関係してくんのは厳密に言やそっちじゃなくて、《R:1》の方なんだがな。つっても俺はこっちに関してはあんまり覚えてないんだが」

 

「覚えてない? 知らないじゃなくて?」

 

「ああ、プレイしてたことは確からしいんだけどな。その頃何か有ったらしくてよ。ガキの頃のことあんまハッキリ覚えてねぇんだよ」

 

「ご、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって……」

 

触れられたくないことだと思ったのか、アスナが申し訳なさそうに謝ってくる。

別に気にしちゃいねぇんだけどな。

 

「気にすんな。ガキの頃のこと覚えてねぇなんてよくあることだろ」

 

「う、うん」

 

「話戻すぞ? アルゴ、そんだけ詳しいなら《R:1》に原作が有ったってのは知らねぇか?」

 

「何かしら有ったっていうのはネ。じゃあそれが……」

 

「ああ、《黄昏の碑文》だ」

 

「原作ってことは、お話ってことですよね? どういった内容なんですか?」

 

「影を持たない妖精たちの世界を実体のない《禍々しい波》と呼ばれるモノが侵食していって、それに対抗するために三人の《影持つ者》が《夕暮れ竜》を探しに行くって話だ。大雑把に言や、英雄譚みたいなもんだな」

 

「へぇ。それにしてもアルゴが知らないっていうのはなんとなく珍しい感じがするな」

 

「存在自体があやふやなもんだったからな。作者はエマ・ウィーラントっつーんだが、途中で死んじまったらしくて完結もしてねぇし、データもだいぶ散逸しちまってるし。出回ったのも《The World》ができるより前だったらしいしな。むしろ知ってる奴の方が珍しいだろ」

 

「じゃあなんでアンタはそんなもん知ってんのよ?」

 

当然の質問だが何と答えたものやら。

俺が《黄昏の碑文》の存在やその内容を知ってるのはあの事件に関わった時に閲覧した《番匠屋ファイル》のおかげだ。

あれの閲覧によって失っていた過去の記憶……《楚良》の記憶もある程度は思いだせた。なにか思い出さなくちゃいけないことが有った気もするんだが……それは何年も経った今でも思いだせてはいない。

記憶のことはさて置き、とりあえずまともに答えるわけにもいかねぇから誤魔化すことにした。

 

「何年か前にちょっとあってな。その時知ったんだよ」

 

「ふーん……なんか怪しいわね。まあ、いいわ。じゃあその《黄昏の碑文》に出てくる《禍々しき波》って言うのが問いかけに有る波のことだってわけ?」

 

「そうだ。《波》は作中に全部で八つ出てくる。それが順番に関係してんだろ。波にはそれぞれ名前もあるしな」

 

「なるほど」

 

「とゆーか皆さん――」

 

ある程度話に区切りがついたところでシリカが戸惑いがちに切り出した。

 

「わたしも含めてですけど、さっきから何事もないかの様に話してますよね……モンスター出てるのに」

 

実のところシリカの言う通りだった。俺らがいる《痛みの森》はダンジョンなので当然の如く《ドランクエイプ》をはじめとした様々なモンスターがpopしている。

シリカの時も思ったが、つくづく俺は《痛みの森》に因縁があるようだ。

それはさておき、次々と現れるモンスターを何事もないかのように全員――とは言っても主に戦っているのは俺、キリト、アスナの三人だが――で切り捨てながら話しているわけである。

 

「皆レベル的にも余裕あるし、気にするほどのことでもないんじゃないか?」

 

「それにしたってやっぱりアンタ達三人はおかしいでしょ。ソードスキルでもない攻撃一発で全部仕留めるって……どんなSTRしてるわけ? どう考えたってレベリングの仕方おかしいでしょ」

 

キリトの発言に対してツッコむリズに同調する様に首を縦に振るシリカとアルゴ。

そんなに不思議なことか?

