劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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またしても慌てる一条……


名倉の遺品

 案内の刑事に先導され、四人で警察署内の証拠保管室に入る。名倉殺害の犯人探しの事を聞いて、将輝は意外なほどに前向きな姿勢を見せた。どうやら彼は、真由美がボディガードの無念を晴らすために、単身調査に乗り出したことに、甚く共感を覚えたようだ。

 本来であれば、目的の分散は好ましくない。古来より「二兎追うものは一兎をも得ず」というが、これは的中確率の高い箴言である。だが達也には予感があった。根拠がある推理ではなく、根拠がない推測だから予感。周公謹が名倉三郎を殺害した犯人である。達也はそう思っている。だから将輝が真由美に対する騎士道精神を燃え上がらせていても、彼の目的とは相反しない。

 彼がそんなことを考えている内に、刑事が名倉の遺品をテーブルの上に持ってきた。

 

「名倉氏が身につけていた衣服です。CADは残念ながら……」

 

「分かっています。申し訳ございません」

 

 

 名倉のCADは弘一の意向で七草家の保管庫にある。CADを身内以外の手に渡したくないというのは、魔法師にとって普通の考え方だが、真由美は弘一が名倉のCADを回収したことに罪悪感を覚えていた。

 

「すみません、刑事さん。この血は?」

 

「残念ながら、全て被害者の血痕でした」

 

 

 達也が質問し、刑事が残念そうに首を振る。服についた血のDNAを全て調べ上げることも、現代の科学捜査技術を以ってすれば簡単ではないが可能だ。

 

「名倉さんの死体は、腹部が背後から貫かれ、胸の皮膚と筋肉が内側から弾け、心臓が破裂していたそうですね」

 

「内側から破裂……?」

 

 

 真由美から聞いた情報を刑事に確認する達也の言葉に、将輝が引っ掛かりを覚えた。

 

「まるで『爆裂』だな」

 

「違うぞ、司波! 一条家は断じて関与していない!」

 

「だが、自然現象で胸が内側から破裂する傷が出来るはずもないし、生きている人間、しかも魔法師の体液を、人体が弾けるほどの勢いで操る魔法の使い手が、そこらにゴロゴロしているとも思えない」

 

「それは……」

 

「一条家の『爆裂』は、そんなに容易いものではないだろう?」

 

「当たり前だ! あっ、いや、しかし」

 

「落ち着け一条。俺は『爆裂』のようだ、と言ったんだ。一条家の魔法師が関わっているなどと思っていない。他人の体内に干渉する魔法は難しいが、自分の身体であれば難易度はそれほど高くない。例えば、自己加速は比較的ポピュラーな術式だ」

 

 

 将輝が取り乱したのを、達也がフォローしている風を装って説明してるところに、真由美が口を挿んだ。

 

「達也くんは、名倉さんが自爆――自殺したと考えているの?」

 

「自爆であっても、自殺ではないでしょう」

 

「お兄様は、名倉さんが致命傷を自覚したから、自爆したとお考えなのですね?」

 

 

 隣に控えていた深雪に、達也は頷いてみせ、そして真由美に目を戻した。

 

「心臓を破裂させたのは、何らかの攻撃用魔法だったのではないでしょうか」

 

「背後から腹を貫かれて致命傷だと覚った被害者が、相打ちに持ち込むために放った魔法だということか?」

 

「先輩。名倉さんは液体を武器にする魔法を得意としていたのではありませんか?」

 

 

 将輝の質問には答えず、達也は真由美にそう尋ねた。

 

「……ごめんなさい。名倉さんは私に魔法を使うところを殆ど見せてくれなかったの」

 

「そうですか」

 

 

 達也の声に、失望のニュアンスは含まれていない。だが真由美は、彼の返事を聞いて焦りの色を浮かべた。

 

「あっ、でも最初に会った時に聞いた気がする。ちょっと待って……う~ん……そうそう、思い出した! 名倉さんは水を針にして相手に浴びせ掛ける魔法が得意だと言ってたわ」

 

「水を針……どうやって? それに、どんな効果があるんだ?」

 

「どうやってかは分からないが、針というからには貫くだろうな。水の針でも収束系の術式を使えば武器として実用レベルの貫通力を確保出来る」

 

 

 達也は遺品の服についた、名倉の血にエレメンタル・サイトを向けて、その情報を記憶した。

 

「司波、何やっているんだ?」

 

「腹の傷の方に、魔法的な痕跡が残っていないかと思ってな」

 

「なるほど……」

 

 

 達也のもっともらしい嘘に騙され、将輝だけではなく真由美も同じように目を凝らす。

 

「んー……ダメね」

 

「そうですね。痕跡らしいものは感じられますが、ぼやけすぎていて意味のあるパターンは採取出来ない。司波、お前は何か分かったか?」

 

「相手の特定に繋がる情報は俺にも読み取れなかった。だが、この傷は恐らく、幻獣によるものだ」

 

「げんじゅう?」

 

「お兄様、幻獣とは何ですか?」

 

 

 真由美と深雪が聞きなれない言葉に説明を求める。二人の後ろでは、案内役の刑事がメモを取っているのが見えた。

 達也は将輝に説明役を押し付けようとしたが、将輝はさりげなく視線を外した。

 

「一条、まさかとは思うが……」

 

「な、何だ!?」

 

「……いや、何でもない」

 

 

 深雪に聞かれてるのだし、知っていたら張り切って説明しただろう。多分将輝も偶々知らなかったのだろうな、と達也は解釈して、幻獣について説明を始めたのだった。

 説明を終え、達也は刑事に会釈をして遺品保管室から出て、そのまま外へ向かう。

 

「遺品を見せてもらったお陰で、相手の手の内が分かりました。先輩、ありがとうございました」

 

 

 達也が軽く頭を下げることで感謝を示したが、真由美はどう反応していいか分からず、戸惑っていた。

 

「それで、司波。次は何処に行くんだ?」

 

「名倉さんが殺害されたのは、嵐山付近の桂川の河辺だからな。その現場も見ておいた方が良いだろう」

 

「そうか」

 

「先輩はどうしますか? 俺たちと一緒に乗りますか?」

 

 

 達也が自分たちの乗って来たコミューターを指さしながら尋ねると、真由美は少し考えて頷いた。男女四人になったことで、席をどう分けるのか、達也以外の三人はそんなことを考えていたのだった。




説明役は幹比古か達也の担当なのだろうか……

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