劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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口調が安定しない……


IF甘婚約者ルート 栞編

 引っ越しの準備という名目で十七夜家に達也を呼びつけた栞は、自分の部屋に達也を招き入れるのに気恥ずかしさを感じていた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ……私が手伝ってもらう為に達也さんを呼んだのに、部屋に異性がいるという事が新鮮過ぎて恥ずかしいんです」

 

「お父さんとかは入らないのか?」

 

「年頃の娘の部屋に父親は入らないものですよ。達也さんだって妹がいるんですから分かるんじゃないですか?」

 

「いや、親父――戸籍上は伯父になるが、とにかく一緒に住んでないからな。深雪との仲も悪いし、たぶん一緒に住んでいても入らない、というか入れないだろうとは思うが」

 

「そうでしたね。達也さんの家庭はいろいろと複雑だったのでしたね」

 

「複雑さでいうなら、栞だって似たようなものじゃないのか? 十七夜家は生家というわけじゃないんだろ?」

 

 

 栞は達也に自分が養子だと伝えた記憶はなかったので、その事を知られている事に驚いたが、達也の調査力と、愛梨が教えた可能性もあると考えなおし、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「生まれた家は既に数字落ちになり、そこから落ちぶれて両親の所在も知りません。知ろうともしてないのですがね」

 

「何処の家も親と問題を抱えているんだな」

 

「達也さんも、父親が誰だか分からないんでしたっけ?」

 

「調べようとすれば調べられるだろうが、父親が誰だろうと関係ないからな」

 

 

 親というものに甘えたいとか思ったことがない達也としては、別に自分の親が誰であろうとどうでも良いという感じである。実際母親が真夜という事以外は知らされていないし、知りたいとも思っていない。

 

「いきなり妹ではなく従妹だと伝えられた時はどう思われましたか?」

 

「俺は気づいていたからどうとも思わなかったが、深雪の方は雷にでも打たれたような感じだったな。それだけ衝撃的だったんだろう」

 

 

 深雪の心境としては、達也と兄妹で無い事に衝撃を受けたのではなく、結婚出来るという事実に衝撃を受けたのであったが、その事を達也は知る由もなかった。

 

「さて、荷物はこれくらいでいいのか?」

 

「はい。後は四葉家が用意してくれた部屋に送るだけです」

 

「まだ少しかかりそうだけどな」

 

「いきなり作れと言われても無理ですからね。あの予定日でも早い方だと思います」

 

 

 三月の半ばに開始して、四月の半ば頃が完成予定なので、かなり早い方ではあるのだが、来年度から一高で授業に参加するメンバーからすると少し遅いので、四葉家が用意した仮住まい用の部屋に引っ越す必要があるのだ。

 

「家賃も四葉家が払ってくださいますし、普通ならありえない短期契約が出来たのも四葉家のお陰ですから」

 

「たぶん四葉の息がかかった賃貸物件なんだろうな」

 

「達也さんも知らないんですか?」

 

「次期当主と言っても、俺は殆ど四葉家の内情は知らない。ましてや昨年の大晦日まで、四葉家の一員とは認められてなかったからな」

 

「達也さんも苦労なさっているのですね」

 

「まぁ、仕方なかったと割り切ってるからいいんだがな。本家従者の人たちがどう対応すればいいのかと悩んでるのが面倒でな……」

 

 

 青木のように態度を改めずに敵意剥き出しの従者もいれば、頑張って態度を改めようとする従者や、最初から達也派であった女性従者のように、更に達也に近づこうとしてくる者もいるので、達也はなるべく本家には赴きたくないのであった。

 

「ご当主様は達也さんにべったりという噂ですし」

 

「母上は仕方ないと言いたくないんだが、今まで我慢してた分が爆発したらしいからな……」

 

「我慢されていたのですか?」

 

「人前では、だけどな」

 

 

 過去の態度を思い出し苦笑いを浮かべる達也を見て、栞は自分も達也にあんなふうに甘えてみたいと思ってしまった。

 

「どうかしたのか?」

 

「い、いえ……何でもありません」

 

 

 いきなり首を振り出した栞を不審に思った達也が声をかけるが、栞は慌てて何でもないことをアピールしようとして、余計に怪しい感じになってしまった。

 

「何かしてほしい事があるなら言ってくれ。自分で言うのもあれだが、俺は女心というものはさっぱりだからな。婚約者として何かしてほしいなら出来る限りその要望に応えたい」

 

「達也さん……そんなことを他の女性に言ったら、すぐに子供が欲しいとか言われてしまいますよ? ただでさえ達也さんの遺伝子は魔法師界に必要なものですし、愛梨の一色家や名門藤林家には跡取りがいないのですから」

 

「そう…だな……軽率な発言だったようだ」

 

「いえ、せっかくですから叶えてもらいましょうか」

 

 

 言質は取ったと言わんばかりに笑みを浮かべる栞に、達也は少し苦々しい表情を浮かべながら栞の要求を待つ。

 

「とりあえず、ご当主様がしていたように、達也さんの膝の上に乗りたいです」

 

「そんな事で良いなら……? とりあえずって言ったか?」

 

「当然です。達也さんが願いを叶えてくれると言ってくれたんですから、この際沢山お願いしたい事があるんですから」

 

 

 そう言って栞は達也の膝の上に座る。感覚的には真夜というより雫がたまにする感じだと達也は思った。

 

「それで、膝の上に座って何をするんだ?」

 

「そうですね……このまま抱きしめてください」

 

「こうか?」

 

 

 緊張した様子もなく、栞の腰に腕を回し適度な力加減で抱きしめる。栞はそれだけで幸せを感じていた。

 

「それじゃあ、このままキスしてください。よくよく考えれば、まだしてなかったなと思いまして」

 

「別に他の婚約者ともしてないんだが?」

 

「なら、私が一番ですね」

 

 

 さすがに緊張している様子の栞の表情を見て、達也からゆっくりと唇を近づけ、しっかりと唇を重ねたのだった。




栞よりも沓子だよな、問題は……

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