劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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無理矢理詰め込みました。その結果多分これでは初めての3,000字を超えました。


エリカVS紗耶香 司甲VS風紀委員

 閲覧室から逃げ出した紗耶香は、自分が何から逃げているのか考えていた。

 

「(司波君は私に同情的だった。逃げ出さなくてもアイツらのようにはされなかっただろう。だけど私は逃げ出した。いったい何から……)」

 

 

 紗耶香が逃げ出したのは現実と向き合う事からだ。その事を頭の何処かで理解してるのだが、それを認めてしまうと今まで自分が目指してきたものが間違っていた事を認めてしまうのだ。だから紗耶香は逃げ出したのだ。

 

「こんにちは、一昨年の全国剣道女子大会準優勝の壬生紗耶香先輩ですよね?」

 

「誰……」

 

「1-Eの千葉エリカで~す」

 

 

 もうすぐ出口だと言うところで、紗耶香は人懐っこそうな笑みを浮かべた後輩に声を掛けられた。彼女が後輩だと言う事は自分の事を先輩と呼ぶところから分かっていたのだが、紗耶香はそれ以上に目の前に立っている後輩の事が気になっていた。

 

「(何この子、全然隙が無い)何の用? 用がないなら退いてちょうだい!」

 

「あら物騒。まぁこれで正当防衛かな? そんな言い訳しないけどね」

 

 

 突如切りかかってきた紗耶香の一撃を軽くいなし、エリカも自分の得物を取り出し仕掛ける。

 

「速いッ! ッ!?」

 

 

 鍔迫り合いをしたと思った次の瞬間にはエリカの姿は離れたところにあった。

 

「自己加速! これは渡辺先輩と同じ?」

 

「ッ!」

 

 

 紗耶香がつぶやいた言葉に、エリカの動きが一瞬止まった。それは紗耶香にとって数少ない勝機だった。

 

「面! 面! 小手! 胴!!」

 

 

 キャスト・ジャミングを使いエリカの魔法を封じた紗耶香は、一撃一撃に必勝の威力を込めて切りかかる。だが次第に息が上がってきた。

 

「もう終わり? それじゃあ次はアタシの番ね」

 

 

 同じような動きで紗耶香の攻撃を捌いていたはずのエリカはまったくもって息が上がっていない。それどころか余裕さえ伺えるのだった。

 エリカの一撃で持っていた得物を折られた紗耶香は、大人しく負けを認めるつもりだった。だがエリカはそれを許さなかった。

 

「そこにある得物を拾って、貴女の本気を見せなさい」

 

「?」

 

「アンタを縛っているあの女の幻影をアタシが打ち砕いてあげる」

 

 

 言われた事を理解した紗耶香は、ブレザーを脱ぎ落ちている得物を拾い構えた。

 

「私には分かる、貴女の技、それは渡辺先輩と同じ」

 

「アタシのはあの女のとは一味違うわよ」

 

 

 勝負は一瞬で着いた。互いが交わったと思った次の瞬間には紗耶香の得物は真ん中から折れ、紗耶香はその場に膝をついた。

 

「ゴメン先輩、骨が折れてるかも」

 

「ヒビが入ってるわね……凄いのね貴女」

 

「先輩は誇って良いよ。先輩は『千葉』の娘に本気を出させたんだから」

 

「剣術の大家…そう、貴女あの千葉の……」

 

「ちなみに渡辺摩利はウチの門下生。剣術の腕だけならアタシの方が上なんだから」

 

「そうなの……悪いんだけど、担架呼んでくれる? 何だか意識が……」

 

 

 言い終わる前に意識を手放してその場に倒れこんだ紗耶香に、エリカはそっと近付いてささやく。

 

「大丈夫だよ先輩。すぐに優しい後輩が先輩を運んでくれるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紗耶香が意識を失ってから五分も経たないうちに、エリカの許に達也たちがやって来た。

 

「やっほ~達也君。早速だけど先輩をよろしく」

 

「……担架を呼べば良かっただろ」

 

「だって達也君に運んでもらった方が先輩喜ぶかな~って」

 

 

 まったく悪びれないエリカを見て、達也は頭痛を覚えた。だが深雪は楽しそうに達也を見ている。

 

「お兄様、エリカがこう言い出したのなら仕方ありませんよ」

 

「……そうだな。無駄な時間を食ってる余裕は無いな」

 

「そうそう……あれ? もしかしてアタシ、馬鹿にされてる?」

 

 

