劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本当に生きてたらぶっちぎりなんですけどね……


IF生存ルート その1

 深雪や水波が家にいながら、特に何もせずにいるのは、ついこの前まではあり得ない光景だったが、ある人物がこの家にやってきたおかげで、二人の仕事はすべて彼女が担当する事になったのだ。それも、真夜からの命令なので逆らう事は出来ない。

 

「暇ね、水波ちゃん……」

 

「そうですね、深雪様」

 

 

 達也の世話は深雪の生き甲斐、それは水波も重々承知していたので、全てを自分でやってしまう事はしなかった。だが彼女には真夜の命令という、深雪でも逆らえないものを持ってきたので、水波が口を挿めることではなくなってしまったのだ。

 唯一の救いは、彼女が婚約者扱いではなく、愛人扱いであることであった。達也本人の気持ちは兎も角として、彼女には四葉家当主の婚約者になれる資格がないのだ。

 

「この際だから、水波ちゃんも愛人になれば?」

 

「私は深雪様のガーディアンとして、常にお側に仕えさせていただきますので、達也さまの側にいられるだけで幸せです。愛していただけなくとも、気にしていただけるだけで十分ですから」

 

「そう……でも、あの人には勝てないわね……他の婚約者の人でもきっと」

 

 

 視線が露骨だったのか、家事の手を止めて深雪と水波の側にやってきた。

 

「何かありましたか?」

 

「いえ、相変わらず見事な作業スピードだなと思いまして。お母様に仕えていただけありますね、穂波さん」

 

「本当なら、深夜様が亡くなられた後も側にいたかったんだけど、真夜様から一時的に四葉家に戻ってくるように言われてしまったからね。深雪さんには苦労させちゃったかしら」

 

「苦労だなんて……穂波さんのお陰でお兄様と普通に話す事が出来るようになったのですから」

 

「深雪様、呼び方が戻ってますよ」

 

「長年の癖だから、そう簡単に治せないのよ……それで穂波さん、達也様のお世話は大変ではありませんか? よろしければ私たちもお手伝いさせていただきますよ」

 

 

 穂波を気遣っているように見え、実際は自分たちが達也の世話をしたいのだとバレバレの言葉に、穂波は笑みを堪えながら首を横に振った。

 

「それには及ばないわよ。達也君の世話は大変じゃないし、私は深雪さんみたいに確かな絆があるわけじゃないから、せめて達也君のお世話くらいは私だけでしたいのよ」

 

「絆なんて……達也様は昔から穂波さんの事を――」

 

「達也君の気持ちは嬉しいけど、私は調整体。四葉家当主のお嫁さんには向かない身体だから」

 

「ですが、おば様でしたらそのような問題を超えて、達也さまの隣に立てるのではないでしょうか」

 

「真夜様はお認めくださるでしょうけども、今更追加の婚約者を発表したら、なら私もという人が後を絶たないでしょうしね。それに、達也君の初めての相手は私だから、今はそれだけで十分よ」

 

 

 達也と初めてキスしたのは、深雪でも夕歌でもなく穂波だ。生まれてすぐの達也の世話を任されていたので、その時にこっそりとしていたのだ。達也が成長していってからも、定期的にキスをしていたので、穂波は封印に使えないと真夜に判断されたのだ。

 

「穂波さんばかりズルいですよ。私だって達也様とキスしたいです」

 

「今は堂々と出来るんじゃない? 兄妹じゃなくって従兄妹なんだから、この部屋なら人目を気にする必要も無いし」

 

「達也様があまりしたがらないのです。私は、長年達也様の妹として過ごしてきましたし、達也様の中に残っているはっきりとした感情が、私を妹として認識していますから」

 

「それ、深夜様がそうしたって真夜様が言っておられたけど、本当なのかしらね」

 

「どういう事ですか?」

 

 

 達也は自分の事を妹ではなく従妹であると昔から知っていたはずなのに、自分の事を妹として認識してた事に疑問は感じていた。だがそれが長年一緒に過ごしてきたからなのだろうと、無理矢理自分を納得させていた深雪にとって、穂波の言葉に興味惹かれないわけがなかった。

 

「達也君は他人のエイドスも瞬時に読み取れるから、深雪さんが自分と同じ精子と卵子の結合で生まれた子ではないことはすぐに分かってしまう、それは真夜様も深夜様もご理解されていたの。だから、人造魔法師計画で達也君に精神干渉魔法をかけるついでに、深夜様は達也君の中にある認識を少し変えたの。もう一回やれと言われても出来なかったであろう奇跡の力で、達也君は深雪さんを妹として認識するようになったと」

 

「お母様……なんて余計な事を……それが無ければ、今頃私と達也様は毎日のよう――」

 

「み、深雪様!? 淑女が見せてはいけないような顔になっております」

 

「あらあら、深雪さんもお年頃なのね」

 

 

 慌てふためく水波をよそに、穂波は楽しそうに深雪を眺めている。

 

「とりあえず私は、残ってる家事を片付けるから、深雪さんの事は水波ちゃんにお任せするわね」

 

「そ、そんなこと言われましても……私では深雪様を現実に引き戻す事など出来ません」

 

「簡単よ。深雪さんの耳元でね……」

 

「わ、分かりました。やってみます……」

 

 

 穂波が家事に戻っていったのを確認して、水波は穂波から授かった技で深雪を現実に引き戻す事にした。

 

「ぼやぼやしていると、他の方に達也さまを取られてしまいますよ」

 

「そんなこと認めない! ……あれ? 水波ちゃん、穂波さんは?」

 

「おば様なら家事が残っていると戻られました。深雪様、そろそろ達也さまがお戻りになられる時間ですので」

 

「そうね。ところで、水波ちゃん」

 

「なんでしょうか?」

 

「さっき何か言わなかった?」

 

「いえ、なにも」

 

 

 足が震えだしそうなのを必死ににこらえながら、水波は深雪と共に玄関へ向かうのだった。




深雪が壊れた……

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