劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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司波兄妹しか出ません。多分次回も……


イタズラ×イタズラ

 深雪が優等生なのは、何も生来の才能だけではない。日々の努力の積み重ねがあって今の成績を保っているのだ。兄の世話をしながらも、夜遅くまでしっかりと勉強をしたりしているのだ。

 ふとお茶を飲もうと思った深雪は、どうせならもう一度兄のあの笑顔を見たいと思って散々苦労して手に入れた紅茶を淹れ、もう一度本物の笑顔を見てから寝ようと考えた。そして頭でも撫でてもらえれば最早言う事は無い。

 紅茶を淹れにキッチンに向かおうとしたが、姿見の前で立ち止まり少し考える。そして何やらイタズラを思いついたような笑みを浮かべ小さく頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅茶を淹れ達也の部屋までやって来た深雪は、達也がどんな反応を見せてくれるのか楽しみでしょうがないような顔をしていた。

 

「お兄様、深雪です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

「丁度良かった。入って」

 

 

 この時間にお茶やコーヒーを持ってくるのは、最早日課とも言えるべき事なので達也がこの時間に深雪が部屋を訪ねてきてもなんら不思議だとは思わないだろう。だが何時もと違ったのは、普段ならすまなそうに招き入れるのに対して、今日は待っていたかの口ぶりだったのが深雪にはきにかかった。しかしそんな瑣末事で達也を待たせるなんて深雪には出来ない。

 

「失礼します」

 

「丁度呼びにいこうかと――」

 

 

 ――思っていたとは続けられなかった。

 椅子に座ったままの達也にイタズラっぽい笑みを浮かべながらも達也が自分の事を凝視してくれてる事に満足感を覚え、深雪は片手でトレーを持って空いているもう片方の手でスカートの裾をちょこんとつまみ、外連味たっぷりに膝を折って一礼した。

 

「………ああ、フェアリー・ダンスのコスチュームか」

 

「正解です。よくお分かりですねお兄様」

 

 

 いくら室内とは言え、深雪がしているような格好が普段着だとは達也も思わないだろう。短くない沈黙は何故深雪がこのような格好をしているのかに辿り着くまで時間を要したからだった。

 深雪がしている格好は、九校戦の花形競技ミラージ・バット、別名フェアリー・ダンスのコスチュームに違いなかった。

 

「如何ですか? お兄様」

 

 

 サイドテーブルにトレーを置きニッコリと笑いクルリと回って見せる深雪。誰が見てもイタズラしてると分かる笑みに、達也は少し苦笑い気味だったが笑ってくれた。

 

「とても可愛いよ。本当によく似合ってる。それにジャストタイミングだ」

 

 

 正面を向いたところでターンを止め、両手でスカートの裾をつまんで膝を折る深雪を、達也は手放しで賞賛した。とても実妹相手にするような反応では無いのだが、この兄妹では普通のやり取りだった。

 

「ありがとうございます……?」

 

 

 深雪の中でも達也が褒めてくれるのは決定事項だったので用意しておいた返事をしたのだが、ジャストタイミングと言う言葉に引っかかりを覚えて疑問形になってしまった。何故そんな事を言ったのか確認しようと、深雪は座ったままの達也を見上げる。そこで強烈な違和感を感じた。

 いくら達也と深雪に身長差があるとは言え、座ったままの達也を見上げるほど深雪も背が低い訳では無い。慌てて深雪は目線を下ろし、深雪は息を呑んだ。

 そこにはあるべきものが――椅子が無かったのだ。空中で脚を組み肘をついて身を乗り出すような体勢で……空中に座っていたのだった。

 

「深雪にもこのデバイスのテストを頼みたかったんだ」

 

 

 達也はそのままの体勢で空中を滑るように移動し、深雪に手が届く距離まで進んだ。そして身体を起こし脚を解き椅子から立ち上がるような動作で床の上に足を下ろした。そうする事で達也の身体は自然に床の上に復帰した。

 

「……飛行術式……常駐型重力制御魔法が完成したんですね!」

 

 

 深雪は抱きつかんばかりの勢いで達也の手を取り歓声を上げた。

 

「おめでとうございますお兄様!」

 

 

 それは達也がずっと研究していた魔法だった。可能性の段階では実現可能とされていた魔法だったが、公式に発表されている限り今日まで実現されてなかった魔法。今日の昼休みにも生徒会室で話題になった飛行術式は理論的には実現可能とされていたが、実行は不可能に近いと言うのが現代魔法のコンセンサスだった。 

 しかしその現代魔法の定説は、深雪の目の前でまた一つ覆された。

 

「お兄様はまたしても不可能を可能にされました! 私はこの歴史的快挙の証人になれた事を、この快挙を成し遂げたお兄様の妹である事を誇りに思います!」

 

 

 抱きつくのをギリギリで我慢して両手で達也の手を掴んでいる深雪の手を、空いているもう一つの手で優しく包み込んだ達也。

 

「ありがとう深雪。空を飛ぶ事自体が目的では無かったし、古式魔法では既に実現している飛行魔法だが、これでまた一歩目標に近づく事が出来た」

 

 

 深雪の賛辞に謙遜した態度を示した達也だったが、それが単なる照れ隠しなのかそれとも本当に謙遜してるのかは誰にも分からない。この場に居る深雪以外には……

 

「古式魔法の飛行術式など、少数の魔法師にしか使えない属人的な異能ではありませんか。お兄様のお作りになった飛行術式は、論理的に必要な魔法力を満たしていれば誰にでも使えるのでしょう?」

 

 

 たとえ兄自身が謙遜していても、深雪には達也が快挙を成し遂げた事には変わり無いのだ。興奮気味なのも仕方ないのだろう。達也はまるで自分が快挙を成し遂げたように興奮している深雪の頭を優しく撫でながら深雪の質問に答える。

 

「一応そう言う風に作ったつもりだ。今度の休みには研究所に持っていってテストをするつもりだが、その前に深雪にもテストしてほしいんだ」

 

 

 達也に頼まれて、深雪が断るはずも無い。

 

「喜んで!」

 

 

 深雪は目を輝かせながら頷き、達也から飛行術式がインストールされているCADを受け取ったのだった。




深雪がお茶を飲む=達也にお茶を淹れるだと思ってください

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