幕間は基本的にブラン以外の視点の話になります。
あと、この話には原作からの大幅な改変ポイントがあります。
そいつと出会ったのは偶然だった。
パーティーの途中で疲れて息抜きのためにお気に入りの場所に行くと、そいつは小さな動物を抱いてそこにいた。
パーティーの招待客の中でも何となく印象が強かったそいつに、私は気がつけば普通では考えられないような事を口に出していた。
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私には魔法が使えない。
魔力を感じる事は出来るけど、それがどうしても魔法にならない。
もちろん普通の貴族だったら私くらいの時に魔法が使えないっていう事も十分にあり得る事も分かっている。
でも、私は普通の貴族じゃなく、由緒正しいヴァリエール公爵家の三女。
それに私の2人の姉様たちだって私と同じ頃にはもうドット魔法を使いこなし始めていた。
体の弱いちぃ姉様はともかく、エレオノール姉様はアカデミーで研究員をしている程の実力を持っていて私にも当然それが求められていた。
けど、私の魔法はドットもコモンも全部失敗。
それが1度や2度ならともかく、1日、1週間、ひと月と続いて行くうちに周りの期待の眼差しは侮蔑の視線へと変わり始めていた。
聞こえてくるのは『エレオノール様は~』『カトレア様は~』っていう言葉ばっかり。
お父様やお母様も2言目には『ヴァリエール家のものとして~』。
正直もうたくさんだと言いたかった。
けど、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
ヴァリエールの人間として生まれてきたからにはそう生きる義務があったし、それ以外の道を知らなかった。
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魔法が使えなくなったら。
そんなバカげた質問に、そいつは真剣に答えてくれた。
自分は自分。
そう言えるそいつの強さが眩しくもあり、羨ましくもあった。
そんなそいつに、私は自然と心の内を漏らしていた。
最後の方は言葉になっていなかったけど、それでも黙って聞いてくれたその優しさが嬉しかった。
ただ、それもその後の質問で全部消し飛んだけど。
「さっきの貴女の言葉は『ヴァリエール家の三女』としてのものなんですか?」
その言葉を聞いた時、正直裏切られた様な気分になった。
やっぱりこいつも、私の事をヴァリエール家の人間としてでしか見てくれない。
それが悔しくて、そして何故か……とても悲しかった。
でも、それは間違いだった。
そいつは私を、“ただのルイズ”を認めるために敢えてその質問をしていた。
そして、“ただのルイズ”な私を認める、そう言って私の中の私を救いだしてくれた。
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彼はキラキラに光っていた。
けど、それは太陽のように照らしつけるような光ではなく。
あの日の月のように、全てを包み込む優しい光。
私も、そんな彼の様に……いいえ、違うわね。
そんな彼に向けて、しっかりと胸を張っていられる私になりたい。
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パーティーの次の日、いつもの私の日常。
けど、何だかいつもとはちょっと違う気がした。
「ルイズお嬢様、焦らずにやっていきましょう」
魔法の授業。
そう言うのは私の家庭教師だけど、いつも私を焦らせるのも実はこの人だったりする。
私が魔法を失敗すると、『なんでこれくらい出来ないのか』というプレッシャーを視線から感じて、それでさらに緊張してしまって失敗するというのがいつものパターン。
そう、それが今までの“日常”だった。
「まずは≪解錠≫です」
授業でいつも使う箱の前に立って、私は昨日彼が去り際に残した言葉を思い浮かべる。
『ルイズ、人と絆を繋ぐにはただ主張しあうだけじゃだめだと俺は思う。
主張するのは良いけど、それだけになると途端に相手の言葉が聞こえなくなってそれは単なる押し付けにしかならない。
大事なのは受け入れる事、まずは自分の方から心を開け放って相手の言葉を受け入れる。
そうすれば、相手もきっとこっちの言葉を聞いてくれるようになるさ。
イヴがこんなにすぐに懐いたんだ、ルイズなら簡単だろ。
それと、それは何でも同じ。受け入れる分だけ、可能性は広がっていくんだ』
私は今まで、魔法が使えないという事実から目をそむけていたと思う。
失敗するなんておかしい、そう思う事で逆に魔法自体から目を背けていたのかもしれない。
