ジェネレーターの死体を回収しに行く途中、文弥はふと気になった事を達也に尋ねた。
「達也兄さんなら、顧傑を捕まえることが出来たのではありませんか?」
先ほど達也が言っていた、米国の軍人を消すのはマズいという理屈は理解出来ている。だがそれでも文弥は、達也ならばあの程度相手に苦戦するはずも、ましてや顧傑に逃げられると言う事は無いと思っている。
「確かに、追う事は可能だったかもしれないな」
「でしたら何故、顧傑を逃がしてまで私たちの援護を? 達也さんの任務は顧傑の捕縛ですのに」
達也の答えを聞いて、亜夜子が不思議そうに首を傾げながら尋ねる。四葉の人間として、任務の重要性を理解しているからこその質問だったのだが、達也はその質問を受けて不思議そうな表情を浮かべた。
「顧傑の居場所は、また探せばいい。どうせ行く宛など大してないんだ。それよりも俺は、文弥と亜夜子の救助が優先だと判断しただけだ」
「何故です? 僕たちがヘマしてピンチに陥ったんですから、ご当主様も自業自得だと判断なさったはずです。実際に、ご当主様のご命令を無視して周公瑾に迫った父が、片腕を取られたと聞いた時はそう判断してました」
達也が再成したとはいえ、貢の片腕が周公瑾に取られた事実は消えない。文弥は今回の件も、自分がミスをしたからあのような事態に陥ったと考えており、それは自業自得だと諦めていた。
「キャスト・ジャマーのような、不確定要素があったんだ。自業自得ではないだろ。俺も米軍がちょっかいを出してくるとは思ってなかったのだし、今回は完全に不意を突かれた感じだな」
「ですが、それでも達也さんは無傷で……」
「いや、左腕を持っていかれたさ。自己修復が無かったら、俺も負けていただろう」
達也の身体に掛けられた、呪いのような魔法。死が定着しない限り、彼は怪我を負う事は無い。腕をもぎ取られても次の瞬間には、何事もなかったかのように敵に攻撃を繰り出すことが出来るのだ。
「ですが、再成の代償は……」
「気にするな。お前は俺の従弟なんだ。少しくらい甘えても問題はないんだ」
文弥が落ち込んでるのを見て、達也は優しい言葉を彼にかける。確かに文弥が気にし過ぎな感じもするが、四葉という名前を考えれば、それも仕方ないのかもしれない。だからではないが、達也はこれ以上文弥が気にしなくても良いように、自分も失敗したと彼に教えたのだ。
「ですが、僕は達也兄さんのように自分だけの力で切り抜ける事は出来ませんでした……姉さんを危険に曝し、達也兄さんの仕事を邪魔して……」
「反省は大事だが、気にし過ぎはよくないな。まだ任務の途中なんだ。切り替えろ」
今度は厳しい言葉を文弥にぶつける。それが文弥の為であるのは、亜夜子にも、当然文弥にも理解出来た。達也が自分を励ましてくれているのだと理解し、文弥は切り替えることにしたのだった。
「ありがとうございます、達也兄さん。とりあえず反省も後悔も後回しで、今は死体の回収を優先します」
「そうだな。亜夜子も文弥が怪我したのは自分のミスだ、とか思ってないで切り替えろ」
「!? お見通しでしたか。さすが達也さん」
文弥だけが気に病んでいたのではなく、当然亜夜子も気にしていたのだ。亜夜子は達也が文弥ばかりを慰めるので、自分が気にしている事などバレていないと思っていたようだ。
「文弥ほどではないが、亜夜子も顔に出るからな。もちろん、付き合いの短い相手には気づかれない程度だから、二人ともそこまで気落ちする事は無い」
セリフの前半で気落ちした空気を感じ取った達也は、当然のようにフォローをして二人のモチベーションを回復させる。付き合いが短い相手には分かりにくいのだが、彼にも当然相手を気遣う心が存在する。その事を知っている双子は、早とちりで気落ちした自分たちを恥じ、急いでジェネレーターの死体がある三階を目指す。
「しかし達也さん、米軍の介入は完全に予想外ではなかったのですか?」
「予想はしていたが、本当に介入してくるとは思ってなかったな」
「理由は何ですかね? 顧傑を逃がすことが米軍の利益に繋がるとは思えないのですが」
文弥の疑問に、達也は推測を交えて答えた。
「USNA軍の基地から、廃棄予定の兵器が盗まれたらしく、その黒幕が顧傑だという噂だ。USNAとしても、そんな失態を犯したのだから、せめてその犯人は自分たちの手で捕まえる、もしくは亡き者にしたいと考えているのだろう。俺たちが顧傑を捕まえたら、最低限の言い訳すら立たなくなるので、今回は顧傑に味方したような形を取ったのだろう」
達也の推測に納得したのか、文弥も亜夜子もそれ以上質問してくることは無かった。
達也がUSNA軍の思惑を黒羽の双子に話している頃、座間基地に着陸しているUSNAの大型輸送機の中で会話が繰り広げられていた。
「カノープス少佐。妨害部隊が全滅しました」
「回収に向かうのは四葉の手の者たちが撤収するまで待て」
「了解であります、サー」
「ヘイグが乗った車は無事逃げたか?」
「追跡している車輌はありません」
「よろしい。衛星からの監視を続行せよ」
「イエス、サー」
ジード・ヘイグこと顧傑の追跡において、現状カノープスは四葉を出し抜いていると思っていた。だが顧傑は達也に情報体を視られているので、彼が本気になればどこに逃げようが追跡出来る、ということをカノープスも顧傑も知る由もなかった。
カノープスは日本がまだ持っていない技術を駆使して作られた、想子波パターンを追跡する短距離レーダーを眺めながら、今回の作戦の成功を夢想していた。
彼は顧傑の拘束には動かず、バランス大佐の命令を忠実に守る為、日本魔法師の追跡を妨害しながら、顧傑をどうやって公海上に誘導するかを考え始めたのだった。
幕間を考えるのも大変だ……