劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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騒乱の時はやられ役でしたしね……


人喰い虎の実力

 呂剛虎とブラッドリー・チャンの闘いも、大詰めを迎えていた。まともに闘っては、チャンは呂剛虎に勝てない。『人喰い虎』の異名を持つ呂剛虎は、世界最強の白兵戦魔法師の一人と評価されている強者だ。横浜事変で彼が不覚を取ったのは、同じく近接戦世界最強の一人と言われている『イリュージョン・ブレード』千葉修次との戦いで深手を負っていた所為であり、敵に達也や真由美がいたからである。摩利やエリカ、レオなどの近接戦タイプだけでは負傷していた呂剛虎も倒せなかっただろう。

 武の技も魔の技も呂剛虎の方が上、それがチャンにもようやく実感できたのか、チャンの気配から一切の余裕が消えた。いや、余裕と表現しては語弊があるかもしれない。チャンは呂剛虎との闘いの後になすべきことをずっと意識していた。彼の目的は呂剛虎に勝利する事ではなく、人工島に対する破壊工作を成功させることなのだから。

 しかしそれでは、この場で沈められるだけだとチャンは思い知り、彼の目の色が変わった。身体からは抑えきれない想子が噴き出し、陽炎のような揺らめきがチャンの全身を覆った。

 

「ほぅ」

 

 

 呂剛虎が楽しそうに目を細め、唇を歪める。呂剛虎が纏う白い鎧の上に、鋼の色をした想子の層が重ねられ、見る見るうちに密度と硬度を増した。

 チャンが海の上でグッと身体を屈め、四つ足の肉食獣が襲いかかるための力を溜めるような姿で、両腕を海につける。

 足と腕から這い上がった海水がチャンの巨体を覆い、空中に持ち上げる。海水はチャンを閉じ込めるものではなく、水の塊が上下に揺れ大蛇の顎を模る。

 呂剛虎はそれを見上げて笑った。楽し気に、獰猛に、歯をむき出して。呂剛虎が一歩踏み出すのと、チャンの龍蛇が鎌首を振り下ろしたのは全くの同時だった。呂剛虎が水龍の形をした大波に呑み込まれる。直後波の間から咆哮が轟いた。「龍」のものではなく「虎」の咆哮だ。

 リミッターを外した状態とはいえ、ブラッドリー・チャンの攻撃が呂剛虎に徹っているのは、彼の鎧『白虎甲』が水に弱いというだけでしかない。その程度では呂剛虎は――世界に名だたる『人喰い虎』は止められない。

 水飛沫の弾丸がもたらす体を蝕む痛みを以て「怒」の情をますます燃え上がらせる。敵の攻撃を己の闘争のエネルギーに変えて、呂剛虎はチャンの周囲に展開されている術式ごと右足で薙ぎ払った。まさに一蹴。呂剛虎の全力が込められた蹴りは、チャンの水術を破壊し、その巨体を吹き飛ばした。

 大きく弧を描いてチャンの巨体が飛んでいく。偶然か、あるいは最後の意地か、ブラッドリー・チャンは達也の上空から襲いかかる形で落ちた。

 達也の反応は簡単なもので、単にスロットルを開けただけ。水上バイクが急発進し、ブラッドリー・チャンは虚しく海中に沈んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風間達の思惑通り、海上の闘いはパーティーに影響を与えなかった。ただ事情を知る者は警戒を緩めていない。達也に警告された通り、五十里は会場に留まり続け、深雪と水波もなるべく一高関係者から離れないようにしていた。

 

「花音、何処に行くの?」

 

「お花を摘みに」

 

「あっ、あたしも」

 

「私も一緒に行きます」

 

「じゃあ私も」

 

 

 花音がやむを得ない理由で中座すると言い出し、紗耶香たちも同行を申し出る。

 

「啓も来る?」

 

「……行っておいで」

 

 

 ニンマリと笑った花音を、顔を赤くした五十里が追いやる。その傍で深雪と水波が顔を見合わせた。

 

「どうしましょう?」

 

「水波ちゃん、行ってきたら?」

 

「いえ、私は深雪様の傍を離れる訳にはいきませんので」

 

 

 そう言う理由から、二人も結局この場に残ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャスミンとジョンソンは、海から接近する工作部隊の結果を待たずに独自に動いていた。二人は今、廊下の隅で目立たぬように囁き声を交わしていた。

 

「制圧できそうか?」

 

「無理だな。お偉方が大勢来ている所為か、制御室前には軍人がうじゃうじゃいやがる。しかもその中に『大天狗』までいるっておまけ付きだ」

 

「ハル・カザマか……それは、無理だな」

 

 

 独立魔装大隊隊長・風間玄信中佐は、外国の魔法師から『大天狗』の異名と共に『ハル・カザマ』と名前を省略されて知られている。

 

「今更だが、このまま逃げた方が良いんじゃないか?」

 

「その話は終わっている」

 

 

 ジャスミンが必要以上に素っ気なく即答したのは、彼女自身の脳裏を同じ思いが過ったからだった。

 

「ああそうだったな畜生め! ……ジャズの方がどうだ?」

 

「少なくとも私では手に負えない。この島に仕掛けられた魔法システムをクラックするためには、やはりケイ・イソリに協力させる必要がある」

 

「ってことは、その坊やを攫わなきゃどうにもならんか」

 

「カザマを出し抜くより、その方が現実的だ」

 

「まぁ、そうだよな……っ?」

 

 

 ジョンソンが近づいてくる人影に気付いて口を噤む。ジャスミンも反射的に身構えたが、すぐに「普通の少女」の素振りを取り戻した。

 

「彼女たちは……ケイ・イソリの同行者か」

 

「本当か?」

 

「間違いない」

 

 

 どうやらジョンソンは彼女たちの事を覚えていないようだが、お節介を焼かれて炎天下を連れまわされたジャスミンはしっかりと覚えていた。

 

「丁度良い。ジョンソン大尉、少し隠れていてくれ。彼女たちを人質にとってケイ・イソリを誘き出す」

 

「了解だ」

 

 

 ジョンソンの目から見て、四人とも脅威になるような戦闘力は備えていない。ジョンソンは音を立てないように注意して、作業員用通路の扉を開け、その中に身を隠したのだった。




こちらも定番の中座文句……

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