達也と響子のデート(?)を計画したのは風間では無い。彼は上官であり昔馴染みの佐伯少将に頼まれただけなのだ。
「しかし少将、何故達也と藤林をくっつけようと?」
「あの二人は魔法師としての能力も遺伝子も申し分ないものを持っている。だが過去に囚われすぎている。あまりこういう考えは好きじゃないが、魔法界の発展の為にも、二人には現在を生きてもらいたいと考えたんです。この前のパラサイドールの一件で、九島閣下には隠居してもらいましたが、この間相談事があると言って呼び出されたのは知っていますよね」
「はっ、存じております」
「そう堅くなる必要はありませんよ、風間くん。今は上官としてではなく旧知の間柄として話しているのだから」
「はぁ……では佐伯さん、九島閣下はどのような用件で?」
古い付き合いではあるが、ここ数年は上官と部下として付き合ってきたので、急に口調を変えるのは難しかったようで、風間の口調は若干戸惑いを含んでいるものになっていた。
「お孫さんが何時までも新しい恋に踏み出せないのを嘆いていたのよ。九島閣下も『彼』の事は知ってるみたいだったしね」
「引退したとはいえ十師族の長老的存在ですからね。四葉家の内情も多少は知っていてもおかしくはありません。達也の事は昨年の九校戦の時に気がついたようです」
「精霊の眼を使ったんでしたね。『プリンス』相手でしたから仕方ありませんし、あれを隠したいのは四葉の方ですからね」
「精霊の眼とフラッシュ・キャストですね。どちらも軍指定の魔法では無かったので止めませんでしたが、その所為で閣下に達也の存在を知られてしまいました」
「遅かれ早かれ知られてはいたでしょうし、軍人としてではなく一人の女として、藤林少尉には幸せになってもらいたいのよ」
良く手入れのされた銀髪をそっと払いながら、佐伯は遠くを見つめるような目を見せた。
「同じ時に同じように想い人を失った彼なら、藤林少尉の傷を癒やせるんじゃないかと、九島閣下から相談されたのよ」
「達也でも心の傷は治せませんが」
「存外鈍いですね、風間くんは。彼の魔法ではなく、彼と過ごす事で癒されるのではないかと言う話ですよ」
「しかし、藤林と達也とでは、大分年が離れてるのでは」
「恋に年齢差は関係ありませんし、彼ならそれくらい気にしないでしょう。亡くなった想い人が存命なら、藤林さんとさほど年齢も違わなかったでしょうし」
この手の話しに疎い風間は、楽しそうに話す佐伯にどう反応すればいいか迷っていた。だが二人とも自分の部下であり旧知の仲だ。その二人が前を向けるのなら、風間はそれでも良いのではないかと思い始めていたのだった。
上官二人がそんな事を話しているなど知らずに、達也と響子はそれなりに一日を満喫していた。
「やっぱり達也君の身体能力は凄いわね。あのハンディでも勝てないなんて」
「まさか本当にあのルールでやるとは思いませんでしたよ」
賭けはしなかったが、結局達也と響子は勝負したのだった。結果は会話の通り達也の勝ち、それでも響子も善戦し、ギリギリでの勝利だったのだ。
「何だか私たちだけ楽しんでて、軍の皆に悪いわね」
「残ってても雑務の処理などに追われてたでしょうし、折角少佐の好意なんですから仕事の事は忘れましょう」
「でも、何で少佐がテーマパークのチケットを持ってたのかしら? まさか少佐自ら遊びに来るわけ無いしねぇ……」
風間に失礼かもしれないが、達也も風間がテーマパークで遊んでいる光景を想像出来ずにいた。何か裏がある、という事は達也も響子も分かっているのだが、何が隠されているのかが分からないまま過ごしているのだ。
「何かの調査、と言うわけでもありませんし……」
「そう言えば、珍しくおじい様からメールが着てたのよね」
「閣下から? 何が書かれていたのですか?」
「一言だけ『楽しんで来なさい』って。何で達也君と出掛けるって知ってたのか聞いたんだけど、答えてもらえなかったのよね」
「なるほど……黒幕は閣下ですか」
響子からもたらされた情報で、達也は頭の中に散らばっていたピースが綺麗にはまった感覚になっていた。そして、何故そんな行動に出たのかも、何となく理解出来たのだった。
「どうやら響子さんも俺も、随分と周りから心配されてるようですね」
「どういう事?」
未だに理解できていないようで、響子は首を傾げている。達也は驕るでもなく威張るでもなく冷静な口調で今回の裏事情を説明し始める。
「響子さんが恋人を忘れられない事を、閣下は気にしているようですね。名門『藤林家』の令嬢としてもでしょうが、孫娘の将来を心配した祖父の気持ちが今回の発端です」
「……行き遅れの孫娘がいることで、世間体を気にしたとか?」
「純粋に響子さんの幸せを願っての事だと思いたいですけどね。そこに同じように過去に囚われている男を見つけ、しかも響子さんの知り合いだと知り今回のような事をしたのでしょう」
「達也君が四葉縁者だと知ってるしね」
「その辺りは分かりませんが、過去に囚われてる同士が何かしらのアクションを起こせば、それを期に現実と向き合えるとでも思ったのでしょう。わざわざ佐伯少将まで引き込んで行うような事なのかは疑問ですが」
「おじい様が佐伯少将に頼み、それを更に風間少佐が頼まれたという事かしら?」
「憶測ですけどね。それで、響子さんはどうですか? 少しは現実と向き合えそうですか?」
達也問われ、響子は少し考える素振りを見せてから、笑顔を向けた。
「達也君と一緒なら、前を向いて過ごせそうかな」
「奇遇ですね。俺も響子さんとならと思い始めてたところです。代わりにはなれませんが、その人に負けないくらい大切な存在になっていきたいです」
「恥ずかしい事を真顔で言えるのが凄いわよね、達也君は……まぁ、私も代わりになれるなんて思わないけど、その人にも負けないくらい大切に想ってもらえるように頑張るからね」
こうして、様々な思惑に押されながらも、達也と響子は付き合い始めたのだった。
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