警察の事情聴取を終えた幹比古、エリカ、レオ、そして将輝は、正当防衛が認められ、そのまま解放された。そこには一条と千葉の名前が影響したことも否めないが、無罪放免の決め手になったのは、あの場に設置されていた街路カメラの記録だった。
古式魔法は現代魔法よりセンサーに掛かりにくいと言われているが、それは術者の特定が難しいというだけで、魔法が使われた事実は同じように記録される。
魔法師が姿を見せている状態なら、現代魔法師も古式魔法師も同じように、カメラと連動した想子レーダーとそれに付随するセンサー群から逃れることはできない。
それでも結構な時間にわたった事情聴取の後、四人は新国際会議場に戻っていた。
「これからどうする? まだ辺りを調べてみるか?」
「いや、今日はもうホテルに帰ろう。ところで一条君は何処のホテルに泊まってるの?」
「ああ、KKホテルだ」
「へぇ。僕たちはCRホテルに泊まってるんだ」
「本当か? 隣じゃないか」
「そうだね、すごい偶然だ。吉祥寺君はホテルにいるのかい?」
この何気ない質問をされたのが達也だとしたら、幹比古はため息の返事を得ていただろう。ついでに呆れた口調で「俺にも深雪と別行動をすることくらいある」程度の補足は入れたかもしれないが、将輝は幹比古の質問に素直に答えた。
「さっきも言ったと思うが、こっちに来てるのは俺一人だ。ジョージは三高の代表だからな」
「そうなんだ。じゃあ僕たちは引き上げるけど、一条君はどうする?」
「そうだな……俺もホテルに戻るとするか」
「じゃあ一緒に行かない?」
お節介かなと思いつつ、幹比古が同じコミューターに乗らないかと誘う。
「ちょうど四人だしね、良いんじゃない?」
幹比古たちの話を聞いていないような風だったエリカが、どっちでもよさそうな調子で、いきなり口を挿んできた。
そのちぐはぐな態度に、将輝は戸惑いを覚えた。どうも調子が狂う子だな、と思いながら、将輝は幹比古にやんわりと辞退を告げた。
「いや、実はバイクで来ているんだ」
「へぇ、一条くんもバイクに乗るんだ」
「俺も?」
将輝と二人乗りしたいとあこがれる女の子が多い中、エリカが関心を示した事柄に将輝は引っ掛かりを覚えた。エリカが気にしたのは、「自分もバイクに乗る」ということで、決して後ろに乗りたいとか、そういった感情からではなかったからだ。
「達也くん、っと……司波達也、知ってるでしょ? 達也くんもバイク、持ってるんだよね」
「あいつが?」
将輝の脳裏に一つの映像が形成される。大柄な少年が運転するバイクのタンデムシートに座る少女。跨るのではなく、エレガントに横座りだ。少女は身体を少年の背中にピッタリ預けている。
フルフェイスのヘルメットに隠れた少年の顔は達也、少女の顔はもちろん深雪。将輝が思わず舌打ちを漏らしそうになった。
少年の顔に再びフォーカスが移動し、スモークシールドが徐々に透けていくと、その奥に隠されていた顔は将輝自身のもので、彼の背中には深雪の柔らかな身体の感触が――
「……何考えてるの?」
「い、いや、何でもない」
「ふーん……深雪の身体、柔らかいと思う?」
「もちろん! ……あっ」
「ホーント、男ってサイテー。達也くんくらいね、女の子と同乗しても何も思わないのって」
思いもよらない非難に、将輝は慌てて手を振って否定したが、気まずい空気のまま将輝は三人が乗ったコミューターを後ろから追いかけてホテルまで向かうことにしたのだった。
達也がチェックインを済ませ、預けてあった荷物を受け取って部屋に向かおうとロビーに足を向けた、ちょうどその時、エントランスから見慣れた人影がぞろぞろとやってくるのが見えた。
「司波さん!」
「お久しぶりです。一条さんも京都にいらっしゃっていたのですね」
将輝は深雪を見つけるなり、達也を無視して深雪に話しかけた。深雪は達也と顔を見合わせたが、達也が苦笑いを浮かべながら頷くと、深雪が余所行きの微笑みで答えた。その笑顔を前に、将輝は純情少年に早変わりした。
「こちらこそご無沙汰しております。来週の論文コンペの下見をと思いまして」
「まあっ、私たちもです」
「ええ、吉田君たちに聞きました」
「吉田君たちとは、新国際会議場でお会いになったのですか?」
「危ないところを助けてもらったのよ。それで、そのあとイヤラシイ妄想してたっぽいけどね」
功を自慢するようなことを言いにくかった将輝が、幹比古に回答を譲る素振りを見せたが、それをエリカが横からかっさらって、ついでに余計な事まで深雪に伝えた。
「ち、千葉さん!?」
「……部屋で詳しい話を聞かせてもらえないか」
「一条さんもこちらにお泊りなのですか?」
「い、いえ……俺は隣のKKホテルに。ですがその件で、詳しい事情を知りたいと思っていましたので」
「そうだったんだ~。てっきり深雪に会いたいからだと思ってたけど」
弄り甲斐のあるおもちゃを見つけた、とばかりにエリカが将輝をからかう。案の定、将輝は慌てたが、そんな将輝を助けたのは意外なことに達也だった。
「エリカ、あんまり一条をからかうな。いつか痛いしっぺ返しを食らうかもしれないぞ」
「……達也くんが言うと、冗談に聞こえないから怖いわよね」
「一条、友人の危機を救ってくれたこと、感謝する」
「あ、あぁ……」
まさか達也に頭を下げられるとは思ってなかったのか、将輝が達也の行動に面食らった。
「詳しい事情を話すんだろ? だったら俺たちの部屋に行こうぜ」
「んじゃ、荷物取ってくるね~」
「ちょっと待ってて」
おかしな空気に耐えられなかったのか、レオがそう促し、答えも待たずにエリカもレオと一緒にフロントに向かう。幹比古が二人の背中を慌てて追いかけ、残ったのは達也一行と将輝の五人だった。
「達也さんって、大人ですね」
「俺は光宣と一つしか違わないんだが?」
「なんていうか、人生経験の差とでも言うんでしょうか? 一条さんと達也さんが同い年だとは思えなくて……すみません」
「いや、年齢詐称は藤林さんにも言われてるからな」
しょんぼりとした光宣にフォローを入れ、達也は三人が戻ってくるのをただ待っていたのだった。
モブ条はエロ条に進化した……いや、退化か?