劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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騒めくのも無理はないだろうな……


会場の騒めき

 達也はコンビニエンスストアでミネラルウォーターを買って、深雪たちが待っている快速艇に戻った。別に喉が渇いていたわけではなく、何も買わずに店を出るのは不自然だと思ったからだ。

 

「お兄様、そろそろ会場に向かいますか?」

 

 

 達也が快速艇を離れる時には、確かにそういう話をした。パーティー会場に向かう時間になったら戻ってくると。しかし達也は深雪の問いかけに首を横に振った。

 

「まだ少し余裕があるだろう? 五分だけ時間をくれ」

 

「それは構いませんが……もしかして、お兄様?」

 

 

 あえて船に戻ってきた理由、それは恐らく、第三者の目が届かないからだ。そこまで考えて「目が届かない」というフレーズから深雪は達也が何をするつもりなのか悟った。

 

「時間になったらお呼びいたします」

 

「頼む」

 

 

 すべてを弁えた深雪の申し出にそう答え、達也は自分のキャビンに引っ込んだ。

 深雪や水波が断りもなく彼の個室へ入ってくることは無いはずだが、達也は念のためにドアをロックし、上着を脱いで椅子に腰を下ろした。そのまま目を閉じる。仮眠をとるためではない。五感では知覚できない世界へ「眼」を向ける。

 普通に肉眼を働かせながらでも達也は情報次元を「視る」事が出来るが、じっくりと観察する場合は五感の刺激が少ない方がやりやすいのだ。ついさっき会ったばかりの「少女」に気付かれないようイデア経由で撃ち込んだ想子弾を目印に、彼女の情報にアクセスする。

 

「(ジャスミン・ウィリアムズ。オーストラリア軍魔法師部隊大尉。やはり見た目通りの歳ではなかったか)」

 

 

 遺伝子異常を抱えた調整体魔法師。そうと分かっても達也の心は動かなかった。敵である以上、達也にとっては無力化する対象でしかない。彼女が敵であることを止めたなら、感じ方も変わるかもしれない。

 念のためジェームズ・J・ジョンソンのマーカーも確認した。こちらもまだ、問題なくトレース出来る。気づかれない限り、あと三日程度は機能し続ける感触だ。

 

「(不謹慎かもしれないが……あれの実戦テストには丁度いい)」

 

 

 仕掛けを終えて達也が目を開けキャビンの時計を見ると、思った以上に時間が経っていた。立ち上がり上着を着直したところで扉がノックされる。

 

「……お兄様、そろそろお時間です」

 

「分かった」

 

 

 深雪に答えて、扉を開ける。何時もの髪飾りを外し髪をアップにして露わになった深雪の首には、白、黒、金、三色の真珠がバランスよく配置されたネックレスが光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西果新島竣工記念パーティーが始まる。会場の扉が開き、ロビーにたむろしていた人々がゆっくりと中に入っていく。こういう場合、上位者に先を譲るという考え方と、大物は後から入場するという二通りの考え方があるが、今日はそのどちらにも当てはまらなかったようで、単に入り口近くで待っていた者から順番に会場入りしていった。

 その為、ロビーで待っていなかった達也たちが入場したのは、遅刻ではないにしても最後のほうだった。つまり大勢の人で埋まった会場に、達也にエスコートされ水波を従えた深雪が入場する形になった。

 ざわめきに満ちていた会場が、入口の方から急激に静まり返っていく。

 

「あの美女はいったい?」

 

「あれが四葉の……」

 

「なんと、あの方が!?」

 

 

 深雪と達也を見た群衆が再びざわめきだす中、ごく一部の例外は三人の登場に驚く事は無かった。それは以前から達也と深雪の事を見知っていた一高生、一高卒業生、そして雫の両親だった。

 達也は深雪をエスコートし水波を連れて、まずは北山潮の許を訪れた。今日のパーティには潮の伝手で出席している形になっているのだから、これは当然である。

 

「ご無沙汰しております。本日はありがとうございます」

 

 

 達也が丁寧に一礼し、彼に合わせて深雪が優美可憐に、水波が初々しきお辞儀をする。

 

「こちらこそ、ご丁寧に、ありがとう」

 

 会場の中の視線を集める中、潮はにこやかな顔で達也に応じた。先月の箱根テロ事件の後にも潮にあっているが、誰が聞いているか分からない状況で正直に本当の事を口にする必要は無い。それに潮の妻、紅音とは実際久しぶりなのだから、おかしな挨拶でもなかった。

 

「暫くお目に掛からない内に、随分ご立派になられましたね」

 

 

 紅音はその立場に相応しい社交的な口調で達也に話しかけたが、その裏に「よくも騙してくれたわね」という恨み言が隠れているのは、少なくとも達也には筒抜けだった。

 

「奥様におかれましては、少しもお変わりなく。本日はお目に掛かれまして光栄です」

 

「航くん、お久しぶり。いよいよ中学生ね」

 

「はい。四月から中学生です!」

 

 深雪に話しかけられて緊張してしまったのか、航は必要以上に大きな声で答えた。そんな息子の様子を苦笑して眺めながら、潮は達也に話しかける。

 

「あちらに娘も来ている。君を待っていたようだから話しかけてやってくれないか」

 

 

 潮が目を向けた先には、雫と、ほのかと、あずさたち卒業生が一塊になっていた。

 

「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 

 もう一度一礼して、達也たちは潮の前を離れ、雫たちの許へ移動する。

 

「達也さん、遅かったね」

 

「ちょっと仕事が残っていてな。だが、遅刻はしてないはずだが」

 

「うん。でもそのせいで達也さんたちは凄い注目されてた」

 

「注目されてたのは主に深雪だと思うが」

 

 

 今も周りから深雪に対するふしだらな視線を感じながら、達也は苦笑いを浮かべる。

 

「そんなことありません! 達也さんもかなり注目されてますよ」

 

「そうか?」

 

「みんな、四葉の人のオーラが珍しいんだと思うよ」

 

「そんなもの出してるつもりは無いんだが」

 

 

 雫の言葉にツッコミを入れて、達也は卒業生一同に一礼をするのだった。




確かに深雪は美少女だとは思いますが、自分は雫やエリカの方が好きですね

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