今回は“彼女”の登場です!
パーティー当日。
プレゼントも準備して(どんな物が良いのか皆目見当もつかなかったんで、母さんの他にもアル兄さんやローラさんにも協力してもらった)ヴァリエール家に到着したんだけど、もう規模が違った。
会場の広さはもちろん、その招待客の数も俺の時とはスゴイ差があった。
さすがトリステイン有数の公爵家、うちなんかとは比べ物にならないね。
それから少ししてヴァリエール公爵に連れられて本日の主役であるミス・ヴァリエールが会場入りし、パーティーが本格的に始まった。
大半の参加者はパーティーが始まると同時に公爵の許に集って、少しでも覚えを良くするために我先にとプレゼントの上納をしていた。
まるで砂糖に群がる蟻だな。
ちなみに俺と父さんはそんな奴らの少し後ろで人がいなくなるのを見計らっていたりする。
「御無沙汰しております、ヴァリエール公爵様」
「おぉ、ラングレー伯か。久しいな」
周りが落ち着いたところで近づいて父さんが声をかけると、公爵はさっきまでの威厳のある顔つきから親しげな表情に変わった。
っていうか、父さんと知り合いっぽい?
確かにお互いの領土は近いから、知り合いでもおかしくないけど。
そんな疑問はさて置いて、今日の目的から済ますとしますか。
「ヴァリエール公爵様、ミス・ヴァリエール。お初に御目に掛かります。ラングレー伯爵が三男、ブラン・ド・ラングレーです」
「初めまして、ミスタ。ヴァリエール家三女、【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール】と申します」
「本日はお誕生日おめでとうございます。宜しければこちらをお受け取りください」
そう言って差し出したのは、手のひらサイズの小箱。
それを受け取ったミス・ヴァリエールは箱を開けると、隣でそれを見ていた公爵共々感嘆のため息を漏らした。
「我が領の銀細工師が製作したペンダントです。デザインは母と義姉上に監修して頂き私が行いました」
内心でガッツポーズしながらも、言葉を続ける。
って父さん笑うな、少しくらい見栄を張っても良いじゃん。
例え元のデザインの9割以上が手直しされて、殆どペンダントだって位しか原型が残ってなくても俺が最初のデザインした事には変わりないんだから……チクショー。
「素敵ですわ、ミスタ。ありがとうございます」
嬉しそうなミス・ヴァリエールの表情が良心に突き刺さって少し後悔。
素直に「母さんとローラさんがデザインした」って言っとけば良かったかも。
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その後は、主に公爵と父さんが話を進めて俺やルイズがそれに答える形で5分ほど話をしてその場を後にした。
そのまま父さんと別れてイヴの様子を見るために一旦馬車へ戻った。
馬車に戻ると、中からバタバタと音が聞こえてきた。
「やっぱりか」
扉を開けると、予想通り外に出ようとしているイヴをなだめ様としているノワが悪戦苦闘していた。
「ブイー!」
「きゃっ……。助かったわ、ブラン。でも早かったわね」
「ちょっと様子を見に来ただけなんだけど、抜けだす前で良かったよ」
飛びついてきたイヴを抱きかかえて頭を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らす。
「そうね。で、すぐに戻るの?」
「いや、少しこいつを連れて歩くよ。庭の方なら軽く見て回るくらいは良いらしいから。パーガン、後の事よろしくお願い」
「畏まりました」
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早速イヴがやってくれました。
庭に着くとイヴは一目散に駆けだし、そのまま庭の奥の方へ。
慌てて追いかけ、何とか捕まえたところです。
「たく、大人しくしてろって言っただろっ!」
「っ!? ブイ……」
叱られてしょんぼりとしたイヴを抱きかかえて腰を下ろすと、改めて周りを見渡す。
今居るのはどうやら池のほとりで、近くにはボートが括りつけてあった。
池の水面には空の双月が映し出されて、何とも幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「……何してんの?」
その光景にしばらく見惚れていた時に、後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、そこには今日の主賓の少女が憮然とした表情で立っていた。
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「あっ。申し訳ありません、ミス・ヴァリエール。この子がはしゃいでしまってて、追いかけていたらここに来てしまっていて」
