九校戦も終わり、スティープルチェースの件で存分に働いた報酬として、達也は暫く独立魔装大隊に顔を出す必要が無くなった。生徒会の方でも急ぎの案件は無く、数日に一回顔を出せば十分という感じだ。
比較的にスケジュールに余裕が出来た達也は今、自宅では無く別の場所で生活をしている。深雪や水波は何か言いたげではあったが、九校戦の間は散々自分たちが達也にベッタリだったのだからと、泣く泣く達也を引き渡したのだ。
「達也さん、何処かに出かけませんか?」
「別に構わないが、何処か行きたい場所でもあるのか?」
「ちょっと新しいお洋服を。達也さん、選んでくれますか?」
「俺に服のセンスを求められても……」
「九校戦の前、深雪と一緒にお買いものに行かれたんですよね? 私には選んでくれないのですか?」
その事を知られているとは、達也も思っていなかった。おそらく女子の間のネットワークは、達也が思っている以上に繋がっているのかもしれない。
「深雪に聞いたのか?」
「はい。出発の際に着てた服が、達也さんに選んでもらったものだって聞きまして」
「ああ、そう言えばそうだったな」
本当は気付いていたのだが、あえて今気付いたフリをする。そんな仕草に彼女――光井ほのかは嫉妬するのだ。
「達也さん、深雪の事ばっかり考えていて、私の事は無視するんですもん。一生懸命選んだのに、達也さんはあんまり見てくれませんでしたし……」
「あの時は一年生に注意事項や細かな指示を出してたからな。可愛いとは思ってたが、それを言いに行く暇が無かったんだ」
「それに達也さん、深雪と同じ部屋で寝泊まりしてましたよね。まさか一線を越えたりは……」
「落ち着け。俺と深雪は兄妹だし、そういう対象では無いだろ」
「いいえ、深雪は達也さんと『したい』と思ってるはずです」
「年頃の淑女がそんな事を言うもんじゃないぞ。買い物だったな。早いところ行こう」
その手の話題があまり得意ではない達也は、早々に話題転換を試みる。少し露骨だったかな、とも思っていたが、ほのかは達也の話題転換に全力で乗って来た。
「それじゃあ行きましょう! あっ、こんな格好じゃなくってちゃんとしなきゃ」
ほのかの今の格好は、ラフなシャツにショートパンツという、完全に部屋の中だからという格好だ。達也の方も何時もよりはラフだが、それでもそのまま外に出てもおかしくは無い格好である。まぁ、無数の傷痕がある為に、上着を羽織る必要はあるのだが……
「達也さんの傷痕、それが無ければ海とかプールとかに行けるんですけどね」
「さすがにここまで古い傷痕は再成出来ないからな」
達也の特異魔法の一つ『再成』が巻き戻せる外傷は二十四時間前までだ。魔法の影響だったり、パラサイドールのように人間では無い相手ならある程度まで遡って再成する事は可能なのだが、外傷はどう頑張っても二十四時間前までしか遡れないのだ。
「また、雫の家の別荘にでも行きませんか? 二人っきりも嬉しいですけど、皆と一緒も楽しいと思いますし」
「そうだな。今年の夏は、去年ほど忙しくなさそうだし」
「そう言えば去年って、独立魔装大隊の訓練があったんですよね?」
「後は飛行術式を最も有効に使えるCADの最終調整やら色々とな。今年は完全思考型CADの最終調整も終わってるし、俺に出来ることは今のところないしな」
「まさか、達也さんがあの『シルバー』だったなんて思わなかったです! やっぱり達也さんは天才ですよね!」
ほのかの褒め言葉に、達也はちょっと複雑な表情を見せる。ほのかは純粋に達也を褒めているのに、達也はどうしても「天才」という言葉を好きになれないのだった。
「あっ! 着替えてきますね!」
達也の変化には気づかず、ほのかは着替える為に自分の部屋にかけ込んでいった。そんなほのかを見送りながら、達也は自分の考えに呆れ、ため息を吐いた。
「ほのかが心から褒めてくれてるのに、ホントに捻くれた性格だな、俺は……」
達也に「嬉しい」と思える感情は残っていないが、折角彼女が褒めてくれたのにその感情すら正面から受け止められない自分の心の在り方が、最近の達也は嫌になっていた。普通の感情が欲しい、とまでは思っていないが、もう少し素直になれても良いんじゃないかと。
ほのかとのデートは、比較的に穏やかな時間を過ごせる数少ないチャンスだ。学校では深雪や雫、帰宅中にはそこにエリカや水波らが加わり、駅では別々のキャビネットに乗らなければならない。そんな二人が落ち着いて過ごせるのは、やはりデートなどの二人っきりの時間だけだった。
だが生憎今日は、そんな穏やかな気分ではいられないようだった。達也がトイレに行っている僅かな時間で、ほのかは明らかに感じが悪い男数人に囲まれてしまっているのだ。
「お姉ちゃん、一人なら俺たちと遊ばないか?」
「こんな美少女見つけるなんて、やっぱお前のセンサーってスゲェな」
「他の才能は無いけど、見た目と女を見つける才能だけは一流だもんな」
自分の前で繰り広げられる会話を、ほのかは完全に他人事のように聞いていた。
「(こんな見た目で自信持てるなんて、相当勘違いしてるんじゃないの? 達也さんの方が何千倍――ううん、比べるのが失礼なくらいカッコいいし)」
恋は盲目――ではないが、他の女子に聞いてもほぼ全員が達也を選ぶのではないか、と思うくらいに、声を掛けてきた男は残念な感じがしていた。
「あの、連れがいるのでこれで失礼します」
「釣れない事言うなよ。それに、こんな可愛い子を放っておく連れなんて忘れて、俺たちと――ッ!?」
「人の彼女に何か用でしょうか?」
ほのかに手を伸ばした途端、男の身体は動かなくなっていた。背後から音もなく近づいて来ていた達也が、八雲譲りの点穴術で相手の動きを封じ、他の男共に視線を向ける。
「やはり一人にしたのは間違いだったな。ほのか、すまなかった」
「いえ、達也さんは悪くありませんよ! この人たちが勝手に声を掛けてきただけですし」
「おい、無視する――ギャァ!?」
「あまり近づきすぎると痛い目を見ますよ?」
既に見せられた男は、逃げ腰になり、仲間を置いて逃げ出してしまった。それにつられたわけではないのだろうが、残りの男たちも逃げ出して行った。
「やっぱりほのかは狙われやすいんだな」
「私は、達也さん以外の男性に触られたくありませんから」
つい今まで男数人に囲まれて怖い思いをしていたとは思えないほど、ほのかの表情は幸せいっぱいに見えたのだった。
喧嘩を売った相手が悪すぎる……