いくら母子とはいえ、そう頻繁に会う事が出来ないことには変わらないので、真夜は屋敷内で悶々とした気持ちを募らせていた。
「奥様、少し落ち着かれては如何でしょうか」
「そうは言っても、せっかく母子だという事を公言で来たというのに、会う事が出来ないなんておかしいじゃないの」
「そうは言われましても、奥様にも達也君にもお立場がありますし、まして達也君はまだ学生ですので」
何時もの葉山とは違う愚痴相手に、真夜は苦笑いを浮かべそちらに視線を向ける。
「貴女だって、もっと頻繁にたっくんに会いたいんじゃないの?」
「私は、達也君が正式に四葉家当主の座に就かれたらお側にお仕えする事が決まっていますので。奥様だって、達也君に当主の座を譲ったら同居するおつもりなのですよね」
「幼少期に出来なかった母子のコミュニケーションを取り戻すためにも、同居は当然だと思うのだけど? 姉さんにたっくんを取られて、しかも冷遇するなんて……たっくんがどれだけ魅力的なのか分かってなかったのかしら」
「深夜様は達也君に対する愛情を失ってしまいましたから、奥様にはそう見えていたのかもしれませんが、所々で達也君の事を誇らしげに思っているご様子は見て取れました」
「本当に? それは貴女だから分かるくらいの微かな反応だったのではないの、穂波さん」
「どうでしょうね。深夜様と双子である奥様にも分かったのではないかと思いますが、長年会う事のなかったお二人の間に、世間一般の双子の常識が通用するかどうか」
空になった真夜のカップに葉山直伝のハーブティーを注ぎ、苦笑いを浮かべながら深夜の気持ちを真夜に伝える穂波。注がれたハーブティーを一口啜りながら、真夜は疑わしげな目を穂波へ向けた。
「姉さんが余計な事を言ったから、たっくんを軽んじる従者が増え、未だにその習慣が抜けきらないのよ? 本当に誇らしげに思ってたと言えるのかしら?」
「奥様のご子息であるという事を隠すためにも、また達也君の実力を隠すためにも、四葉家内では達也君の事を下に思わせる必要がある、前にそうお聞きしましたが」
「その通りではあるのだけど、真の実力が解放されてなお、たっくんの事を下に見る人たちがいるのが気に入らないのよね」
「達也君自身が、別に気にしないと公言してしまった以上、そう簡単に改めさせるのは難しいと思いますが」
達也は、次期当主に指名された慶春会の席で、自分に対する態度を急に改める必要は無い。当分は今までの態度でも指摘する事はしないと分家当主、及び従者に告げているので、達也本人がとやかく言うことは無い。だが、真夜をはじめ、深雪や亜夜子、夕歌など面白く思っていない人間は確かに存在するのだ。
「いっそのこと、当主命令で態度を改めさせようかしら」
「ですが、そんなことをしたら達也君が奥様を事を白い目で見てくる可能性が――」
「止めましょう!」
「それが賢明だと思います」
穂波が少し脅したような事を言うと、真夜はあっという間に考えを改めた。それだけ達也が大事なのだと理解しての脅しだったので、穂波も笑顔で真夜の考えを支持した。
「でも、青木さんのような人がたっくんを見下してるのは気に入らないのよね……」
「まぁ、青木さんも達也君が正式な当主になられたら態度を改めるのではないでしょうか」
「そんなこと無さそうなのよね……いっそのこと、FLTに出向させちゃおうかしら」
「ですが、結局は達也君と関係する事になるのでは?」
「大丈夫、役職だけで大したことも出来ない男の側付きにさせるだけだから」
現状として、達也が保有しているFLTの株は龍郎名義になっているが、高校を卒業と同時に達也名義に変更されることが決まっている。そうなればいくら重役とはいえ、最大株主となる達也を軽んじる事は出来ない。ましてや達也が籍を置く第三課は、FLTの利益の三割を占めるシルバーモデルの生産担当、もっと言えば達也=シルバーなので、ますます軽んじる事が出来なくなるのだ。その龍郎の側付きにするという事はつまり、達也を軽んじた事を言えば即クビにするという事と同義であると穂波は考え、真夜の黒い考えに苦笑いを浮かべた。
「あの人もそれなりに頑張っているのではありませんか?」
「そんな事ないわよ。たっくんの保有している株を預かってるだけのお飾りなんだから。姉さんが亡くなったらさっさと愛人と再婚して、深雪さんに軽蔑されてる魔法力だけの男、それが龍郎さんよ」
「まぁ否定はしませんが」
穂波も龍郎にあまり良い感情を抱いていないので、真夜の言い分には同感出来る部分が多い。だが表立ってそれを穂波が言うと、立場的にマズいものがあるので堂々とは言えないのである。
「ところで穂波さん、今日は確か魔法協会関東支部に出かける用事があったわね」
「そうですね。達也君も来られると葉山さんが仰られておりましたが」
「それじゃあ、目一杯おめかししなきゃね。穂波さん、お願い出来るかしら?」
「私よりも、担当の方にお任せした方がよろしいのではないでしょうか?」
「そんなこと言っても、たっくんの好みを一番知っているのは貴女でしょう? たっくんの側で過ごしていた時期もあるんだし、たっくんの初恋の相手なんだから」
「今では愛人候補でしかありませんがね」
出生の問題で、穂波は婚約者として相応しくないと判断されてしまったのだ。新発田家の勝成と調整体の堤琴鳴の関係は前々から公然の秘密ではあったし、本家当主ではないという事で容認されたが、達也と穂波の関係はそうはいかなかった。次期四葉本家の当主として、調整体を迎え入れるのは避けるべきだとの声に従い、穂波は立候補すらしなかったのだ。
「まぁ、穂波さんがOKなら水波ちゃんも立候補したでしょうからね」
「あの子も達也君のお側に仕えるだけで満足だと思っているでしょうけどね」
「どうかしら? たっくんと一緒に生活して、側にいられるだけで満足だと思えるとは思えないけど」
「あの子は深雪さんに仕えているわけですから、達也君に手を出そうとしたら深雪さんにお仕置きされてしまいますよ」
「深雪さんは嫉妬深いものね。私に似て」
血縁である以上、調整体とはいえどこかしら似ている部分は存在する。深雪が真夜に似たのは、嫉妬深いところだと真夜は思っているし、周りからもそのように思われている。
「とにかく、穂波さんもご一緒するのだから、今日の所は穂波さんにお願いするわ」
「かしこまりました。この桜井穂波、奥様のお化粧を担当させていただきます」
穂波の返事に、真夜は満足そうに頷き衣裳部屋へと穂波と共に移動するのだった。
おろおろする真夜さん可愛いな……