周公瑾関連の任務も終わり、論文コンペも終わったため、達也にも平穏な時が訪れた。そしてそんな時間を待っていた少女が今、思いっきり達也に甘えていた。
「京都には一緒に行けませんでしたけど、お買い物に付き合っていただけて嬉しいです」
「これくらいは別に構わない。本当は何処か別の場所に旅行出来ればいいんだが」
「仕方ないですよ。達也さんは色々と忙しいんですから」
「すまない、こんな彼氏で」
「い、いえ! 私こそ、達也さんに依存してしまって申し訳ないと思っています」
光のエレメンツの家系の影響もあるが、ほのかは少しでも達也と離れると不安になり、その反動で思いっきり甘えてくるのだ。達也は別にそのことを気にしないのだが、付き合っていると公にしてもなお、彼に恋慕する少女たちは後を絶えず、そんな彼女たちが達也に甘えているほのかを見て嫉妬する、そんなシーンがたびたび起こっている。その対処は少し面倒だとは思っていた。
「ところで、今日は何を買うんだ?」
「少し肌寒くなってきたので、秋物のコートを見ようと思ってます」
ほのかの予定に、達也は頷いて同行の意思を示した。夏ではないので、水着を選べとか言われないのは分かっていたのだが、斜め上の行動をたびたび起こすほのかの事だから、下着選びを手伝ってほしいと言われる可能性も少し考えていたのだった……達也ではなく、尾行している深雪たちが。
「深雪、何時まで尾行するのよ……」
「ほのかがお兄様に襲い掛かるかもしれませんので、このデートが終わるまでです」
「深雪、達也くんとほのかは付き合ってるんだから、別に良いんじゃないの?」
「じゃあエリカは、渡辺先輩と修次さんが目の前でイチャイチャしてても怒らないのね?」
「あたしは関係ないじゃない! それと、私は次兄上とあの女のデートなんて尾行しないわよ!」
尾行中なのに大声で話している二人に、さすがのほのかも気が付いたようで、慌てて達也の腕を引っ張って店の中に消えた。
「追うわよ」
「達也くんも大変だなー……まっ、あたしも気になるけどね」
なんだかんだでノリノリのエリカを引き連れ、深雪は達也の後を追ったのだが、少し出遅れた所為で見失ってしまったのだった。
「あれ? 達也くんたち……どこに行ったのかしら」
「秋物のコートを買いに行くようだったから、とりあえずそれらしい店に入ってみましょう」
「そんなこと言っても……ここに幾つお店があると思ってるのよ。諦めて帰りましょう」
「くっ、お兄様が深雪の知らないところでほのかと……」
見失った事で熱が冷めたエリカに諭され、深雪は大人しく家に帰ったのだった。
満足のいく買い物ができたほのかは、嬉しそうに達也の腕に自分の腕を絡めていた。
「さすが達也さんですね。深雪たちも撒きましたし、まさか買っていただけるとは思ってませんでした」
「ほのかは一人暮らしで、他にもお金を使うことがあるだろうからね。無駄に稼いでいる俺が払うべきだろう」
「達也さん、完全思考操作型CADの開発で、また利益を上げたんですよね」
「飛行デバイスに続き、アメリカ軍から大量に注文を受けたらしいからな」
周りには聞こえない声で聞いたのは、ほのかだけが知る事実だからだ。無論、妹である深雪とその従者である水波は知っている事実だが、世間的には達也=シルバーであることは秘密なのだ。
「でも、まさか達也さんがそこまですごい人だったとは思ってませんでした」
「実技はからきしだからな。誰もそんな考えにはたどり着かないだろう」
達也たちは知らないが、前生徒会長である中条あずさは、達也=シルバーなのではないかと疑っており、またほぼ確信していた。エリカは達也が四葉の関係者であることに気づいているので、この二人が考えを共有したら、達也的には面倒な事になるのだが、幸いな事にあずさとエリカに接点は無いため、今のところ消す心配はしていなかった。
「そうだ! 達也さん、この後部屋に来てくれませんか? 服を買っていただいたお礼にお茶くらいだします」
「そうだな、お邪魔させてもらおうか。外だと見られ過ぎるからな」
目立つ容姿をしている達也と、その達也に人目も気にせず甘えまくるほのかは、色々と目立っているのだ。変な輩に絡まれたことも、一度や二度ではなかった。無論、その程度の相手に達也が後れを取るはずもなく、悉く撃退しているのだが。
「すみません、達也さん……私がもう少し我慢出来ればご迷惑を掛けることは無いんですが」
「気にしなくていい。ほのかの事情は知っているし、あまりかまってあげられない俺にも原因があるからね。お互いさまだ」
めったに見せない優しい表情に、ほのかの思考回路は焼ききれそうなくらい暴走する。もちろん、妄想でだ。
「ほのか? 顔が赤いが……体調でも崩したのか?」
「い、いえ! 大丈夫です」
「そうか? とりあえず、ほのかの家に行こう。本格的に体調を崩す前に安静にした方が良い」
まさかほのかが妄想で顔を赤くしているとは思わなかった達也は、ほのかの体調を気にして彼女の家に向かった。彼女の手を引きながら。
「(達也さんに手を引いてもらって自宅に帰るなんて……これが夢でも嬉しい)」
「ほのか、本当に大丈夫か?」
「は、はい! 覚悟は出来てますから」
「覚悟? 自宅に戻るのに覚悟がいるのか?」
「い、いえ! な、何でもありませんよ、何でも……あハハ」
ついつい妄想と現実の区別がつかなくなってしまったほのかは、自宅に戻った後達也に手厚い看護をしてもらった所為で、熱暴走と鼻血が止まらなかったのだった。
まさかカニが入っていたとは……