劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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精密さではトップクラスですからね……


注目されるあずさ

 達也が人工島へ戻ってきた時には、深雪もパーティー会場に復帰していた。

 

「達也様、お疲れ様でした」

 

「深雪の方こそ、ご苦労様。ほぼ予定通りだったようだな」

 

「はい。最後に少し、予定外の仕事をいたしましたが、あのくらいの手間はあった方が、解説だけしているよりも気が楽です」

 

 

 達也はあらかじめ明言していたように、パーティー終了時間に余裕で間に合った。スーツに着崩れなど皆無で、靴も曇り一つなく磨かれている。出て行った時よりも、むしろきちんとしているくらいだ。達也の事を目ざとく見つけて、ほのかと雫が寄ってきた。

 

「達也さん、御用はもう済んだんですか?」

 

「ああ。予定より少し、時間がかかったかな」

 

「まだ半分くらいだよ」

 

 

 今日のパーティーは二時間半の予定であり、「半分くらい」は言い過ぎでも、後一時間くらいは残っている。

 

「それより、先輩たち」

 

「そう言えば、何処に行ったんだろうね?」

 

 

 雫とほのかが言うように、主要な招待客の一人である五十里をはじめとして、一高卒業生が全員パーティー会場からいなくなっている。

 

「先輩たちも用事でも出来たんだろ。それより雫、ほのか、残りの時間は一緒にいられると思うぞ」

 

 

 達也も深雪も、その理由を知っていたが、二人に教えるつもりは無かった。詮索させるのを避ける為か、達也は二人の意識を自分に向けさせるのだった。

 

「本当ですか!」

 

「沖縄ではほとんど達也さんと遊べなかったから、今日はゆっくりしたい」

 

 

 達也の思惑通り、二人の意識は卒業生たちから達也へと向けられる。深雪としては少し気に入らないところもあるが、達也がそうしたのだから文句を言うわけにもいかなかった。

 

「深雪様、何かお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」

 

「大丈夫よ。それよりも、水波ちゃんもご苦労様でした」

 

「私は何もしていません。すべて達也さまと深雪様が済ませてしまいましたので」

 

 

 万が一の時は防壁を作る準備はしていたのだが、深雪の『コキュートス』の前に敵が沈んだので、水波は本当に何もしていなかったのだ。

 

「それにしても、先輩たちも無茶をしましたね」

 

「中条先輩も、必要以上に注目されるでしょうね」

 

 

 梓弓を使ったことはパーティーの参加者には知られていないが、あの場所には独立魔装大隊の南風原がいたので、間違いなく風間や佐伯の耳にもあずさの魔法の事は入るだろう。

 

「まぁ、中条先輩は軍人というよりかは技術者の方が向いているでしょうけどね」

 

 

 深雪の言葉に、水波も同意し、二人で達也に甘えるほのかと雫に嫉妬の視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業生の内、あずさと紗耶香、巴は人工島の港に来ていた。一応中座した男子三人の出迎えなのだが、三人の格好を見て紗耶香は小言の雨を降らし始めた。

 

「もうっ! こんなに濡らして! 海水は靴も服も傷めるのよ!」

 

「壬生さん、とりあえずそのくらいで……」

 

 

 彼女たちの周りには、敵の工作員を回収してきた国防軍の人間もいる。あずさは面白そうにこちらを見ている軍人たちの視線が気になっていた。

 

「でも、見てよこれ……もうダメかも」

 

「だ、大丈夫ですよ」

 

 

 早くこの一幕を終わらせたい一心で、あずさは人目があるのも忘れてCADを操作した。あずさの魔法が三人を一気に包み込み、海水中の塩類が液体と粉末の形で分離され床に落ちる。風も無いのに粉と滴は海へ移動して消え、服と靴が乾く。

 風が吹き込んだように、服部、沢木、そして桐原の短い髪まで広がり、適度に乾燥した上ラフな感じでセットされる。ほんの十秒ほどで、三人の顔と身体から海に入った痕跡は消え失せた。

 

「これでいいですよね? 早く会場に戻りましょう」

 

「……いえ、先に千代田さんたちの様子を見に行かないと」

 

「千代田に何かあったのか?」

 

「それも後で説明するから、行きましょう」

 

 

 あずさが注目されている事に気付いた紗耶香は、服部に対する答えを保留して、あずさの背中を押し歩き始める。

 

「あ、あの? 壬生さん、一人で歩けますから」

 

「まーまー、素直に押されておきなさい、あーちゃん」

 

「だから、あーちゃんは止めてください!」

 

 

 紗耶香と同じように軍人たちの視線の意味を把握している巴は、あずさに向けてにやにやと笑って見せたのだった。

 あんなことがあったばかりとあって、五十里と花音には他の人間がいない部屋を与えられていた。

 

「……いったい何があったんだ?」

 

 

 二人が休んでいるという部屋に足を踏み入れて、服部は心底訝しそうに尋ねた。花音はもう泣いていない。涙は出ていないし、嗚咽も漏れていない。だが、彼女は五十里の胸に顔を埋めたままだった。

 

「あはははは……ちょっとね。ショックな事があって」

 

 

 五十里としてはスルーしてほしかったところだ。

 

「えっとね、ちょっとした人質事件が起きたのよ」

 

「その所為で五十里くんと千代田さんがちょっとだけ危ない目に遭ったんですよ」

 

「そうだったのか。あまり無茶をするのは感心しないな」

 

「服部くんがそれを言う?」

 

「お、俺はあの二人だけよりはましだろうと思ってついて行っただけだ!」

 

 

 自分も無茶をしたばかりだからか、服部の反論にはキレが無かった。あずさはそんな服部を見て楽しそうに笑う。

 

「やっぱり、服部くんとあーちゃんはお似合いよね」

 

「だから俺と中条はそんな関係ではないと言ってるだろうが!」

 

 

 顔を真っ赤にして慌てふためくあずさに代わり、服部が巴にお決まりの返事をする。そんなことをしている間に、パーティーの終了時刻になってしまったのだった。




あーちゃん再び大活躍……

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