やっぱりすぐにここを離れてた方が良かったかも、本来入ったら拙い所かもしれないし。
後で叱られるのも覚悟しておかないとな。
「へぇ、見た事のない子ねー。名前何て言うの?」
ミス・ヴァリエールの興味は、俺からイヴに移ったみたいだ。
さすがポケモントップクラスの可愛さを誇るイーブイ(異論は認める)だな。
「イヴです。この子の種族については私も良く分かっていなくて」
ミス・ヴァリエールにイヴと出会った時の事を話すと、引きつった笑みを浮かべた。
確かにあの森ってトリステインでも結構有名な未開の森だし、そんなところに3歳で1人さ迷ったらそんな反応になるよな。
「あんたのお兄さんって、何考えてるのよ……?」
「まぁ、兄ですから」
ミス・ヴァリエールのその言葉に、俺はそう返すしかできなかった。
「ねぇ。その子触らせてもらっても良い?」
極自然にミス・ヴァリエールは俺の横に座り込むと、イヴに向けて手を伸ばしてきた。
イヴが嫌がって気を悪くされるかもと思い止めようとすると、あの人見知りのはずのイヴが何の抵抗もなくその手を受け入れて撫でられていた。
「結構毛並みも良いのね。……ってどうしたのよ?」
驚きが顔に出てたのだろう、ミス・ヴァリエールが怪訝そうにこっちを見ていた。
「いや、こいつ結構人見知りが激しくてですね。普通だと初対面の人に触られるのすっごく嫌がるはずなんですよ」
改めてイヴの様子を見てみると、ノワ程じゃないけどそれでも父さんや母さんと同じくらい安心している。
初対面の相手にイヴがここまで気を許す事は今までなかったんだけど、珍しい事もあるんだな。
「あの、良かったら抱いてみますか?」
「え、いいの?」
良いのも何も、貴女さっきからチラチラこっちを見てアピールしてたでしょ。
そんな言葉を飲み込みつつイヴにも軽く確認すると、イヴも自分からミス・ヴァリエールの方へ移ってくれた。
「わぁ、この子すっごくふかふかね」
イヴを抱きかかえ嬉しそうに声を上げるミス・ヴァリエール。
イヴもくすぐったそうな声を上げるが、別に嫌がっている訳でもないみたいだ。
そんな様子を横にして、俺は池の方に視線を向けた。
「……ねぇ。貴方、もし魔法が使えなくなったらどうする?」
ふと、ミス・ヴァリエールはそんな言葉を漏らしていた。
一瞬その言葉の意図が見えなかったが、すぐに思い至る。
自分が未だに全然魔法を使えないという事を気にしての言葉だったんだと思う。
普通なら俺たちくらいの年ならまだ使えなくても問題ないんだけど、多分ミス・ヴァリエールのお姉さん2人と自分を比べて焦ってるんだろう。
ヴァリエール家の長女と次女が優秀だって噂は子どもの俺でも良く耳にするし。
「そうですね……。俺は別に気にしないと思います」
おそらく答えが返ってくるとは思っていなかったのと、返ってきた答えが予想外だったのだろう、ミス・ヴァリエールは驚きの表情を浮かべる。
正直これにどう返せばいいのかかなり迷った。
下手に答えて原作から外れたらどうしようとか色々考えたりもした。
けどそもそも正解がある訳でもないし、真剣に悩んでるだろうミス・ヴァリエールにそんな考えで答えを返すのも失礼だと思い、自分の正直な気持ちをそのまま伝えることにした。
「気にしないって、貴方それでもいいの? 貴族じゃなくなるのよ」
「それでも、俺は俺ですから」
そこで、俺は視線を池から空の双月へ移す。
「俺にとって魔法が使える、使えないっていうのはそこまで重要な事じゃないんです。
大事なのは「これが自分だ」って誇る事ができる何かがあるかどうかだと思うんです」
実際のところ、これは俺が『魔法が使えない状態がデフォルトで、使える今が特殊な状況』だと認識しているから言える事だというのは自覚している。
最初から魔法が使えることが普通な人からしてみれば、それが無くなるって事は自分が自信を持って誇れるものを失くすのと同じ事だろうし。
「たとえ魔法が使えたって、それで他人を苦しめたりしていればそんなの盗賊とかと変わらないし、反対に魔法が全く使えなくても貴族としての責務を果たせば、それは立派な貴族。
同じように、魔法が無くったって『これが俺【ブラン・ド・ラングレー】だ! 』って言える何かを持っていれば、誰が何と言おうと俺なんです」
「なら、貴方の「これが自分」って言い切る事ができる何かって何なの?」
長い沈黙の後に、そう問い掛けてくるミス・ヴァリエール。
その声には、ほんの少しだけ縋るような色が混ざっているように感じた。
「それは……まだ分かんないです」
それまでの言葉からすれば余りにも肩すかしなその答えに、ミス・ヴァリエールが恨めしそうな視線をぶつけてくるのを感じる。
でもその視線は気にせずに、俺は更に言葉をつなげる。
「俺には、アル兄さんのようにどうしても譲れない何かがある訳でもないし、ルージュ姉さんやオール兄さんみたいにどんな自分になりたいかも見えていない。
