国立魔法大学付属第一高等学校入学式当日、緊張と興奮が綯い交ぜになりながらも誰もが気持ちを同じくして入学式に望む――
「やっぱり納得出来ません!」
――訳では無さそうだった。
校門を少し過ぎた辺りで少女の声が響き渡った。周りに居た他の生徒たちは、遠巻きにその声がした方向を見ている。
「如何してお兄様が補欠なのですか!! 入試の成績だってトップだったじゃありませんか!!」
「まだ言ってるのか……」
周りの人間からしてみれば初めての光景だが、司波兄妹からしてみれば、このやり取りは既に両手の指では数え切れないくらいしてきたやり取りなのだ。
だから達也は冷めているし、深雪も普段以上に苛烈になる事は無いのだが……
「何度だって言いますよ! お兄様が補欠なのはおかしいのです!!」
深雪は自分よりも達也の方が優れていると思っているので、何度だって熱くなるし、何度だって同じ事を言う。
達也にもそれが分かっているのだが、こうなった妹を宥めるのは達也だって容易では無いのだ。
「新入生総代は、私ではなくお兄様がするべきなのです!」
「あのな深雪、此処は魔法科高校、ペーパーテストの成績より魔法技能が優先されるのは当然だ。俺の技能からすれば補欠でも下の方から数えた方が早いだろうからな」
達也のこれは謙遜では無く本音だ。『普通』の魔法科高校での試験では、達也が得意としている魔法を見せる事も出来ないし、そもそも評価対象にはならないのだ。
「そんな事言って! お兄様に勉学や体術で勝てる人間などおりません!」
深雪のこれも過大評価では無く、高校生レベルで達也に勉学でも体術でも勝てる人間などそうそう居ないだろう。
だが次の言葉は達也にとって看過出来るものでは無かった。
「本当なら魔法だって――」
「深雪!!」
突如声を荒げた達也に、深雪はハッと息を飲み、傍観してた生徒たちはビクついた。それだけ達也の声には迫力があったし、それまでの言い聞かせるような口調からは考えられないほどの圧力が達也の声には含まれていたからだ。
何故達也が声を荒げたか、本当の意味で理解出来たのは深雪だけなのだが、周りの生徒は深雪と達也が兄妹だとは思って無いので聞き分けの無い彼女に彼氏が怒ったと思ったのだった。
「あのな深雪、それは言っても仕方の無い事なんだ。お前にだって分かっているのだろ?」
そう言って達也は自分の左胸の辺りを指差す。その指で今度は深雪の左胸の辺りを指差した。
深雪の制服には八枚花弁のエンブレムがあしらわれているが、達也にはそのエンブレムが無い。
第一高校では一科生と二科生の区別をつける為に制服に違いがあるのだ。達也にはエンブレムが無いと言う事は、達也の言う通り彼は二科生なのだろう。
「も、申し訳ありません……お兄様」
「謝る必要は無い。お前は何時も俺の代わりに怒ってくれる。それだけで俺は救われてるんだ」
「嘘です……」
喧嘩していたように見えた2人が、うって変わって甘々な雰囲気を醸し出し始めたので、周りにいた野次馬たちはすごすごと退散した。この甘々な雰囲気に耐えられる猛者もそう居ないのだ。
「お兄様は何時も私を叱ってばかりです……深雪は駄目な妹です」
「嘘じゃないって。それにお前が俺の事を考えてくれているように、俺はお前の事を思ってるんだよ」
「………」
突如訪れた間。達也は別におかしな事を言ったつもりは無かったのに、深雪が固まってしまったのに多少疑問を持った。だが寸でのところで首を傾げるまではしなかった。
「そんな……お兄様……」
動きを取り戻したと思ったら、深雪の頬はもの凄い勢いで赤くなっていく……達也はますます首を傾げたくなった。
「私の事を想ってくれてるなんて」
「?」
達也が使ったのは『思っている』なのだが、深雪の中で『想っている』に誤変換されているようだった。
だが達也にはその事は分からないし、ニュアンスが致命的に違ってるとしか思わなかったのだ。
そんな事よりも達也には片付けておきたい問題があったからでもある。
「深雪」
「はい」
「例えお前が答辞を辞退したとしても、俺が代わりに選ばれる事は無い。そんな事をすればお前の評価が下がるだけだ。賢いお前なら分かるだろ?」
達也は二科生であって、新入生であったとしても代表に選ばれる事は万に一つでもありえないのだ。その事は深雪にも分かっている。
だから深雪はその事を指摘されて非常に困ったのだ。だが……
「それにな深雪、俺は楽しみなんだ」
この達也の言葉には深雪も首を傾げた。この兄がいったい何を楽しみしているのか、深雪には皆目検討が付かなかったのだ。
「可愛い妹の晴れ姿をこの駄目兄貴に見せてくれないか?」
後ろから抱きしめられるような格好で耳元でささやかれた深雪は、先ほどとは比べ物にならないくらい顔を赤らめた。
だが達也のセリフの中に、深雪には受け入れられないフレーズがあった。
「お兄様は『駄目兄貴』ではありません! 深雪の自慢のお兄様です!」
達也の事を悪く言う相手を、深雪は絶対に許せないのだ。それが例え兄自身であってもだ。
「ですが、お兄様がそこまで言うのであれば分かりました。深雪の姿しっかりと見ていてくださいね」
「あぁ見させてもらうよ。さぁ行っておいで、そろそろ打ち合わせの時間だろ?」
「はい! 行って参りますお兄様! ちゃんと見ていてくださいね!」
「ちゃんと見てるさ。何があろうとな」
新入生総代のお供を終え、達也はこの後入学式まで如何やって時間を潰すかを考えながら校舎を見上げる。
これから3年間‘何事も無ければ’この学び舎で生活するのかと、改めて思ったのだった。
アレンジ加えるのは難しいですね……