今日も遥に誘われて街に繰り出した怜美は、遥の愚痴に付き合っていた。
「駄目ですね……どこを探しても見つかりっこありませんよ……」
「必死になって探すのは良いですけど、ちゃんと仕事してくださいよ……カウンセリングルームに人がいないからって、保健室に相談にくる子がいるんですから」
「仕事よりも今はこっちの方が大事なんです! そもそも、春休みにまでカウンセリングルームに来るくらいなら、ちゃんとした病院でカウンセリングを受診した方が良いわよ」
「まぁ、学校なら無料ですから、こっちに来たがる子の気持ちも分かりますけどね」
仕事そっちのけで真夜を探しているわけではなく、公安の上司を使って四葉真夜を探す仕事を手に入れたのだ。名目は兎も角、四葉真夜の所在を知ることは公安にもプラスに働く面もあるので、意外な事に上手く行ったと遥はほくそ笑んだのだが、結果が伴わなければ意味はないのだ。
「司波君に聞いても教えてくれないし」
「自力で探してくれと言っていたものね。教えちゃったら自力にならないし」
「それはそうですけど……ヒントくらいくれてもいいと思いません?」
「自力で見つけたからこそ、考えるに値すると思われてるのではないでしょうか」
実際達也がそのように考えているのかは分からないが、怜美の言い分にある程度の説得力があったのか、遥はガックリとテーブルに頭をぶつけた。
「だ、大丈夫ですか?」
「安宿先生だって、司波君の婚約者になりたいんじゃないんですか?」
「それは、そうですけど……でも、私には小野先生みたいに諜報活動に秀でた才能は無いですし、小野先生でも探し出せない四葉真夜さんを、私が見つけられるとも思えませんし……」
「師匠に相談してみようかしら」
「師匠?」
「私の隠形の師匠で、忍術使いの九重八雲先生、名前くらいは聞いたことありますよね?」
「それはもちろん。九重八雲さんは有名ですから」
一般的にも名が知られている八雲ではあるが、一高の関係者にとってその名前はもっと別の意味で有名なのだ。
「司波君の体術の先生ですよね」
「そうそう。司波君の方が先に教えてもらってるし、私は彼ほどがっつり教わってるわけじゃないけど、彼の方が兄弟子なのよね」
「そう言えば司波君って、人の気配とかを掴むのにも長けているって噂だったけど、九重先生に師事してるからなのかしら」
「それは違うっぽいのよね……先生曰く『彼は僕たちとは違う眼を持っている』らしいんだけど、意味は良く分からなかったわ」
「違う眼……七草真由美さんのような視覚系魔法を使ってるって事なのかしら」
ひとしきり悩んだが、答えが出なかったので、遥と怜美はその事も含めて八雲に聞きに行くことにしたのだった。
夜の帳が完全に降りたとはいえ、九重寺では八雲の弟子たちが忙しなく働いている。山門に近づくと何もなかった空間から修行僧が現れ、遥の姿を確認して中へ案内してくれた。
「小野先生、なんだか不思議な感じがするのですが」
「忍びの寺ですからね。気を抜くと帰れなくなっちゃいますよ」
遥の冗談に、前を歩く修行僧は内心笑っていた。別にこの寺は複雑に入り組んでるわけではないので、帰れなくなるという事はほぼ無い。もちろん、何か悪さをして八雲に術を掛けられたなら、そうなる可能性もなくはないのだが。
「おや、遥くんじゃないか。こんな夜更けにどうかしたのかい?」
「白々しいですよ、先生。私が来てた事なんてとっくにご存じのはずでしょうに」
怜美が目の前に現れた坊主を九重八雲だと認識したのは、遥が彼の事を先生と呼んでからだった。
「おや? そちらの方は?」
「同僚で同志の安宿怜美さんです。先生、少しご相談があるのですが」
「僕に出来るかどうか分からないけど、一応言ってごらん?」
「まず一つ目、四葉真夜さんの所在をご存じありませんか?」
「ふむ……そんなことを聞いてどうするんだい? 四葉家は秘密主義だから、必要以上に近づくと文字通り消されてしまう可能性だってあるんだよ」
「司波君の婚約者になる権利を手に入れる為です」
「達也くんの? それはそれは」
実に楽しそうに笑う八雲とは対照的に、遥の表情は真剣そのものだった。それにつられたのかは分からないが、怜美の表情も真剣味を帯びていた。
「どうやら生半可な覚悟ではなさそうだね」
「当然です」
「しかしねぇ……さすがの僕も、四葉家のご当主の現在地は分からないよ。いるとすれば四葉本家か、魔法協会関東支部のVIPルームだと思うんだけど、それ以外の場所にいる場合は残念ながら心当たりはないよ」
「それだけでも十分な情報です」
「なら良かった。それで、まだ何か聞きたい事があるんじゃないのかい?」
「先生は前に、司波君は私たちと違う眼を持っていると仰られましたが、あれはどういう意味なのでしょうか?」
遥の質問に、八雲は渋い表情を浮かべ首を横に振った。
「それは僕の口からは教えられないね。四葉家のご当主を見つけられた暁に、達也くん本人に聞いてみるといいよ」
「そうですか……夜分遅くに申し訳ありませんでした」
「気にしなくていいよ。綺麗な女性が夜半に訪ねて来るなんて貴重な経験をさせてくれたお礼さ。君、出口まで案内してさしあげて」
「……相変わらずの生臭坊主っぷりですね、師匠」
「これくらいはいいんだよ」
飄々とした笑みで二人を見送り、八雲の姿は闇の中へと消えていった。怜美はその事に驚いたが、遥は当たり前のようにそれを見て、弟子に出口まで案内してもらったのだった。
後で叱られそうですがね……