劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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宗教じみた考え方は分からん……


デモ行進

 魔法師にとって暗い話題が続く中、昨日のバレンタインデーは魔法科高校の生徒、魔法大学の学生にとって久々に他愛も無く笑ったり泣いたり出来た一日だった。

 しかし彼らが年相応の気分に浸れたのは、一日だけだった。二〇九七年二月十五日、金曜日。魔法師が、高校生も大学生も社会人も、魔法に関わる全ての者が恐れていた事態が、ついに勃発した。――いや、始まったと言うべきかもしれない。

 場所は魔法科大学の正門前。時刻は午前十一時。反魔法師団体によって組織されたデモ隊が、魔法大学構内へ押し入ろうとして警官と揉み合いになったのだ。

 国防上の機密に当たる情報が大量にストックされ利用されている魔法大学は、ただでさえ部外者の立ち入りを厳しく制限している。警察がデモ隊の侵入を阻止したのは、魔法師に与したからではなく政府の方針でそうなっているからだった。

 だが魔法師に反感を持つ者たちは、そう受け取らなかった。いや、分かっていて故意に曲解し、デモ隊の一部が実力行使、否、暴力行使の挙に出た。

 最初は徒党を組んでの体当たり。警官に押し返されてはわざと倒れて自分たちが権力の被害者であることをアピールし、そこから先はお定まりのコースである。

 

「あーあ……あいつら、遂にやっちまいやがった」

 

「酷いね、これは……」

 

 

 食堂の大型ディスプレイに流れる映像を見ながら、レオが呆れ声で呟いた。偶発的か計画的かは分からないが、プラカードを武器として振り回し始めた過激分子に引き摺られ、他のデモ参加者まで警官の列に向かい投石を始めた録画映像に、幹比古が眉を顰める。

 録画映像は警官隊が、デモ隊の中で暴徒化しているメンバーを路上に押さえ込んだところで生中継に変わった。

 

「……逮捕者二十四名か。この数は多いのか? 少ないのか?」

 

「反戦デモが盛んだったころに比べればずっと少ないが、ここ最近では多いな」

 

 

 今やしっかり達也たちの昼食グループに加わっている将輝がそう尋ねたのは、首都圏の相場が分かっていないからである。将輝の質問に答えたのは、やはり達也だった。

 

「でも達也さん。石を投げていた人たちはその倍以上いたように見えましたが」

 

 

 すかさずほのかが達也の話し相手として割り込む。婚約者候補としての地位を獲得してから、ほのかはかなり積極的に達也に話しかけている。

 

「あの人数を全員逮捕するには、警察官の数が足りない」

 

「現行犯逮捕でなくても、街路カメラの映像があるからね。焦らなくても、後から逮捕は出来るから」

 

 

 身内に刑事がいて、門人にも警察関係者が多いエリカが、達也のセリフを引き継いだ。

 

「んっ? エリカ、ありゃ、オメェの兄貴じゃねえか?」

 

 

 熱心にニュースを見ていたレオが、画面から目を離さずエリカに話しかける。だが全員がディスプレイに目を向けた途端、映像はニューススタジオに切り替わった。

 

「あんなんでも一応刑事だからね……魔法師がらみの案件だし、暴徒対策に駆り出されることだってあるでしょうよ」

 

 

 実はレオより先に寿和の姿を見つけていたエリカは、素っ気なくそう答えた。兄妹仲の悪さを懸念してというわけでもなかったが、幹比古が話題を変えた。

 

「全体で何人くらいデモに参加していたんだろう?」

 

「警察も大手のマスコミも、デモ参加者の人数は発表してませんからね……」

 

 

 美月の言う通り、当局がデモの参加者を発表しなくなってから久しい。大手のマスコミであれば空撮映像の解析で大体の人数はすぐ割り出せるはずだが、警察に遠慮してか総人数に関する報道はしなくなっている。主催者の発表する人数は、誰も信用していない。

 

「テレビに映っていたのは二百人くらいだった」

 

「全体では三百人か、四百人か……五百人を超えていた可能性もあるな」

 

 

 達也の出した数字を元に、将輝がデモの規模を推測してため息を吐いた。

 

「人の思想は自由、とはいえ、敵視される側にしてみれば気が滅入る話だ」

 

「本当ですね」

 

 

 将輝の愚痴に、深雪が相槌を打った。

 

「はあ!?」

 

 

 その直後、エリカが怒りの声を上げる。テレビ画面の中で、弁護士が警察の逮捕を行き過ぎだと批判したのだ。

 

「何が『言論の自由に対する侵害』よ! 『集団行動の自由は集会の自由と同様に尊重されるべき』よ! 不法侵入未遂と公務執行妨害だっての!」

 

「エリカの言う通りだと僕も思うけど……この弁護士と同じ理屈を振り回す人は少なくないだろうね」

 

 

 幹比古の不吉な予言に対する反論は、誰からも出なかった。

 

「デモ行動を容認するような弁護士だし、すぐに仕事も無くなるでしょうけどね」

 

「でもエリカ、この弁護士の意見が反魔法師集団に支持されれば、この弁護士はそういった思想の人たちから信頼されるんじゃない?」

 

「自分たちが同じ立場になって文句言わないなら、あたしだって怒らないわよ。でも、ああいうやつらは自分がいざその立場になった途端、掌を返したように文句を言うじゃない? だから腹立たしいのよ」

 

「仕方ないだろ。人間なんてそう言う生き物なんだし、エリカだって身内に被害者が出たら文句を言うだろ? まぁ、反魔法師集団の思想にそそのかされてデモに参加してる人も少なくないだろうし、エリカが怒るのも分からなくはないがな」

 

 

 見えない敵にヒートアップしたエリカを、達也が彼女の意見を認めつつ宥める。達也が解決に動いたのは、幹比古と美月から視線で頼まれたからであり、達也もエリカの考えには同意できる部分があると思っている。

 

「まぁ、達也くんの言いたいことも分かるから、大人しくするわよ」

 

「そうしてくれ。エリカがヒートアップした所為で、周りからの視線が突き刺さって幹比古の胃が悲鳴を上げてるぞ」

 

 

 バレてないつもりだった幹比古は、達也の一言に身体を跳ねさせた。もちろん、気づかれてないと思っているだけで全員にバレていたのだが、そこに追い打ちをする人間はいなかった。




エリカの意見がもっともだと思うんだが……屁理屈をごねる人間は何処にでもいるんですね

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