慶春会も終わり、達也と会うことに文句を言えなくなった分家の人間や使用人たちを相手にせず、真夜はそのまま達也たちと初詣に出かけた。
「まさかご当主様を乗せて運転する事になるとは思ってもみなかったわ」
「せっかく堂々とたっくんとお出かけ出来るんだから、本家の人間に運転を任せるのも気が引けたから」
「深雪と水波を先に帰して、何をするつもりなんですか?」
夕歌の運転する車に乗っているのは、運転手の夕歌の他には達也と真夜だけだ。深雪たちも同乗したいと申し出ていたのだが、真夜が遠慮を願うと渋々引き下がったのだった。
「漸く私の願いが叶ったわけだし、今日だけはたっくんを独り占めしたいじゃない」
「独り占めって、夕歌さんがいるじゃないですか」
「私はあくまでも運転手ですから。二人のお邪魔はしませんよ」
「お邪魔って……」
いったい何をさせられるのかと、達也は内心逃げ出したい衝動に駆られていたが、今逃げてもどうせ後々、より面倒になってやってくるのだとあきらめの境地に達したのだった。
「まずは初詣でしょ、それからお買い物やお食事、今まで出来なかった母子のふれあいをたっぷりとしましょう」
「表向きは甥と叔母だったのですから、そのようなふれあいが出来なかったのは仕方なかったのでは?」
「そうよ。だからこうやって堂々と出来るようになるまで我慢してたんだから」
「凄い溺愛ですわね。ご当主様が前々から達也さんにご執心だということは母から聞いていましたが、まさかこのような事情があったとは思いもよりませんでした」
「姉さんが頑なにたっくんを返してくれなかったからねぇ……よっぽど深雪さんを当主にしたかったのかしら」
深夜が何を考えていたかなど、達也には分かりようがない。向こうが自分に興味が無かったように、自分も深夜の事は育ての親、深雪の母親としてしか見ていなかったのだから。
「はい、到着しました。私は車で待ってますので、ご存分に」
夕歌に見送られ、真夜は達也と腕を組んでお参りに向かうのだった。
大勢の人がいる中でも、組んだ腕が解けなかったのは、達也が人混みをかき分けて進んだからだ。いざとなれば解こうとは思っていたのだろうが、思いのほか真夜の腕に力がこもっていたので、達也の方もそれに応えたのだった。
「凄い人ねぇ……普段信仰してないのに、こういう時だけはお願いするのよねぇ」
「それは言ってはいけません」
「まぁ、私もその一人だけどね。でも、たっくんと一緒にいられるようになったのだから、少しは神様ってものを信じても良いのかしらね」
「意味が分かりませんよ」
お参りを終えた真夜と達也は、夕歌が待っている車に戻り、次の目的地を目指すことにした。
「ごめんなさいね、夕歌さん。本当に運転手みたいなことをさせてしまって」
「いえいえ。ご当主様と次期ご当主様の護衛だと思えば良いだけですから」
「未来の旦那、未来の義母かもしれませんよ?」
真夜の冗談に、夕歌の手がハンドルを滑った。でもそれは一瞬の事で、次の瞬間には普通に運転していた。
「母上、運転中の夕歌さんを動揺させるようなことは言わないでください」
「でも、立候補してるのだから、可能性がゼロというわけではないでしょう? それとも、たっくんはもう誰をお嫁さんにするか決めているのかしら?」
「いえ、決めていませんが」
正直な気持ち、嫁取りと言われても達也には実感が持てない。一昨年の九校戦終わりのパーティーで、達也は克人に――
「自分は一般家庭の人間で、高校生の内から誰を嫁に、などとは考えない」
――という内容の事を言っているのだ。
あの時と立場は変わったが、達也の本音としてはあの時と変わらぬ気持ちなのだ。誰を嫁に、の前に誰とも付き合ったことが無いのだから、どう決めればいいのかという基準すら彼の中には無いのだった。
「まぁ、たっくんとその候補者が全員納得すれば、本妻という形だけ取って後は全員愛人でも構わないのだけどもね。十師族は世間体をあまり気にしないし」
「四葉は、でしょう。七草家や一条家などは世間体も気にしてますよ」
「他の家も気にしてはいるのでしょうが、たっくんのお友達の千葉さんだって、名門『千葉家』当主が不倫して産ませた子なのでしょう?」
「母上、その言い方は……いえ、エリカ本人もそんな風に思ってる感じでしたが」
母親の事は兎も角、父親の事はボロクソに言っていた記憶が、達也の中にもあったので、千葉家当主をフォローしようとして途中で諦めたのだった。
「どこの家も、両親と子供の仲が円満なわけないわよねぇ。実際、深雪さんと龍郎さんだって微妙な間柄だし、たっくんにご執心のエレメンツの子だって、ご両親とはそれほど交流があるようでもないしねぇ」
「どこまで調べてるんですか」
「そりゃ、たっくんの周りの人間は全てよ。名目は、深雪さんのご友人を調べてちょうだいって感じだったけど」
「まぁ、今までの達也さんの扱いからして、ご当主様が命じたからと言って本腰で調べるとは思えませんものね」
真夜の言葉に、夕歌が同意の言葉を被せる。確かに昨日までの達也だったら、男性使用人には見下されていただろうし、真夜が調査を命じたところでテキトーな報告をした可能性も否定できない。真夜と夕歌の主張は達也にも理解出来ないでもなかったが、良いように使われた使用人が哀れに思えていたのだった。
「さて、そろそろ次の目的地ですよ」
そんなことを考えながら、達也は次の目的地では平和に行動できればいいなと別の事を考え始めていたのだった。
枷が無くなったからなぁ……