 

「普通だよな?」

 

「まぁな。こんなもんだろ」

 

「うん。最前線のプレイヤーは皆この位でしょ?」

 

というのが俺達の認識なわけだが。

 

「イヤイヤイヤイヤ! 三十五層のモンスターとはいえ、ソードスキルならともかく通常攻撃一発で殺せるのは今の最前線でもそうそういないヨ?」

 

ということらしい。

 

「ま、まぁそんなことは今は気にしないでいいんじゃない? それよりハセヲさん。《波》の順番と名前については判ったけど、『誰の子?』っていう問いかけの答えはなんなの? 《夕暮れ竜》とか?」

 

「いや、それは――」

 

「おっと、お話はここまでかナ。着いたヨ」

 

アスナの問いにどう答えようかと思っていたところでアルゴがそう言った。

アスナの方に向けていた目を前へ戻すと、確かにアルゴが言っていた通り、そこには《白い少女》がいた。

髪、瞳、肌、そして来ている服までもが白、もしくは白銀という様な色で構成された少女。

その姿は想像していた通り、ほとんど《彼女》の姿と同じだった。

 

「……きれい……」

 

そう呟いたのはシリカだったが、一度見たことのあるアルゴと、ある程度予想していた俺以外の皆が同じような感想を抱いたに違いなかった。誰しも目を見開いたまま微動だにしていなかったから。

 

「おい、お前ら呆けてんなって」

 

「っ!? わ、悪い……」

 

「あ、あまりの綺麗さにちょっと意表をつかれちゃって……」

 

「こ、神々しいってこういうのを言うんですかね?」

 

「そ、そうね、あたしも頭真っ白になっちゃったわ……」

 

とりあえず先に進めないので正気に戻すと、立ち直ってそんなことを言う。

仕方ないとは思うけどな。俺も初めて《彼女》を見たときはそんなような感想を持った。

 

《Aura》、か……

 

髪の長さが肩口までと多少違うところは有るが、やはり目の前の少女と《Aura》はよく似ている。であれば、俺が弾き出した答えは間違っていないだろう。

 

「んじゃ問いかけ聞いて答えるぞ」

 

そう言って皆の返事を待つことなく進み出た。

 

少女の前まで行くと、こちらから話しかけるまでもなく少女の方から口を開いた。

 

「あなたは誰の子ですか? あなたは何番目の波ですか? あなたの名はなんですか?」

 

アルゴに聞いていた通りの問いかけ。恐らくここで答える波の番号や名は組み合わせが有っているのならどれを応えても問題はないのだろう…………だが――

 

……俺が答えるなら、《アイツ》だよな……

 

嘗て俺の中に確かに存在した《アイツ》。

相棒であり、凶器であり、諸刃の剣であり、そしてなにより《もう一人の俺自身》であった《アイツ》こそ、俺が答えるに相応しい。

 

「俺は《モルガナ》の子、第一の波《死の恐怖》、《スケィス》だ」

 

俺がそう答えると、無表情だった少女が、ほんのわずかだが、微笑んだような気がした。

 

「ようこそいらっしゃいました、《モルガナ》の小さき子よ。あなたが来るのを待っていました」

 

少女の言葉と共に、転移ゲートのようなものが目の前に現れ、俺の視界の隅にもクエストタグが表示される。クエスト名は《黄昏の聖地》。

 

「こちらへ」

 

そう言いながら現れたゲートの中に入っていく少女。

 

「……正解みたいだな。お前らも来るか?」

 

後ろでまたもや呆けている連中に声を掛ける。

まぁ、そのまま返事も待たずゲートに入る訳だが。

 

「お、おいちょっと待てって!」

 

慌てて追いかけてくるキリトに続いて全員がゲートをくぐる。

そして通り抜けた場所は――

 

「これは……」

 

「すごいネ」

 

「教会……かしら」

 

「……随分と大きな建物ですね……」

 

「完全に予想の斜め上ね……」

 

言葉は違うものの、驚嘆を示す呟きをする皆の前に広がる景色。

 

夕暮れの茜色に染まった空、長く続く石畳の橋、周囲を囲む湖畔、そして目を見張るほど大きな教会。まさにクエスト名の通り。

 

「《隠されし禁断の聖域》……《グリーマレーヴ大聖堂》……か」

 

俺の始まりと終わり、希望と絶望を象徴し、二律背反の感情を抱かせる、忘れがたい場所がそこにはあった。

 

「こちらへ」

 

ゲートに入る前と同じ言葉を発した少女は、大聖堂へ向けて歩き出す。

 

「行くぞ」

 

俺もそれだけ言って、少女の後に続いた。

 

長い石畳を数分歩き、大聖堂の扉へとたどり着く。

すると、何をするでもなく一人でに扉が開く。

目に入る情景は俺の記憶にある聖堂の中と全く同じであった。

 

「女神像が……ある?」

 

