劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一番の狸は、この人じゃないだろうか……


腹の探り合い

 十月十四日、日曜日。達也は横浜の魔法協会関東支部を訪ねていた。受付で名前を告げ、面談室へ案内される。

 

「葉山さん、ご無沙汰しております。お待たせしてしまいましたか?」

 

「いえ、達也殿は時間通りです。こちらの方が呼び出したのですから、私が先に来ているのは当然の事。それ以上はお気になさらずに」

 

「ご用件は、今回の仕事の件ですね?」

 

 

 一礼して葉山の向かい側に腰を下ろし、会話の火口を達也が切った。

 

「先日、奈良で襲撃を受けたとか。お怪我はありませんでしたか?」

 

「大丈夫です。深雪共々かすり傷一つありません。お心遣い、感謝します」

 

「まぁ、あの程度の輩に達也殿が後れを取る事など、万に一つもありますまい。ところで、相手の正体についてはお分かりですか?」

 

「確実なところは分かりません。軍の情報部が介入してきまして、詳細を調べることが出来ませんでした。そういうわけで、まだ報告できるだけの成果は上がっておりません」

 

「いえいえ、九島家の協力を取り付けただけでも、大きな成果だと奥様も評価されております」

 

 

 何となくではあるが、達也は真夜が喜んでいる情景が目に浮かんだ。突如眩暈に襲われたが、何とか踏みとどまり会話を続ける。

 

「では、現在の方針で進めさせていただいてよろしいですか」

 

「それで結構です」

 

「黒羽の方では、何か新たな情報を掴んでいないのですか?」

 

「そちらも進展なしです。さて、達也殿。今日お越しいただいたのは、奥様のお言葉を伝え、貴殿の意見を伺うためです」

 

「はい」

 

「奥様におかれましては、達也殿に増援の必要は無いか、との事です」

 

「増援、ですか……」

 

 

 予想外の言葉ではあったが、達也にとっては好都合だった。実は真夜に内緒で葉山か貢に人を出させ級友たちを警護してもらうつもりだったのだが、真夜が人を出してくれるというなら、それが一番後腐れが無いからである。

 

「葉山さん。この任務の書状をお届けいただいた時、尾行をわざと見逃すよう、文弥たちに指示なさいましたね?」

 

「はて? 私はそのような指示など出しておりませんが……おお、そういえば花菱君が文弥殿に何か話しかけておりました」

 

「花菱さんですか」

 

 

 四葉家の使用人序列二位。四葉が外部からスカウトした魔法師で、実戦経験が豊富な退役軍人だ。四葉家では依頼のあった魔法関連の裏仕事のスケジュール調整や装備の支給などを担当している、ある意味で四葉家の司令塔の役目を果たしている執事だ。

 

「しかし、花菱さんが独断でそのような指示を出すはずがないでしょう」

 

「申し訳ありません。それ以上の事は私にも分かりかねます」

 

「そうですか。しかし、文弥が尾行されていたのは間違いないと思われます。自宅を人造精霊で探られていたこともありましたし、最寄りの駅前で襲撃されたこともあります」

 

「そのような事が……達也殿、それは申し訳なかった。花菱君から良く話を聞いておきます」

 

「いえ、それは終わったことですから、別に構わないのですが……実は俺や深雪のクラスメイトの周りにも、伝統派の手先が出没しているようなのです、今のところ北山家や九重寺の好意で対処していますが、そちらに手を貸していただけるよう叔母上にお口添え願えませんか」

 

「なるほど、後顧の憂いを無くすのは戦術の基本。真夜様も無碍にはなさいますまい」

 

「お願いします。これ以上師匠に手間を掛けさせたくないものですから」

 

 

 八雲の介入をこれ以上許すと、知られたくない病巣まで探られることになる、と達也は言葉の裏で葉山に伝える。それを理解したからか、葉山は突然話題を変えてきた。

 

「ところで達也殿、九重寺と言えば、最近九重寺で新しい魔法の開発に取り組んでおられるとか」

 

「九重寺の地下を借りて、新しい攻撃魔法の開発に取り組んでいます」

 

「どのようなものか、お聞きしても構いませんかな?」

 

「開発中の魔法は、近距離物理攻撃用の術式です。スターズのアンジー・シリウスが使っていたブリオネイクに関するレポートには目を通していただいていると思います」

 

「では、ブリオネイクを再現しようと?」

 

「細かな理屈は違いますが、コンセプトはその通りです」

 

「十三束家の『レンジ・ゼロ』と戦ったことが理由ですかな?」

 

「ご存知でしたか。『分解』が通用しない相手を退ける魔法が早急に必要だと痛感しました。この魔法が完成すれば『レンジ・ゼロ』の想子の鎧だけでなく、十文字家の『ファランクス』も打ち抜くことが出来るでしょう。次の正月にはご披露出来ると思います」

 

 

 葉山が一瞬険しい顔で黙り込んだが、それが錯覚だと思わせるくらいの速度で、彼は柔和な「執事の笑顔」を取り戻していた。

 

「魔法名はもう決まっているのですかな?」

 

「まだ完成前ですので、仮のものですが……完成の暁には『バリオン・ランス』と名付けるつもりです」

 

「……それは頼もしい。お正月、深雪様とご一緒にお見えになるのを楽しみにしております」

 

 

 そういって葉山が立ち上がり、達也も頃合いだと感じ取ってそれに倣った。

 

「では学友たちの護衛の件、よろしくお願いします」

 

「達也殿も、任務にお励みください」

 

 

 達也は葉山に一礼して、面談室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十月十五日、月曜日。論文コンペの準備で喧騒の最中にあった第一高校が、別のざわめきに覆われた。元生徒会長の七草真由美が、十師族・七草家の長女として、司波達也に面会を求めてきたというニュースが、生徒たちの関心を奪った。

 無責任に噂話を交わす生徒たちの中で、そのニュースに心穏やかでいられない者が数名。

 

 前部活連会頭・服部刑部。

 

 生徒会会計・光井ほのか

 

 風紀委員・北山雫

 

 学友・千葉エリカ

 

 そして、生徒会長にして達也の妹である深雪は、二人で応接室に姿を消した達也と真由美に、言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。




原作より気になってる人多数……

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