劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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やっとここまで来たなーって感じです


一日遅れのクリスマスパーティー

 西暦二〇九六年十二月二十五日、火曜日。二学期最後の日なので授業は午前中で終わる。達也は端末で自分の成績を確認し、とりあえず満足できる結果であることに一息ついた。生徒会室に向かうために立ち上がろうとしたところで、達也は隣から強い視線を感じて振り向いた。

 

「美月、何か用か?」

 

「いえ……何でもありません」

 

 

 達也の問いかけに対する美月の答えは、歯切れの悪いものだった。美月は達也に、成績はどうだったかという、定番の質問をしたかったのだが、それを聞くと自分も答えなければならなくなってしまうと思いなおしたのだった。

 美月の成績もクラス平均を上回る立派なものだったが、達也の成績を聞いた直後に自分の成績を開示する勇気がなかったのだ。

 

「そうか? では、また後でな」

 

「はい、後ほど」

 

 

 そう挨拶を交わして、達也は生徒会室へ、美月は美術室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり暗くなった午後五時半。クラブ活動、生徒会活動を終えた達也たちは、アイネブリーゼに集まっていた。

 

「それでは、一日遅れになりましたが気にせずご唱和ください! メリークリスマス!」

 

「メリークリスマス!」

 

 

 エリカの音頭で一斉に声が上がる。この時間、アイネブリーゼは貸し切りで、達也たちによる一日遅れのクリスマスパーティーが開催されていた。

 

「ご唱和ありがとう! 欲を言えば日がある内にやりたかったけどねぇ」

 

「仕方ないわよ。エリカだってクラブがあったんでしょう?」

 

 

 深雪の一言に、エリカが苦笑いを浮かべる。

 

「うちの部は途中で抜けてもあんまり厳しいこと言われないんだけどね。深雪はそうもいかないか。生徒会長だもんね」

 

「私だけではないわよ。吉田君は風紀委員長だし、雫だって風紀委員の当番だったんでしょう?」

 

「そうよねぇ。レオは兎も角」

 

「兎も角って何だよ!?」

 

「ほのかも生徒会役員だし、達也くんは『書記長』だもんね」

 

「良いじゃないか。一日遅れとはいえ、こうしてみんなで集まることが出来たんだ」

 

「まぁね。昨日は予定が入ってる人が多かったもんね」

 

 

 雫、ほのかは北山潮が形成する会社のパーティーに出席しており、幹比古は一門の若手で開いたパーティーに引き摺り込まれ、エリカは長兄の寿和と共に、千葉家主催のクリスマスパーティーではなく、関東地方警察のパーティーに送り込まれたのだった。

 そんなわけで昨日出来なかったクリスマスパーティーを、今日開催することにしたのである。参加メンバーは二年生のみで、水波は一年C組のクラスメイトに誘われて別のパーティーに参加していた。

 ケーキも一切れずつ、量より味重視でマスターに用意してもらったため、飲み食いに口を使わない分だけ会話が弾んだ。午後七時までの一時間半、ほとんどお喋りが途切れなかった。

 

「今年ももう終わりですね……」

 

 

 美月がしみじみとこういうことを言い出したのは、わいわいと交わした他愛のないお喋りが楽しいものだったからに違いない。

 

「今年は平和だったね」

 

「そうかなぁ……結構大変だったと思うけど。吸血鬼騒動なんかもあったしね」

 

 

 感傷的な雰囲気を嫌ったエリカが、陽気な声で答えると、幹比古はその言葉に反射的に本心が零れ落ちた。

 

「ピクシー告白事件とか」

 

「雫! それ、言わないで!」

 

 

 幹比古の何気ないセリフに雫がほのかをからかう言葉を続け、ほのかの鋭いツッコミを呼び一同の笑いをさそった。ほのかには気の毒にしても、結果的にナイスプレーだったと言えるだろう。

 

「エリカの肩を持つつもりはねぇけど、それでも去年に比べれば平和だろ。横浜事変みたいな騒動に巻き込まれなかったからな」

 

「あんなことが毎年起こってたまるものか」

 

「そりゃそうか」

 

 

 レオのセリフに達也が笑いながらすかさず反論し、そのセリフにみんなから賛同の笑い声が上がった。

 

「達也さん、来年も初詣に行きませんか」

 

「初詣か」

 

「あっ、みんなで、みんなでです。今年は雫も一緒ですし、エリカも参加できるって言ってます」

 

「すまない、俺と深雪は今年の正月、どうしても外せない用事が入っているんだ。せっかく誘ってもらったのに悪いが――」

 

「いいえ。大切なご用事なんでしょう? だったら仕方ないですよ」

 

 

 断られたショックは隠しきれていないが、ほのかは湿っぽくならないように最後まで言い切った。ここまであからさまな気遣いを見せられては、それを無碍にすることは出来ない。

 

「また今度誘ってくれ」

 

「深雪、どうしたの? 気分、悪い?」

 

 

 達也とほのかの間に気まずい空気が流れることは無かったが、その隣で深雪が暗い顔でうつむいていたのを、雫は目敏く見つけ、心配そうな声で問いかけた。

 

「……いえ、大丈夫よ。ありがとう」

 

「やだなぁ、初詣に行かないくらい、そんなに気にしなくて良いって。あたしなんて大した用でもなかったのに、今年、不義理しちゃってるし。ほのかも言ったように、深雪は大事な用事なんでしょう? だったらそっちが終わってから連絡ちょうだい。改めてみんなでどっか行こう」

 

「そうね。一段落着いたら連絡するわ」

 

 

 肉体的不調ではなく、精神的な要因だと見抜いたエリカは、深雪の気持ちが楽になるように励ます事を選んだ。その気遣いに気づいた深雪は、幾分マシな微笑みで頷いた。それでも、深雪の肌は依然として不健康に血の気を失ったままだった。

 

「なぁ、深雪さんどうしちまったんだ? エリカの言う通り、それほど気にすることでもねぇだろ」

 

「アンタと違って深雪は責任感が強いんでしょうよ。ちょっとしたことでもあたしたちに悪いって思っちゃったんじゃないの」

 

「ごめんなさい、でも本当に大丈夫だから」

 

「少し早いが、俺と深雪は帰らせてもらおう。支払いはしておくから」

 

 

 これ以上心配させるのが心苦しいと深雪が思っているのを察し、達也が立ち上がりそう告げた。割り勘のはずだったのだが、最後に余計な心配を掛けたお詫びだと言い、達也は全額支払って、深雪を連れてアイネブリーゼを後にしたのだった。




達也さんの成績……私、気になります!

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