真由美の誘いを断った鈴音は、魔法大学の図書室に篭っていた。自分の夢である熱核融合炉の実現に向けての研究は続けており、これは四葉家に入ったとしても止めるつもりは無かった。
「市原さん?」
「平河さんですか。ご無沙汰しております」
第一高校OGで今は魔法大学に通う平河小春が声を掛けてきたので、鈴音もごく普通に挨拶を交わした。
「春休みまで研究ですか?」
「ええ。毎日真由美さんの愚痴に付き合うのも大変ですから」
「司波君が沖縄に行っていますからね。七草さんとしても退屈なのでしょう」
「例え司波君が東京にいたとしても、毎日真由美さんの相手を出来るほど暇ではないでしょうけどもね」
達也が四葉以外でも忙しくしている事を知っている二人は、そろって苦笑いを浮かべる。互いに婚約者とはいえ、それほど達也と会えているわけではないのだと、互いにその表情で覚ったのだった。
「卒業してからはなかなか時間が合いませんからね」
「私は在学中もそれほど会えていたわけじゃないですけどね」
「ですが平河さんは、司波君とデートした事があるんじゃないですか?」
「あ、あれは……私が学校を辞めないように司波君が説得に来た延長ですし、千秋も一緒でしたから」
「私は誰か同伴だろうがなかろうが、司波君と出かけた事など無いのですが」
「ゴメンなさい……」
鈴音の威圧に、小春は思わず頭を下げた。小春の反応に満足したのか、鈴音はいつものポーカーフェイスに戻ったのだった。
「ところで、平河さんは何故大学へ?」
「私は市原さんや七草さんたちとは違い、それほど優秀な成績ではなかったので、暇を見つけてはこうして足を運んでいるのです」
「謙遜のし過ぎでは? 平河さんの成績は十分優秀と言えるものだと教授たちが話していましたよ」
「謙遜ではないです。同じ一高卒でも、私は下から数えた方が早いでしょうし」
「一高卒で括る必要は無いと思いますが」
論文コンペの時もそうだが、小春は自分に自信が無さすぎるのではないかと鈴音は感じていた。だがそんなことは小春も理解しているだろうし、自分以外の誰かが指摘しているだろうと、この場で小春の考え方を改めさせようとは思わなかった。
「十文字くんや真由美さんは十師族の直系ですし、そこと比べているのなら自惚れだと思いますが」
「それは…分かっています……」
だから鈴音は、自分より上に位置しているであろう二人の名前を出し、その二人は特別だという事を改めて理解させることにしたのだった。
「上を目指すのは良い事ですが、上を見過ぎて足下を疎かにするのは避けた方が良いですよ。私も、司波君に対抗しようだなんて思いませんし」
同じ研究テーマに取り組んでいる達也を例に挙げ、鈴音は小春に上を見過ぎるのは良くないという事を説明し始める。
「彼は恒星炉実験を成功させていますし、このテーマに取り組んでいる学生の中では、間違いなくトップクラスの実績を持っています。彼を目標にするのは良いでしょうが、彼と張り合おうとなんて考えるだけ無駄だと思いませんか?」
「……確かに、対抗しようとするだけ馬鹿らしいほどの実績を持っていますからね」
「では、平河さんと十文字くん、真由美さんらとの実績の差は、この例以上だと思いませんか? 失礼だとは思いますが」
「いえ、市原さんの言う通りですね。十師族の直系であり、十文字くんは現当主でもありますし、七草さんも九校戦やそれ以外でも実績十分ですしね」
「平河さんは、推薦で入学した人たちよりかは優秀だと言えるだけの成績です。まずはその事実を再認識し、足場を固め、それから上を目指すべきだと思いますよ」
「そうですね……司波君の婚約者として――四葉家の一員になるという事で、必要以上に焦っていたかもしれません」
「その気持ちは、分からなくは無いですけどね」
鈴音としても、数字落ちの家系である自分が、十師族の頂点とも言われる四葉家の一員になるなど、考えても見なかったと思ってた時期が確かにある。そしてその不安を払拭しようと、無理をしようとしたこともあった。だがすぐに焦ったところで結果が伴うはずもないと考えなおし、こうしてゆっくりと、だが確実に足場を固める事にしたのだ。
「ありがとうございます、市原さん。自分のペースで研究します」
「それが一番ですよ。まぁ、私も人の事は言えないんですけどね」
「?」
鈴音の零した言葉に小春は首を傾げたが、それ以上鈴音が何かを言う事は無かった。
「では、私は図書室で資料を探しますので、これで失礼します」
「あっ、良ければお手伝いしますよ。私も、辞退したとはいえ同じテーマを研究してましたから」
「そうですね……では、お願いいたします」
一人で篭って資料を漁るよりも、誰かに手伝ってもらった方が新しい発見があるのではないかと考え、鈴音は小春の申し出を受ける事にした。
「(これが司波君なら、一人で研究した方が早いとか思えるのでしょうね……って、私と彼とではアプローチの仕方も、知識量も全然違うんですから、比べるだけ無駄でしたね……)」
小春に高すぎる目標は足元をすくわれる原因になると言っておきながら、自分は達也との差を躍起になって埋めようとしてる事を自覚し、鈴音は苦笑いを浮かべて、小春と共に資料を漁りはじめたのだった。
自分の能力を正確に把握している鈴音と小春……ちょっと過小評価気味ですがね