劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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敵からしたら怖いでしょうね……


底知れぬ恐怖

 ほのかの心配をよそに、達也たちを乗せた快速艇は既に人工島の港に着いていた。深雪がロビーに姿を見せないのは、囲まれるのを嫌ってのことである。

 秘密多き四葉のプリンセスというだけで人々の興味と打算を招き寄せるのだ。そこに着飾った深雪の華麗な容姿が加われば、鬱陶しい事態になるのが目に見えている。

 達也が会場に近づかないのは、少し事情が異なる。彼は人工島地下一層にオープンしたばかりのショッピングモールに足を向けていた。各店舗の本格的な営業は地下採掘施設が稼働を始める来月からだが、一部の記念品ショップとコンビニエンスストアが先行して店を開いている。

 彼は全国展開しているコンビニの前で、ジェームズ・J・ジョンソンを見つけた。ジョンソンは髪の色と瞳の色を変え、ヒゲをすっかり剃り落し、インナーアーマーで体格まで変えていたが、その程度で達也の「眼」を誤魔化す事は出来ない。そもそも彼は目で見て見つけたのではなく「精霊の眼」で居場所を把握したうえで足を運んでいるのだ。相手も達也の事は分かったはずだ。達也は特に変装などしていないのだから。それでも、少しも緊張した気配を漏らさなかったのは大したものだと言える。

 ジョンソンは、見た目十二、三歳くらいの女の子を連れている。赤い髪に緑の瞳。風間に見せられた静止画とは色合いが違うが、達也が見間違えることは無かった。

 少女が顔を上げ、達也と目が合うと、達也は軽く頭を下げジョンソンに話しかけた。

 

「失礼しました。今日は国内向けのパーティーだと聞いていたものですから……つい不躾な視線を向けてしまいました」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「お嬢さんも、申し訳ありませんでした。ご婦人に対する態度ではありませんでした。お許しください」

 

 

 少女――ジャスミン・ウィリアムズ大尉の瞳を正面から覗き込みながら、子供に対するものとは思えない、堅苦しい謝罪を述べる。

 

「……ご丁寧に、恐縮です。本当に、お気になさらないで」

 

 

 少女はその外見に相応しい、高く硬い声で答えて、達也に目礼する。それを合図に、ジョンソンとジャスミンは達也に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也がコンビニに入っていくのを背中越しに確かめて、ジョンソンは足を速めた。ストライドの違いからジャスミンは小走りになっていたが、ジョンソンは歩くスピードを落とさない。

 通路を曲がり、コンビニが見えなくなって、ジョンソンは漸く歩調を緩めたが、それでもジャスミンが歩く速度に合わせただけで、足は止めない。あらかじめ監視カメラに細工して作り出した死角にたどり着いてやっと、ジョンソンは立ち止まった。

 ジョンソンとジャスミンは素早く左右に目を走らせ、誰もいないことを確認してから、前以て鍵を解除しておいた作業員用階段の扉を開け、中に身を潜り込ませ、ジョンソンが大きく、ジャスミンはそっと息を吐いた。しかし、気を抜いたは、ほんの一時だった。

 

「ジャズ」

 

「何だ」

 

「気付かれたと……思うか?」

 

「分からない。追いかけてきた気配は無かった。魔法を使われた様子もない……ジェイ、魔法を使われた形跡は無かったよな? 私たちは何もされなかったよな?」

 

 

 ジャスミンの口調が不意に乱れ、彼女がジョンソンを、名前でも階級でもなく愛称で呼ぶ。それは彼女が動揺してるサインだった。

 

「ジャズ、どうしたんだ?」

 

「分からない……魔法の兆候は無かった。魔法を撃ちこまれたような感覚は無かった。だが、何故だ? なぜこんなにも不安を覚える? まるで自分が知らない内に、絞首刑用のロープを首に巻き付けられているような、この不気味な感覚は何だ?」

 

「ジャズ、落ちつけ」

 

 

 実を言えば、ジャスミンが漏らした不安はジェームズにも覚えがある感覚だった。しかし彼は自分が感じている動揺と不安を強引に抑え込んで、可能な限り不敵な表情を作り、ジャスミンの目を覗き込んだ。

 

「俺にも、ジャズが何かされたようには見えなかった。少なくとも奴はお前に、指一本触れていない」

 

「……すまない。柄にもなく動揺した。あの四葉の魔法師という事で、意識し過ぎたようだ」

 

「いや、確かに奴は、何処か得体のしれない感じがする……ジャズ、今回は止めないか?」

 

「……バカげたことを言うな。既に決行命令が下りているんだぞ」

 

「承知の上で言っている。今回の任務は……ヤバい」

 

 

 ジョンソンは任務の放棄をほのめかしていた。

 

「ジョンソン大尉、その発言だけで軍法会議ものだぞ」

 

「ここにきているのは俺たちだけだ。という事は俺たち自身が指揮命令権を有している。深刻な状況の悪化が予測される場合、独自の判断で撤退しても良いはずだ」

 

「それは致命的な状況が高い確率で予測される場合だろう! まだそんな具体的事態は生じていない」

 

「俺たちが身を置いているのは普通の戦闘じゃない! 魔法師同士の暗闘だ! どんな脅威が待っているか分からない!」

 

「そんなことは普通の工作任務でも同じだ! 逃げ出して良い理由にはならない!」

 

 

 ジョンソンとジャスミンが睨み合い、先にジョンソンが目を逸らした。

 

「……すまない。どうかしていたようだ」

 

「……今のは、聞かなかったことにしておく」

 

「ああ……そろそろ戻るか。もうすぐパーティーが始まる。奴もいなくなった頃だろう」

 

「了解だ」

 

 

 ジョンソンは階段同士をつなぐ通路を進んで別の扉へ向かった。その背中を見ながら、ジャスミンは自分の中でもこの任務を放棄したいという気持ちが強くなっているのを確かに感じていたのだった。




冷静さを欠くには十分すぎる恐怖でしょうね……何もしてないけど

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