劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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無くても良かったかもしれませんが、周公瑾がどうなるのかが必要でしたので……


一応の終結

 九島烈は九鬼家、九頭見家の前当主、今なお彼に従う「九」の一族に囲まれて、笑顔で杯を傾けていた。

 

「皆の者、今回もご苦労だった。パラサイドールの実験は表面的に見れば残念な結果に終わったが『魔醯首羅』をあそこまで苦戦させたのだ。魔法の軍事利用を考えている者には強い印象を残しただろう。若い魔法師の徴用を企んでいた者たちは、明日にでも失脚する。伝統派を巻き込んでな。そちらも大きな成果だったと言えよう」

 

「明日ではありませんな」

 

「誰だ!」

 

 

 唐突に差し挟まれた扉の向こう側の声に、末席の者が立ち上がり扉を開けた。

 

「風間君……それに佐伯閣下」

 

「お久しぶりですわね、九島閣下」

 

 

 突然の出来事に一座の者は声を無くしている。佐伯に席を勧めようとする者もいない。

 

「どうしたのかね、急に。この集まりは私的なものだ。残念ながらおもてなしも出来ないが」

 

「不意の訪問である事は重々承知しておりますわ。手土産を受け取っていただけましたらすぐに退散致します」

 

「手土産?」

 

 

 佐伯の口ぶりは明らかに非友好的なものだ。そうでなくても「九」の一派にとって佐伯は烈に逆らう女狐という悪印象がある。静かに高まって行く敵意の中で、佐伯が風間に合図を送る。

 風間の手にするレコーダーから流れてきた音声は、九島家と結託して高校生を実験相手に兵器のテストを強行したという、酒井大佐の告白であり懺悔だった。

 

「……酒井大佐は君たちの手に落ちたか」

 

「大佐を捕まえたのは私たちでは無く四葉家ですけどね」

 

「真夜か……やはり四葉は、一族に手を出す者を決して許さないのだな」

 

「そうでもありませんわ。四葉殿の目的は酒井グループ、俗に言う対大亜連合強硬派の粛清です」

 

 

 佐伯の説明を聞きながら、烈は佐伯の言いたい事を理解した。

 

「君は……私に隠居しろと言いたいのか」

 

「パラサイドールは確かに有益な兵器になりますわ、使い方さえ誤らなければ。十年前の閣下でしたら、今回のような誤った運用はなさらなかったでしょうね。軍の魔法師の権利は、現役の私たちにお任せください。九島閣下がご懸念のような真似はさせません」

 

「そうか」

 

 

 きっぱりと言い切った佐伯に、肩を落としながら、だが何処か嬉しげに烈は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦二〇九六年八月十六日、夜。横浜中華街は静かな喧騒に包まれていた。

 

「ターゲットは西門へ向かった」

 

「地の利は向こうにある。必ず三人以上で追いこめ」

 

 

 微かな囁き声を交わすだけで闇の中を駆け巡っている一団は、黒羽貢率いる実行部隊。

 

「ターゲットを発見……グアッ!」

 

「どうした!?」

 

「何か、犬のようなモノに……!」

 

「気をつけろ。周公瑾は大漢のものとも大亜連合のものとも異なる方術を使う」

 

 

 貢の隣に控える腹心が、呟くように問いかける。

 

「思ったより手強いですね、ボス」

 

「今まで国内を散々引っかき回してくれた大物だ。個人の力も低いはずが無い」

 

「ご当主は司波達也殿を派遣してくださるとの事でしたが……?」

 

「ヤツが来る前に周公瑾を確保しろ」

 

 

 部下の言葉を聞いて、今までの冷静な態度が嘘のように、貢がいきなり苛立ちを露わにした。

 

「……文弥様と司波達也殿の到着を待たなくてよろしいので?」

 

「真夜さんも何を考えている」

 

 

 貢は完全に平常心を失っているようで、部下の前であるにも拘わらず真夜の事を「真夜さん」と呼んでしまった。

 

「こんな所でアレを使うべきではない。本来アレは、外に出すべきではないモノだ。アレは四葉の罪の結晶なのだから」

 

 

 腹心の唖然とした目に気付いた貢が、大きく咳払いをした。

 

「私が行く。指揮を頼む」

 

「イエス、ボス」

 

 

 貢の身体が闇に溶ける。達也の到着を待つまでもなく、これでけりがつくと腹心は考えた。

 その数分後、貢は周の前に立ちはだかっていた。

 

「ここまでだ、周公瑾」

 

「おやおや、私如き小者の為に四葉の更なる闇、黒羽のご当主がお出ましとは。随分買い被っていただいているようですね」

 

「買い被りとは思わんな。これまでの数々の事、良くも一人でやってのけた」

 

「私は手を貸しただけで、私がいなくともいずれ起こっていたでしょうけどね」

 

「迷惑なのだよ。いずれを、今にされるのは」

 

「先送りは何の解決にもならないと思いませんか?」

 

「先送りの何が悪いのか理解出来ないな」

 

 

 貢がジリッと間合いを詰めた。

 

「この距離なら得意の鬼門遁甲で逃れる事も出来ない。諦めろ、周公瑾」

 

「そうですね……ここまで懐に入られては遁甲術も役に立たない。だから、少々痛い思いをしていただきます――疾『哮天犬』」

 

「ぐっ……」

 

 

 声も無く貢が蹲る。黒い獣は貢に襲い掛かり、その片腕を食い千切った。

 

「やれやれ……あれを作るのに十年掛かったんですけどねぇ。まぁ、黒羽貢の片腕と引き換えなら釣り合わないでもありません」

 

 

 その呟きを残して、周公瑾の姿は影に紛れた。

 達也を迎えに行っていた文弥が、貢の姿を見るなり黒服の壁を掻き分けて血相を変えて走り寄る。

 

「父さん! いったい誰に……そうだ! 達也兄さん!」

 

「止せ……君の世話にはならん」

 

「父さん、何を言ってるんだよ!?」

 

「文弥」

 

 

 重傷者を大きく揺さぶるという暴挙に出掛けた文弥を声で制し、達也は左手を貢へ向けた。

 

「ご不満かもしれませんが、貴方をそのままにしておけば文弥と亜夜子が悲しみますから」

 

 

 達也が再成を発動する。行方知れずになっていた貢の右腕が現れ、傷が合わさり繋がる。自分の右腕を無意識に押さえながら、達也が独り言のように呟く。

 

「深雪と亜夜子を置いてきて正解でした。それにしても黒羽さん、貴方がこんな深手を負うなんて……周公瑾はいったいどんな魔法を使ったんです?」

 

 

 口惜しそうに自分の右腕を見ていた貢が、達也と目を合わさぬまま首を振った。

 

「分からん。周公瑾は「哮天犬」と言っておったが、名前そのままであるはずが無い」

 

「あれはフィクションですからね……化成体魔法の一種かな。随分と厄介な相手だ……」

 

 

 達也は周が何処に逃げたとは問わなかった。それはこれから、何が何でも突き止めなければならないことだと彼にも分かっていたから……




次回からIFです。既に胸やけが……

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