達也に止められなかったら、リーナも深雪も自重するつもりは全くなかった。ここら一帯が氷炎と炎雷の海となっても気にしなかっただろう。それくらいリーナは深雪を意識しているし、深雪もリーナには負けたくないと思っているのだ。
「せっかくの機会だ。深雪とリーナで風呂にでも入ってきたらどうだ」
「えっ、ワタシはミユキとよりタツヤとの方が良いのだけど」
「そんなこと私が許すわけないでしょ? 達也様のご命令なのだから、リーナも大人しく従いなさい」
深雪に引っ張られていくリーナを見送り、達也は水波とミアに視線を向けた。
「片付けは任せる」
「かしこまりました」
恭しく一礼する水波とは違い、ミアは慌ただしく頭を下げ、弾かれたようにキッチンへ向かった。
「そんなに緊張する事も無いと思うんだが」
「仕方ありませんよ。達也さまは四葉家の次期当主ですし、彼女は一時期とはいえ四葉に匿われていたのですから、達也さまを前に緊張してしまうのは当然です」
「そんなものか?」
「はい。では、私も失礼いたします」
首を傾げながら問いかけてくる達也に、水波はニッコリと笑みを浮かべながらもう一度一礼してキッチンへ向かった。
「水波さんは凄いですね」
「何がでしょうか?」
キッチンに着くなりミアが自分を褒めてきたが、水波は何故褒められたのかが理解出来ず首を傾げる。
「リーナは深雪さん相手でもそうですが、達也さん相手でもそれほど緊張した様子が見られなかったものですから」
「もう一年以上ご一緒させていただいていますし、それより前から達也さまの事は存じておりましたから」
「それでも、やっぱり達也さんの雰囲気に気圧されたりはなさらないのでしょうか?」
「達也さまよりも深雪様の方がそういう事が多いですね。嫉妬なのでしょうけども、深雪様の嫉妬は常人とは比べ物にならないくらい苛烈ですので」
「さっきも一発触発って感じでしたしね……あれはリーナも悪かったですが」
「深雪様が必要以上に挑発なさったのも原因ですから」
互いに主の――ミアにとっては元上官だが――愚痴を溢しながら洗い物を進め、作業が終わる頃にはただの愚痴合戦になっていたのだった。
達也に言われたから素直に一緒に風呂に入ったが、リーナは風呂場でも深雪より達也が良かったとぼやき続けたのだ。
「せっかくのチャンスだったのに、どうしてワタシはミユキと一緒にお風呂に入ってるのかしら……」
「まだ言ってるの? ほら、大人しくしてないと泡が口に入るわよ」
「ちょっ!? 喋ってる時に流そうとしないで!」
「だから大人しくしなさいと言ってるのよ」
意外にも仲良く頭を洗ったり背中を流したりとしているが、二人の間にはどこか険悪な空気が漂っている。
「ミユキはダーリンと一緒にお風呂に入ったりしたことあるんでしょ?」
「あっ、あるわけないでしょ! 嫁入り前の娘がそんなことをするわけないじゃないの!」
本当は何度か突撃しようと思ったことはあるが、自分で自分を宥めたり、水波に説得されたりで実行に移したことは無い。だがリーナにそんなことを知る由もないので、深雪の態度を受けて少し誇らしげに胸を逸らせる。
「ワタシの方がダーリンに対する愛情が深いって事でいいのかしら? ワタシはそんな些細な事を気にして自重したりしないもの」
「達也様に嫌われるかもしれないという事が些細な事なのかしら?」
「うっ……そうか、そういう事も在り得るのよね……」
「貴女、本当に抜けているのね……」
陰でポンコツクイーンと噂されていただけの事はあると、深雪はリーナのポンコツっぷりを見て笑みを浮かべた。
「別にちょっと忘れてただけよ!」
「それが一番大事な事じゃなくて? 目先の事にとらわれすぎるから、先々の事を考えられないのよ」
「そういう事は作戦参謀がやってたから、ワタシはそういう事を考えてこなかったの!」
「スターズの総隊長と言っても、結局はそんなところなのね」
「れ、歴代の総隊長はワタシよりも年長だったし、そういう事を考える事が出来たかもしれないけど、ワタシは圧倒的に経験不足だったのよ!」
「でも、自分でどうにかしようとは思わなかったのよね? だったら経験云々じゃなくてリーナの問題じゃない」
「ぐっ……み、ミユキだってタツヤに甘えてきてそういう事をしてこなかったんじゃないの?」
「あら、私は自分で自分の事は考えてきたし、それでも分からなかった時だけ達也様に手助けをしてもらったけど、達也様は最後まで説明しないで、必ず私に考えさせてくださったから、貴女よりも冷静に先々の事を考える事が出来るのよ」
それでなくても次期当主候補筆頭として期待されてきたので、周りの期待に応えたりどうすれば喜ばれるかを常に考えてきたのだ。冷静な思考を持ち合わせているのは当然だと言えるだろう。
「と、とにかくこれからはワタシだって冷静に考えて行動するわよ!」
「その反省、一年前にしてくれれば達也様が苦労してパラサイトを退治する必要も無かったのに」
「昔の事を何時までも……ミユキって随分とねちっこいのね」
「短絡思考のリーナに言われたくないけどね」
互いに相手を吹き飛ばそうと思ったが、ここで魔法を発動させて問題を起こせば、達也もこの場にやってくると思い出して互いに自重したのだった。自分から見せに行く分にはリーナも気にしなかっただろうが、達也から見に来られるのは、彼女にとっても恥ずかしい事なのだろう。
ある意味同族なんでしょうがね……