将輝からの誘いを受けた深雪ではあったが、内心は断りたい気持ちでいっぱいだった。だが、これ以上しつこく付き纏われるのも困るので、一度だけ一緒に出掛けて諦めさせた方がお互いに納得出来るのではないかと考えての決断だった。
「水波ちゃん、悪いんだけど明日一日付き合ってもらえるかしら」
「もちろん、お付き合いいたします。私は深雪様の護衛ですので、そんな恐縮しないでいただきたいです」
「護衛ってタツヤじゃないのね」
USNA軍から身を隠す為にこの家に滞在しているリーナが、なんとなくそのような事を尋ねる。彼女はまだ四葉家の闇を知らないので、水波も『ガーディアン』という単語を避けたのだった。
「一条はデートのつもりで誘ってるのに、俺がついて行ったら問題だろ? 諦めが付くどころか、余計な遺恨を残しかねない」
「そもそもお兄様は四葉家の次期当主なのですから、私の護衛など頼めませんよ」
普段から特殊な眼で見守ってもらっているのだが、リーナにその事を教える必要は無いと深雪は判断し、表向きの理由で納得させることにしたのだった。
「深雪お姉さま、そのまま一条さんの彼女になられても構いませんわよ」
「そうね。ミユキが争いから脱落してくれれば、ワタシたちは嬉しいもの」
「そんな事、天地がひっくり返ってもありえないから安心して。私がお兄様以外の男性に靡くなど、USNA軍が日本に頭を下げるくらいありえないもの」
「その可能性はほぼゼロね……一条のプリンスも可哀想に」
将輝に同情したリーナだったが、表情は笑っている。つまり本気で可哀想とは思っていないのだろう。
「水波」
「はい、達也様」
「明日使用した料金はこちらで出すから」
「いえ、それくらい私の稼ぎでも賄えますので」
「くだらない事に付き合わせる礼だと思ってくれ。本当なら一条に請求したいところだが、アイツが払うとも思えないからな」
達也の言葉に躊躇いを見せる水波ではあったが、最終的には達也の好意に甘える事にしたのだった。
「では達也様、しっかりと領収書を貰ってきます」
「ああ」
「達也兄さん。僕たちもどこかに出かけませんか?」
深雪たちの予定が決定したところで、文弥がそのように切り出す。今まで黙っていた分、彼の声は周りを驚かせる威力を発揮した。
「出かけると言っても、何処に行くんだ?」
「達也兄さんが普段行動してる範囲で、僕たちが興味をそそられるような場所はありませんか?」
「普段行動してる範囲か……」
改めて自分の行動範囲を思い返すと、高校生らしい場所にはあまり行っていないと達也は再認識したのだった。
「悪いが、文弥たちが興味をそそられるような場所に心当たりは無いな。精々、開発第三課くらいだ」
「そうですか……」
「明日は亜夜子も文弥も自由にしていいぞ」
「ですが達也さん、私たちは深雪お姉さまの護衛として――」
「明日は水波が担当してくれるから気にするな。お前たちも少しくらい遊んでも構わないと、俺は思うがな」
年相応な場所に遊びに行ける機会などそうそうない二人は、少しだけ考えてから達也の言葉に甘える事にしたのだった。
待ち合わせの場所に、将輝は一時間以上早く来ていた。普段でも十分以上前には待ち合わせ場所に着くように行動している将輝ではあるが、これはさすがに早すぎだと自分でも分かっていた。
「(落ち着け、何時も通りに行動すれば何も問題は無いはずだ)」
彼はまだ、深雪が達也の婚約者に正式決定した事を知らない。だから、一縷の望みがあると思っているのだった。
「(司波さんだって、誘いを受けたと言う事は、少なくとも俺の事を意識してくれているはずだ)」
深雪が将輝の誘いを受けたのは、彼を意識していない事を分からせる為なのだが、将輝の中にそのような考えは無かった。
「(とりあえず何処かで時間を潰さなければ)」
一時間以上時間が余っている為、将輝は手近なカフェにでも入ろうと思ったが、土地勘が無いためどの店が良いのかが分からなかった。
「あれ? 一条君じゃない」
「えっ?」
背中から声を掛けられ、将輝は声の主を確認するために振り返る。そこには見覚えのある集団が立っていた。
「何してるの?」
「もしかして待ち合わせ? 一条君の事だから、深雪を誘ったんじゃない?」
「でもエリカ、深雪は達也さんの」
「ひょっとして略奪愛!? 一条さんもやりますね」
「千葉さん、北山さん、光井さん……」
会いたくない面子だなと将輝は思ったが、知り合いを無視出来るほど彼は器用ではなかった。三人にこの辺りで一番いいカフェを聞くと、案内すると言って連行された。
「エリカ、なんかご機嫌だね」
「そう見える? ウチのバカ兄貴のお陰で、あたしに都合がいい感じに事が運びそうなのよね」
「お兄さんって警察官の? 何かあったの?」
「いや、何かあったというか、何もなかったというか」
エリカたちの話を半分聞き流しながら、将輝は時計を見ていた。これからデートだというのに、他の女子と和気藹々などしていられないと考えているのだろうと、エリカたちはそう思っていた。
「すまない、そろそろ時間だから俺は先に失礼する」
「頑張ってね」
「……何を?」
エリカのエールにどう反応すればよいのか分からなかった将輝は、戸惑いを見せたが結局は答えてもらえなかったので気にせず店を出て行った。
「これが達也くんなら私たちの分も払って行ってくれるんだけどね」
「達也さんと他の同学年の男子を比べちゃダメだと思う」
「それに、一条さんの頭の中は深雪でいっぱいだからね。私たちの事なんて気にする余裕が無かったんじゃないかな」
「言えてる。おかしなことを考えてるのかもしれないわね」
エリカの発言に、ほのかも雫も笑みを浮かべたのだった。
焦る将輝が容易に想像出来る……