その一点を除いては。

俺の記憶の中、つまり《R:2》の聖堂には失われていた女神(Aura)の像が、しかとその場に有った。

 

少女の方に目を向けるが、何を言うでもなく、無表情のまま奥へと進んでいく。

 

「……入れって、ことか」

 

呟いて歩を進める。と、俺に続こうとしていたキリトからおかしな声が上がった。

 

「……あれ?」

 

「どうした?」

 

振り向いて声を掛けると、キリトが怪訝そうにパントマイムのようなことをしている。

 

「……入れない」

 

そう言ってキリトは再度確かめるように聖堂の中と外を区切る丁度その空間に掌を置いた。

 

「なんか見えない壁みたいなものに遮られて入れないんだ」

 

「どういうこと?」

 

そう言いうリズを筆頭に皆が中に入ろうとするが、やはり何かに遮られ入ることが出来ない。

 

すこし考え、ふと気になったことを思い出した。

クエストタグが俺の視界に表示された時、誰もリアクションを起こさなかった。

とすると――

 

「……お前ら、クエストタグ出てるか?」

 

「……いや、ログ確認したけど出てない。皆は?」

 

自分のウィンドウを確認しながら聞くキリトに触発されて皆ログを確認したが、誰も出ていなかったのか一様に首を横に振った。

ならつまり――

 

「てことはだ。このクエストを受注してるのはハセヲだけで――」

 

「それ以外、私達は誰も受注してないから、ここにも入れない?」

 

「たぶん」

 

キリトとアスナの言う通り、そういうことなんだろう。

 

「……まあ、何か困る訳じゃねぇし、お前らはそこで見てろよ」

 

なんとなく、嫌な予感もするしな……

 

内心そんなことを思いつつ、俺は言いながら背を向けて聖堂の奥、女神像の方へ進んでいく。

ここまで御膳立てされて、碑文やら何やらと関係はまったくないなんて思えるほど俺は楽観主義者でも鈍感でもない。そしてそれらが何かしら関わっているなら、このまま何もなくクエスト終了とも考えにくい。そうであるならキリトとアスナはともかく、リズやシリカ、アルゴは戦力には数えない方が無難だろう。たとえこのクエストが三十五層のものだとしても

 

 

女神像の前まで来ると、先についていた少女がこちらへと振り返り、口を開いた。

 

「モルガナの小さき子よ。ここで、あなたの意思を、想いを、示してください」

 

少女がそう言うと、俺の前に見覚えのある青白い球体が現れた。

 

「な!? まさか……!!」

 

その球体が強く輝くとともに衝撃波が発生し、俺の体を吹き飛ばした。聖堂の外でキリトたちが驚愕の声を上げたのが同時に聞こえる。

 

「くっ!!」

 

地面に叩きつけられる寸前に受け身をとった。そのまま即座に二本の短剣を抜刀し、構える。

 

未だに輝き続けている球体へ目を向けると、ソレは一際強く光を発し、見覚えのある姿へと変わった。

 

「ア゛アァァア゛アァァァァ」

 

女神(Aura)を守る三蒼騎士の一人。

双剣士、《蒼炎のカイト》に――

 

「そーゆーことかよ……」

 

俺の姿こそ当時と違うが、場所も相手もそして一対一という状況までもあの時と同じ。

 

「ハッ、リベンジマッチ……ってか?」

 

ここまで来るともう笑うしかねぇな、ホントによ。

 

そんなことを思っていると、カイトは《虚空の双牙》を換装し、己が身体の前に構えた。

 

「なるほど。俺の想いを示すのに、テメェほどピッタリな奴はいねぇよなぁ!!」

 

このリベンジマッチを、意外にも俺自身長年期待していたのかもしれない。

湧き上がる高揚感を隠すこともなく、雄叫びを上げながら突っ込む。

 

「オォォォラアァァ!!」

 

ガンガンガンガンガン!

