十月二十日、土曜日の朝。何時もであれば教室の端末に向かっているか、実習あるいは実験中の時間、達也は深雪と水波を連れて京都へ向かっている最中だった。今回はリニア特急ではなくトレーラーを使っての移動だった。
トレーラーは簡単に言えば、一階にキャビネットを収納し、二階に乗客用のアメニティスペースがある二階建ての連結電車だ。浮上走行していないだけで、動力はリニアモーターだからスピードはリニア特急に劣るものではない。
達也たちはトレーラーに乗り込んですぐ、キャビネットを降りて二階のアメニティスペースへ向かった。せっかく手足を伸ばせる場所があるのだから、いくらプライバシー確保に優れているとはいえ、狭い車内にこもりっきりではもったいないと考えたからである。
「何か飲むか?」
「……すみません、お兄様。ではこれを」
達也に注文を取らせていることに恐縮しながら、深雪は自分で端末を操作する。達也は水波にも画面を見せようとしたが、既に自分のシートから端末を取り出して操作しており、むしろ自分の方にディスプレイを向けようとしているのに気づいた達也は、苦笑いを浮かべながら端末にオーダーを打ち込んだ。
HARが一分もしないうちに飲み物を運んできて、一口二口と喉を潤した三人がカップをサイドテーブルに置いた直後に、背後から達也に声が掛かった。
「あれっ、達也くん?」
「おはよう、エリカ」
「エリカもこのトレーラーだったんだな」
「ホント。すごい偶然だねぇ」
エリカはちゃっかりと達也の隣のリラックスチェアに座り、彼らたちに倣い飲み物を注文した。
「うーん、手足を伸ばせるってやっぱり良いわね」
「エリカはキャビネットが窮屈だと感じるタイプなの?」
「うん? 別にそんな事ないよ。これでも狭い部屋に何時間も正座で座っている鍛錬とかもしてるしね」
「剣術にそんな鍛錬があるのね」
意外だ、という表情で深雪が驚きを表すと、エリカが苦々しげに顔を顰めた。
「剣術の修行だってクソ親父は言い張ってるんだけどね……」
「剣術じゃないの?」
「お茶よ。茶道」
「茶道と武道を結び付けた古人は少なくないと思うが」
深雪がもしかして「お稽古事」ではないかと考えていたのも、それが的中したのに驚いたのにも気づいた達也がすかさずフォローを入れた。なのでエリカは深雪が言葉を途切れさせるほど驚いたことに気づかなかった。
「まぁね。きっと家の親父もその真似をさせてるんだろうけど……だったら跡取り息子にやらせるべきだと思わない?」
「それはそうだが」
エリカの考えに同意した達也だったが、そこで深雪が復活し笑顔で割り込んだ。
「でもエリカ、お茶の教室のお弟子さんは、ほとんどが女性だし、お兄様方には門をたたきにくいのではないかしら?」
「逆に、エリカが茶道を習っていてもおかしくないしな」
「えっー、そうかなー。あたしがお茶って、柄じゃなくない?」
「そんなことは無い。深雪が習いに行っている教室に招かれた事が二度ほどあるが、あの雰囲気はエリカに似合っていると思うぞ」
「……深雪ほどじゃないって思ってるでしょ」
そっぽを向いたままのエリカの唇から零れた呟きに、達也は失笑を漏らした。それが拗ねているふりをした照れ隠しであることは一目瞭然だった。
京都駅の改札を出たところにレオと幹比古が待っていた。二人と合流してすぐに宿泊予定のホテルに向かう事にしたのだが、背後から近づく覚えのある気配に達也が振り返った。
「達也さん、深雪さん、水波さん」
「あら、光宣君?」
「光宣、迎えに来てくれたのか? 予定ではホテルで待ち合わせだったはずだが」
「ええ、そうなんですが、このくらいの時間だと伺っていましたので」
「そうか。みんなとは初対面のはずだな? 九島家のご子息、九島光宣君だ」
「初めまして、第二高校一年の九島光宣です」
達也の言葉の後、光宣は自分でも名乗った。
「あたしは第一高校二年の千葉エリカ。よろしくね」
「俺は西城レオンハルト。同じく第一高校の二年だ」
「吉田幹比古。僕も第一高校の二年生だよ。よろしくね、九島君」
「こちらこそよろしくお願いします」
光宣がエリカと幹比古の名前を聞いて軽く眉を動かしたのに気づいた達也は、心の裡を隠す対人技術は魔法技能程上手くないのだなと考えていた。
「光宣、俺たちはいったんホテルに荷物を置いてくるつもりだが、一緒に来るか?」
「はい、そうさせてください」
尻尾がついてればぶんぶんと振っているだろう雰囲気で達也の言葉に同意した光宣に、エリカと深雪がそろって肩を竦めた。
ホテルで大体の役割を決め、幹比古は探査の式を打って辺りを調べ、その間の警護をエリカとレオが担当することとなり、達也と深雪と水波は、光宣を率いて市内の捜索をすることとなった。
「そういえば達也くんと光宣くんの関係は?」
「光宣は藤林さんの従弟なんだ」
「あ、ああ……」
「ふーん……あの人のご親戚だったんだ」
「へぇ、そういう縁なのか」
三人三様の反応で、彼らは達也と光宣の関係を「詮索してはならない」と理解した。
「あの人の実家はこっちの方だからな。京都市内を見て回ることを話したら、案内役として紹介してくれたんだ」
三人が「藤林に対する相談」を「軍の任務に関わる相談」と解釈したことを理解したうえで、達也はその誤解を増幅するような説明を口にする。
「そうか……じゃあ達也、よろしく頼むよ」
「ああ、幹比古もな」
「吉田君、西城君、エリカ、また後で」
「うん、ホテルでね」
深雪がかけた声にエリカが応えて、七人は二手に分かれた。
「あの、達也さん。皆さん、何か勘違いしてませんでしたか?」
「俺と藤林さんの関係を邪推したんだろう」
「あっ……そうだったんですね」
光宣は、達也が軍属であることを知らないために、達也はそっち方向に話をそらすことにした。案の定、光宣はすぐに騙されてくれたが、冗談だと分かっているはずの深雪と水波の機嫌が悪くなったのは、さすがの達也も計算外だっただろう。
たぶん軍属だと知ってはいるんでしょうが……