学校というものに縁がないリーナは、達也たちが生徒会の業務で忙しそうにしているのを眺めていた。深雪やほのかはリーナと共に学んでいた時期があるし、水波も当然面識がある。だがこの中で唯一面識がなかった泉美は、リーナの事をチラチラと眺めてしまい案件を処理する速度が何時もより遅くなっていた。
「泉美ちゃん、具合でも悪いの?」
「いえ、そのような事はありませんが……何故でしょうか?」
「何時もより作業速度が遅い気がして……具合が悪いのじゃないのなら、何が原因なのかしら」
「ワタシの存在がイレギュラーで気になってるんじゃない? ミユキやホノカとは面識があるし、ミナミも気にしない様子だけど、イズミとは初めて会ったから」
「それを理解してるなら、アポなしでいきなり訪ねて来るのは止めろ。たまたま見回りが幹比古だったから問題なく入ってこれたが、それ以外だったら不審者として突き出されても文句は言えないぞ」
既に作業を終わらせ、幹比古に事情を聞きに行っていた達也が戻ってくると、リーナは一気に顔を綻ばせ達也に飛びつこうとし、深雪とほのかに強引に止められたのだった。
「達也様、吉田君はなんと?」
「部活連から風紀委員に連絡があって見に行ったらリーナがいたらしい。勝手に入ってこようとしないだけの分別はあったようだな」
「当然でしょ! ……あれ? 今ワタシ馬鹿にされたの?」
達也が苦笑いを浮かべ、深雪が口元を押さえたのを見て、リーナは褒められたのではなく馬鹿にされたのだと気が付いた。
「この方も司波先輩の婚約者なのですよね?」
「昨年の一月から三ヵ月、雫との交換留学という名目でこの学園に通っていたアンジェリーナ・クドウ・シールズさんだ」
「長いのでリーナで構いませんよ。貴女がマユミの妹さん」
真由美とは面識があるので、リーナは特に警戒することなく泉美へと手を伸ばした。一方の泉美は、少し警戒しながらも、差し出された手を握り、挨拶を返した。
「七草泉美と申します」
「そう言えばタツヤ、確か七草家からはもう一人婚約者がいるって聞いてたけど、この子じゃないわよね?」
「それは私の双子の姉、香澄です」
泉美の説明を聞いて、リーナは納得したように頷いて泉美から離れ達也へ近づいた。
「タツヤは仕事、終わってるんでしょ?」
「一応はな」
「ワタシがここにいると他の人に迷惑みたいだから、何処か二人になれる場所に行きましょう」
「リーナ、一応言っておくけど、ここは学校だからね?」
「分かってるわよ、ミユキ」
深雪のプレッシャーにも負けず、リーナは達也の腕を取って生徒会室から移動したのだった。
三ヵ月足らずではあるが通っていたので、リーナは校内の地図はある程度理解している。何処に行けば人が少ないのかとか、鍵が簡単にとれる部屋など、風紀委員として学んだ事はしっかりと覚えていたのだ。
「ここならあまり人は来ないものね」
「何故学校にまで来たんだ?」
「暇だったから。タツヤは生徒会役員としての仕事があるっていうし、ミユキやミナミも一緒だって聞いたから」
「魔法科高校は基本的に部外者は入れないのだが」
「関係者でしょ? タツヤのフィアンセなわけだし、僅かな期間だったとはいえ、ワタシはこの学校に通ってたんだから」
当たり前のように言い放つリーナに、達也は頭痛を覚えた。
「あら、どうかしたの?」
「今回は幹比古が許可したから良いが、次は入れないと思った方が良い」
「次は来ないから大丈夫よ」
「リーナの大丈夫はあてにならないからな」
「どういう意味よ!」
相変わらずイニシアティブを握られていると分かりながらも、リーナは達也に対して強気に出る事があるのだ。
「本当に大丈夫だから心配しないの! それよりも、せっかく二人きりなんだし、もう少し甘い雰囲気になっても良いんじゃない?」
「さっき深雪に釘を刺されたのを忘れたのか」
「ミユキにバレなきゃ大丈夫でしょ? それに、少しくらいタツヤから求めてくれても良いんじゃないかしら? ワタシだけじゃなく、他のフィアンセもそう思ってるはずよ」
リーナ一人なら何とでも誤魔化せそうだと思っていた達也ではあるが、他の婚約者の事も交渉に使われてはさすがに旗色が悪かった。実際ほのかや雫はもう少し積極的にしてもらいたそうな雰囲気はあるし、深雪は夜な夜な部屋の前まで来ては引き返すという事を繰り返しているのだ。
「タツヤがそういった欲に乏しいというのは聞いてるけど、これだけの美少女と二人きりで手を出さないなんて、そっちの気を疑われても仕方ないと思うわよ」
「自分で自分の事を美少女と言ってしまうリーナに言われたくはないがな」
「悪かったわね!」
今更ながらに恥ずかしくなったのか、リーナは顔を真っ赤にして達也に向けて大声を上げた。
「そうだな、確かにリーナは美少女だし、手を出さないのが失礼と言うならそうしよう」
「へっ?」
殴り掛かろうとしていた手を掴まれ、多少強引に引っ張られたが痛みは感じなかった。だが別の感触を覚え、リーナは顔を真っ赤にした。
「な、な……何をしたの?」
「何って、キスだが」
まったくの素面で答える達也に対して、リーナはますます顔を赤らめながらも、もう一回おねだりをして達也としっかり口づけをしたのだった。
結局ポンコツリーナ……