 

突っ込んだ勢いそのままに振り降ろし、逆袈裟、真横、打ち上げ、斬り返しと五連撃を叩き込むが、以前と同じように片手で全て防がれ、右の一撃で飛ばされる。

 

「……チッ!」

 

空中で体制を立て直し、天井を蹴る。その勢いと重力によって加速したまま両の剣を叩き込む。今度は片手では防げないと判断したのか、カイトは双剣を交差して受け止めて弾き飛ばす。受け身をとるが、殺しきれなかった勢いのせいで地面を火花を散らしながら滑った。

 

「やっぱ、一筋縄じゃいかねぇか……だが」

 

前みてぇな規格外(イレギュラー)な強さ、システムによる強制的な武器破壊やデータドレインとかは無ぇみてぇだな。

 

一連の攻防で、恐らくではあるがそう予想する。

つか、流石に《碑文(スケィス)》も無い状態でそんなモン使われたらそれこそ前の二の舞にしかならねぇ。

 

「おいハセヲ! 大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫だ、問題ねぇよ……」

 

キリトの声に答える間にも、カイトは待つことなく迫ってくる。

 

「ア゛アァァアアァ!!」

 

相変わらずの不気味な声と共に繰り出される回転撃をしゃがみこんでギリギリ躱し、足払いを掛ける。しかし、これも跳躍で避けられた。

俺も一旦下がり、お互いに距離をとる。

 

さっき離した距離を自分で詰めたってことは、アイツもSAOのシステム以上のこと、データドレインはもちろん呪文(スペル)の類は使えねぇってことか……

 

そう頭の中の情報を更新する。互いに遠距離攻撃の手段がないなら、接近戦、つまりはSAOらしい闘い方でしか決着は着かない。そうなると切れる手札は限られてくる。片手の短剣を捨てソードスキルを叩き込むか、もしくは……と考えるが、待ってくれるわけもなく、考えが纏らないうちに駆け込んでくるカイト。

否応なく応戦する。

 

今度は互いに大技をだすことも距離をとることもしないで十合、二十合とひたすらに打ち合いが続く。得物が得物だけにその攻防は目まぐるしい。相手の斬撃は弾き、逸らすことで回避し、自分の斬撃を相手の首や胴、肩、腕を狙い繰り出していく。

いつ終わるとも知れぬ斬撃の応酬だったが、その均衡は唐突に崩れた。

 

「夢幻……操武……!」

 

「なに!?」

 

カイトがそう呟いた瞬間、今までの斬撃とは違う、明らかにブーストされた連撃が繰り出された。

 

「ア゛アァア!!」

 

「クソ……がぁ!!」

 

剣速も重さも半端じゃない連撃を逸らすことは不可能と瞬時に判断して双剣を交差させて防御の姿勢をとるが、それでも防ぎきれなかった斬撃が俺のHPを一撃ごとに大幅に削っていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……くっ……」

 

なんとか耐え凌ぎ距離をとったが、それでも半分近いHPを持ってかれた。完全なる油断の代償だ。双剣のソードスキルはないと勝手に判断して可能性を考慮してなかった。

 

チッ! けどこのままじゃジリ貧だ。なんか考えねぇと……!

 

そうは思うものの、カイトがソードスキルを使えることが判った時点で切れるカードはほぼ無くなったも同然だ。カイトの連撃に応戦するには双剣を使うしかないが、ソードスキルを使えない双剣じゃ決定力に欠けるため同じことの繰り返しにしかならない。かといって片方を捨てて捌き切れるほどカイトの攻撃は甘くない。動作に大きな隙ができる大剣なんて以ての外だ。

 

チクショウ……何か手は……!

 

答えの出ない袋小路に嵌まっているような感覚に陥っていると、カイトとの攻防ですっかり意識から追い出されていたキリト達の声が聞こえた。

 

「おい、ハセヲ!」

 

「ハセヲさん! しっかりして!」

 

「負けんナ、ハセヲっち!」

 

「は、ハセヲさん! 頑張ってください!」

 

「そんな奴さっさと倒しなさいよ、ハセヲ!」

 

他の四人はともかく、リズに関してはひでぇ言いようだな、オイ……

 

と、思わず空気をぶち壊しかねないようなことを考えていると、アイツらの声のせいか、昼間の会話を不意に思い出した。

 

『改めて見るとここにいる面子って結構とんでもないわよね』

 

『そうか?』

 

『そうでしょうよ。いい? この《KoB》の《閃光》様を筆頭に、盾を持たない片手剣使い《黒の剣士》に複数の武器を戦闘中に入れ替える《錬装士》っていうトップソロプレイヤーと名高いアンタ達二人、情報通のプレイヤーなら誰しも知ってるような情報屋の《鼠》、シリカちゃんも中層では《ビーストテイマー》って言って有名なんでしょ?』

 

『りっちんも仕事ぶりの良さから《剣工》なんて呼ばれてるけどナ』

 

『ま、まぁそうだけど……』

 

