劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一人でも十分だと思いますがね


侵攻開始

 大亜連合反講和派が用意した潜水艦は通常型だ。さすがに原子力潜水艦を調達する事は出来なかった。現在、原子力機関を兵器に使用する事は国際条約で禁止されており、国際魔法協会が自らの存在意義を掛けて監視に当たっている。もし原子力潜水艦が発見されたのなら、すぐさまその無力化に国際魔法協会が動き出す。

 とはいえ、全世界全兵器をチェックする実力を、国際魔法協会は備えていない。まだまだ国家の壁は厚い。隠密性が高い原子力潜水艦を相手に実力行使は難しく、事実上野放しになっている。もっとも、国際魔法協会の活動が無意味だというのも極論である。

 核兵器の使用阻止の為ならば、国籍に縛られず、必要なあらゆる手段を用いる事が許される。『国際魔法協会憲章』はそう定めており、核戦争を恐れるほとんどすべての国家がこの憲章に従う事を自国の魔法師に認めている。

 他国に原潜が存在する証拠を決して掴まれるわけにはいかない。この厳重な管理を必要とする原子力潜水艦を少数派の脱走兵が手に入れる事は不可能だった。脱走部隊が作戦に投入している潜水艦は通常型ではあるが、現代の潮流として燃料電池を電力源とした非大気依存推進(AIP)機関を備えている。燃料電池技術の進歩により補給動力に留まらず主動力としてAIP機関を利用しているが、燃料電池の「燃料」――水素と酸素の供給――を補給する必要がある。また、小型艦の宿命として、燃料以外の物資も頻繁に補給しなければならない。

 

「(昨日の作戦で消耗した魚雷の補充もあるし、本番前日のこのタイミングで偽装ドック入りしたのは、必要な事だ。だが、昨日の作戦は全くの無意味なものだった)」

 

 

 ジョンソン大尉は苛立ちを抑えられずにいた。無駄な作戦を失敗した結果、本来の作戦の前日になって予想外の補給を行わなければならなくなり、敵の庭先で浮上するというリスクを冒している。

 彼が懐いている不満は大亜連合軍の脱走士卒にもなんとなく伝わっていて、両者の間に気まずい雰囲気が形成されていた。

 その所為とばかりも言えないが、ジョンソンは一旦、潜水艦に乗船している脱走部隊主力と別れる事になっている。彼はその為の連絡艇を待っているところだった。

 

「大尉殿、連絡艇が到着しました」

 

「分かった。すぐ行く」

 

 

 彼が待っていたのはタンカー内部をくりぬいて作った係船ドックの中だ。わざわざ案内されなくても連絡艇の到着は見えており、既に上陸用の観光船へ移動する為のドライスーツにも着替え終わっている。

 ジョンソンは友軍との対立が表面化する前に、さっさと移動する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也はジョンソンが移動を始めたことに気付いていたが、それを真田に報告する事はしなかった。優先順位は工作潜水艦の方が高く、それにジェームズ・J・ジョンソンの居場所は継続的に把握しているので、判断を迷わせる情報を与える必要は無かったからだ。

 

「到着まで五分」

 

「降下準備」

 

 

 真田の報告を受けて、風間が何時でも降下できる態勢を整えるよう告げる。陳祥山と呂剛虎に、特別声を掛ける事はしなかった。

 ジェット機に残るのは真田のみ。達也はもちろん潜水艦へ突入する。独立魔装大隊では、柳だけでなく風間も今回は降下部隊に加わっている。

 

「視えました」

 

「降下!」

 

 

 ジェット機のスピードでは、一瞬で通り過ぎてしまう。柳とその部下七人を先頭に、呂剛虎、陳祥山とその部下八人、達也、風間と、彼らは矢継ぎ早に空中へ踊り出た。

 パラシュートを使わずに次々と甲板へ降り立った日本・大亜連合混合部隊に、タンカーの大亜連合脱走部隊は全く対応出来なかった。

 降下時の隙を無くす為に着地寸前、魔法で一気に減速するというやり方は、特に真新しいものでもない。しかし分かっていてもそのスピードに対処する事は難しい。今回のように機体を偽装して奇襲をかけられたなら、この戦術に精通している日本軍でも侵入を阻止できないだろう。

 柳と呂剛虎は競うようにして甲板から下の層へと降りて行った。達也は風間と共に、その背中を最後尾で見送っている。自分が前へ前へと出しゃばる場面ではないと、彼は弁えていた。

 その代わり達也は、迎撃システムを潰す事で柳たちを支援する事に専念していた。透視に等しい情報認識力で、まず対人レーダーを次々に「分解」した。次に船内カメラを潰す。これだけで船内に仕掛けられた対人兵器は使い物にならなくなっていたが、彼は隠しドックへと侵入する過程で、この船の各種システムを「眼」につく限り壊していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タンカーに偽装したドックの指令室が柳たちの侵入を察知した時には、大亜連合脱走部隊にとって状況は既に手遅れとなっていた。

 

「リモート銃座、反応しません!」

 

「ガスを使え!」

 

 

 船内防御システムの管理を担当していた下士官の悲鳴のような声に、潜水艦からドックに移っていたダニエル・リウ少校が、普段見せている冷静な態度をかなぐり捨てて怒鳴った。

 

「それでは味方を巻き込んでしまいます!」

 

「構わん! 侵入者を止める方が先だ」

 

「了解! ……駄目です! ガス噴射口が開きません」

 

 

 しかし、部下の返答は彼の苛立ちを増すばかりのものだった。

 

「ええい、どうなっている!? 隔壁閉鎖! とにかく侵攻を遅らせろ!」

 

「隔壁、作動しません!」

 

「何が起きているのだっ!」

 

 

 リウの叫びに答えられる者は、この場にはいなかった。




殲滅したら証拠が無くなっちゃいますからね……

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