だから『これが俺』って言えるようなものって全然見えてないんです」
そこで一度言葉を切り、空に浮かぶ双月をつかみ取る様に手を伸ばして拳を握る。
「でも、それが自分の中にあるのだけは分かる。だからそれをいつかは見つけ出す。
敢えて言うならそれが今の『なりたい自分』ですね」
言いたい事を言い終えると、さっきまで揚々と語っていた事に気付き、気恥ずかしくなった。
「すみません。結局自分のことしかしゃべってませんでしたね」
「良いわよ。聞いたのは私の方なんだから」
ミス・ヴァリエールは、膝の上に載せているイヴの頭を撫でる。
イヴは、いつの間にやらぐっすりと眠りについていた。
「でも、貴方が羨ましい。自分は自分って強く言い切れる貴方とは違って、私には何もないんだもの。
私が求められているのは“ルイズ”じゃなくて“ヴァリエール家の三女”、それは誰からも同じ。
今日のパーティーだって近づいてくる人たちはみんな、私がヴァリエール家の三女だからこそだもん」
まあ、確かにそうだよな。
あの最初に群がっていた奴らって、ミス・ヴァリエールじゃなくてその後ろの公爵と渡りを付けるのが目的って感じで、ルイズに対しての態度がいまいちお座なりになってたし。
「それは家でもそう。お父様もお母様も2言目には『ヴァリエール家の者として恥ずかしくないように』だし、使用人たちもみんな同じ。
魔法の練習をしているときだって、いっつもエレオノール姉様やちぃ姉様と比べられて、誰も私を見てはくれないの」
所々嗚咽が混じるその独白に静かに耳を傾ける。
「そんなのもう嫌だけど、やめたら私はひとりになっちゃう。そうしたら私……」
そこから先は言葉にならず、ただミス・ヴァリエールのすすり泣く声だけが池のほとりに響くのみだった。
「ごめんなさい。変な話を聞かせて」
しばらくして落ち着いたミス・ヴァリエールの表情は、話をしている時よりはマシだったけど、それでもまだ沈んでいた。
「いえ、お気になさらずに」
とは言ったものの、正直何とかしてあげたいって思いが俺の中にあったりもする。
かと言って、そこまで親しくもない俺ではこの積りに積った思いを拭うのは到底無理。
出来るとしたら、少しでも気が楽になるように声をかけるくらいか……よしっ!
「ミス・ヴァリエール、最後に一つだけ教えてください」
「? なにかしら?」
「さっきの貴女の言葉は『ヴァリエール家の三女』としてのものなんですか?」
俺の質問の意味が良く分からなかったのか首をかしげたミス・ヴァリエールだったが、すぐに意味を察してその顔を碇と羞恥で真っ赤にした。
「ばっ、バカを言わないでっ! あんな事ヴァリエール家の人間が言う訳ないじゃないっ!」
膝の上に乗っていたイヴの事を忘れてまで詰め寄ってくるミス・ヴァリエール。
まあ、これだけ元気ならあんまり心配いらないか。
とは言え、このままにしておく訳にはいかないので、しっかりとフォローを入れる。
「すみません、失言でした。でも……、あるじゃないですか。ヴァリエールとしてじゃない“ただのルイズ”の思い」
それが予想外の返しだったのか、怒りも忘れてキョトンとするミス・ヴァリエール。
「ここは敢えてミス・ルイズと呼ばせて頂きます。さっき貴女は自分には何もないって言ってましたけど、あの思いはミス・ルイズが持っていた貴女だけのもの。
つまりミス・ルイズの中にも『自分は自分だ』と言えるだけの何かがちゃんと存在してるんです」
「本当に……本当に、そうなのかな?」
自信無さ気なミス・ルイズに俺はしっかりと頷く。
「もちろんです。それに、ヴァリエール家の人間じゃない貴女も1人じゃない。それを認める人間が少なくても1人いるんですから」
「え? それって……」
「俺です。俺だってさっきの言葉はラングレー家とは関係のない、ただのブランとしての本音なんです。
お互い本音を語り合った同士、他の誰が何と言おうとも俺だけは貴女も、貴女の中のものも決して否定したりはしません」
とはいっても、俺に出来ることと言ったら今みたいな愚痴に付き合うくらいだと思うけど。
「あんた、ブラン……だったわよね?」
「え? そうですけど」
不意にされたその質問に反射的に返す。
「私はルイズよ」
そう言って右手を差し出してくるミス・ヴァリエール。
「……何よ、あんたが言ったんじゃない。私がヴァリエール家とは関係のない唯のルイズでも認めるって。
なら今の私とあんたは家柄も何も関係のない者同士ってことでしょ」
そこでようやく彼女の意図が分かった。
「俺の名前はブラン。よろしくな、“ルイズ”」
俺はその差し出された手をしっかりと握り返した。
「えぇ。よろしく、“ブラン”」
双月に照らされる中微笑むルイズの顔は、今日見た中でも一番魅力的なものだった。
今回は連続投稿です。