劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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選手が乗っているバスの中で不満を持っている残り二人の話です


少女たちの不満

 真由美が服部を弄んでストレス解消をしているのを、少し離れた席から見ていた少女が居た。

 

「(何をしてるのかと思えば、服部が真由美にからかわれてるだけか。しかし、まさか市原まで加勢するとは思わなかったな)」

 

 

 その少女――摩利は真由美は兎も角として、まさか鈴音まで服部をからかうのに一役買って出るなんて思って無かったのだ。

 

「(まぁアイツも真由美に構ってもらえて本望だろうし、それで真由美の気が晴れるのなら安いものだな)」

 

 

 摩利も達也から真由美の様子がおかしいとは聞かされていたし、自分でも真由美の様子がおかしいとは気付いていた。もちろん体調面では無く精神面でおかしいのにも気がついていたので、あえて近付かなかったのだ。触らぬ神に祟り無しだ。

 

「(それにしても、達也君も良く見抜いたな……アイツの表情の変化はそれ程分かりやすい訳では無いのに……)」

 

 

 普段の生活では兎も角、真由美は不満や体調不良の時は滅多に表情に出さない。いや、出すのだがおどけて見せたり冗談めかして本当に気分が悪いのか分からないのだ。

 

「(付き合いが長い私で漸く分かる程の変化をあっさりと見抜いた……彼の観察眼は本当に凄いものがあるな)」

 

 

 服部が大人しく自分の席に戻ったのを見て、摩利は視線を窓の外に向けた。彼女が座っているのは通路側で、隣の女子は急に視線を向けられたと思い摩利に話しかける。

 

「如何かしましたか、摩利さん?」

 

「いや、外を見ていただけだよ花音」

 

 

 摩利の隣の席に座っているのは千代田花音、二年生の中で単純なパワーなら学年一と言う噂まで出ている対物攻撃力なら摩利をも凌ぎ、十師族の実戦魔法師にも匹敵する魔法力の持ち主だ。

 

「そうですか」

 

 

 摩利が自分に向けてくれた、女子の間で人気の高い笑みを見て花音は少し照れくさそうに視線を外した。

 だが彼女もまた何処か機嫌が悪そうだと、摩利は見抜いていた。

 

「花音、移動中くらい我慢出来ないのか?」

 

「摩利さん、私はそこまで子供じゃないですよ!」

 

「精々二時間くらいだろ。その間五十里と離れてるだけで機嫌が悪くなってるやつが、子供じゃなくて何なんだ?」

 

「私だって二時間や三時間くらい我慢は出来ます! でもでも今日は啓とずっと一緒だと思ってたんですから、少しくらいガッカリしてもいいじゃないですか! 滅多に出来ないバス旅行なんですから!」

 

 唇を尖らせて抗議してくる花音の姿は、やはり子供っぽかった。

 

「お前たちは何時も一緒に居るじゃないか……。いくらフィアンセだからと言っても、下手をすればあの司波兄妹よりも一緒に居る時間が長いんじゃないか?」

 

「去年は私一人だけでしたし、それに兄妹と許婚同士なら許婚同士の方が一緒に居る時間が長くて当然です!」

 

「……そうなのか?」

 

「そうです!」

 

 

 普段の花音の性格は実に摩利好みなのだが……

 

「(五十里が絡むと別人だな……)」

 

 

 許婚の事になるとイタズラしてる時の真由美より手が掛かるのだ。

 

「大体何で技術スタッフは別移動なんですか! 移動中に作業なんて出来ないでしょ! このバスだってまだスペースが残ってるのに……それに足りないなら二階建てでも三階建てでも良いのでもっと大きなバスを手配すればいいだけの話でしょう!」

 

 

 捌け口を見つけいっきに不満を爆発させた花音を見て、摩利はコッソリとため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真由美、花音の他にも、バスについての不満を持っている少女が居る。だが彼女は真由美のように誰かをからかってストレスを解消したり、花音のように騒がしく不満を爆発させたりはしていない。だから余計に怖いのだが……

 

「深雪、お茶でも飲む?」

 

「ありがとうほのか。でも私はお兄様みたいに炎天下にわざわざ外で待っていた訳では無いからそれ程喉は渇いてないの」

 

「そう……」

 

「(駄目じゃない、達也さんの事を思いださせちゃ)」

 

「(今のは不可抗力だよ!)」

 

 

 機嫌の悪い三人目の少女――深雪は静かに、だが確かに不満を持っているのだ。隣の席のほのか、通路を挟んだ隣の雫は、深雪を如何にかしたいと思っているのだが、雫の隣の女子生徒は深雪から出ているオーラに震えて身体を小さくしてなるべく拘らないようにしているのだ。

 

「まったく、誰が遅れてるかなんて見れば分かるのに……わざわざ外で待つなんて辛い役目を、如何してお兄様が……しかも機材で狭くなっているバスに乗り込まなくてはいけないなんて……移動中くらいはゆっくりとお休みになっていただきたかったのに……」

 

 

 ほのかと雫には、深雪が言ったセリフにはしょられた分部があると理解した。深雪の本心としては「私のとなりでゆっくりと……」と繋がってるのだろうと表情から察したのだ。

 

「でも深雪、そこが達也さんの立派なところだよ。確かにバスの中で待っていても誰も文句言わなかっただろうけど、『選手の乗車を確認する』という仕事をしっかりとこなしたんだよ。出欠確認なんてくだらない雑用でも達也さんはその務めをしっかりと果したんだよ。急なトラブルにも手を抜かず当たり前のようにこなすなんてなかなか出来るものじゃ無いよ。達也さんって本当に素敵でしっかりとした人だよね」

 

 

 半分は深雪を納得させる為の嘘なのだが、残り半分は紛れも無い雫の本心。達也が誰にも文句を言わずに乗車確認を最後までやり遂げたのを、雫は凄いと思っているしカッコいいとも思っている。

 

「そうね……変なところで真面目な人だからね……」

 

 

 言葉としては呆れてるように聞こえるが、深雪の表情は誇らしげになっていた。底冷えするような威圧感は霧散し、代わりに幸せ一杯のオーラが深雪の席を中心に広がり始めた。

 深雪を説得(?)した雫は振り返りVサインを出し、それを見たほのかは小さくガッツポーズをした。そして機嫌が良くなった深雪の周りには、近付くのを躊躇っていた男子や女子で溢れかえったのだった。

 あまりにも五月蝿くなったので摩利は、深雪たち三人を強制的に自分の席の後ろにし、更に三人の後ろの席に十文字を座らせた。そうする事でバスの中は平穏を取り戻したのだが、つまらなそうに窓の外を見ていた花音の悲鳴で、その平穏はあっさりと壊れ去ってしまうのだ……

 

「危ない!?」

 

 

 その悲鳴に反応し、バスの中全員が外を見て、このバスの状況を理解し慌てふためくのだった……




花音も深雪も、二,三時間くらい我慢しようぜ……

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