ハッと、ある方法に気付いた。《The World》時代にはよくやっていたことだが……ここ(SAO)では少々勝手が違うため多少不安は残るが……

 

「ま……これしかねぇだろ……」

 

そうと決まれば後はタイミングだ。確実に決められる状況でなければならない。が、そこまで考える猶予は流石にカイトもくれないようだ。

再度幽鬼のような声を上げながら接近してくるカイトに双剣をしっかりと構え直し、自ら距離を詰める。

 

「ア゛アァァァアア゛ァアア゛アァ!!」

 

「ウォオオオォォォオオォオォォ!!」

 

獣じみた雄叫びを発しながら、先と同じ、否。それ以上の速さで連撃を繰り出しては弾いていく。事を起こすタイミングはこの中で機を見つけるしかない。

そう割り切って、感覚を研ぎ澄まし、刃を重ねていく。

そしてその回数が二百に達した辺りだろうか。カイトが再び、その始まりを知らせる言葉を吐いた。

 

「三爪、炎痕!!」

 

「チッ!」

 

決めにきやがったか!

 

そう思い舌打ちする。先の夢幻操武よりもさらにブーストされた三つの斬撃が、蒼いライトエフェクトと共に繰り出される。その速さはほぼ同時と言っても過言ではない。

まともに喰らえば確実に死ぬ、まさに必殺………………しかし。

 

「それはもう、一回見てんだよ!!」

 

逆にその必殺を利用する……!

 

《The World》で一度喰らった《三爪炎痕》。いまカイトが放ったソレも軌道は同じ。

三方向から浴びせられるその斬撃は回避しようとしてできるものじゃない。だから――賭けに出る。

 

「っラアァ!」

 

両手を左右に広げ二つの斬撃を受け止め、前方の一撃は無視する。

もちろんタダで済むわけもなく、両の短剣は弾き飛ばされ、俺のHPバーは残り数ドットしかない、が――

 

賭けは……勝ちだ……

 

飛ばされた剣に目を向けることなく、俺は右手を振った。

 

「テメェの――」

 

表示されるメインメニューから《クイックチェンジ》をクリック。登録してあったワインレッドに染め上げられた大剣《フェロン》を換装。

 

「負けだ……!!」

 

そのまま大剣単発抜刀ソードスキル《ドローディバイド》の縦斬り上位スキル、《ドローインパクト》を放った。

 

『――複数の武器を戦闘中に入れ替える《錬装士》――』

 

リズが言っていたように、まさしくこれこそが錬装士の戦い方。その真骨頂。

SAOの装備変更システムの煩雑さから、今までここまで無茶な換装はしたことがなかったが、どうやら上手くいったようだ。

 

不死存在(イモータルオブジェクト)》である聖堂の床を叩き割ろうかというような一撃を受け、カイトもその身体を無数のポリゴンと化し散った。

 

双剣を真横に指し出すタイミングや受けるダメージ、大剣を換装する作業そして最後に与える一撃。どれか一つでも狂いが出れば確実に死んでいたという、実行中にはアドレナリンのためか感じていなかったそれらの重圧による疲労が一気に押し寄せてくる。

かといって倒れちまうのもアレなので、《フェロン》を床に突き刺しそこに寄りかかる。

 

そうして一息ついていると、俺とカイトが闘っている最中もずっと女神像の前に佇んでいた少女が近寄ってきた。

 

「モルガナの小さき子よ。あなたの想い、確かに受け取りました」

 

そこで一区切り置き、少女は微かに微笑んだ。

 

「その想いに答え、あなたに相応しい器を授けます。あなたのこれからの旅路に、夕暮れ竜の加護が有らんことを」

 

少女がそう言うのと同時、俺の視界にはクエストコンプリートのログが流れ、少女の体は光り輝きその姿を変えた。

 

「……ああ、確かに、コイツほど俺に相応しい器は無ぇよ……」

 

漆黒の柄、金色の刃と装飾で形作られた処刑鎌。

姿かたちこそ違うが、確かにそれは、俺に相応しい器。

 

「よう、久しぶりじゃねぇか……スケィス」

 

長く俺の中で欠けていたモノが、かちりと再び嵌まった瞬間だった。

 

 

 

======================

 

 

 

「ハセヲ(さん/っち)!」

 

ある種感無量ではあるが満身創痍という感情と身体があべこべな状態で聖堂を出ると、皆がだいぶ心配そうな表情で俺を迎えた。

 

