深雪と達也もリビングにやってきたので、亜夜子は達也にこの家について尋ねる事にした。
「達也さんはもう少し立派な家に住みたいとか思ったりしませんか?」
「三人で住む分にはこのくらいで十分すぎるだろ。まぁ、あとひと月もすれば引っ越すわけだが」
「でも、達也さんの拠点はここなんでしょ? さすがに新居にここと同レベルの調整スペースを作るなんて無理だもの」
「それに、深雪お姉さまと桜井さんはこの家で生活を続けるんですものね」
「深雪さん、達也さんと週一しかこの家で会えないのに耐えられるの?」
「私だってそこまで子供じゃありませんので」
明らかに強がりである深雪の態度に、夕歌と亜夜子は微笑ましさを覚える。昔から重度のブラコンと言われていただけあって、達也と数日離れるだけで深雪は精神不安に陥る可能性があるのだ。もちろん学校で会えるのだからそんな心配はいらないのではないかと思うのだが、今までが今までだっただけに、それだけでは満足できないのではないかという不安が付き纏うのだった。
「いっそのこと深雪さんも一緒に引っ越せばいいじゃない。ここは誰かに管理を任せて」
「ですが夕歌さん。それですと達也さんが調整を行うスペースをあの場所に確保しなくてはいけなくなりますわ。本社ですらここまでの設備が揃っていないのに、FLT研究室跡地にそれだけの物を期待できるのでしょうか? この場所を守れるのは、やはり深雪お姉さまだけだと思いますの」
「それもそうね……下手に弄られて壊されたら困るだろうし、達也さんにはまだ知られていない一面もあるしね。この場所を他人に任せるのは危険すぎるか」
「ですから、一週間くらい達也様がいなくても問題ありません」
「今の深雪さんの表情を見て、それが強がりだって気付かない人はいないと思うわよ?」
そういって夕歌はハンドバッグから手鏡を取り出し深雪を映す。鏡に映った自分の表情を見て、深雪は強がるのを止めた。
「寂しいです……かといって水波ちゃんだけをこの家に残す事は出来ませんし」
「私は深雪様のガーディアンですからね……ミストレスと離れて生活することは出来ませんし」
「まぁ、今までが今までだから、深雪さんに同情的な婚約者は少ないけどね。私や亜夜子ちゃんは事情を知ってるから多少同情はするけど」
「地下施設をそのまま運び出す事は出来ないのですか?」
「それはさすがに無理だと思いますよ。ただでさえ最近、達也さまの事をじろじろと見てくる人が多くなってきましたので、これ以上悪目立ちをするのは避けた方が良いと思われます」
達也が四葉家次期当主であるという事は、多少魔法師界に興味を持っている人間なら知っていてもおかしくない事であり、最近の風潮と相まってご近所付き合いにも多少影響しているのだ。そこに大掛かりな機械の移動などすれば、噂に尾ひれがついて深雪たちがここで生活出来なくなる可能性すらあるのだ。
「ただでさえ最近、深雪様が近隣住民を凍らせそうになるという事件があったばかりなのですから」
「未然で止めたし、水波ちゃん以外は気づいてなかったわよ」
「そういう問題ではありません。ただでさえ反魔法師の風潮が加速しているのですから、十師族の一員である深雪様が問題を起こせば、それだけ他の魔法師が被害を受ける可能性があるのですよ」
「分かってるわよ」
「達也さんはどう思ってるの? 深雪さんをここに残す事に抵抗は無いの?」
「亜夜子や夕歌さんがいうように、あの設備をごっそり新居に運ぶことは不可能ですし、例え四葉の関係者とはいえこの場所の管理を任せるわけにもいきませんからね。本部長と繋がっている可能性もゼロではありませんし」
ここにいる全員が懸念しているのがそこなのだ。この家には達也の研究データなども保管されているので、それを横取りされる可能性が残念ながら存在するのだ。特に男性従者は達也が次期当主に決まった事を快く思っていない節が見られる。もしその従者が管理を任されたら、嫌がらせや本部長に恩を売る形でデータを流失させる可能性があるのだ。もちろん、そう簡単にセキュリティーを突破できる技術力があるとも思えないが、心配事は少ない方が良いのだ。
「まぁ、学校や生徒会室で会えるんだし、深雪も我慢出来るな?」
「達也様が仰るのでしたら、深雪はどのような艱難辛苦にも耐えてみせます」
「大袈裟じゃないかしら? 達也さんと会える時間が減る、というだけでしょ? ましてや深雪さんは今まで他の婚約者から嫉妬されるくらい達也さんとの時間があったわけだし」
「ですが夕歌さん。その反動で深雪お姉さまにとっては会えないだけで苦痛になってしまうのではないでしょうか。私たちみたいに、たまに会えればそれで満足だったのとは違うのですから」
「まぁね……ご当主様に相談してみては?」
「叔母様にはすでに相談しています。ですが、どうしようもないと言われてしまいました」
「それじゃあやっぱり深雪さんが我慢するしかないみたいね」
「それが出来るか、今から不安なのですが……」
本気で辺り一帯を氷河期に逆戻りさせるのではないかと、深雪は自分で自分の精神状態が不安だった。達也がいれば万が一が起きてもすぐ元に戻す事は出来るが、それだって心が痛むのだ。氷漬けのままにしなければいけないとなったら、どうなってしまうのだろうかと、頭を悩ませているのだ。
「たまにだったら深雪さんもお泊りすれば良いんじゃない? 一日くらいなら、この家を空けていても問題ないでしょうし」
「ですが、私や夕歌さんならともかく、他の婚約者がそれを許してくださるでしょうか」
結局はそこに行きあたり、三人は盛大にため息を吐いたのだった。
爆発すると世界が滅ぶ可能性もありますしね……