ため息を一つ吐いて、深雪は達也に顔を向けた。
「お兄様、お聞きの通りです。光宣君はああいっていましたが、魔法の行使が過剰防衛になるかどうかはまだ微妙なところだと思われます」
「今回、罪にならなかったとしても、相当性の問題が残るだろうな。どの程度の危険に曝されれば、どの程度の魔法の行使が許されるのかという明確な基準が示される可能性は限りなく低いと思う。最悪の場合、実際に被害を受けなければ魔法による抵抗は許されないと言い出す裁判官が出て来るかもしれない」
「司波先輩、それはあまりにも無茶苦茶ではありませんか? もしそんな理屈がまかり通るなら、結局、魔法師には自己防衛の権利が無いという結論になってしまいます」
「魔法以外の手段で自衛すれば良いと言い出すかもしれない」
達也の悲観的な予測に、泉美が反論したが、雫が提示したこの仮説には、泉美も再反論は出来なかった。
「だがまぁ、今回は完全に反魔法主義者の方が悪だと判断されるだろう。拳法を身につけている人間が、無抵抗の相手を殴り重症を負わせたんだ。これでもし学生の方が悪いと判断するようなら……」
「お兄様、そこで言葉を区切るのは止めていただけませんか? 泉美ちゃんが震えています」
「べ、別に震えてなどいません! ですが、司波先輩の表情がとても冗談を言ってるようには見えなかったものですから……」
「自分たちだけで生活していると勘違いしてるような輩には、それこそ天罰が下っても良いと思うけどね」
「雫も過激な事言わないの! ですが、私も達也さんの考えに同意します。複数の箇所の骨を折ってるのに、魔法を使われたというだけで被害者面をするような人間も、その人間を擁護するような警察や弁護士なんて、消えちゃってもいいと思います」
「俺は別に消すとは言ってないぞ?」
達也の特異魔法を指していると誤解しそうになった深雪だったが、ただの比喩表現であると理解し、押えかけた口を開く。
「ほのかの表現は少し過激かもしれないけど、私たち魔法師だって警察や弁護士に守られてもおかしくないはずですからね。もし偏った判断を下すようでしたら、叔母様にお願いして日弁連か警察省を襲いましょうか」
「そんなことしても、魔法師の立場がより悪くなるだけだからやめておけ」
冗談で言っているとは分かっているが、達也は念のために妹に釘を刺す。真夜まで出て来たらそれこそ冗談では済まなくなるので、万が一とはいえそんなことは避けたいのだった。
「とにかく今日は、一人で帰らない事だな。駅まで送るから、早いところ仕事を終わらせよう」
「ですがお兄様。今日の捜索はよろしいのでしょうか?」
「このような事態だからな。母上も納得してくれるだろう」
達也の言葉に深雪が頷き、ほのかと雫が顔を赤らめ、泉美が少しつまらなそうにそっぽを向いたが、深雪と一緒に駅まで帰れると分かり、にやけ切った表情を見せない為に顔を逸らしたのだと、達也にだけは気づかれていたのだった。
それぞれを駅まで送り、それから深雪と水波と一旦家に帰ってから、達也は定例のミーティングへと顔を出した。
「達也くんたちは大丈夫だった?」
「俺を襲ってくれた方が楽に解決出来るんですがね」
「物騒ね……あっ、今日は妹たちを送ってくれてありがとうございます」
「いえ、送ったといっても駅までですし、最寄り駅からご自宅までは、七草家の方が迎えに行っていたようですし」
二高の事件を受けて、七草家当主であり泉美たちの父親の弘一は、手近な部下に娘たちを迎えに行くように命じたのだった。
「名倉さんが生きていれば、香澄ちゃんたちのお迎えも名倉さんが担当してたでしょうに……」
「暗くなるのは止めにしましょう。十文字先輩、何か進展はございましたか?」
「いや、俺の方は何もないな……司波の方はどうだ?」
「俺も今日は捜索してませんし、これといったものは特に……」
「そうか」
達也の報告を聞き、克人が腕を組み何かを考え始める。何を考えているのか気にはなったが、途中で声を掛けると言う事は真由美も達也もしなかった。ちなみに、今日は将輝は課題が終わらなかった為顔を出す事が出来ないと連絡を受けている。
「魔法師を狙った行動であることは二人とも分かっているだろうが、被害に遭っている魔法師の殆どが女子、あるいは女子を庇った男子だ。この事から相手は魔法が無ければ非力な女子を狙っている事が分かる」
「それに加えて、国家権力もあちらの味方ですからね……婦女暴行の罪は問わず、魔法を不正に行使したと言いがかりをつけて来る始末ですし」
「今回の二高の件でも、暴行傷害の罪は問われないようだしな」
「むしろ女子生徒の方を責め立てているようですからね……光宣の見立てでは、被害を受けているので過剰防衛にはならいないだろうとの事です」
「警察は何をしてるのかしらね……明らかに向こう側の方が悪いと分かってるでしょうに……」
「一般の警察では仕方ないかもしれませんね。魔法師嫌いの刑事など、珍しい訳でもありませんし」
「司波、今日は七草を家まで送ってやれ」
短く命令口調で告げる克人に、達也ではなく真由美が慌てて反応した。
「家までって、そんなことしなくても大丈夫よ。これでも私、強いんだから」
「下手に魔法を使えば、二高の女子生徒以上に目の敵にされるぞ。お前は跡取りではないにしても、十師族の一員であり、四葉家の嫁候補なのだからな」
「そんなはっきり言わないでよ……」
四葉家の嫁、すなわち達也の嫁である。その事だけを聞き捉え、真由美は頬を赤らめたのだった。
「そういうわけだ。司波、くれぐれも注意しろよ」
「分かっています。七草先輩は無事に送り届けますよ」
克人と達也は特に気にした様子も無く、今日のミーティングはこれでお開きとなったのだった。
そろそろ中編を引っ張るのも苦しくなってきたな……