深雪と真由美が火花を散らす中、達也は特に気にした様子もなくリビングにやってきた。
「達也くん、深雪さんって普段からこんな感じなの?」
「こんな感じとは?」
「えっと……なんか敵対心剥き出しな態度っていうのかな? 生徒会にいた時はここまでじゃなかったと思うんだけど」
「そうでしたっけ? あの時からあまり変わっていないとは思いますが」
「そうかなぁ……」
腕を組んで深雪をまじまじと見る真由美に対して、深雪は既に興味が真由美から達也に移っているので、あまり相手にせず、自然な動きで達也の隣に移動した。
「ところで達也様、七草先輩がお泊りになられるそうですが、何処で生活してもらいましょうか?」
「達也くんの部屋で構わないわよ」
「それは認められません。水波ちゃんの部屋で構わないでしょうか?」
「だから、私は達也くんの婚約者なの! 深雪さんだって一度くらい達也くんと同じ部屋で寝た事くらいあるでしょ?」
「そんなことありません!」
沖縄で未遂ならあったが、深雪が達也と同じ部屋で休んだことなど、昨年の大晦日、四葉家で実は兄妹では無いと知らされたあの日だけだ。もちろん、そんなことを真由美に教えてあげる義理など深雪には無い為、嘘だと感じさせない態度で反論したのだ。
「深雪、他の婚約者が文句を言ってきているのは、当然深雪も知っているね?」
「はい。それを解消させるために、四月から達也様は四葉家が用意した集合住宅もどきで生活すると」
「この家を引き払うわけにはいかないから、生活拠点はあくまでもここだがな。だが、頻繁に帰ってくることは出来ないだろ」
「それは分かっています。ですが、その話とこの話、何が関係しているのでしょうか?」
イマイチ繋がりが見えなかった深雪がそう問いかけると、真由美が自慢げな表情で割り込んできた。
「達也くんが言いたいのは、この家に達也くんがいない間深雪さんはずっと嫉妬し続けるのかって事よ。この家に達也くんがいないって事は、誰か他の婚約者と一緒に過ごしてる訳だからね。今から我慢する練習をしておかないと、あっという間に精神がイカれちゃうわよ」
「それくらいは我慢出来ます! ですが、この家で達也様が別の女と一緒にいるという事は我慢出来ません! ここは私と達也様の空間なのですから!」
「本当にそうかしらね? 今は桜井さんだってここで生活してるのだし、やっぱり深雪さんは達也くんが盗られちゃうのが気に入らないだけなんじゃない?」
挑発気味に真由美が尋ねると、深雪は何かを覚悟したような表情で口を開いた。
「そこまで言うのでしたら、私が我慢出来るという事を証明すればいいのですね! 達也様、七草先輩は達也様のお部屋にお泊りという事でよろしいでしょうか?」
「俺は別に構わない」
「では、水波ちゃん」
「はい」
今までずっと黙って見守っていた水波に声を掛けると、彼女は当然のように返事をする。いきなり声を掛けられて驚いた様子など皆無であった。
「お客様を達也様のお部屋まで案内してさしあげて」
「かしこまりました」
深雪の命令に恭しく一礼してから、水波は真由美を達也の部屋へと案内するのだった。
「こちらでございます」
「何だか緊張するわね……」
「それでしたら、私の部屋でお休みになられますか?」
「それは結構よ。達也くんの部屋だなんて、一生縁がないと思ってたから……」
誰に対する言いわけなのか水波には理解出来なかったが、必要以上に気にすることも無いと判断して流す事にした。
「達也さまは現在、リビングで深雪様のお相手をしておいでですので、中は無人です」
「分かってるわよ、それくらい。でも、達也くんが普段からここで生活してると思うと、緊張してきちゃうのよ」
「でしたらやはり――」
「結構です。さぁ、案内してちょうだい」
案内もなにも、後は扉を開けて中に入るだけなのだが、真由美は自分でその扉を開ける勇気が持てなかった。だから案内という理由で、水波に開けてもらい、中に入る算段を建てていたのだ。
「ここまでで案内は終了です。私は達也様の部屋に入ることは許されておりませんので」
だが真由美のたくらみは、水波のこの一言で崩れ去る。真由美に一礼してから、水波は仕事は終わりだと言わんばかりにこの場から遠ざかって行く。
「何だか前にも似たようなことを思った気がするけど……えぇい! 女は度胸!」
そう覚悟を決め、達也の部屋の扉に手を伸ばしたところで、真由美は再び緊張してしまい手を引っ込めた。その動作は数回繰り返した後、ようやく扉を開け部屋に入ることが出来たのだった。
「ここが、達也くんのプライベート空間……案外普通ね」
ぐるりと部屋を見回した真由美は、イメージと違う雰囲気にそんな感想を述べた。
「なんだか、疲れ切ったサラリーマンが寝に帰ってくるような感じの部屋ね……もっともので溢れかえってるかと思ってたのに」
机にも、必要最低限のものしか置かれていないのを見て、真由美はつまらないとでも言いたげな感じでため息を吐いた。
「思春期男子特有の本も、達也くんは持ってないでしょうしね」
ベッドの下や本棚の裏を覗き込んだりしたが、当然お目当ての本は見つからなかった。見つからなかった事に安堵の息を吐きながら、真由美は今更ながらに気付いてしまった。
「ベッドは一つだけ……お布団は何処にもないわよね……これってもしかして……」
部屋全体が気になっていたはずだが、その事に気付いてからはその事しか考えられなくなってしまった真由美は、見る見るうちに顔を真っ赤に染め上げ、あたふたとその場で慌て続けたのだった。
からかうのは好きだが、自分がそういう状況に陥ると弱いですよね、真由美って……