三が日にも過ぎ、さすがに家の用事も無くなった雫は、元日に会えなかった達也と深雪に挨拶をしようと端末を取り出して連絡をしようとした、がまさにそのタイミングで、普段はあまり部屋にやってこない父親が血相を変え、ノックも無しに部屋に入ってきた。
「お父さん、どうしたの?」
年頃の娘なら、ノックも無しに部屋に入ってくる父親に嫌悪感を見せるのかもしれないが、普段とは違う行動を取った父親に、雫は嫌悪感よりも不安を感じ取ったのだった。
「さっき鳴瀬家から連絡があってね。四葉家の次期当主が発表された」
「それが?」
それで、ではなくそれが。雫はその話題が自分にどのように関係しているのかが理解出来なかったので、より興味のない返事をしたのだった。
「それが、あの司波達也君なんだ」
「達也さんが、四葉の次期当主? でも、達也さんの苗字は『司波』だよ?」
「それが司波君は、現当主四葉真夜さんの息子だったらしいんだ。真夜さんの姉、深夜さんの息子として育てられてきたらしいんだが、この度正式に真夜さんの息子として、次期当主として四葉家に入るらしい」
「じゃあ、深雪も四葉縁者なの?」
「従兄妹と言う事らしい。だがまだ学生と言う事を考慮して、彼は『司波達也』のままで過ごすらしいがな」
潮の説明を聞いて、雫は驚きはしたが、父親が血相を変えて自分の部屋に飛び込んでくるような話題には思えなかった。ショックを受けるニュースではあるが、普通にドアをノックして、落ちついて話せる内容だと雫は思っていた。
「それで確認なんだが」
「なに?」
「雫、お前は司波達也君の事が好きなのか?」
「? 何で今、その話題なの?」
「四葉家が発表したのは、次期当主を指名した事と、その次期当主の婚約者を募集すると言う事だ。彼の能力は政府も高く評価しているらしく、同じレベルの五輪家の澪さんが子を産めないと見られているから、よりその遺伝子を重要視しているらしい」
「達也さんの能力って、お父さん知ってるの?」
雫は達也の異能の一つ『分解』を目の当たりにしている。確かにあの能力は脅威だと思うし、あれが受け継がれるのなら、日本は他国との関係性において、優位に立てるだろう。
「四葉真夜さんを凌ぐ魔法力と、司波深夜さんだけが使えたと思われていた精神構造干渉も使えるという噂だ。それだけでも十分過ぎるくらいだが、加えてあの四葉の人間だからな。多重結婚も認められるのではないかとのもっぱらの噂が立っている」
「達也さん、魔法力はそれほどじゃないはずだよ」
「家の事情で、生まれながらに封印を施されていたらしい。詳しい事は、雫が本人から聞けばいいだろ。私はあくまでも又聞きで、何処までが事実なのか分からないのだから」
「ん。明日、達也さんたちと会ってみようと思ってるんだけど、家に招待してもいいよね?」
「ああ、構わないぞ」
潮に許可をもらい、雫はほのかと深雪に通信を入れ、明日自分の家に来てほしいと告げた。ほのかも深雪も二つ返事で承諾したが、深雪の方は何かを覚悟している表情に雫には見えたのだった。
翌日、北山家を訪れたのは、ほのかと深雪、そして雫にお願いされ深雪が連れてきた達也の三人だ。本来なら水波もついて来なければいけないのだが、雫が遠慮願ったのだ。
「どうしたの、雫? 何だか難しい顔して」
「そんな事ない。何時も通り」
ほのかの指摘に、雫がムッとした声で返す。自分としてはいつも通りの表情をしていたのに、ほのかに指摘され慌てて誤魔化した感じが、深雪には感じ取れていた。
「それで、わざわざ新年の挨拶、というわけではないのだろう?」
雫には伝わっていてもおかしくはないと思っている達也が、雫が話しやすいように水を向ける。その気遣いに雫は頷き、深雪が若干つまらなそうな雰囲気を醸し出した。
「達也さん、四葉家の次期当主に決まったって本当?」
「えぇっ!?」
「ああ、本当だ」
雫のセリフを聞いて、ほのかが驚きの声を上げたが、達也はそれには取り合わず雫の質問に答えた。
「それから、生まれてすぐ力を封じられていたっていうのも?」
「ああ。事実だ」
「それじゃあ、達也さんは力を封じられてなお、あれだけ強かったってこと?」
「得意魔法二つは、四葉の力を以ってしても封じられなかったんだろう。だから深雪を介して一部封じる程度だったんだ」
「それが、あの横浜事変の時に解放されたんだね」
「一時的に、だがな」
雫と達也が会話している横で、ほのかが深雪にすがるような視線を向けている。深雪は視線の意味を理解し、苦笑いを浮かべながら頷いた。
「じゃあ、国が達也さんに特例で、多重結婚を認めるっていう噂も本当なの?」
「……それは俺も初耳だな。母上なら何か知ってるかもしれないが、いずれ分かる事だろうから聞く必要も無いとは思う」
「……じゃあ」
雫は、今日一日で言いにくそうな事を言おうとしている。その事は達也にも深雪にも、ほのかにももちろん伝わっていたので、三人は雫が何を言うのかを静かに待った。
「深雪が達也さんの従兄妹で、婚約者候補に名乗りを上げているっていうのは本当なの?」
「そうなのか? 悪いが、候補者の管理は母上がしているからな。俺は誰が候補に挙がっているのかは知らない」
四葉縁者だと言う事が表に知らされていない、夕歌や亜夜子の事を隠すためにも、達也はここは嘘を吐いて誤魔化した。
「そうなの、深雪!?」
「ええ、せっかくお兄様の――達也さんのお嫁さんになれるかもしれないのに、名乗り出ないわけないじゃない」
「じゃ、じゃあ! 私も達也さんの婚約者候補に名乗り出ます! 私の家系は、達也さんもご存じのはずですよね」
「私も……」
「雫?」
小声だったため、ほのかも雫が何を言ったのかが聞き取れなかった。
「私も、達也さんのお嫁さんになりたい。ダメ?」
「どれだけ候補がいるのかも分からないが、駄目と言う事は無いな」
達也のこの言葉によって、雫とほのかも、達也の婚約者候補に名乗りを上げたのだった。
正式に参戦する二人