劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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遅々としか進まない……


トーラス・シルバーの正体

 フォア・リーブス・テクノロジー、略称FLTのCAD開発センターは達也たちの住まいから交通機関を乗り換えて二時間の辺鄙な場所にある。実は電動二輪を使えば半分の時間で着くのだが、生憎天気が悪い為二人乗りは避けたのだ。通いなれている達也だが、逆に言えば通いなれているからこそ、長距離の移動は面倒でしか無いのだ。

 

「深雪?」

 

「はい、なんでしょうお兄様?」

 

「……いや、何でも無い」

 

「はい……?」

 

 

 達也が途中で言い淀んだのを不思議に思いながらも、深雪は再び上機嫌に戻った。達也が聞こうとしたのは、悪天候にも関わらず、しかも長距離の移動をしたのに何故上機嫌なのかだったのだが、変な質問だったし機嫌が良いのなら別段気にする必要は無いと途中で判断したからだ。

 

「あっ、御曹司!」

 

 

 研究施設の中の一室に達也と深雪が入室すると、それに気付いた研究員が群がってくる。非常に珍しい事だが、此処では深雪では無く達也が歓迎されるのだ。

 御曹司と言う呼び方も、初めは重役の息子だからと言う嫌味で使われていた言葉なのだが、何時しか次期リーダーを期待しての呼び方に変っていた。皆が好意でそう呼んでくれているのを達也も分かっているので、迂闊に「やめてくれ」とは言えない状態になってしまっているのである。

 

「お邪魔します。牛山主任はどちらに?」

 

 

 深雪が自分が褒められている時以上に喜んで、上機嫌の微笑を振りまいて研究員たちの余所見を誘発してるのに若干呆れながらも、達也は目的の人物の所在を初めに話しかけてきた研究員に尋ねた。

 

「お呼びですかい、ミスター」

 

「スミマセン主任、お忙しいところに」

 

「ダメダメ! 此処に居る私たち全員はアンタの手下だ。手下に謙りすぎちゃ示しが付きませんぜ」

 

「皆さんは親父に雇われてるのであって、俺の部下と言う訳では……」

 

「何を仰る。天下のミスター・シルバーともあろうお方が。俺たちはアンタの下で働けるのを光栄に思ってますよ」

 

「それを言うなら、名実共に此処のトップはミスター・トーラス、貴方じゃないですか」

 

 

 FLTCAD開発第三課、此処は世に言う「シルバーモデル」の開発部署だ。そして一切の情報が非公開の謎の天才技術者の正体を知っている人間が揃っている場所でもある。

 

「やめて下さいよ。俺は「ミスター」や「トーラス」なんて柄じゃねぇんですから。アンタの天才的なアイディアを実現する為に、ほんのちょっと手伝っただけなんですから。御曹司が未成年って事で単独の開発権利者だとマズイって事で仕方なく名前を連ねてるだけでさぁ」

 

「牛山さんの技術力がなきゃループ・キャストは実現しませんでしたよ。俺にはあの考え方は出来ませんでしたからね。牛山さんに比べれば俺にはハードの知識も技術も劣ってますし、製品化出来なければ技術も理論も役に立ちませんよ」

 

 

 達也の謙遜とも取れる言葉に、牛山はむず痒そうに頭を掻いて降参を示した。

 

「止め止め! 如何やっても口では御曹司には勝てねぇ。それで、今日は何しに来たんです? まさか俺たちの顔を見に来たってこたぁ無いでしょ?」

 

 

 第三課で働く研究員の殆どが男性。同姓の達也が好んでくるような場所では無い事は牛山も分かっている。しかし数人居る女性研究員は達也の事を尊敬以上の感情の篭った目で見ている事も知っている。

 

「オーケー牛山さん、今日はこれです」

 

 

 もちろん達也も女性研究員の視線には気付いているのだが、その事を話題にしようとはしない。

 

「これはもしや……飛行術式ですかい?」

 

「牛山さんが改良してくれたおかげで、簡単にシステムの書き換えが出来ましたよ」

 

 

 元々は達也が組み立てた試作用ハードを牛山がより高度に改良したものが、牛山に渡された意味を、達也を手伝っている第三課の全員が理解した。

 

「それで、テストは……」

 

「何時ものように俺と深雪で。ですが俺たちは普通の魔法師とは言えませんから」

 

 

 息を呑む音が部屋中から聞こえた。それだけ三大難問の一つが覆されたと言う事実は大きな意味を持つのだ。

 

「おいテツ、T-7型の手持ちは幾つだ?」

 

「十機です」

 

「馬鹿野郎! 何で補充しとかねぇんだよ! 部品の発注なんて後回しだ! あるだけ全部に御曹司のシステムをフルコピーしろ! ヒロ、テスターを全員呼べ! 何? 休みだぁ? そんなの関係ねぇ! すぐに呼び寄せろ! 分かってんのか? 飛行術式だぞ! 現代魔法の歴史が変るんだ!」

 

 

 急に慌しくなった研究室でただ一人、深雪だけが変らぬ笑顔で佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスターによるテストは予定時間を大幅に越えて行われた。実験が上手く行かなかった訳では無い。九人のテスターが希望して有線ケーブルから無線に切り替え、更には空中鬼ごっこを始めてしまったのだ。

 

「お前ら全員阿呆だろ。常駐型魔法がそんな長時間使える訳ないだろ」

 

 

 魔法力が尽きるまでテストを続けたのだが、幸いにして後遺症が残るような事態にはならなかったのだ。

 

「馬鹿やったツケは自分で払えよ。超勤手当てなんて出さねぇからな」

 

 

 テスターからブゥブゥと文句が垂れているのを完全無視して、牛山は達也に話しかけた。

 

「何か気になる事でもあるんですかい?」

 

 

 達也の表情から、牛山は達也が結果に満足してない事に気がついた。

 

「欲を言えばきりが無いのですが、今のままでは負担が大きすぎますね」

 

「そりゃ、普通の魔法師の保有する想子なんぞ、御曹司やお嬢様と比べれば微々たるものですからね」

 

「CADの想子自動吸引スキームをもっと効率化しなくては……」

 

「ソフトでは無くハードで処理すりゃ少しは負担も減るでしょ。タイムレコーダーも専用回路をつけた方がいい」

 

「実は同じ事を提案しようと思ってました」

 

 

 ハードにおいて天才的な技術力を持つ牛山と同じ事を思いつく達也は、やはりハードにおいてもかなりの技術力を持っているのだろう。

 

「ところで、本部長にはお会いになりましたか?」

 

「いえ、本部長ともなると忙しいでしょうし……」

 

「実は今日いらっしゃっているのですが、連絡は入れたんですがね……」

 

 

 本部長と言うのは、達也と深雪の実の父親なのだが、二人共生物学上の父親としか思って居ないので、別段会いたい訳では無いのだ。

 

「いくら忙しくても決して研究部門を軽視してる訳では無いですよ」

 

「そりゃ分かってますよ。予算も以前の倍以上にしてもらいましたし、これも御曹司のおかげでさぁ」

 

 

 牛山を初め第三課の研究員が同時に頷き、達也に感謝の言葉を述べている中、達也は別の事を考えていた。

 

「(親父が居るのか、ニアミスだけはしたく無い)」

 

 

 達也には特に問題は無いが、父親に嫌悪感を抱いている深雪の為にも、出来れば会わずに帰りたいと思った達也だった。しかし、運命というものは実に皮肉なのだった……




漸く第三課まで来ました! でもまだ先が長い……

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