弘一の許に一条剛毅から通信が入ったのは、娘たちを退室させてしばらくしてからだった。
『七草殿、わざわざお時間をいただき、申し訳ない』
「構いませんよ、一条殿。まずは、新年おめでとうございます」
『新年のお慶びを申し上げる』
「して、一条殿はどのようなご用件で?」
弘一はこのタイミングで剛毅が連絡を入れてくる理由など分かり切っているのだが、あえて剛毅の口から言わせることにした。剛毅の方も心得ているようで、特に顔を顰めるなどの不快を現すことも無く、率直に告げる。
『四葉家の婚約の件について、七草殿にお力添えいただきたく』
「つまり一条殿は、優秀な遺伝子を内に秘めるのではなく、外に放つべきだとお考えなのですな」
『その通りです。次期当主に指名された司波達也君は息子に勝利した実績を持つ魔法師ですし、深雪嬢の方も卓越した資質の持ち主であると。その二人の婚約は、魔法師界発展の為には何としても阻止しなければいけない事と思いまして』
「確かに、娘たちから聞いた限りでは、司波達也君も深雪嬢も優秀な魔法師のようですからね。七草家としても、優秀な遺伝子は内々にせず外に出すべきだと考えております」
『それで真由美嬢を嫁がせようと? 確か真由美嬢は五輪家のご子息と交際されていたのでは』
「真由美も洋史君も乗り気ではなかったようなので、ここは一旦白紙に戻そうと考えていたところに、今回の発表があったのです。司波達也君は真由美より二つ年下ですが、平均寿命を考えれば問題ないでしょうし、高校の後輩ということで、真由美も少なからず想っている節がありましたので」
真由美の気持ちなど、弘一にとっては気にすることではないのだが、あくまでも娘の気持ちを酌んだこととして外には触れ回っているのだった。
『こちらも、息子が深雪嬢を想っているので、どうにかして手助けできないかと考えております。七草殿が協力してくださるなら、これほど心強い事は無いのですが』
「一条殿もご存じかと思いますが、司波達也君は戦略級魔法師に数えられるほどの逸材です。国が重婚を認めるかも、という噂も飛び交っています。四葉家も、次期当主の婚約者候補を横から掻っ攫われたたら面白くはないでしょう。ですが、優秀な遺伝子をみすみす、近親婚の疑いがある婚約で諦めるのはおかしな話です。こちらから九島の老師に相談してみましょう」
『老師に? あぁ、確か老師のお孫さんも、司波達也君に婚約を申し込んでいましたね』
剛毅の反応に、弘一は同じ十師族の当主として、この程度の事は頭に入れておいてほしいと思ったのだが、その事は顔に出さなかった。
「一条家の将輝君と、四葉家の深雪嬢が結婚すれば、魔法界の発展に繋がるでしょうし、四葉殿は数日とはいえ老師の教え子でしたからね。老師からの頼みであれば、無碍に断りはしないでしょう」
『お手数をお掛けします。愚息がもう少し早く行動を起こしていれば、このような面倒を掛ける事も無かったでしょうに』
「いえいえ、一条の跡取りとして、無名の家のお嬢さんを好きになったなどと言えなかったのでしょう。ウチの真由美も、その口ですから」
十師族の人間として、魔法界において無名の『司波家』の人間を好きになったなどと口にすることは出来ない。真由美も将輝もそんなことは考えていないのだが、弘一は都合の良い方便で剛毅と話を合わせることにしたのだ。
『あれほど卓越した魔法力の持ち主なら、家柄など気にする必要はないとは思うのだがな』
「まぁ、調べた限りでは、司波深雪嬢の父親はFLTの幹部らしいので、家柄的にも問題は無かったのですがね」
『達也君は、あの吉祥寺真紅郎君より腕の立つエンジニアだと聞いている。FLTに関係者がいるのなら、それも納得出来る話だ』
「では、九島家に連絡を取り次第、またこちらから連絡差し上げます」
『かたじけない』
弘一は剛毅からの通信を切り、背もたれに寄りかかり軽く息を吐いた。剛毅は純粋に魔法師界の発展、息子の恋心を応援しようと思っているようだったが、そんな甘い考えは弘一にはないのだ。彼の中にあるのは、四葉家との関係を深め、自分の地位を盤石にすること。七草家が魔法師界に仇なしたと思われないようにすることだった。真由美が達也に恋心を抱いていたのは、彼にとってとても都合が良かったのだ。
「一条殿は、意外に親ばかなのかもしれないな。十師族の跡取り息子なら、惚れた相手と添い遂げる事など稀だと分かっているだろうに」
偶々惚れた相手が十師族の縁者だったからよかったものの、もし本当に『司波深雪』だったのなら、いくら親が大会社の重役とはいえ厳しかっただろう。
「四葉家をこれ以上突出させないためにも、司波達也と深雪の婚約は絶対に阻止しなければならない。一条殿には悪いが、この機会を利用させていただこう」
真由美が良く言う「狸オヤジ」の所以たる、弘一の悪だくみ。彼は使えるものなら娘だろうが友だろうが、かつての恩師だろうが使う男なのだ。
「老師も発言力は落ちているが、未だに十師族関係者には強い影響力を持っている。いかに四葉殿とはいえ、老師からの頼みを切り捨てるはずもないだろう」
人の悪い笑みを浮かべ、弘一は九島烈へ連絡を入れる。魔法界の発展とは聞こえがいいが、弘一の本音は先に述べた通り、七草家の立場を守ることと、四葉をこれ以上突出させないために達也と深雪の婚約を阻止したいだけなのだ。他所の家の息子の恋心など、弘一にとっては実にどうでも良いものだった。
十師族の一員として――ましてや跡取りなのだから、相手がほぼ決まっている女性に婚約を申し込むなど、弘一には理解出来ない事なのだ。だからこそ、使えるものとして利用するのだが。
烈との約束を取り付けた弘一は、誰もいない書斎で一人ほくそ笑み、四葉家に一矢報いる未来を妄想していたのだった。
達也が大物過ぎるのか……?