第一高校の校舎裏、普段はあまり人気のない場所だが、今日に限り数人の人影がその場にあった。
「あれ? ミキに美月じゃない。何してるの?」
「え、エリカちゃん!?」
「エリカの方こそ何でこんなところに……」
「あたしは部室に行く近道だから。それより、何でミキと美月が一緒にいるのかの方が気になるんだけど」
「ぼ、僕は見回りの途中で……」
「私は絵のモデルになりそうなものを探して……」
「こんな人気のない場所を見回り? 何もない場所で絵のモデルを探してる? ちょっと苦しい言い訳じゃない?」
ニタニタという表現がぴったりの笑みを浮かべながら二人に詰め寄るエリカとは対照的に、幹比古と美月は引き攣った笑みを浮かべながらエリカから距離を取ろうとゆっくり移動していく。
「エリカ、さっき達也を見かけたけど、君は会いに行かなくていいのかい?」
「そ、そうよエリカちゃん。ほのかさんや雫さんもいたし、もちろん深雪さんもいたからエリカちゃんも一緒にいた方が良いんじゃないかな?」
「へー、達也くんも来てるのね。後で会いに行かなきゃ」
話題を逸らせたとホッとしたのもつかの間、エリカはさらに人の悪そうな笑みを浮かべ二人に詰め寄ってきた。
「それとこれとは話は別よ。二人はこんな人気のない場所で何をしてたのかしら? もしかして、あたしお邪魔虫かしら?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「ほんとにー? 美月の顔が今まで見たことないくらい真っ赤なんだけど、それはどう説明するのかしら?」
「エリカがからかうからだろ!」
「別に二人が付き合ってても誰も驚かないわよ。それ以上に達也くんの方が目立ってるから、二人の事に興味を示す人は多くないわよ。それで、ミキが告白したの?」
「僕の名前は幹比古だ!」
ここにきてようやく何時ものツッコミを入れる余裕が出てきたようで、幹比古はエリカのからかいに対して強気に出る決心をした。
「そもそも、自分が浮かれてるからって、他人様の事にずけずけと介入するものじゃないだろ。僕は良いけど柴田さんに失礼だぞ」
「まだ美月の事苗字で呼んでるの? いい加減名前で呼べばいいのに」
「そ、そんなの僕の勝手だろ!」
「美月だって、ミキに名前で呼んでもらいたいよね?」
「ふぇ!? わ、私は別に……吉田君が呼びやすい方で構わないです……」
「美月ももっと強気に出なきゃ! そうじゃないと結婚するまで苗字で呼ばれることになるわよ?」
「けっ!?」
今でも十分赤かった美月の顔が、これ以上ないというくらい真っ赤に染まった。その反応はエリカも予想外のもので、さすがに罪悪感が湧いたようだった。
「ゴメンゴメン、そんな反応してくれるとは思ってなかったから……」
「もぅ、エリカちゃんったら……」
「エリカは自分が婚約したからって他の人がそう簡単に結婚なんて意識するわけないだろ。僕も柴田さんも、達也のように十師族というわけじゃないんだし」
「でも、あの吉田家の神童とまで呼ばれてるミキなんだから、お嫁さんは早い方が良いんじゃないの? お兄さんが継ぐにしても、ミキだって無関係ってわけじゃないんだしさ、あたしと違って」
「エリカは、千葉家に関わりたかったのかい?」
「べっつにー? あんな家関わりたくないわよ。クソオヤジに馬鹿兄貴、行き遅れババアにあんな女に引っ掛かる兄なんて、側にいなくて良くなるのが嬉しくてたまらないわよ」
「相変わらずの関係なんだね……」
「エリカちゃん、家族と上手く行ってないんだね」
「まぁ、所詮妾の子だからね」
強がりでなく、割と本気でそう思っているので、エリカの表情には強がっている様子は見られなかった。
「すっかり話題を変えられちゃったけど、告白は何処で? やっぱりミキからしたのよね?」
「だから、付き合ってないと言ってるだろ!」
「そんな力一杯否定しなくても……美月が可哀想よ?」
「あっ、いや……別に柴田さんの事が嫌いってわけじゃないけど」
「は、はい……」
「うーん……見てるこっちがじれったいから、いい加減付き合えばいいのに」
からかい過ぎたと思ったのか、これ以上の追撃は二人の関係に良くないと思ったのかはわからないが、エリカは自分から話題を変える事にした。
「ところで、ミキは達也くんを何処で見たの?」
「何処って……生徒会室にいたよ、普通に」
「それで深雪やほのかも一緒なのね。でも、雫は? 風紀委員なら見回りがあるんじゃないの?」
「北山さんは本部待機だから。恐らく直通階段を上がって生徒会室にいるんだと思うよ」
「本部待機じゃないじゃないのよ、それじゃあ……まぁいいわ。今日の所は見逃してあげるけど、風紀委員長が校内で不純異性交遊なんて洒落にならないからね」
「だから違うって言ってるだろ! 僕は見回りの途中で、柴田さんは絵のモデルを探してただけだって何度も言ってるだろ!」
「はいはい、そう言うことにしておいてあげるわよ」
「エリカちゃん……」
「美月も、泣きそうな顔しないの。ただでさえ垂れ目で泣きそうに見えるんだから」
「それとこれとは関係ないよぅ」
「あたしは、ミキや美月にも幸せになってほしいって思ってるだけで、決して楽しんでるわけじゃないんだから」
最後の言葉を信じて良いのか判断しかねたが、とりあえず解放された事を幹比古と美月は喜ぶことにした。
「じゃ、じゃあ僕もこれで……部活頑張ってね」
「はい、吉田くんも見回り頑張ってくださいね」
二人きりになり、急に恥ずかしくなったのか、幹比古と美月は早々に別れ、本来の目的の為に別々で行動するのだった。
からかうと面白そうですけどね