 エリカと深雪がぎゃあぎゃあやってるのを背に、達也は軽やかに紗耶香を持ち上げた。力ずくに見えてまったく紗耶香の身体を揺らす事無く持ち上げたのを見て、エリカは感嘆の声を漏らした。

 

「さすがね……ちょっと羨ましいかな」

 

「エリカ?」

 

「ううん、何でも無い」

 

 

 隣に居る深雪にも聞こえないような声で羨ましがったエリカだったが、その事を悟られないように不自然なくらい明るい笑顔を深雪に向けた。

 

「保健室か、あまり行きたく無い場所だな」

 

 

 保健室には怜美が居る。達也はこの数週間で怜美に若干の苦手意識を持っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほのかと雫は、校門付近で怪しい動きをしている剣道部主将、司甲を見つけていた。だが自分たちだけで如何にか出来る問題でも無いので、ほのかが魔法を使ってリアルタイムで風紀委員に映像を送る事で解決を図ろうとした。

 

「よう司、今日はもう帰るのか?」

 

「辰巳……この騒ぎだ、部活は休みだろ? だから早めに帰ろうと思ってな」

 

「そうかい。悪いんだが今しまった携帯の履歴を見せてくれるか?」

 

「何で……」

 

 

 あまり親しくは無いが同学年の相手の事くらいは司も知っている。それも学年でも有数のスピードファイターである辰巳の事なら尚更だ。

 

「いやなに、ウチのボスは感心しない特技があってな。それでお前が侵入者を手引きした事を自白させてるんだよ」

 

「ッ!」

 

 

 自分の身が危険に晒されていると理解した司は、自己加速で辰巳から距離を取ろうとした。だが……

 

「司先輩! ご同行願います!」

 

「二年の沢木! 風紀委員でも指折りの実力者が如何して図書室に向かってない!?」

 

 

 前方には魔法近接格闘術(マーシャル・マジック・アーツ)部のエースの沢木、後方には三年の中でも屈指のスピードファイターである辰巳、司は隠し持っていたアンティナイトを取り出してキャスト・ジャミングを発動し沢木を振り切ろうとした。

 魔法ありきの沢木なら、魔法を封じれば勝てると思ったのだ。だが……

 

「グフゥ!?」

 

「司、お前勘違いしてるぜ。沢木は魔法無しでもハンパねぇんだよ。そもそも魔法無しで出来ないヤツが、魔法ってものを上乗せして動ける訳ねぇんだよ」

 

 

 薄れていく意識の中で、司は辰巳の言っている事を理解した。

 

「リアルタイムでの映像提供感謝する。君たちのおかげで捕まえる事が出来た」

 

「い、いえ!」

 

「如何いたしまして」

 

 

 一部始終を影で見ていたほのかと雫に沢木がお礼を言い、司甲は二人に連れられて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室で紗耶香を介抱しながら、敵の本体がブランシュである事を聞いた真由美と摩利は、予想通りの相手にため息を漏らした。

 

「入学式の後で見た渡辺先輩の剣技に魅了され、手合わせを申し出たのに素気無く断られた事に付け込まれてしまって……今思えば私が浮かれていたんですよね」

 

「摩利、そんな事したの?」

 

「いや、覚えていない……」

 

「傷つけた側が覚えて無いのは良くある事ですよ」

 

 

 エリカの辛辣なツッコミに、摩利の顔が歪む。

 

「エリカ、今は何も言うな」

 

「何? それじゃあ達也君は渡辺先輩の味方なの?」

 

「批判も批評も全て聞いてからだ」

 

 

 達也に叱られるように宥められたエリカは、不貞腐れたように黙った。

 

「それで渡辺先輩、先輩は何て言って壬生先輩の申し出を断ったんですか?」

 

「確か『私の腕では敵わないからお前の腕に見合う相手と稽古してくれ』だったかな」

 

「そんな!? それじゃあ私はずっと勘違いで逆恨みを……一年無駄にしちゃった……」

 

 

 泣き出しそうになった紗耶香に、達也が声をかける。

 

「無駄では無かったと思いますよ。確かに悲しい理由で一年間を過ごしてしまったかもしれません。ですがこの一年間で先輩は必死に努力して大きく成長したのです。エリカが言ってました、二年前とは比べ物にならないほど強くなってると。その努力を否定してしまったら、本当にその一年間は無駄になってしまいますよ」

 

「司波君、少し良いかな……」

 

 

 達也の胸に顔を押し当てて、泣き声を殺しながら紗耶香は思いっきり泣いた。さすがの深雪も今回だけは機嫌を悪くする事なくその光景を見ていたのだった。




次でアジトまでいけるかな……今の考えだといかないような気がするんですよね……

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