そう考えると、失敗しても当たり前かもね。
だって魔法と向き合ってなかったんだから。
でも、これからは違う。
今は出来ないかもしれないけど、それでもいつかは魔法が使える自分になれるかもしれないんだから。
大丈夫、失敗しても大丈夫。
心の中で何度もそう唱えて、箱に向けて杖を振り上げる。
今までで一番落ち着いた状態で、私は杖を振り下ろした。
≪
自分の中でカチリと、何かがかみ合う音が聞こえた。
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ルイズが魔法を発動させた。
その報は、ヴァリエール家に瞬く間に広まった。
魔法が使えない事に、ある種のコンプレックスを感じていたルイズを心配していた家のものはみんな一同に喜びを分かち合った。
それはもちろん、ヴァリエール公爵と公爵夫人も同じである。
「魔法が成功したそうだな。良くやったぞ、ルイズ」
「はい。ありがとうございます、お父様」
そう言ってほほ笑むルイズはの顔は、魔法の練習を始めてから久しく見ていなかった純粋な笑顔だった。
「ねぇ、ルイズ。昨日のパーティーで何かあったのかしら?」
昔の様なルイズの笑顔を純粋に喜んでいた公爵とは違い、夫人はその中に微妙な違和感を見つけた。
そして、おそらくはその違和感がルイズを変えたものだという事も。
ルイズは少しためらった後に、正直に話した。
昨日で会った少年のこと。
その少年に話した自分の胸の内。
そして、少年と話して自分がどうなりたいと思ったのか。
ルイズの去った公爵の執務室で、2人は彼女の話を思い返していた。
「私たちは、ルイズに負担を掛けていたのかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
彼女が抱えていた思いに気付いてあげられなかった後悔と、その重圧から彼女を解放してくれた少年への感謝。
2人は娘にそんな出会いを与えてくれた始祖に心から感謝の念を送った。
「だがエメルの子倅がか……。他の息子とは違った意味で奴の息子とは思えんな」
学生時代からの友人の息子が自分の娘と、こうやって交流を持っている事を感慨深く思う公爵に対し、夫人はルイズの言葉からあるものを感じ取っていた。
それは、ルイズ本人も気づいていない小さな思い。
自分の知らない所で少しずつでも成長している事を感じさせ、少しの寂しさとそれ以上の嬉しさがあった。
ただ……
「ブラン……だったかしら。1度見極める必要があるかもしれないわね」
それを認めるかどうかはまた別の話だったりする。
件の少年はその時、得体のしれない悪寒を感じ取ったという。
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お父様の執務室を出て私室に向かいながら、自然と足取りが軽くなるのを実感していた。
あれだけ難しいと思っていたお父様とお母様に思いを伝える事が、こんなに簡単だとは思っていなかった。
これも、ブランのアドバイスのおかげね。
『それとルイズ。お前は親からちゃんと見て貰えていないって言ってたけど、それは無いぞ。
今日だって公爵様なんかお前に悪い虫がつかないようにーってずっと目を光らせてたし。
てかそれで俺もずっと睨まれていた訳で、あれは生きた心地がしなかったな……。
少なくとも公爵様がそうなんだ。そんな公爵様と同じように接しているっていう夫人もきっとお前の事を大切に思ってくれてるよ』
確かにお父様もお母様も、私の事を思って厳しくしてくれていた。
こんなことも分からないなんて、今までどれだけ自分は内に籠ってったんだろうと、少し恥ずかしくなった。
「けど、『なりたい自分』か……」
部屋に戻ってベッドに倒れ込むと、ふとその事が頭をよぎった。
まだ自分にはなりたい自分がどんな形をしているのかが良く分からない。
今までだったら『立派な貴族』と言うところなんだけど、本当にそれがなりたい自分なのか良く分からなくなってきた。
でも大丈夫。
今までとは違って、それは確かに
それが何かは分からないけど、今は自分にできる事を頑張っていこうと思う。
『きっと、ルイズはなりたい自分がないんじゃなくて分からないんだ。
だから、こう考えるんだ。』
『なりたい自分が分からないんだったら、それはどんな自分にでもなれるってことだ!』
今回の話中でブランの言ったセリフは、なかよしで連載されていた少女マンガ(及びそのアニメ)から引用しています。
あの作品はすばらしいと思うんですよ。
また、前書きにも書いた大幅改変は後々理由を書こうと思いますので、生暖かい目で見守っていただけるとありがたいです。