「ワリィ、心配かけたか?」

 

そう軽い調子で言ってみたものの、話なんぞ二の次と言わんばかりに全員から回復ポーションを口に突っ込まれる。

ハッキリ言って溺死できそうな量が一気に流し込まれて盛大に咽る。

 

「げほっ、ゴホッ! て、テメェら、限度ってもんを考えろ……」

 

「盛大に心配かけた罰だ」

 

「それにすれば軽いものじゃない?」

 

「そうですよ!」

 

「それとも、金銭的な罰の方がお好みかしら? わざわざ作ってやった剣弾き飛ばされたのに見向きもされなかった私的には、そっちの方が気が収まるんだけど」

 

「それなら夕食もハセヲっちの奢りだネ!」

 

愚痴を言ってみればそんな風に返される始末。

これ以上俺の財布にダメージを受けるわけにはいかねぇから折れるとしよう。

 

「あーはいはい、悪かったっつの」

 

言いながらさっさと歩きだし、振り向く。

 

「帰るぞ」

 

「おう」 「うん」 「ええ」 「はい!」 「おー」

 

森へつながるゲートを潜り抜けるまで、黄昏の暖かな光は、俺達の旅路を見守るように輝き続けていた。

 




まずはこんな拙作を見はなさずに更新再開第一話目を読んでいただきましてありがとうございます。

では今回の回についてですね。
今回の話、前半部分(半分もありませんが)は感想でもいくつかいただいていた現実世界の状況を志乃さんの視線を借りてお送りいたしました。NAB等あまり情報がないものについては作者の独自解釈ですので、何かありましたら言っていただけると嬉しいです。
後半、というかメインパートは原作八巻に掲載されていた《キャリバー》でユイちゃんが言っていた、「SAOのカーディナルシステムはネットワークを介して世界各地の伝説や伝承を収集して無限にクエストを自動生成している」という言葉から着想を得て作りました。
「ネット介して集めてんだったら《黄昏の碑文》がクエストになっててもよくね?」っていうわけですね。
そこで原作の迷いの森を勝手に痛みの森に名前だけ変更して(実はシリカ回の時作者の勘違いでハセヲが何度も迷いの森にいったってことにしちゃったんで急遽そっちも編集で直しまして(汗))こういう流れにしたという訳でございます。ちなみにハセヲが今回手に入れた鎌は《死を刻む影》ではなくG.U.+や小説版G.U.に出てくる巫器の鎌です。まぁビジュアル的な問題なんで皆さんのお好みで脳内再生して頂ければいいんですが。

だいぶ間が開いたんで地の文になんとなく違和感が作者自身ありますので、お気づきになったらご指摘していただけると大変助かります。もちろん感想等も待っていますので沢山かいてくれると作者は号泣の上土下座で喜びます。

それでは長くなりましたがまた次回で。

以下オマケ 《千草さんが病院にやってきました》

「あ、千草ちゃん。こんにちわ」

「志乃さん! こんにちわ!」

「連絡してくれた時間よりも早いね?」

「はい。今日の最終講義、教授が病欠でなくなったのでその分」

「なるほどね、亮も喜ぶと思うよ」

「はい! ……亮さん、もちろん他の人もですけど、早く戻ってくるといいですね……」

「うん。でも、亮のことだから、なんだかんだいろんな人助けて上手くやってる気がする。だからそんな心配しなくても大丈夫だよ。きっと、元気に帰ってくるよ」

「そうですね! ……まぁそれはそれで問題が有るような気もするんですけど……」

「どうして?」

「だって、亮さんが助ける人ってほとんど女性な気がしませんか? それでフラグ立てまくってる感じが」

「………………」

バキッ!!←志乃の持っていたボールペンがへし折れた音


「そしてなんだかんでリアルでも会いはじめて女性の知り合いがどんどん増えていく」

メキメキメキっ!←千草が掴んでいた亮のベットの手すりがひしゃげた音

「…………千草ちゃん」

「はい」

「亮の目が覚めたら、まずは私たち二人で亮とお話(尋問)しようか♪」

「そうですね。もし無意味にフラグ立てまくってるようならそのままOHANASHI(肉体言語)に移行しましょう♪」

「あはは♪」

「うふふ♪」

二人はとてもイイエガオだったという。
ちなみにこの時ハセヲは何とも言えない寒気を感じていたとかいないとか


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。